名探偵リッチ
走った。ひたすら走った。
俺を背後から襲ってくる動物の死骸は、徐々にその数を減らしていき、やがてゼロになった。
「はぁ、はぁ、はぁ」
今日は走り回っている気がする。
夕日はすっかり沈み、森の中は本当に真っ暗だ。
それでも走れたのは、やっぱり俺が魔物である証拠なのだろう。
「はぁ、はぁ、はぁ……それより今は」
マリィから託された仕事をしなければいけない。
まぁ、その仕事の内容を知るところからなんだが。
違和感の正体は、マリィの発言とジェスチャーによって半分だけ解消された。
まず、マリィは俺を、村に魔物を呼び寄せたリッチーだと思っていない。
マリィの口ぶりでは、魔物に村を襲わせた、あるいは、魔物をおびき寄せたのは、俺ではなく別の人間だと思っているようだった。
今更だが……俺が村にいないときに村が魔物の襲撃を受けたってことは、俺が原因だとは思えねぇよな。
頭の回転が速いマリィなら、間違いなく気付いたはずだ。
そして、その村から俺に襲い掛かるような形で追い出したのもマリィのみだ。
住人らが全滅していたら話は別だが……。
だとすれば、
「マリィは俺に何かを隠しているのか?」
そう考えるのは自然だ。
まさか村を襲わせた張本人だとは思えねぇし、動機が思いつかねぇ。
仮にマリィがそう仕向けたとしたなら、俺を村人の前で殺さない理由はないはずだ。
俺が村を襲わせたことにすれば、マリィは英雄だとか、命の恩人みたいな扱いを受けるわけだしな。
それをしないで俺を湖の方へと誘導した理由。
「あなたは逃げ回ったあげく、湖にでも落ちて死んでくだい」
そのセリフと同時に行っていた「いただきます」のジェスチャー。
「……まさかとは思うが」
湖の水でも飲んで、頭を冷やせってか?
……少なくとも、マリィの手で殺されるということは、
「なさそうだな」
腹を下して死にそうな目には遭いそうだが。
マリィが指定した湖かどうかは知らねぇが、波一つない湖にたどり着いた。湖面には欠けた月が映し出されている。
「……さてと」
ぶつけられた布袋には、金貨三枚、銀貨二十枚、銅貨は八枚――3580円相当の金額が手渡されたわけだ。
そして二冊の本。これを持って走るのは、もう御免にしてほしい。
その内の一冊には、羊皮紙が挟まっている。どう考えてもマリィが用意したものだろう。
「相変わらず読めねぇけど」
パッと見では、赤ちゃんが殴り描いたような字。そもそも字なのか、図なのか、絵なのか。その判別すら難しいレベルだ。
この世界の人間なら、問題なく読めるのだろう。逆に、日本から転生させられた俺には全く読めない。
しかし、この異世界の文字を読む方法を、俺は知っている。
「『リーディング・スタート』」
以前。俺が手渡した本を解読しようと、マリィが使用した魔法だ。結局、一文字も読めなかったわけだが。
だが俺は読めるはずだ。同じ『コール』でも、マリィは無理だったが、俺のでは全員が理解できるように翻訳されている。
「だから金が溶けていくんだが……っと」
解読が終わったみたいだ。
この世界の文字で汚されていた羊皮紙は、俺が知っている文字――日本語になって書き直されている。前の文字は奇麗になくなっている。
『この村は間もなく魔物の襲撃に見舞われることだろう』
解読された文章は、そんな書き出しから始まっていた。
まるで預言者が言い出しそうな書き出しで始まった羊皮紙だが、どうも脅迫状の類で間違いないらしい。
「……俺が目的ってことか?」
マリィ宛に綴られた脅迫状。それには俺を速やかに引き渡せと書かれている。
取引に応じられない場合は、村を襲撃させる。といったところか。
この脅迫状がいつ届いたものなのか知らないが、マリィは俺を引き渡す気がなかったようだ。
その結果が、村が壊滅的な状況になって表れたわけだ。
「………………」
この脅迫状のせいで、新しい疑問が増えた。
まず、脅迫状を送り付けた奴は、なんで俺を欲しているんだ?
考えられるとすれば、リッチーという高位な魔物だからか?
魔物を殺して、素材として高く売る。そういう目論見なら、なんとなく理解できる。いや、したくねぇけど、俺も同じようなことをしようとしていたしな。うん。
だが、それならマリィと離れた隙を狙えばいいだけだ。
「というか、魔物が操れるなら、その魔物を狩ればいいだろうが」
はた迷惑な奴だな。まったく。
「…………くそが」
そのはた迷惑な奴のせいで、村の人間が何人か殺されたわけだ。
そして、自分一人で何とかしようとしている方向音痴にも、拳骨の一つでも喰らわせてやりたくなる。
今の所持金はマリィから受け取ったものを加えて、金貨六枚、銀貨十八枚枚、銅貨六枚。
『リーディング』で銀貨二枚と銅貨四枚を消費したわけだが……問題はどう行動するかだ。
魔法回数を優先するなら、例えば『フレア』が十八回も通常金額で放てる。
だが、マリィからも言われた通り、俺の魔法は威力が弱い。補助系はかなり有用なのに、攻撃に関してはトコトン弱くなっているみたいだ。
だから、確実に相手を殺すならば、もう少し上位の魔法を使用することになる。
で、威力を優先すると、回数が極端に少なくなる。
『ステータスチェック』は、対象者のステータスを知るための魔法ではあるが、2000円相当の魔法となる。金貨四枚相当だ。
そうなれば、六枚しかもっていない俺では一発が限度となる。まぁ、攻撃魔法じゃねぇけど。
細かいことを言えば、他の硬貨もあるし、一種類の魔法しか使わないわけじゃないだろう。
ともかく、脅迫犯をとっちめるまでは、慎重に行動する必要があるって言いたいだけだ。
「そんじゃまずは……」
一通り整理ができた俺は、本を持って湖を離れた。