シーカークエスト ~クエストは甘くない?~
1コル=100円
僕の名前はシーカー・R・シーラー。
どこにでもいる普通の17歳、男子で冒険者をしている。職業は盗賊。自慢はどんな鍵でも開けられることだ。こそドロみたいな特技と職業だけどモットーは「堅実に生きよう」。日々の生活費を【お使い】という名の低レベルクエストで稼ぎつつ、【リクス・ファミリー】に所属して冒険者パーティー【ミリヤンズ】のメンバー。
六人編成で僧侶と魔術師、商人がいるのにもかかわらず問題児ばかりでいつも金欠。レベルも思うように上がらず苦労している。まぁそんなことを気にしているのは僕とミリヤぐらいだけどね。
で、そんな初心者レベルから向け出せていない僕たちの冒険譚というのを書こうかと思ってペンをとっている。
最近、「冒険者になろう」という冒険者ギルドと出版社が主催する投稿冒険小説大賞ってのが大陸で流行っていて、大賞になると10万コルっていうすごい賞金があるのだ。どんな新人でもパーティーにフル装備を買える賞金はやっぱりほしいよねってわけ。たとえそれが昨今減少してきている冒険者離れってヤツを解消するギルドの企みだろうと世の中はお金ですよ。世知辛いね。
あ、ただしね。
僕たちは勇者レベルのすごい冒険ってわけでも、逆に最近の冒険者は~ってな魔王流冒険者風刺ってことでもなく、ただ身近な冒険譚ってことしかないのであしからず。
世の中には勇者も魔王も多すぎて、ちょっと食傷気味って方にむけたマイナー路線でいくつもり。
そりゃレベル平均8のパーティー。相手にするのはレベル一桁のモンスターですから。
最近の冒険で一番印象に残っているのはタラントの町での一件だ。
あれはそう、僕がミリヤンズのメンバーになってから三ヶ月経った頃の話。
いつもならクエスト依頼も「どこどの町までなになにを~」とか、「どこどこの森の薬草を~」とかいわゆる現地に行き何かを取ったり、退治したりするだけの単調なクエストいわゆる【お使い】と呼ばれるクエストをこなして、メンバーとある程度なれたときにおこった。
♯1
「シーカー、クエストか?」
朝、僕がいつものように初心者冒険者御用達逗留宿「波乱亭」の井戸で顔を洗っていると「成金ズ」のリーダー、ゴールドンが僕の服装を見て、寝ぼけ眼で声をかけてきた。
ひどいパーティー名で、どうしてこんなのを選んで堂々としていられるなと思うが、彼らは僕たちと同じような一桁台の初心者パーティーだ。それにしたって成金ズなんてお笑いのネーミングだ。
ゴールドンはトレードマークのメタリックな安物ネックレスをじゃらじゃらさせて、真っ黄色のシャツと真っ赤なレザーズボンをはいた剣士。顔つきは金貨のように丸顔に体がごつくてどこかのチンピラに見える。お世辞にもかっこいいとはいえない。
だが見た目に反して、かなり気さくで、変なファッションセンスを除けば友達として楽しいヤツだ。ウチの問題児でもあるロッドさんの介抱をよく手伝ってくれる。
「そうだよ。タラントの町までね。珍しくマリアが持ってきたクエストで、三日ぐらいなのにかなり実入りがいい」
僕がタオルで顔を拭いてそう答えるとゴールドンは肩をすくめつつ。
「大丈夫かよ? うまい話には裏があるってのは常識だろ。クエスト選びは生死が関わるからな」
ゴールドンは、ばしゃりと水を桶にくみ入れながらちょっと心配そうに言った。
「んー。そりゃそうだけど今回だけはギルドのお墨付きだと思うよ。なんたって剣士ギルドの推薦みたいだし」
「へぇ。剣士ギルドね。スキルを買いに昨日行ったがそんな話はバリーナさんからは出なかったぞ」
バリーナさんとはマリアとゴールドンが登録した剣士ギルド、その中でも盾騎士の助言者だ。40代の女性で、むかしは美人だったんだろうな、という面影が残る艶女。
助言者とはスキルを伝授する役職の人で、ギルドの職員でもあり教育係として道場を管理している。僕たちのような初心者はスキルをギルドから購入して、伝授してもらうのが一番手っ取り早い。ゲームのようにポンポンとスキルを閃いたりできるのは一部の才能のある人だけで、大方の冒険者はこの伝授システムを利用しなければならない。
伝授されたとしても実践や鍛錬をしないと使い物にならないのですぐさま強くなるというわけでもないが、これがないとモンスターに太刀打ちができないのでみんな必死になってお金を貯めて覚えるのだ。
スキル貧乏、なんて初心者の金欠をあざ笑う揶揄だけども、笑っている中級冒険者たちも自分たちが苦労したから相談すればけっこう練習に付き合ってくれる。
ただし、スキルを伝授できるのは助言者だけ。スキルは神の力の一部だから、いろいろと条件があり助言者自体が少ない。
ちなみに僕の助言者は35歳の女好きな泥棒ゾーロという人だ。見かけはル○ン三世そっくりの猿顔で、女、酒、博打をこよなく愛するミドルダンディ。シーフの上級職である隠密で、高レベルのクエストをソロで達成するという化け物だ。よく自慢話に付き合わされるのですごく詳しくなった。大概が、魔王の城やどこぞの山賊のアジトから何かを盗み出すクエストだけど。
「なんでもマリアの鍛錬に必要なんだってさ」
「へぇ? マリアさんねぇ・・・。技術だけなら中級クラスに匹敵するって言われてるが、あの性格じゃあなぁ」
ゴールドンはちょっと言いにくそうに言葉をすぼめた。
まあそうなんだよね・・・。人が良いゴールドンが言いにくいのもわかる。
ウチのパーティーの要である壁役マリアはかなりアレな性格なのだ。強さ自体はレベルに見合わないほど強いが、性格が足を引っ張ってかなりパーティーの戦力が落ちてしまう。
「まあ何しても、生きて帰ってこいよ。違約金が発生するからって無理することはない。借金しても命あってのもの種だ」
ゴールドンはそう言って濡れた手で僕の肩を軽く叩いた。
「まあね。儲かったら飲もう」
「ああ、お前のおごりでな」
太陽の光を反射してゴールドンのアクセサリーと白い歯がぴかりと光った。
♯2
事の発端は、ウチのタンクの剣士マリアが持ってきたひとつのクエストだった。
前回、三日前にクリアしたゴールドラッシュの近辺の低レベルモンスター調査のクエストの依頼金がそろそろ心もとなくなってきたメンバーとの夕食時、波乱亭の一番安い定食「あり合わせ御前」を注文していたらルーティが切り出した。
「次のクエストじゃがな。わっちはマリアがもってきたクエストをしたいと思っておる」
茶色い髪のおかっぱ頭の弓使いルーティ。小柄な体で赤いワンピースのようなチェニックの下に黒のレザーパンツ。動きやすい服を着た彼女は活発なお転婆娘みたいで可愛らしい。
だが、見た目に惑わされてはいけない。 彼女はこれでも僕の三倍は生きており、細い腕からは尋常じゃないほどの怪力を生み出す亜人ドワーフの女性だ。見た目からはドワーフなんて一切分からないけども。
「マリアさんからのクエストなんて珍しいですね。じゃあそれしましょうか」
と、ただの水を飲んでいるだけなのに気品が漂ってくるリクスが何も考えずに賛成した。
我がパーティーリーダーであり、金髪イケメンのリクスだ。
職業は引く手あまたの僧侶。長くて黒いコートのようなカソックをピンと着込んだ姿は顔つきとあいまって敏腕司祭風のはずが、いつも微笑んでいるのでどこか間抜けに見える。
