実験にリッチさはいらない
「やっぱりなぁ……」
銅貨だけが入った袋を渡してから三分が経った。
するとマリィから受け取っていた銀貨が消える。お釣りとして銅貨が増えた様子もない。ここまでは納得というか、予想通りだ。
問題はここから先の話で、一枚消費に対して三分なのか、金額によって三分――この場合なら銀貨一枚で三十分の翻訳効果――なのか。この違いはかなり大きい。
というのも、仮に前者であれば、本来なら十円で済むはずだった魔法が百円相当になるからだ。効果が同じなら、安い方がいいに決まっている。
これが後者なら文句はない。今なら三十分は翻訳の魔法が有効になる計算だ。
「おいマリィ」
「なんですか?」
「銅貨を二枚くれ」
「二枚ですか? 袋ごとじゃなくてです?」
「あぁ。時間の経過を知りたいからな」
袋だと硬貨の枚数が曖昧になる。
数えている間に一枚でも減れば、それが銀貨によるものだったのか銅貨による魔法だったのかが分からねぇ。百円を損したことになる。
二枚だとポケットに入るし、確認もしやすい。
あとは待つだけなんだが……
「そういや聞きたかったんだが」
「なんです?」
「マリィって、なんで砂漠を歩いてたんだ? 迷子にでもなってたのか?」
「失礼ですね。誰が迷子ですか」
いやおまえだよ。方向音痴さん。
しかしマリィには目的があったようで。
「あの砂漠には遺跡があるんですよ。そこに行きたかったんですが、意外と遠くてですね」
「遺跡?」
なんだ? 遺跡の調査でもしたかったのか?
「はい。昔、囚人たちを閉じ込めておくために造られたと言われる監獄の遺跡です」
「監獄……」
なんか身に覚えがあるような…………気のせいだな。うん。
「その遺跡に、なんかあるのか?」
「はい」
マリィは少し声を低めて、
「あったんですよ」
と。
どこか寂しげな表情で……でも優しい口調で言ってきた。
まるで、どこか吹っ切れた感じの声音で。
過去形ってことは、もうないってことだ。
それなら深堀りをする必要もないだろうし、あんな顔をされちまったらする気もなくなる。
というわけで話題転換。
「あ、あの時連れてたガイコツって魔物なのか?」
スケルトンだったか? この世界では、なんて名前なのか知らねぇが、そんな名前のモンスターが出てくるゲームもあった気がする。
学校の理科室とかにありそうな骨だけの魔物を二体も連れていたんだよな。
「魔物と言えばそうなんですが……どっちかと言えば人形ですね」
「人形?」
「はい。死霊術が完璧ならもっと自立して動いてくれるんですけどね。私はまだまだですから」
天才がまだまだなら、死霊術とやらはマジで難しいんだな。
「そうなると……あれはマリィが操っていたのか?」
それはそれで、すごく機敏だった覚えがあるが。
「一応、傀儡術の応用なんですよ。傀儡術の上位版が死霊術となりますからね」
「ふーん」
傀儡術な……
「それって今出来るのか?」
マリィが言っていた傀儡術というのが魔法の一種なら、俺にもできるかも知れねぇ。
そんな好奇心だけで尋ねれば、
「いいですよ。少しだけ待ってください」
まさかの快諾。一族の奥義的なものでもないのか。
すごそうな名前だけに、ちょっと拍子抜けだ。
「『ボックス・オープン』えっと……「ちょっと待て」……なんですか? 今探し物をしてるんですから」
「いや待てよ。手を止めろよ」
マリィが『ボックス・オープン』とか唱えると、なにもない空間に真っ黒な渦が出現した。
その渦に片手を腕ごと突っ込んで、なにかを探しているようだが……
「なんだよその魔法は? ちょっと説明しろよ」
「コレですか? これは空間にモノを収納しておくための魔法ですよ」
なにその多次元ポケット。
それを知っていれば、毛皮とか本とかを持って歩かずに済んだだろうが。
「なんで教えてくんなかったかなぁ?」
砂漠ではともかく、森の中に入ってからは教えてくれてもいいだろうに。
本は分厚いし、毛皮もゴワゴワして大変だったんだからな?
「貧乏人なリッチーですからね。節約してるんだと思ってましたよ」
「俺が貧乏なのは、霜降り女神が悪い」
「また神様のせいですか。あなたはどれだけ、自分が偉いと思ってるんですか?」
「二十四時間、脂肪という名前の救命胴着を着ている女神よりは偉いと思ってるぞ? いや、そんなことよりもだな、その魔法の効果を教えてくれよ。できれば詳しく」
「どんな女神様ですか……まぁいいです。この『ボックス』という魔法は、異空間に小さな箱を造り出す魔法なんですよ」
とんでもない魔法だな。異世界なのに、さらに異空間とかいう単語が出てきたぞ。
「ただ、口を開けている最中は、術者の魔力を消費していくんです。だから、四六時中、開けっ放しにしておくと、とんでもないことになるんです」
「冷蔵庫みたいだな」
一気に庶民的になったな。すごいのか、すごくないのか、よく分からねぇ。だが便利そうではある。
「いや……魔力を消費していくってことは、俺の場合は金を消費していくってことか…………」
自分の家の冷蔵庫なのに、開くために金を払う気分だ。しかも開けている時間に応じて徴収されそう。
なんであの霜降り女神は、こういう便利魔法を教えてくんねぇかなぁ? だから、霜降り女神って呼ばれるんだぞ?
実際に使ってみたいところだが、『ボックス』という単語を見た記憶が薄い。
これが金貨一枚相当だとすれば、わりに合わない可能性が高い。
まずは魔法一覧で値段を確認する必要があるな。
そうなれば、残念ながら今の俺は使えない。村長宅に置いてきてるからな。
「私からもいいです?」
「おう。……といっても、あんまり答えられねぇかも知れねぇぞ?」
「別に構いませんよ。で、あなたが持ってた本って、なにが書かれているんですか?」
「あぁー……」
俺は迷った。すごく迷った。
魔法一覧はまだいい。俺が使用できる魔法の一覧だから、マリィに知られたところで世界がどうとかにはならないだろう。
問題はもう一冊の方――『異世界転生初心者の心得』だ。
ふざけた内容ではあるが、この世界の成り立ちとかが書かれていた。それをこの世界の住人に知らせていいのかどうか。
それと……単純に覚えてねぇ。
そもそも必要なところを、必要な時だけ読んでいたからな。
あとは暇潰し程度にペラペラめくっていただけ……そんなので覚えれるとは思えん。覚える気もなかったし。
というわけで、マリィに対する返答は、
「……あれは、この世界を覆すかもしれない内容が書かれているんだ」
大袈裟に答えてやった。