リッチでも仕事はできる
銅貨を獲得した俺は、マリィと共に村長のお宅へ。
この村で一番大きく、しっかりとした造りの家には、老夫婦が生活していた。
「セスばギゕぬウ」
老人といえば孫。
山といえば川。ぐらいの切っても切れない関係であるわけだが、孫役として、天才美少女のマリィが宿の交渉をしている。
相手は老夫婦にして部屋を余らせているときた。
しかも村に宿屋はない。あるのは素材屋と呼ばれる動物の皮だとか農機具を扱っているお店だけ。
基本的には、各家庭が自給自足での生活をしているらしい。
村長と呼ばれてる爺さんも、一番長く村で生活しているから。という理由だけで選ばれているとか。
という情報を得たところで、俺は『コール』の魔法を解除。
マリィが交渉している間どころか、三人の会話は謎の言語によって進んでいく。
洋画を見ている気分になる。まったく知らない言語だから、まったく理解ができないが。英語なら多少分かるんだがな。多少だからな?
「勹ゴ゜゠ヽ庇セ窅ゲ逗岴ゐソぴぬゟヽア゜ゞゑ〥〼〷コ郼キ儅オゕギびわヾ如ゲゔエ゙ぽセセ」
爺さんがどこか納得したような顔でゆっくりと頷いている。そしてマリィに肩をつつかれる。
どうやら交渉が済んだらしい。
「『コール・スタート』。で?」
「ペットであるあなたが、空き部屋から単独で出てこなければ好きにして良いらしいわ」
「そうか……ん? ペット?」
おい天才美少女。いったいどんな交渉をしたら、俺がペット扱いになるんだ?
バカな俺にでも分かるように説明してほしい。
「それよりも村長様。コレに出来そうな仕事ってあります?」
「コレ言うなよ」
扱いが酷くない?
転生してからずっと思ってたんだが、俺に対する扱いが酷くない?
「うーむ……リッチにできそうな仕事ですか? うーん……」
頭をひねり出す爺さん。
眼も瞑って、首もコクコクと……
「寝るなっ!」
「はうわっ!?」
完全に爆睡してたじゃねぇか、この爺さん。
さすがに叩くのは気が引けたから、軽く怒るだけに済ませたが。
「そうじゃのぉ……森で薪を集めるくらいかのぉ? 賃金は高くないが、持ってきた薪を買い取るくらいしか思いつかんのぉ……」
薪集め。まぁ魔法を使いそうにないし、俺でも出来そうな仕事だな。
「そんじゃ、明日は薪を集めてくるよ」
「そうですね。私も「いやお前はここに残れよ」……なんでですか?」
なんでですかって……
「だっておまえ、方向音痴だろ?」
二日三日もかけて薪集めをしたくない。
マリィを連れて行けば、薪集めに二時間。帰宅に二日の計算になる。下手したらこれでも甘いかもしれない。
しかし天才少女様はプライドが高いようで、
「私は方向音痴ではありませぇん! 少し散歩が好きなだけですぅ!」
「そんなに散歩が好きなら村の中を散歩しろよ」
それでも迷子になりそうで不安なところがあるが。
「それに。魔物が襲ってきたら、ショボいあなたに対処できるんですかぁあ?」
こ、こいつ。
確かに熊みたいな魔物が襲ってきたことを考えるなら、マリィと共に薪集めをした方がいい。
だが、効率を考えると、絶対に一人の方が速い。主に帰宅の面で。
「魔物が襲ってきたら、金貨を消費してでも追い払ってやる!」
「……薪拾いで金貨一枚以上に稼げるとでも?」
「………………」
見事に論破された。さすが天才少女。
論破されたことが悔しくないとは言わないが、それでもマリィを連れていくのは不安だった。
そこで、方向音痴への打開策がコレ。
「目印を付けながら進むというわけだ」
俺は鋭く尖っている石ころを拾い上げ、マリィへと見せつける。
「県ガひゕぬゴゖスウぴ゛ぽふウゴ¢」
おっと翻訳がされてない。部屋割りを決めた直後に解除したからな。
おかげで銅貨はまだまだある。会話するのに金を気にするのはどうだろうかと思うが。
「『コール・スタート』。この石ころで目印を作りながら森を進むんだよ。そうすれば、帰りは迷い難くなるだろ?」
住宅街ならともかく、森の中に入るなら、最低限のことはしねぇと。俺はもちろんのこと、マリィだって森は不馴れだろうからな。
それでも「迷わない」と断言できない。あくまでも「迷い難くなる」程度だ。実に悲しい。
「その程度の小細工で、なんとかなると思ってるんですか?」
「……おまえは、その自前の方向音痴にどれだけの自信があるんだよ?」
なんで自信満々に不安になることを口にしてんだよ。
むしろ石ころで済ませられるレベルに留めてくれよ。
「まぁいいや。それより、魔法について色々と教えてくれよ」
「魔法ですか? 別に構いませんよ」
よし。これで使用方法とか、効果が分かれば、俺も少しは戦闘ができる。
場合によっては、明日から単独で森の散策ができるかも知れねぇ。
一人は寂しいが、翻訳しないと会話ができない方向音痴を連れていくのは、金も時間ももったいない。
「あ、手短にな? 金がもったいないから」
「魔法をなんだと思ってるんですかね。このペットは」
ペット言うなし。
森に入ってから約一時間。
俺はマリィを睨んでいた。
言葉は通じない。三十分ほど前に翻訳を解除しているからな。
だから盛大に愚痴を口にする。
「森に行こうってのに、森とは逆方向に歩いた時から不安だったんだよ」
森に入る前から迷子になるってどうなんだ。そんな人間は、俺の人生で見たことも聞いたこともない。
「目印を付けた木は木端微塵にしやがるし」
木だけにか? 木だけに木端微塵ってか?
ふざけるのもいい加減にしろよ?
それでも最初は良かったんだよ。
薪になりそうな枝を拾いながら、マリィ先生による魔法の授業を受けてたんだよ。
まぁ、俺が質問したことに答えてもらっていただけなんだが。
その途中で魔物が襲ってきた。
茶色い毛皮のオオカミだったが、サーベルタイガーみたいな鋭い牙に、額の辺りからは角が生えていた。ウサギの魔物と同じような角だった。
そんなオオカミが三体も来たわけだ。
俺は軽くパニクっていたが、マリィは冷静に魔法を発動。
台風とまでは言わねぇが、かなり強い風が吹き荒れ、オオカミたちはズタズタに切り裂かれた。
オオカミの周囲にあった木々もズタズタに……というか、伐採されたみたいに。
俺が印をつけてきた木も斬り倒され、どの方向から来たのが本格的に分からなくなったわけだ。
だってしかたねぇよな。俺だってパニックになって、体を適当に動かしちまったんだから。
それでも目印を付けた木は残っているはず。
かなり奥に入って来たのは分かっているから、目印のある木を探したんだよ。
それを見つけたのが、よりにもよってマリィだったわけで。
あのときの台詞。いまだに覚えてんぞ?
「ほらっ! 私は方向音痴じゃなく、散歩が好きなだけなんですっ!! これで私には弱点がなくなりましたよっ!!」
今考えると、完全なフラグだな。迷子フラグだ。うん。
もっと強く否定してやれば良かった。
そうすれば、三十分も歩かないですんだかも知れねぇのに……。
「今日中に帰れるかなぁ」
無理だろうなぁ。