「兄、決めるのはやい」
「おお、賢者の卵ミリヤの好奇心を失念していました。ルーティさん、続きを」
ミリヤの一言でリクスは意見を変えた。
ミリヤはリクスの妹でウチのパーティー【ミリヤンズ】の商人で財務担当だ。名前からして分かるだろうけどリクスは極度のシスコンだ。パーティー名も彼女からとるあたりうかがいしれよう。あと毎回ミリヤの名前を呼ぶときに何かしら壮大な形容詞をつける。
「ルーティさん、クエストの詳しい内容おきかせいただけますか?」
ポニーテールの金髪美少女ミリヤは、とても冷静な瞳をルーティに向けて聞いた。
「もちろんじゃ」
ルーティは頷き、詳しい話を聞きいていると料理が運ばれて夕食となった。
♯3
簡単にまとめてしまえば、クエストは簡単な、というかただの農家のお手伝いレベルのものだった。
【パーティーレベル10以下可】
【メープス養蜂場の採蜜手伝いお願いします!】
【住所】 ザオリク地区タラント町12-3 (有)メープス養蜂社(養蜂場はタラントの町から東の森へ5km ウータマス車の送迎あり)
【依頼料】 1800コル(お土産に蜂蜜一瓶or蜂蜜酒一升お一人様ずつ)
※採蜜作業一日、タラントの町の宿屋にて宿泊等の三日間補助また作業用具の貸し出しあり。
※条件職業:剣士、盗賊一名ずつ。
いわゆるこういうのがお使いクエストと呼ばれているもので、多くが何かの手伝いといったものになる。
ザオリク地区というのは僕たちが拠点にしている交易都市ゴールドラッシュやタラントの町、一帯のことを指し、開拓が一通りすんでいるので街道も平和、強力なモンスターが飛び出すのは森や山奥などの人が入り込まない場所だ。
ただ、平和といってもやっぱり低レベルのモンスターなどは出るので、農作業や牧場の見回りなどの依頼は絶えない。僕たちはこうして今日もご飯にありつけるってわけだ。
「それかなり楽そうだね」
僕はちょっと気が楽になっていた。いまだにクエストの話を聞くとき、どきどきするのは僕が小心者だからだろうか。紙一枚の向こうにどんな世界が広がっているかわからないドキドキ感ももちろんあるが、それがモンスターの巣と想像すると怖い物だ。
「そうですね。依頼料もずいぶんと羽振りがよくて助かります。これなら来月分の保険料が振り込めそうですね」
リクスは【ファミリー】の創立者だけあって、ファミリー保険のお金を払えるかどうかけっこう悩んでいたりするのだろうか。そんなそぶり見たいこともないけど。
好意的な感想にルーティはニコニコと笑っている。
「そうじゃろ? それにほれこれはバリーナがマリアのためといっておったからの」
ルーティはその昔、斧姫と名高い戦士だったころがあり、助言者のバリーナさんとは友達だ。酒豪同士気があうようでよく飲みにいったりしている。
でも蜂蜜をとるだけのお使いクエストになんでマリアが出てくるのだろうか?
「タラントの東の森って何か強いモンスターいたっけ?」
僕がそんな疑問を出すと、お茶を飲んでいたミリヤが鞄からガイドブックを取り出す。
【ザオリク地方モンスターガイド ver4最新版】
僕たちがお世話になるママン出版社のガイドブックだ。広範囲のモンスターをまとめて、付録でマップが付いている。
ママン出版社は冒険者専用の出版社でもあり、こういったお役立ちブックをたくさんだしている老舗。初心者ならみんな持っているといっても過言ではない。
みんなの視線を浴びながらミリヤがガイドブックを見つつ言う。
「いないですね。街道沿いに出るモンスターと変わりません。タラントの東20kmほどいけば15レベルぐらいのモンスターとかもいますけど。一番強いので群生している植物モンスター、ガッブリーのレベル21です」
植物モンスター、ガッブリーか。
動かない系の植物モンスターは幻想系や毒系の霧を出すからタチが悪いんだよなぁ。お腹をすかせた旅人が良い匂いにつられてフラフラ歩いて行くとがっぷりってこともよくある話だ。
動いたら動いたで、執拗に追ってくるし気持ち悪いけどさ。
まあ今回はどうやら街道沿いだけだし、問題はないだろう。
「なら決まりでいいんじゃないかな? 条件の盗賊も僕がいるし」
盗賊という職業は、罠や鍵の解除なんてこともするので一般的に器用な人間だと思われている節がある。こうした農作業でも何かしらの器用さが求められていると条件にあがったりするのだ。
僕は前職が【錠前師】だったので手先は器用で、何かを作るといったことも好きな方だ。
「私も賛成です。このメープス養蜂場というのは高級蜂蜜の代名詞で、一瓶売れば100コルぐらいするかもしれません。六人いるので600コルの臨時収入は見込めます」
「え? そんなにするの?」
僕が驚きつつ声を上げる。
「はい。ここ読んでください」
ガイドブックにはタラントの町の紹介の文章があった。
『タラントの名産メープス養蜂場の高級蜂蜜! メープスの蜂蜜は蕩けるように甘く、後味がしつこくないさっぱりとした味わいで、セレブたちを虜にしている。そしてそれは味だけではない。蜜蝋は高級美顔クリームにも使用されており、それを一塗りすれば5歳は若返る神秘の化粧品として名高い。中でも、とある巣からごく少量採れるロイヤルハニーは美容、滋養回復、精力増強。老いに悩む紳士淑女のみんなに愛される奇跡の蜂蜜なのだ! ぜひいちどお試しあれ』
の文言の下にデカデカとメープス養蜂場の広告が打ってある。一瓶200コル、ロイヤルハニーティースプーン一杯1000コル。
「ほんとだ。すごい。てかティースプーン一杯1000コルはぼったくりじゃないか?」
「まあ商売ですからね。お土産にもらう蜂蜜は各自のお小遣いにしてもいいと思いますが、ロッドさんは借金。ルーティさんは積み立てがあるので回収します」
「ミリヤは怖いのぅ・・・。せっかくの蜂蜜酒・・・」
ルーティはちょっと悲しげに呟いた。
「矢、作るんですよね? 一本1200コルのために我慢してください」
「わかったのじゃ・・・」
あのルーティがしょんぼりしている。
まあルーティの矢は普通の矢じゃなくてほとんど短槍といっていいものだからな。鉄製だし。いまは二本しかないので我慢のとき。
「ルーティさん、マリアさんはなんとおっしゃているんですか?」
リクスはミリヤとルーティの会話に入りながら、ちらりと違う席に目線を向けてから聞く。
「マリアは気合いがはいおるの。バリーナはマリアのことを目にかけておるのじゃ。ほら言うじゃろ? 手の掛かる弟子ほどかわいいとの」
ルーティもそういってリクスが目線を向けた先を見て笑った。
その先は、波乱亭の食堂、角の壁際に専用の一人席をもうけて僕たちに背を向けた一人の女性が聞き耳を立てていた。薄い茶色の長いロングヘヤーにすらりとした手足、女性にしては身長の高いモデルみたいな美人。
ミリヤンズのタンク、剣士のマリアだ。
彼女の性格を一言で言ってしまえば、対人恐怖症のコミ障。もうちょっとマシな言い方がないものかと考えるが僕の語彙だとそれが精一杯。
人が居るところが極度に苦手で、町でも限られた人としか話すことができない。
戦闘でもパーティーの男性陣が近づきすぎるとパニックを起こして戦線が崩壊するので超デリケートに戦わなくてはいけないのだ。
