リッチの本領発揮
「マ……リィ…………」
マリィの足元には、血の池が出来上がっていた。
その源泉は、さらに周りを囲むように転がっている動物の死体。
「镬ゔ哷ばゕゴ゜゠⃙⃙」
マリィは呆然と、燃えている民家を眺めている。
夕方。誰かが夕飯でも作っていたかもしれない。
しかし、その民家は静かに燃え続けている。
パチパチと、火の粉を上げて。
「こ、『コール・スタート』……マ、マリィ、いったい何があったんだよ?」
言葉が喉に引っかかるが、なんとかマリィに質問できた。
「…………魔物ですよ」
そう答えるマリィは、俺の顔を睨んでくる。
まるで親の仇みたいな目つきで。
「そ、それは分かるんだが、なんで魔物がこんなに……」
「あなたのせいですよ」
「…………は?」
今……なんて言った…………?
「あなたのせいなんですよ」
マリィはどこか悲しげな……だが、ハッキリと敵意が現れている表情で、
「魔物であるあなたが、この、魔物たちに村を襲わせたんですよっ!」
「おっ! おいっ! ちょっと待てよっ!? 俺、俺の……俺のせいで死んだっていうのかっ!?」
「そうですよっ! あなたが魔物をおびき寄せたんですよっ!!」
ふざけるのも大概にしてほしい気分だ。
俺が好きで魔物を呼び寄せたとでもいうのかよ?
村の奴らが憎いから、魔物を使って殺したってか?
「ふざけんなっ!」
そんなわけがあるかよっ!
「ふざけてなんかいませんよっ!!」
だが、俺の心の内が聞こえるわけでもなく。
それどころか、マリィは告げてくる。
「あなたがリッチーという上位の魔物だから、下位の魔物が引き寄せられたんですよっ!!」
俺の存在そのものが、村を血だらけにした原因だと。
「あなたとは、もう口も聞きたくありません。今すぐ『コール』を解除してください」
「おい……冗談だよな? さっきのは……いや、少しパニックになってるだけなんだよな?」
だってマリィは、俺のステータスを見てショボいって判断したんだぞ?
いくら高位の魔物だ。って言われても、それが原因で他の魔物が寄ってくるのか?
「何をしているんですか? 早く解除してください」
だがマリィは、俺の言葉に耳を傾けようとはしてくれなかった。
代わりに、
「『テュワイス』『パペット』」
俺が聞いたことがない魔法を連続で唱えてくる。
冗談じゃねぇぞ!?
「『コール・エンド』! クソがっ!!」
俺は反転して、村から逃げるように走り出した。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
たぶんだが、『パペット』というのが、マリィの言っていた傀儡術の一種なんだろう。
そして、『テュワイス』ってのは魔法の効果を二倍にする魔法か?
俺を追いかけていた動物の死骸が二匹だったところから、たぶん、そうなんだろう。
「はぁ……はぁ……」
くそっ!
「俺が……なにしたってんだよ…………っ!?」
リッチーって魔物だから魔物を呼び寄せた。
マリィにはそう言われたが、そのリッチーて魔物にしたのは、あのクソ女神だぞ。俺はなんもしてねぇってのに……!
「っ!?」
ガサガサと草木が音を立て始める。
そういや魔物がいるんだったな。この森の中は。
俺はポケットに手を突っ込み、現在の所持金を確認する。
金貨四枚に銅貨二枚。『キロ・フレア』二発が限界か……。
「仮に死んでも、きっちり復活してやるからな……!」
銅貨一枚は最低でも残しておかねぇと。使えるかどうかは知らねぇが、それでも頼るしかねぇ。
俺は金貨を握りしめ、
「来るなら来やがれっ! このクソ野郎どもがっ!!」
自分を鼓舞するように叫んだ。
草木は俺の叫び声におびえたのか、静まり返る。
緊張からか、喉が渇く。
本格的な命のやり取りってのは、何気に初めてだな。
「いつもはマリィが担当していたからな……」
そのマリィは完全に俺を敵視していた。
だが……違和感があるのも確か。
そもそもマリィは、俺のステータスをショボいと評価していた。
その上で、高位の魔物だから下位の魔物を呼び寄せるとか言っていた。
確かにマリィは強い。それは何度と魔物を倒していた姿を見て、嫌でも分かる。俺よりもはるかに強い。
「っ!?」
再び鳴る草木の擦れる音。
そして姿を現したのは、
「ガガゔセ゠ぬウゴヽめ゜゠グヾ捝エめエ゠ぷ」
獲物を見つけたような瞳を向けてくるマリィだった。
そのマリィの周囲には、血を垂らしながら歩いている動物の死骸が……ざっと見えるだけで二十はいる。
本気の本気ってやつなんだろう。
その本気を見せているマリィは、俺に向かって布袋を投げつけてくる。
恐る恐る中身を確認すれば、金貨三枚と銀貨二十枚。銅貨は八枚入っていた。
……どういうつもりなんだ?
分からないことは知っている奴に聞くのが早い。
「『コール・スタート』……おい、どういうつもりなんだよ?」
「魔物のくせに弱っちいですからね。抵抗されずに殺されたら胸糞悪いじゃないですか」
「………………」
やっぱり違和感がある。正体はサッパリだが、胸の辺りがモヤモヤする。
「それと……これは忘れ物です」
そんな違和感だらけのマリィから、さらに二冊の本が投げ捨てられる。
魔法一覧と初心者心得だ。
「なぁ? お前は何がしたいんだ?」
本当に理解ができない。
いくら弱いと分かっていても、相手を強くする必要はないはずだろう。
それをマリィはしているんだ。
「私のことはお構いなく。この後は村をあんな状態にした奴を殺すだけですから」
「………………」
「あなたは逃げ回ったあげく、湖にでも落ちて死んでくだい」
「そこはお前の手で殺されるわけじゃないんだな?」
「ふんっ。私の魔法は、大変貴重ですからね。あなたごときに使うまでもありませんよ」
「…………そうか。なら、」
俺は覚悟を決め、マリィに向かって叫ぶ。
「逆襲できる機会をうかがってやるっ! 『コール・エンド』!!」
翻訳の魔法を解除するとともに、マリィが指をさしていた方向とは逆に向かって走り出した。