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短編集 冬花火

さよならの返球式

作者: 春風 月葉

 人は何故、弱く生まれ弱く朽ちるのだろう。

 そんな疑問と共に、私は幼き日のことを思い出していた。


 私の本当の父は、私が産まれる前に亡くなったらしい。

 母の再婚相手であった今の父は、私達に溢れんばかりの愛情を注いでくれたが、母の親族とはなかなか上手くいかず、苦労したらしい。

 当時、私はそんな父の苦労も知らずにすくすくと育っていた。

 母が死んだ。

 丁度私が小学生になろうという時期のことだった。

 母の式だというのに、父がずっと一人でいたの今でもよく覚えている。

 翌日の夕方、空もまだ赤いうちに帰宅した父は私に言った。

 キャッチボールでもしないか?

 その真意はわからなかったが、特に断る理由もなかったので私は首を縦に振った。

 学生時代、野球少年だったという父の球は私の左手に吸い込まれるように収まる。

 パシン。

 私の球は父の手前で落ち、ころころと足下へ転がる。

 コロリ。

 父は言った。

 本当は息子が欲しかったと。

 少しむっとして、私は強く乱暴に球を返す。

 何故?

 父は大きく逸れた球を追いかけた。

 こうしていつまでもキャッチボールができるから。

 ふーん、お母さんが好き?

 コロリ。

 うん、愛しているよ。

 パシン。

 その日、口下手な父がたくさんのことを話してくれたのを鮮明に覚えている。

 私達を繋ぐボールの音は空が暗くなるまで鳴り続けた。


 何故こんなことを思い出すのだろう。

 私は目の前にいる白髪の男性に球を投げた。

 やっぱり、息子がよかった?

 パシン。

 いいや、君でよかった。

 コロリ。

 返ってきたボールは私の足下へ転がる。

 私は父へ返せただろうか?

 翌週、父が亡くなった。

 式にはたくさんの人が出席し涙を流した。

 母の親族が肩を震わせながら父の遺影を見ては涙する様を見て、私も涙が溢れてしまいそうだった。

 あなたが私の父でよかった。

 コトッとボールを父の前に置く。

 父からの返球はもうない。

 私はようやく父の死に涙を流すことができた。

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