まあ、ソロでもなんとかできるぐらいには強いので、たくさんのモンスターに囲まれない限りは二三匹なら耐えしのげる。
あと、食堂のカウンターで酒をちびちびとおっさんみたいに飲んでいるのはウチの魔術師のロッドさん。名家の出で、一時期は天才魔術師兼錬金術師なんかをしていたんだけど、世の中に憂いて酔いつぶす毎日を送っている問題児だ。
「なら決まりですね。あしたギルドで手続きをしてきますよ。出発は明後日の朝に。シーカー、準備をお任せします」
「了解。ミリヤ、何か商品持って行く?」
リクスの決定をきき、僕がいつものようにミリヤに聞くと彼女は頷いた。
「商人ギルドで話を聞いておきます」
「オッケー」
♯4
そんなこんなで次の日に僕は午前中に町の商店街でクエストの準備を終わらせた。
タラントの町は僕たちの拠点ゴールドラッシュからテクテク歩いて二日。泊まるところは野外か掘っ立て小屋、つまりキャンプになる。そのために食料や油、ちょっとした火付け用の薪などを買い込み荷車に乗せるという作業をこなす。僕はパーティーの雑用係だ。旅の準備や野外での料理、そのほかの雑用は任せてくれって感じだ。
午後にはスキルの訓練うけに盗賊道場へ向かった。
スキル鍛錬をしてくる助言者ゾーロさんは道場の裏手に酒場を経営して、いろいろな情報を集めている。鍛錬だけではなくクエストの話をしたり、街道のモンスターの情報なんてのを聞けば無償で教えてくれたり、価値のある話は格安で教えてくれたりと気前のいいおっちゃんだ。
「シーカー、おめぇあの蜂蜜クエスト受けるのか?」
広いトレーニングジムみたいな道場で煙草を吸いながらゾーロさんはちょっと驚いて聞いた。道場はいつもながらに閑散としている。
道場通いは僕の日課。盗賊の職業につく冒険者の中では僕がとびっきり勤勉らしい。
そんな弟子が可愛いのか、ただ単に暇なのかよくわからないけどゾーロさんはけっこう親身になってスキルの訓練に付き合ってくれる。
「はい。何か変ですか?」
「いや変じゃねけぇけど。そうか、そうか。なら今日は忍び足のスキルを徹底的にやろうか」
なんだかニヤニヤと煙草を吐き出して、猿顔のミドルダンディが笑う。
忍び足。盗賊の特殊な歩法であらゆるスキルの基点となる重要スキルだ。敵に見つからないように音を殺し歩くのはもちろん、最終的には見つかっても敵を惑わせる歩き方を体得できる。忍び足の上級スキルは残影。暗殺者や隠密の職業の代名詞でもある。
ゾーロさんに残影を見せて貰ったことがあるが、あれはチートだ。平然と歩いているだけなのに影を掴めっていわれているような感じで、まったくかすりもしなかった。
「忍び足ですか。まあいいですけど何か関係あるんですかね?」
「あれはだな。ウチの冒険者ギルドの中でも新人鍛錬に最適って言われていてな。期待しているやつらに斡旋しているクエストだ。特に剣士のな。おまんとこのべっぴんさん・・・マリアだっけか? ありゃきっと将来有望株なんだろうな」
「へぇ。でもただ蜂蜜を採るだけなような気が・・・」
蜂蜜採取の単純な作業にえらく仰々しい。
なんか裏でもあるのかな?
パーティーレベル10以下なので問題ないと思うけど。
って待てよ。蜂蜜ってことは蜂か。なるほど。
「蜂に刺されても平気になれってやつですか」
いわゆる根性論だ。
「まっそんなところだ。忍び足も蜂から蜜を奪う盗賊スキルだからな。ちょうどいい機会だ。忍び足がある程度物になれば、強襲系のスキルを買ってもいい。背後取りや不意打ち。400コルに600コルだ」
高い。でもほしい。
その二つは盗賊のスキルの中でもかなり強力な連携ができる。不意打ちは上手くいけば一撃で敵を倒す盗賊の浪漫スキル。そのスキルを使いこなすには忍び足や背後取りなどを駆使して、敵の不意を突かないといけない。ただ不意打ちのスキルだけがあっても意味はないのだ。
せめて400コルの背後取りがあれば戦況が楽になるんだけど。今回のクエストをして無理をすれば・・・。
「なんにせよ。鍛錬あるのみだ。ほれ、忍び足のおさらいから始めるぞ」
狸の皮算用をしつつ僕が考え込んでいるとゾーロさんが煙草を足元に捨ててそういった。
「あ、はい。お願いします」
へたっぴな僕の忍び足をゾーロさんが爆笑しつつも午後いっぱいをスキルの鍛錬に費やしてその日が終わった。
ゾーロさんが判定してくれた忍び足のスキルレベルは2だった。まだまだひよっこだとため息がもれた。
♯5
次の日、初夏の気持ちの良い気候の中、サラサラと草木が音を立ててなびいている。僕たちミリヤンズの六人パーティーはゴロゴロと荷車を牽いて、テクテクとタラントの町に向かった。
荷車には野宿道具やミリヤが積み込んだ商品を乗せている。
ミリヤは商人なのでクエストで旅をしているときにけっこう稼ぐことになる。今回もタラントの町へ行商する蚊帳を二十セット運んでいた。
蚊帳は高価な雑貨なので、利益がでる優秀な商品だ。夏場に農家の人たちが買い込み、冬場に近づくとそれを売って、毛布などの寝具を買い込む。商人はその差額を利ざやにして儲けるのだ。蚊帳だけではなく他にもちょっとかさばるような鉄の鍋や刃物などもガチャガチャと音を鳴らして、揺れている。
戦闘系の職業でもない商人をパーティーに加えるのはそうした儲けがパーティーの維持にとても重要だからだ。お金を上手く使えないパーティーはいくら強くても解散してしまう。
商人も商人で、独立した行商をしようとしても街道沿いを安全に旅するには冒険者の護衛が必要で、かなりの額の準備金が必要。
もっとも手っ取り早いのはクエストで各地を旅する冒険者のパーティーに参加することで、新人の商人はなれない武器を持ちつつ、メンバーとして奮闘して独立するってわけ。
悲しい話。結局のところ、世の中はお金で回っていて、その中でいきる商人や冒険者もそれに従うことになる。商人は棍棒をもち、冒険者は荷物を運ぶのだ。まあミリヤは意外と戦闘もこなすけどね。
要するに何が言いたいかといえば、ミリヤは大事なパーティーメンバーだと言うことだ。彼女がいないとウチのパーティーは別の意味で崩壊する。木箱を積んだ荷車の上に酔いつぶれているロッドさんも彼は彼でウチのメンバーに必要な人材。誰が欠けてもウチは窮地に立たされるだろう。
旅は順調に進んだ。
ザオリク地方の街道は、起伏がたいしてない。ゆっくりとたまーに、それこそ六時間に二三人程度の旅人や行商人の集団にすれ違いつつ、街道沿いの駅と呼ばれる掘っ立て小屋に野宿して夜を明かす。
道すがらに出てきた低レベルモンスターのミミガーラットを狩り、ルーティとマリアが丁寧に皮をはいで売り物にし、僕とリクスがその肉でスープを作る。
ミミガーラットというのは団扇みたいなでっかい耳をもった巨大ネズミで、安価な皮製品、肉はそこそこ美味しい。筋肉質な鶏肉みたいな感じだろうか。耳はこりこりとして、軟骨っぽい歯ごたえでスパイスをまぶせばおつまみに最適。
見た目は悪いが、塩をまぶして焼いてもいい。野菜と煮込めば馴染みのキャンプ料理となる。
ちまたでミミガーラビット料理は、貧乏料理として揶揄されているけどね。でも、僕たちは結構好きだ。安くて美味いは正義だから。
