このリッチ条件ならば
さて。まずは状況を把握をしよう。
いくら行きたくない異世界に無理矢理連行されたとはいえ、冷静に周囲を観察しなければ。
「床は石か……」
冷たいし座り心地は最悪だ。
「窓は鉄格子のみ。そういや、腕が白いなぁ~。ちゃんと毎日食べてんのか?」
まぁ、この世界に来たのはついさっきだからな。
そういう意味では、まだ何も食べてない。
「さてと…………」
体感時間で三分くらいか?
少しばかり現実から眼を反らしていたが、ちゃんと現実を見ないとな。
決心した俺は、首を左へと捻る。
人力では開きそうにない、固く閉ざされた鉄格子の枠組みを。
「なんで牢屋からなんだよっ!?」
あの肉団子女神!
もし直接会ったら、拳骨を喰らわせてやるっ!
「はぁ……」
とはいえ異世界だ。
あの肉団子女神がチラッと言っていた内容によれば、この世界には魔法も魔物も存在する。
そう。魔法があるんだ。
「って言っても、魔法なんてどうやって使うんだよ?」
マンガやゲームなんかでは、イメージすれば使えるみたいなお手軽ご都合主義で発動させていたもんだが……
「…………ダメだな」
頭の中で「開けぇ~ゴマ!」と唱えてみるが、鉄格子が動く様子は皆無。
俺の筋力を一時的に向上させるような魔法があるとしても、使えないなら意味がない。
「……なんだコレ?」
ひとしきり鉄格子を揺さぶったあと、壁際にもたれ掛かった俺は、部屋のすみに置かれた二冊の本を目にする。
表紙には『羽賀守の魔術一覧』と『異世界転生初心者の心得』と日本語で書かれている。
裏表紙には、『これは脂肪ではなく、女神の神聖なオーラがふくよかに見せているだけなのです』と……
「贅肉の間違いだろ」
と、あの駄女神への悪口はこれくらいにして……俺は心得の表紙を一枚めくる。
『異世界転生初心者の心得
この本は、異世界転生を成し遂げた初心者へ送るまさしく入門書のような本である。
女神である私を敬いながら、一字一句目を……』
長々とした前説に萎えたので、俺はさっそくページをめくる。
『一、世界の成り立ちについて』
あ、この章はいらねぇな。
成り立ちを知ったところで、俺に何をしろっていうんだか。
さらにページをめくり、俺が必要そうな内容を物色する。
『十二、魔法と対価について
この世界では、魔力と呼ばれる力を肉体あるいは、物質に内包している。
その魔力を消費させることにより、魔法と呼ばれる現象を引き起こすこととなる。
竜巻を呼び寄せるなど、より強い現象を望むのであれば、その対価は自然と大きくなる。
なお、対価を支払うことができない場合は、魔法が発動できないばかりか、術者の生命力を削るため、使用する魔法の対価をきちんと把握しておくことが勧められる』
なるほど。
「まったくもって役に立たねぇ本じゃねぇか」
その魔力というのが、俺にも存在しているのか。そもそものところが分からねぇ。
『羽賀さんの場合は、魔力の代わりにお金を使用しますよ!
試しに「ステータスチェック」と叫んでください!!』
と書かれたメモ用紙を発見。
本来ならば、メモ用紙に従って「ステータスチェック」と口にするところだろう。
しかし俺は、無言でメモ用紙をはがす。
そして、裏面を見る。
『はい引っ掛かりましたねっ! 羽賀さんがステータスチェックを使用すると、二千円分のお金が必要なんですよぉ~だ。女神をバカにしたペナルティーですよぉ~だ!』
「………………」
あの駄女神。
「裏が透けているってところに気が付かなかったのか?」
目が節穴のようだな。
それにしても、二千円分か……ステータスを確認できるというのは大きいが、所持金がない状態では、ろくに使えないんじゃなかろうか。
「……そういや、小銭が入ってたか?」
俺が目を覚ましてからボディチェックをしたところ、ポケットに布袋が入っていた。
あの駄女神が忍ばせておいたのだろうか。だとすれば、あの女神の認識を改める必要がある。
これからは、霜降り女神と呼んでやることにしよう。うん。
「……金貨五枚、銀貨五枚、銅貨五枚」
布袋の中身を石畳の上に一枚ずつ並べた結果、口にした通りになった。
各硬貨が五枚ずつ。他にも、紙幣みたいなものがあるかもしれんが、今の手持ちはこれだけだ。
本には日本円で書かれていたからには、これらの硬貨が減るという事だろう。
問題は、どれが、いくらの金額に相当するかということだ。
「まぁ後回しだな」
どうせ牢屋を出る際に魔法を使うことになるんだ。
今はステータスよりも、脱出を考えるべきだ。
というわけで、もう一冊の『魔法一覧』を開いてみる。
そのページには、『フレア:100円』といった感じに記載されている。
フレア……この魔法がどんな効果を表すのか。そういった記載は全くない。
「親切なのか不親切なのか、どっちかにしてほしいもんだな」
中途半端に親切だから、怒るに怒れない。殴りたい気分ではあるが。
ちなみにこの一覧。どうやら値段順になっているようだ。
一番安い魔法は、『復活:10円』だ。
「………………え?」
復活が一番安い? どういうことだ?
「復活って、名前だけなら相当、高度な魔法だろ?」
それが一番安いって……
「絶対に訳ありだな」
使わねぇように気を付けねぇと。うん。
牢屋で読書すること約三十分。
一覧を眺めた結果、魔法にまつわる法則が見えてきた。
まずは段階だ。
これは、ベースとなる魔法に『キロ』『メガ』『ギガ』『テラ』『ペタ』という六つの段階がある。
ベースの魔法が一番安く、魔法の種類にもよるが、おおよそ十から千倍で金額が上がっていく。
入門書に書かれていることが正しいならば、金額が高いほど効果が凄まじいと予想されるだろう。
「ペタ単位の魔法なんか、絶対使えねぇけどな」
一通り目を通したが……どれも国家予算みたいな感じだった。国家予算がどれくらいの金額なのか知らないが、億なんてものじゃないだろう。兆とか、それくらいの単位だろうな。きっと。
『ペタ・メテオ』なんていう魔法だと、二発か三発撃てば、日本の赤字が解消できそうな金額だったし。
間違って唱えようものなら、借金どころか、何度死亡保険を引き出すことになることか……。
「そもそも保険制度があるかどうかだな」
あれば存分に利用してやろう。
まぁ……最終手段ではあるが。
「さてと……」
入門書の方はともかく、俺が使える魔法一覧の方はかなり有用性がある。
というのも、まだ空白の個所がところどころにあるからだ。
つまり、俺が使える魔法は、これから増えていくことを示唆している。
現段階では、所持金額の都合で使えない方が多いが、金持ちになれば迷うことなく魔法が撃てることになる。
しかもこれは、チートとまではいわないが、かなりのアドバンテージだ。
というのも、対価として金が要求される。
魔力ではなく、金が要求されるんだ。
言い換えるなら――
――金が尽きるまで、俺は魔法が発動しまくれる。
「魔法無双だな」
どうやら俺にも、チート主人公の仲間入りを果たしたようだ。
「ふっふっふっふっ」
あえて悪人のように笑い、俺は最初の犠牲者に向けて手を伸ばした。