魔法はリッチに
「っとその前に」
まずはココがどういうところなのか。それを調べることにしよう。
伸ばした右腕を魔法一覧の表紙へと移動させ、それらしい魔法がないか、ページをめくり続ける。
「…………これか?」
目に留まったのは『サーチ:200円』という項目。
サーチ……もし英語ならば、探すとか、検索といった意味合いのはず。
問題は、これが空間を探索するものなのか、それとも物体を探すものなのか。
そして、二百円という金額に見合った効果を、この場にもたらしてくれるのかどうか。
もの凄く悩ましい。
「くそ、あの霜降り女神め」
説明欄でも設けろよ。
これじゃあ、どんな魔法なのか分からねぇじゃねぇか。
「……一か八か使ってみるか」
使う決心をした俺は、金銀銅の硬貨を石の上に並べて――
「『サーチ』!」
魔法の名前を口にする。
すると、俺の体から淡い緑色の光が天井へと昇っていく。
薄暗い部屋を淡く照らしてくれるため、かなり幻想的に見える。
そして、緑色の光は、一分くらいで収まった。
「…………おい」
これは何が起きたんだよ?
というか、仮に空間に対する探索だったとして、俺にどうやって伝わるんだよ?
「マジで肝心なところが駄女神だな」
立派なのは腹回りだけじゃねぇか。こうなれば、もっと酷いあだ名を考えておいてやらねぇと。
直接呼べないのが難点であるが、対面したあかつきには思いっきり罵ってやる。
「……銀貨が減ってるな」
石畳の上に並べた硬貨は、どれも五枚ずつだった。そのうち、銀貨だけが二枚減っている。
このことから、銀貨は百円相当になるわけだ。
そして推測するに、金貨は五百円相当、銅貨は十円相当といったところだろう。
まぁ、今は目安てきな意味合いでそう予測しておけばいいや。
お釣りが出てくることはないだろうから、金額ピッタシになるように徴収されると考えておいた方がよさそうだ。
というかお釣りが出てくるとは考えにくい。コンビニじゃないんだから。
まぁそれはそれで、ピッタシの硬貨を所持していなかったらどうなるんだ? って疑問が湧くんだが。
「……まぁいいや。まずはココから出るか」
いつまでも牢屋にいるわけにもいかねぇしな。
さっさと外に出て、近くの街にでも向かうとしよう。
「フレアは百円……銀貨一枚分か」
魔力という謎の力を当てにするよりはマシだろうが、手持ちの金がドンドン減っていくことには、あんまり安心できねぇなぁ……。
町に着いたら仕事探しからだな。うん。
「では気を取り直して……『フレア』!」
銀貨一枚を消費して、鉄格子は小さな炸裂音と共に接合部分をはじけさせた。
外は星空がきらめいていた。
まぁ、換気用の窓口から外が見えていたし、夜だろうとは思っていたけどさ。
「まさか砂漠のど真ん中とは思わねぇよなぁ……」
一面砂だらけ。
夜のサハラ砂漠みたいな、ある意味、幻想的な風景ではあるが、異世界転生初心者に対して厳しくないか?
これ、昼間だったら、蒸し焼きにされていたところだろ?
「………………」
さて。これからどっちの方角へ進もうか。
そもそも、方角が分からねぇから、適当に歩くしかないんだろうが。
星を見て方角が分かる……ってのは、確か北極星の位置が北をさしているからとかなんとかって理由からだろ?
この世界で北極星があるか分からねぇし、仮に存在したとしても、どれが北極星なのか分からん。
「こういう時に、さっきの二百円が役に立てばいいのによぉ」
効果や使い方が分からねぇのが悪いのだろうが、『サーチ:200円』は高い。凄く高い。金額と効果が見合っていないって意味で、もの凄く高い。ぼったくりでしかない。
使ったものは仕方がねぇが。
「とりあえず歩くか」
俺は牢屋の入り口を背にしたまま、まっすぐに歩き出した。
歩き出して数時間。
さすがに夜の砂漠を歩くのは、色々と辛い。
まず何が辛いって、地面だ。砂地だ。
これが足に来る。歩き慣れていればまだいいんだろうが、日本という交通の便が整っていた国にいた俺では、なかなかに堪える。
そして寒い。
転生した体が、薄着だったのが最悪だ。下手したら凍傷になるぞ?
「あの駄女神……あの体にまとわりつかせた霜降り肉をあぶってやろうか」
そうなると、当面の目標は霜降り女神のもとに行くことだな。
何も目標がないよりは、明確な目標がある方がやりがいがある。
三途の川でバーベキューしてやる。
「にしても、マジできついなぁ」
寒さの方だけでも、なんとかしねぇと。凍えて死んじまうぞ?
「そもそも、俺が死んだら復活ってできるのか?」
魔法一覧には『復活:10円』と書かれていたが、俺が死んだら使えねぇよな?
俺が発動できる魔法なわけだし、復活って名前からしても、俺自身が発動させる必要があると思うんだが?
「だからって、マジで死ぬわけにもいかねぇしなぁ……」
『サーチ』みたいに、何も起きませんでした。じゃ、シャレにならん。
まぁ、いきなり殺されることはねぇだろうが……
「そういや魔物がいるんだったか?」
出くわしたらマズいな。
ろくな攻撃手段がない俺にとって、魔物に襲われるのは勘弁だ。
せめて棒切れの一つでもあれば、まだマシなんだろうが。
「……ちょっと読書しておくか」
脇に抱えていた本を開き、文字を追いながら、足を進める。
今の俺としては、「命を大事に」ならぬ「お金を大事に」だ。
魔法の効果が分からねぇ上に、使用する度になけなしの金が減っていく。
稼ぐ手段がない以上、今の所持金――2750円は、俺の生命力と変わりがない。
所持金がなくなれば、復活すらできなくなるからな。
「なんか……」
チート主人公にしては、かなり貧しい気が……。