夜は夜で、ちびちびとお手製の酒を飲むロッドさんに夜警を任せてぐっすり就寝。
ロッドさんには、まだ二日酔いの起き抜けに今回のクエストの話はしてある。自分も蜂蜜酒作りは昔よくしていたぞ、なんて適当なことをうそぶいていた。まあ、一応理解しているってことで何も問題ない。
これが僕たちの旅の日常だ。
道中、モンスターを12匹ばかり倒して、のんびりとタラントの町に着いた。
もちろん、誰もレベルはあがらなかった。
♯6
「いらっしゃいませー! あ、もしかして冒険者さんですか?」
タラントの町の広場から少し奥まった大きなログハウス風のお店にはいると、エプロンをした店員の女性がニコニコと僕たちを歓迎した。そばかすの浮いた良さそうな人だ。まだ十代後半ぐらいかな。
店内は売り場を兼用しているようで、カウンターの近くの壁にはたくさんの蜂蜜や蜂蜜酒、化粧品がならんでいる。
ルーティとミリヤは物珍しそうに商品を見渡していた。ちなみにロッドさんは宿屋で寝かせている。
「そうです。ゴールドラッシュの冒険者ギルドのクエストで来ました」
「・・・ました」
リクスが店員さんにそう告げると、今回は頑張って横のマリアも小さく呟く。
彼女は初対面に弱いので、前に出ているだけでも奇跡のようだ。かなり意気込みがあるのだろう。
「ありがとうございます。ちょっと待ってくださいね。今責任者をよんできますので―――おばーちゃーーん! 冒険者さん来たよー!」
カウンターの奥に引っ込むと大声で責任者、彼女のおばあさんを呼んだ。
農家でよくある家族経営なのだろう。掃除も行き届いており、かなり綺麗だ。
これは期待ができる。まともな依頼主かどうかはクエストの善し悪しに関わってくる。
階段を下りてくる音が聞こえ、カウンタの奥から店員さんに連れられたでかいおばあさんが現れた。
見るからにただのおばあさんではなく、戦士みたいに屈強だ。
予想を大きく裏切られた。メンバーもみんなちょっとビックリしてしまう。
「ほいほい。よく来たね」
低めの声でそう言ってから僕たちを値踏みするように見て、
「ふーん。なるほどバリーナはレベルの高いのを寄越したね。そこのあんた、ちっこいが戦士だろ?」
と、ルーティーを見て言った。
「こんな可憐な美少女を戦士じゃとは失礼な。まあ、間違いじゃないのが口惜しいのぅ。だが、主は間違っておるぞ。わっちはこれでも弓使いで通っておる」
「アーチュー? ドワーフがアーチャーとは珍しい。なら、剣士や戦士は誰かね?」
「そりゃ、そこにいるマリアじゃ。リクス、この方に契約書を見せるのじゃ」
「そうですね。それが早い。どうぞ」
リスクがギルドのクエスト契約書を渡すと、おばあさんはそれを眺めて。
「ほうほう。なるほど、その美人さんが剣士かね。じゃあさっそく採寸だ。メローテ、あとのことは任せたよ。あんたは、ちょっとこっちに来ておくれ」
「ひっ」
おばあさんにわしっと肩を掴まれて、マリアは小さく悲鳴を上げた。だが、なみなみならぬ力なのか、マリアは引きずられるようにしてカウンターの奥へと連れて行かれる。
「あ、あのあの。え、ええ?」
真っ青になったマリアが何かもごもごと言うが、売られていく仔牛のように悲壮感を漂わせて消えた。
「どれ、マリアが心配じゃ。わっちはマリアの側にいってくる。説明は、リクス、シーカー、ミリヤがよく聞いておくのじゃよ」
「はい。お任せします」
「了解です」
「わかりました」
僕たちがそれぞれそう告げると、あいた頼む、と言い残してルーティもカウンターの奥へと入っていった。
「じゃあ、私が明日のご説明しますね。えっと、私の名前はメローテ・メープス。どうぞ皆様よろしくお願いします」
にこりと笑ってメローテさんは明日のスケジュールを説明してくれた。
♯7
「なんかこのクエストは怪しいよ」
僕はそう切り出して、料理をぱくりと摘まむ。
タラントの町の夕食時、民宿的なボロボロの宿に泊まった僕たちは食事をしながら、相談していた。
マリアは採寸で疲れ果てたのか、ぐったりと部屋で休み、ロッドさんはまだ寝ている。
いつものように四人で顔をつきあわせてクエストの話をぽつぽつとする。
「ですね。私もそう思っていました。花のように美しい私のミリヤ、なにか話は聞けましたか?」
「兄、変な呼び方は止めてください。商品を売りに商人さんのところにも行きましたが、頑張れとしか聞けませんでした。どうやら、ゴールドラッシュの町のギルドと結託して、秘密があるようですね。あの太鼓腹はニヤニヤするのが気持ち悪いです」
「さて、どうやら私は神に誓って、そのイヤラシい商人に天罰をくださなければならないようですね。私のミリヤを舐めますように見るなどとっ。神が許しても私が許しません」
変なスイッチが入ってリクスがワナワナと震えだした。
シスコンはミリヤに近づく男を神の敵と言い払って毛嫌いしているからね。
「兄、めんどくさい。よけないことはしないでください」
「おおっ天使のミリヤよ。なんと優しいのだろうか・・・」
「そうじゃのぅ。あの女将、メロッンはかなりの冒険者じゃったの。リタイヤして商売を始める冒険者は多いが、わっちらのような冒険者を雇う理由がわかりゃんせん」
ルーティはリクスを無視して、話を進める。
「んー。とはいっても明日のスケジュールはもうメローテさんから聞いたし、あとはするしかないんだけども。まあ、気を抜かずにのぞむしかないね」
僕がそういうとルーティが苦笑しつつ、お酒の入った木製のコップをちょっと上げて、
「シーカーの言うとおりじゃ。まっ考えてもしょうがありんせん。ここは英気を養うために飲むのじゃ。何かあったらわっちが面倒をみてやるぞ」
そう男前なことを言ってぐいっと酒をあおった。
ルーティっていつも思うけど、ウチのパーティーで一番イケメンかもしれない。
♯8
翌朝、とても良い天気。青い空と太陽がまぶしい。
僕たちは朝早くからメープス養蜂社のお店にうかがい、メロッンさんとその旦那さんと一緒にウータマス車に乗ってタラントの森へと向かった。
旦那さんは、シプッロさんと呼ぶ人の良さそうな笑みをした痩せた老人だ。きびきびと動き回り、なんとなく歩き方からして盗賊風だったので話をうかがったところ、ビンゴだった。
シプッロさんは冒険者の盗賊をしていたこともあり、忍び足にはかなり自信があるそうだ。今回のクエストで何かあれば僕に助言をしてくれると言う。
助言?
なんかすごく幸先が怖くなってきた。
ドシドシとウータマスの足音が森に梢にこだまする。
ウータマス車とは、馬で引く馬車ではない。ウータマスというモンスターに馬車を引かせる乗り物だ。ウータマスは馬ほどもあるでっかいオラウータンで、気性は比較的穏やか。小さいときから飼育して仕込むと馬車を引くことができる。
人力車みたいな見た目だろうか。ウホウホ歌いながらつぶらな瞳で楽しそうに歩いている。意外と可愛い。
動物好きのマリアがガン見していた。
でも、ウータマス車の最大の魅力は、低レベルモンスターを倒すことにある。腰に牽引具を装着しているので、両手を使って出てきた雑魚モンスターを殴り飛ばし、快適に進める優れものだ。
広告をよく目にするので覚えている。
『乗って快適、安心で快適!
