依頼
消えていた。
何もなかったかのように。
自分が目の当たりにした光景が嘘だったように。
浴室の惨劇は跡形もなく消えていた。
「こ、これは、、いったい、、」
言いようもなく、伝えようもない。
これが月喰なのか??
「さきほど、お宅に伺った際、浴室は血で満たされていました、、、とても、その、、酷く」
振り返りざまに依頼人に伝える言葉としては点数がつけられないくらいの言葉ではあるが、脳内が混乱してとりみだしてしまった。
「ここに母が居たんですか、、この浴室に、、」
「い、いえ、居たかどうかはわかりませんが、ここに血が、、、あったのは確かです」
「、、、、、そうですか」
振り返り、破れたカーテンから不気味に光る月を見ながら彼女はどんな表情なのか、、僕にはわかるはずもなく、また沈黙の時間が生まれる。
「、、、、、血が、、、」
口を開いたのは依頼人からだった。
「血が消えるのは、月喰です、、母はきっと、、、夜に堕ちました」
夜に堕ちるーーーつまり死んでいると、、彼女は言った。
「そ、そうときまったわけではありません!きっとまだっ!!」
遮るように彼女はもう一度言った。
「だって、そんな事あるわけない、、きっと月に食べられてしまいました。もう、、戻ってこないです。二人とも、、ずっと、、」
こんな街は嫌だ。誰も幸せになれない。
光もなく。悲しみを嗤う月だけが人を見下す街。
何も考えたくないと。
「、、、、、、、、」
何も言えない、、とても愛していたのであろう両親を無くした彼女にかけてあげられる言葉は持っていない。そんな資格も無い。
だけどせめて、、、
こんな自分にでもできる事があるのなら、、
できることは一つしかない。
「空木さん、お母様の事は[最後]までお任せいただけませんか?」
僕にできることは依頼を完遂する事。
それがどのような結果になろうと、
真実を知らないまま彼女の心をこの街に縛り付けてしまう方が、、、僕は嫌だ。
「当初のご依頼は連絡の取れなくなったお母様のご様子を見てきてほしいでした。、、、、身勝手で大変厚かましく失礼は承知の上ですが、この案件本格的に捜索としていただく事は可能ですか?」
「捜索?、、、ですか?」
「はい。捜索です。必ず僕が見つけ出します。」
「でも、、、おかあさんは!!」
せきとめていた気持ちが溢れだしたのだろう、震えた声、潤んだ瞳、キツく結んだ指先がとても強くあろうとしていた心を表していた。
「大丈夫です。必ず、見つけます。この案件の全てを、見つけます。[約束]します」
全身に力を込めて、まっすぐと目を見て[自分にも]嘘偽りのない言葉を言い切った。これが誠意だと教わった。
一度下を向き3度深呼吸をした彼女は顔を上げて、
お願いしますと、頭を下げた。
「お母さんを、、、見つけてください」
「はい。。。約束します」
必ず、約束は守る。守れるものしかしない。
いや、違うか、、守りたいものしか、僕は約束しない。
気持ちを落ち着かせるためにも、一度事務所に戻って、手続きの再発行をお願いしたいと言い、家を出てカラキ通りを二人であるきながら僕は月を見ていた。
見つけられるものなら見つけてみろ。
そんな風に言われているような気がした。
人を喰らう魔性の月が暗寧町の1日目を嗤いながら見下していたーーーーー