我が社、トーマス社が誇る高馬力、従順な山作業の強い味方、ウータマス車タイプ2!森林や山道に特化した良質なフォレストウータマスがあなたの作業を力強くバックアップしてくれる。木材なら丸太を五本までの強力な牽引力、10以下の低レベルモンスターなら一撃で吹き飛ばす安全性。この機会に是非ご試乗ください 特別価格7万9800コル』
まあ貧乏パーティーでは買えないトラックみたいなものか。
ちなみにタイプ1はもう少し小さいサイズのウータマスで、荷車などを牽かせる。軽自動車みたいな感じ。
最近はこうした便利な乗り物が増えてきて、冒険者のちょっと減少気味だとか新聞でよんだことがある。まあ世の中も変わりつつあるのだ。
新車らしく、毛づやのいいウータマスがウホウホ歌い、ルーティとマリアもつられてラリホーラリホーと歌いながら森の中を進んでいくと、山小屋にたどり着いた。
「着いたよ。ここで作業具に着替えて森を進めば作業場だ。この先だとこの子じゃ警戒されるからね。さあ着替えた着替えた。マリア、あんたはこっちだよ」
「ひっぃ」
そういって御者台から下りたメロッンさんはパンパンと手を叩き、ウータマスを撫でていたマリアを連れて先に中へと入る。
「さて、ではいっちょ気張るのじゃ」
「ですね」
「私はマリアさんとところに行ってきます」
「ちょっと不安だけど頑張りますか」
僕はそう言いつつみんなと一緒に小屋へ入った。
さて、ここで着替え終わったマリアを見て受けた衝撃をどう形容していいのか、僕の表現力では書くことができない。
着替えというよりもそれは装備だ。
小屋の中は作業道具や着替えるための個室があったりと、煩雑としている。
着替え終わったマリアの姿は一言でいえば、立派だった。
なぜならフルアーマーだからだ。
使い古されたアーマーだけど、それは重い鉄製の鎧。
一式そろえようと思えば、それこそ2万以上する高級装備で、そろえるだけでも骨が折れる代物だ。
ヘルムはバケツみたいな形にバイザーでフルフェイスとなっている。
「なんでフルアーマーが・・・」
僕がマリアの出で立ちに戦々恐々として声が出る。
異様なのは立派なアーマーがベコベコに凹んで、裏から叩かれた痕が残っているということだ。
「なんじゃ? その姿は」
「私も驚きました」
「蜂蜜を採りに行くだけですよね?」
リスクもミリヤも、ルーティでさえも驚いている。
「さて、では。ここであんた達にこのクエストの本当の説明をしようじゃないか」
僕たちが驚いているのが面白いのか、怖い顔つきをしたメロッンさんがニヤリと怪しく笑って説明を始めた。
♯9
いじめだ。
これはギルドの新人いびりだ。
僕はぜったいこのクエストを一生忘れないだろう。
これから僕たち、主にマリアと僕の災難のクエストが始まる。
羽音って言葉を知っているだろうか?
蜂とかが空中にホバリングしているとすごくうるさくて、あの怖い感じ。
あの音がライブハウスのようにうるさく、しかもビュンビュンと風が吹き荒れている現場を想像できるだろうか。
数十匹、の蜂たちが羽音を鳴らしてチキチキと威嚇する。
ミツバチ、スズメバチなんて可愛いものだ。
僕たちの目の前にいる蜂は、大人ほどの腕もある巨大な蜂。
それが無数の羽音を鳴らして、こちらに顔を向けていた。目の数はもはや数え切れない。
モンスター、ビックビー。
森林や草原、様々なところで出没するレベル4のモンスター。このモンスターの種族はものすごくたくさんいるが、僕たちがこなすクエストではビックビーの亜種らしい。
んなことはどうでもいい。
その蜂モンスタービックビーの巣、巣というか小さな塔だよ。
塔の天井や壁穴からわんさかビックビーがあふれ出し、マリアを見下ろしていた。
何を隠そう、このクエストは、このビックビーの巣からロイヤルハニーを強奪するのだ。
やり方は単純、マリアが囮となって、僕が巣に侵入、護衛達の目をかいくぐって一瓶しか採取できない特別な蜂蜜を採る。
「さてマリア。私がいったように、《雄叫び》でビックビーをおびき出し、《鋼の決意》で耐えしのぎな。これがクリアできるころにはあんたの《鋼の決意》は格段に上がるさ」
などとメロッンさんはフルアーマーのマリアに説明していた。
「はい。わかりました」
ヘルムからくぐもった声を響かせてマリアが固唾をのみつつ頷く。状況が状況なだけに彼女の対人恐怖症もふっとんでいるみたいだ。
《鋼の決意》とは剣士のスキルで、タンク役の剣士には必須といってもいいものだ。効果はノックバック防止。折れない鋼の決意の錨を地面におろし、あらゆる敵からパーティーを守る砦となる。
バフタイムとか、クールタイムとか、そんなものはない。ただ、攻撃を耐えしのぐ決意さえあればいいという乱暴なスキルで、いわゆるタンクの剣士が根性がすべてといわれる原因のスキル。
いやいや。
ビックビーがいくら低レベルといっても、あれだけの数から体当たりを喰らうとそれこそリンチだ。鎧がベッコベコに凹む。
だからフルアーマーなのか・・・。防御力が高くてダメージが通りにくいっていってもあれじゃあ・・・。
「シーカー君。君の役割はマリアさんの頑張りを無駄にしないこと。マリアさんが耐えているときに、巣の後ろから回り込んで、扉を開けて中の幼虫の巣穴にたまった蜂蜜を採ってきてね。あ、幼虫といってもレベル2ぐらいあるから気をつけて。巣穴からは出ないけど、採るさいに噛みついてくるから。噛まれたらぶしゅーって血が出るぞ」
僕の後ろで人の良さそうな顔をしたシプッロさんがアハハハと笑って気易く言った。
アハハじゃないよ。全然笑えない。
助けを求めようとルーティたちに目線を向けるも、
「マリア、がんばるのじゃぞ。もしだめだったらわっちが代わりに出るのじゃ」
「マリアさん、気をつけてください。私もなにかお手伝いできることがあればいいんですが・・・」
「怪我はしたらすぐさま戻ってきてくださいね。近づかないと治癒がとどきません」
ルーティたちは僕の方を見ずに、マリアへ心配そうに声をかけていた。
というかルーティのサイズのフルアーマーは特注だろうに・・・。マリアさんは背が高いからなんとか装備できているけど、ルーティには無理だ。
いやてかクエストの内容を考えるとマリアの負担が多すぎるのはよくわかるし、僕も見守る側だったらそうするけどもさ・・・。
僕だって頑張るんだよ?
なんでこう盗賊って報われないんだろ。
目立つのは戦士とか剣士とか、僧侶や魔術師が花なんだよね・・・。
というかゾーロさんこれ知ってて忍び足の鍛錬をしたのか。
もどったら文句を言ってやらないと気が済まない。
「リクスさん、祝詞をお願いします」
「わかりました。《鉄と戦場の神グリモフよ。ここに勇壮なる戦士たちの剣戟を奉じん。我らの鋼の意思と炎の勇猛に加護あれ、勝利を与えたまえ》」
リクスが錫杖を掲げて、歌うような旋律で祝詞をあげる。
僧侶、その中でも戦いの神グリモフに仕えるリクスは、《戦場の祝詞》の神聖魔法が使えて、これにかかると闘志が沸き、様々な効果を発揮する。
一種の興奮剤みたいなものだ。剣士や戦士、といった戦闘職はグリモフ神の加護が厚く効果が掛かりやすい。
「では、行ってきます」
ふん、っと気合いを入れたマリア、鎧姿の戦乙女が歩き出す。
えっ? もう行くの?
僕まだ心の準備が―――。
「クリアできたらあんたも一人前の剣士だ。がんばってきな!」
メロッンさんが豪放磊落な笑みを浮かべて、ガシャンとマリアの背中を叩いた。
♯10
勇壮なる戦乙女が戦陣を切り、開けた森の広場にあるビックビーの塔へと赴いた。
ロングソードは持っていない。ビックビーは仲間の死を察知すると毒針を使うからだ。不殺の心得。
手にしているのはマリア愛用の巨大な大楯。大楯の底には杭のような突起が出ており、それを地面に突き立てて突進に備える。
塔に近づくだけで、ビックビーたちは警戒の音を発し、ぶんぶんと興奮して飛び回る。
誰もが息を飲んでその光景に見入っていると、
「はぁぁぁあああああああ!」
大気を振るわせるような大声で、マリアが吠えた。
《雄叫び》。剣士がもつスキルで、周囲にいる敵の注目を集める。効果は注目を集めるだけではなく、スキルレベルとモンスターレベルによっては、一種の金縛りやパニックを起こす優秀なスキル。
飛び回っていたビックビーたちが、ぎょっとしたように一瞬ぴたりと止まる。
が、そこから攻撃が始まった。
ガンガンと広場に金属を叩く甲高い音が木霊し、ビックビーたちはマリアが倒れないとみると、さらに数を増やして体当たりを繰り返す。
それはまさにリンチだ。ビックビーの体当たりは、拳ほどの石を投げつけられるほどの衝撃があり、それが背中、腕、頭、腰、足など台風のように激しくぶつかっていく。
ビックビーは順次、個体数を増やして攻撃をする。
最初の数匹では足りないとみると、倍々ゲームのように増えるのだ。
マリアは堪え忍んでいた。
二三匹程度では小揺れもしないマリアだけど、十匹以上から連続攻撃にあうとさすがに堪えるらしく、突き立てた大楯を支えにして体勢を維持する。一瞬できる攻撃の隙間に体勢を整え、猛攻に必死であらがっていた。
「マリア-! 気張るのじゃ!」
「マリアさん!」
「《我と汝は共に立ち、剣は汝、盾は我、二人そろうとき我らの前に敵はなし・・・》」
「がんばれ!」
僕たちはマリアの奮闘に声援をおくっている。
リクスさんは祝詞を継続しながら支援していた。《戦場の祝詞》を継続し、さらに派生して支援する《共立ちの祝詞》。ダメージの軽減と一部肩代わりでマリアの負担を少しでも減らそうとしている。対象が遠すぎるため、魔力をかなり消耗するようだ。額には汗を流していた。
「じゃあ、シーカー君。出番だよ」
僕の肩をポンと叩いて、ビックビーの数をかぞえていたシプッロさんがミッション開始を告げる。
うっ。
すごい光景だったので忘れていたが、とうとう僕の番だ・・・。
いまさら止めようなんて言える気配じゃない。
マリアの周りにはすでに70匹以上のビックビー。
ああもう!
どうにでもなれ!
せっかくマリアが頑張っているんだ。僕が弱腰でどうする!
「わかりました」
僕は短く答え頷き、たすき掛けにした鞄を握りしめてスキルを発動させた。
さあ、見てろよ。
僕の《忍び足》を。
といってもすごく地味だけど。
♯11
僕は広場を外れて、森から塔の裏手に回る。
ビックビーはマリアを倒すために出払っている。
簡単に言えば、空き巣に入るようなものだ。いやまて。初めて空き巣という言葉の意味を知ったよ。ほんとうに字の通りなんだなぁ。
隠密のゾーロさんなら鼻歌交じりにクリアするんだろうけど、僕はへたっぴな忍び足では細心の注意が必要だ。
森の中に落ちている枝を踏まないように慎重にしつつ、最大速度でスキルを発動していく。
スキルといっても、実際は歩くコツのようなもので、それ専用に靴底をもこもこした毛皮にした靴と歩法を上手くすれば誰でもできそうにみえる。だが、スキルも魔法の一種。靴は普通でも音がほとんどしない。しかも生き物の存在感を消すので、いくらでも悪用できそうな技なのだ。
スキルが上がれば、走っていても発動できるが、僕には早足がせいぜい。これでも頑張っているほうなんだ。
塔の裏手にはすぐさまついた。
ビックビーの巣とはいっているが、この巣は人工物だ。メープス養蜂社がつくったもので、ちゃんと出入り口として木製の扉がある。サイロみたいな円柱の筒に、ビックビーが飛び出せるほどの穴が上部にたくさんあいている。
蜂の習慣で、上部には普通の蜂蜜。下には蜂の子を養う巣があって、狙いのロイヤルハニーはその幼虫の巣の周りにべったりとついているらしい。
マリアがいる広場のほうはまだガンガンと甲高い音が響くが、裏手は静かなものだ。
嵐の前の静けさ、なんてものにはならないことを願うしかない。
順調に扉に張り付くと、ものすごい甘ったるい匂いと、扉越しにカサカサ無数の音が鳴っている。何かが動いている音だ。それもかなりでかそうな何か。
ええいままよっ!
扉を開けようとすると固い。何かがへばりついている。
僕はなんとか音が鳴らないように注意して力一杯扉を開く。
ぬちゃりと糸を引いて、ぺたりと僕の頬に何かが張り付いた。
それも気になったが目の前の光景に驚いていた。
そこはとんでもない光景が広がっている。
塔の中はそこまで暗くない。塔の天井や壁の穴から光が差し込むので、比較的あかるかった。
だからだろう。
その光景が目に見えてしまって、悲鳴をこらえた。
内部は四階建てほどの高さのでっかい本棚に区切られた狭い図書館みたいな感じだ。それが本ではなく、びっしりと六角形の巣穴にでかい幼虫が挟まってカサカサ、むごむごのたうっているのだ。
しかもビックリするのはビックビーのちょっと大きなモンスターが三匹ほど本棚に張り付いて僕を見下ろしていたのだ。
黒っぽい体。
あれはビックビーの雄らしい。雄は戦闘もせず、働かずにただクィーンの交尾相手として生かされているらしい。
なんだか哀愁ただようくりっとした複眼が、なんか用? みたいな調子で僕を見つめて動きもしない。
そんなくだらないことを考えているのはきっと僕の頭が現実を拒否しているからだろう。
クエストを終わらせて、一刻でも早くこの場から立ち去りたい。
僕は鞄から瓶とへらを取り出し、肩幅程度の狭い隙間に潜り込む。
うわっ。間近で見ると真っ白でつやつやのボディが気持ち悪いなぁ。
「ちょっとお邪魔するよ」
僕は嫌な顔をしつつ、そう優しく声をかけ、白い幼虫がわさわさといる巣穴にこべりついたロイヤルハニーをベラですくい取る。
ロイヤルハニーは薄いピンク色の液体だ。一抱えほどの巣穴からわずかにしか混じっていない。
もそもそと幼虫が蜂蜜をなめとる横からピンク色の液体部分を瓶に入れていく。
作業は迅速を要求されるので、完璧にしなくてもいいらしい。
丁寧に採ると、夕暮れになってクィーンが帰ってくる。
てか、そのまえにマリアの体がもたない。
クィーンはビックビーを統率し、知性もちょっとはあるのでこんな簡単な囮作戦をすぐに看破するそうだ。クィーンはレベルが高く、ビックビーたちを操って戦闘になると厄介な相手。そのときにはすぐさま逃げろと言われている。
なので、僕は無心になって気持ち悪い巣穴を横歩きしつつ、すくい取っていく。
幼虫は時たま怒って、小さな牙をカチカチならし、噛みついてくるのでかなり気が抜けない。しかも、巣穴は中空なので後ろからも噛みついてくる。
何度か痛いしっぺ返しを喰らって、切り傷をこさえて、僕はドンドン奥に進んでいった。
「ふう。これぐらいでいいかな」
ベタベタの蜂蜜にまみれた手を止めた。作業が進んで、予定されていた一瓶を大幅に超え、三瓶を満タンにして僕はため息をつく。これでも作業時間は三十分かそこらだ。
瓶をしまってそろそろ僕が戻ろうとした矢先、
「シーカー!! にげろー!!」
「シーカー! はよう逃げるのじゃ!」
「早く! 早く!」
え? なに?
外からメロッンさんの大声が聞こえ、そのうえルーティたちからも何か騒ぐ声が聞こえる。
僕がその声に不思議がっていると、辺りが暗くなった。
「ん?」
首をひねって上を見上げると、天井からでっかい赤い目がこちらを見ていた。
あ、クィーンだ。
♯12
これはやばいと思った。
人間ほどもある巨大な蜂だ。
クィーンは真っ赤な瞳で、興奮している。カチカチとまるで気が狂ったように牙を鳴らしていた。
怖いのは垂直に僕を見下ろし、威嚇の声を上げて吠えている。
レベルは確か17。ソロの僕では太刀打ちできない。
その上に僕のいる場所は扉から一番遠く、奥まった場所にいる。走って逃げても余裕で追いつかれて背中をがぶり、と噛みつかれる。
どうなるか想像もしたくない。
一瞬のにらみ合いはすぐにおわった。
クィーンが突進してきたのだ。重力に引かれるようなすごいスピードで僕に突撃してくる。
僕は慌てて、《後ろ飛び》のスキルを使って辛くもその突進をよける。袋小路にならないように、後ろの空間を意識して。
飛び退いたのと同時に、さきほどまでいた僕の場所にクィーンが固い頭をぶち当てた。
あ、あぶなっ!
ゾーロさんとの訓練が役に立った・・・。ここまで綺麗に後ろ飛びが決まったのは初めてだ・・・。
僕はすぐさま後ろ飛びを連続発動、いっきに間合いを開けて逃げる準備をする。その間に、クィーンはぐるりと回転して体勢を直す。
またカチカチと牙を鳴らして、攻撃態勢に入った。
ここはクィーンの巣だ。
上下、前後に動き回るクィーンとは違い、僕は横の動きを制限されて、後ろか前に行くしか回避運動ができない。
しかもクィーンがあらわれたので興奮したのか幼虫たちも蠢きはじめ、さきほどから腰の辺りの革鎧に噛みついてくる。
時間もない。クィーンが来たと言うことは、ほかのビックビーも巣に戻る可能性が高い。
走馬燈のように目まぐるしく考えつつも、クィーンから目を離さずに攻撃の起点を探る。
ささいな動きも見逃さず、敵の動きを敏感に感じ取って回避する。
それが盗賊の戦闘方法だ。僕らは真っ正面からやり合えば弱い。弱いからあの手この手の卑怯な手段を使って生き抜く。それが盗賊だとゾーロさんから教えてもらった。
曰く、戦士や騎士は栄光を勝ち取る者で、盗賊はどんな状況でも生きて帰る者だと。
・・・あの手この手?
なるほど。
ありがとうございます、ゾーロ先生。
僕は一つの卑怯な手段を思いつき、覚悟を決めた。
それと同時に、クィーンもふっと巨大な前足に力を抜いて、モーションに入った。
僕は最大の力を込めて地面を蹴り、後ろ飛びを発動。
その瞬間に、腰に噛みついてきた幼虫を掴んで、クィーンの目の前に投げつける。
「ピュギャー!」
怖い泣き声を上げて、幼虫が飛ぶ。
《スリングショット》で鍛えた射撃が狙いを違わず、幼虫はクィーンの真っ赤な目にあたり、クィーンは一声鳴くと、幼虫をかばうように体勢を崩す。
僕はかっこわるくも、生き残るため、手当たり次第に幼虫を巣穴から引っ張り出して地面に撒いていく。
クィーンも怒りの泣き声を上げるも、自分の子を見捨てることもできず僕はからくも塔から外に出た。
その太陽がまぶしい。
が、外にはブンブンとビックビーが十匹も飛び回っていた。
ここもやばい。
一匹や二匹は逃げることができるが、十匹以上に囲まれては僕も厳しい。
死ぬことはないだろうけど、腕の一本、あばらの数本は覚悟した方がいい。
ぐっと腹に力を込めて、僕は瓶のはいった鞄を前に抱え、森へ走る。
すぐさま一匹が僕の背後から突進を繰り出し、衝撃が背中から胸へと駆け抜けた。
かなりの衝撃で、息が詰まる。僕の安い革鎧だと大して軽減できない。
体勢をなんとか崩さずに前進しつつ動き続ける。
まあモンスターの攻撃なんてなれているけどさ。
鋭い牙とかで攻撃されない分にはなんとか我慢できるが・・・。
それにしたって数、多すぎない?
思わず立ち止まって苦笑した。
行く手の森には伏兵でさらに10匹のビックビーが威嚇の声を上げる。
さすがに、20匹で挟撃されたら僕もお手上げだ。
さて、残るはこのロイヤルハニーを無事にどうやって守り切るかってことだな。
僕が半ば、そう諦めかけていたとき、
「やめろぉぉぉおおおおおお!!!!」
大気どころか、森を揺るがすような咆吼が背後から轟いた。
あまりの音量にびりびりと痺れ、僕が一瞬気を失いそうになる。
ビックビーもたまらず、気を失ってぼとりぼとりと地面に落ちてしまった。
唖然として、振り返るとそこに騎士がいた。
「シーカーさん・・・はやく、逃げましょう・・・」
満身創痍、ヘコみすぎてひとまわり小さくなったアーマー姿のマリアがふらりと崩れ落ちそうになるのを盾で支えている。
「ああ、うん。マリア歩ける? 肩貸すよ」
「すみません、ちょっとお願いしても良いですか」
「シーカー! マリア! 大丈夫かえ!?」
そこに短槍を両手に持ったルーティが必死の形相で近く付いてくる。後ろにはミリヤやリクス、メロッンさんたちも同じように来ていた。
「ルーティが来たらもう大丈夫だ。速く逃げよう」
「ですね」
ヘルム越しではよく分からなかったが、マリアはたぶん微笑んでいたと思う。
僕たちは協力し合って、その場から逃げ出した。
♯13
「いやーあんたたちは実に働いてくれたよ! しかも三瓶も。こりゃ色をつけないとね! ほら今日は打ち上げだ心ゆくまで飲んで、食べておくれ! 乾杯!」
メープス養蜂社の大きな食堂で、豪華な食事の前にしてメロッンさんが杯を上げて乾杯する。
あれから僕たちはビックビーの巣からなんとか逃げることができ、マリアをウータマス車で運び出した。
マリアのアーマーは形が変わってしまい、タラントの町でしか脱ぐことができないのだ。
こういったことにはメロッンさんやシプッロさんも慣れたもので、町に戻るとすぐさま回復役の僧侶と鍛冶屋のおっちゃんたちがわっんさか集まってマリアを介護する。マリアも疲れ果ているのか普段の対人恐怖症みたいにな元気が出ず、介抱に身を任せて丸一日を回復に過ごした。
全身の打撲と数カ所の骨折。
リクスと町の僧侶が尽きっきりで治癒の魔法をかけ、翌日には体を動かすぐらいはできるまで回復した。が、回復したらしたで対人恐怖症が出て、今回の功労者なのにテーブルの隅でちびちびと料理を食べている。
「いや、今回のマリアはかっこよかったの。それにシーカーも盗賊っぷりを見せてくれたのじゃ。クィーンが突然帰って来たときは冷や冷やしたぞ」
ルーティはかなりご機嫌だ。
高レベルの戦士をしていたルーティはマリアがあれだけの獅子奮迅ぷりを見せたことに感動していた。普段から何かとマリアから戦いの相談を受けているので嬉しさもひとしおなのだろう。
「私もマリアさんはすごいと思います。シーカーさんもお疲れ様です」
冷静なミリヤも興奮気味に頷く。
「いや・・・ほんと、二人ともお疲れ様。我が神グリモフも喜んでいるよ」
逆に、リクスは疲れきった顔で微笑んだ。
リクスは裏の功労者だ。マリアに支援の祝詞を上げ、終わったら終わったで彼女につきっきりで回復魔法をかけていた。町の僧侶は高齢で、途中からへばりきって持病の腰痛が再発し、そのお爺さんにも回復魔法をかけていたのでげっそり痩せている。
リクスってすごく優秀な僧侶で、パーティーのリーダーなのに存在感が希薄で、なぜかいつも貧乏くじを引いているような気がするのは僕の気のせいだろうか?
「リクスも回復役お疲れ様。もう一泊してからゴールドラッシュに戻ろうか」
「シーカー・・・君はいい人ですね」
誰からも感謝されなかったリクスはしみじみと泣きそうになりながらそういった。
うん、我がパーティーのリーダーは頑張ってくれている。僕だけじゃなくみんな気がついて・・・。
と思って辺りを見渡しても、ルーティーたちはテーブルに置かれた薄ピンク色の小瓶に夢中だった。
「ロイヤルハニーのぅ。ほっぺたが落ちるように甘くて、五歳は若返る秘薬・・・」
「ティースプーン一杯1000コルは気になります。いえ、五歳も若返ると私は困りますけど」
なにやから女の子らしい会話をしていた。
マリアも気になる様子だ。ちらちらとこちらを見ている。
「あんたたち、これが気になるかい?」
メロッンさんがひょいと小瓶を掴むとニヤッと笑った。
確かに気になる。あんなでかい巣穴でもそんなに量がなかった一品だ。
僕も作業中に舐めていればよかった。作業に夢中で忘れていたのだ。
気になる。
そう顔に出ていた僕たちにメロッンさんはカラカラと笑い、
「なら遠慮はいらないよ。これはね、ティースプーン一杯だと刺激が強すぎるからこうして・・・」
メロッンさんが小瓶からピンク色のロイヤルハニーをスプーンでちょこっとすくうと、白ワインの入った酒瓶に入れた。
薄黄色の白ワインがピンク色のロイヤルハニーが溶けてみるみるうちに、ロゼのような色に変わる。
「このロイヤルハニーは普通の蜂蜜と違ってよく溶けるんだよ。それなのに普通の蜂蜜をぎゅっと凝縮したように薫り高く、甘いのに癖がない。体に染み渡るって言う感じの一品さ。女ならほらこのとおり、私は今年で85歳なのにまだ60代に見えるだろ?」
「えっ?」
「これは驚いたのじゃ」
「見えませんね・・・」
「嘘・・・」
どう見ても60代、もしかしたら50代でも通用しそうな若さだ。
その声に気をよくしたメロッンさんは嬉しそうに、僕たちのグラスにそれを注いでいく。
また乾杯して、それぞれが飲むと。
あまりのおいしさに言葉を失う。
表現できない。甘いのにすっと体に溶ける。しかも口の中にはいつまでも蜂蜜の香りと奥深い甘みが渦を巻くようだ。
いや、これは1000コルはけっこうお買い得かもしれない。
どんな安酒も美味くなってしまうに違いない。
僕たちがそれぞれ驚きながらゴクゴクとロイヤルハニー入りのワインを飲んでいたら、料理を運んでいたメローテさんがエプロン姿であらわれた。
ちょっと首を傾げながらリクスに目を向ける。
「あ、リクスさんたちのパーティーメンバーにロッドさんって方はいらっしゃいますか?」
あ、存在自体を忘れていた。
「ええ、いますよ。何かしましたか?」
リクスがちょっと身構える。
また居酒屋で酔いつぶれて呼び出しかと。今日はずっと宿屋で寝ていた気がするけども。
「それならよかった。店の外でうろうろしていて、困っていたんですよ。お連れしますねー」
メローテさんはそう言ってハキハキと出て行く。
それにちょっと驚いていたメロッンさんが
「あんたら五人じゃなかったのかい?」
「いや、そう思うのは仕方ないですけども・・・ウチは六人なんですよ。魔術師なんですが、用がないときは控えているんです」
僕が苦笑しつつ、言葉を選んで答える。
メロッンさんが腕を組み、ふん、と鼻を膨らませた。
「パーティーが頑張っているときに顔も見せないなんて、これだから魔術師は嫌いなんだよ」
どうやらメロッンさんも魔術師に困った口なんだろうか。
まぁ魔術師っていうのは本当に才能ある限られた人たちなので、けっこう気むずかしい人が多い。
ウチの魔術師は気むずかしくはないが、ピンチや何か自分に興味あるときにしか動かない人なので、性格に困ることはない。しゃべると気さくな兄ちゃんって感じだし。
僕も唯一、さん付けで呼んでいる。七歳も年上だしね。
ほどなく、ボロボロの灰色のローブをまとったぼさぼさ頭のっぽの男がメローテさんに連れられて中に入ってくる。ちゃんと無精髭を剃って、髪型を気にすれば見栄えもよくなるのに、ピンピンと寝癖が付いたままだ。
ほんと、世話のかかる兄ちゃんだ。
「ロッドさん、おはようございます。どうかしたんですか?」
雑用係兼ロッドさん世話係の僕が彼に近づくと、ふわりとあくびをして頭を掻く。
「いや、持ち合わせがなくてな。金を・・・ってそれはガップリービーのロイヤルハニーじゃねぇか。へぇ、久しぶりに見たよ。いやぁ、これがここで採れるんだなぁ」
珍しく目を開いて、ロイヤルハニーの小瓶を見て嬉しそうに話し出す。
「え? ロッドさん、知ってるんですか?」
「おぅ。あれ? シーカーに言ってなかったっけ? 俺が蜂蜜採ってたって。いやぁこいつには色々と世話になった。働き蜂がうっとうしくてな、ちょっとしたコツがあるんだが、ロイヤルハニーから精製する香油を体にふりかければ襲われずに拝借できるんだよ。俺も苦労して見つけたんだがな」
ナンダッテ? オソワレズニハイシャクデキル?
ヘラヘラと笑う魔術師を僕は呆然として眺めた。
ちょっと殴りたいな、と思ったのは内緒だ。
♯14
「クハハハハハ! こりゃ一本とられたな。お前らんとこの魔術師はすっかり身を崩したダメなヤツだが、ここら辺でも有名なラリカーン家の神童だ。ちょいとうかがいを立てりゃ色々知ってやがる」
「普段から酔いつぶれている人に話を真面目にする方もどうかと思いますがね」
僕は、町に戻った翌日、ゾーロさんにクエストの文句を言い道場にきて、クエストを愚痴っていた。
ロッドさんはあの後で、メロッンさんにその香油の作り方を伝授し、すさまじく感謝されていた。なんでも錬金術師らしく特別な方法だそうで、ときたまアドバスをしてもう契約が成立し、しばらくロッドさんは酒に困らない生活ができるみたいだ。
ほんと、世の中は不公平だ。
あれだけ苦労したのに、来年からあのクエストは消えそうだし。新人いびり、いや将来有望な新人教育につかうクエストがなくなってしまう。
「しっかし、あのガップリーの蜜を集める特殊なビックビーか。こりゃいい情報になりそうだな」
「ダメですよ。メープス養蜂社の営業妨害です」
あのビックビー。ロッドさん曰く、ガップリービーは、タラントの東の森から奥地に群生しているガップリーの毒が効かない亜種だそうで、ガップリービーはその蜜を集めてロイヤルハニーにするそうだ。ガップリービークィーンの体液とガップリーの蜜が反応しあい、あれだけ美味しい蜂蜜が作られる。巣穴でも量が少ないのはそのせいだと言う。
「まあ、ギルドは町の繁栄で儲けているし、これは俺の中だけにとどめておくさ。それよりかシーカー、お前、忍び足のスキルレベル上がったか見てやろう。あのクエストは剣士だけじゃねぇ。盗賊のスキル向上にも有効なんだぜ」
そういってゾーロさんは立ち上がって、僕に稽古をつけてくれた。
結果は、忍び足のレベルは上がらず、後ろ飛びのレベルが上がっていた。
ほんと、世の中って上手くいかないよね。
蜂蜜みたいに甘い世の中ってないものだろうか?
まっそれでもゴールドンとはクエスト話を肴に、美味いお酒が飲めたからよしとしようか。
終わり。