五月中旬 3
数学の小テストを終え、今日の授業はこれで終わりとなる。HRが終わり、俺は今日も積みゲー消化のため、一刻も早く帰宅しようと足早に教室を出た……所で、思い直して教室に戻る。
「えっと……お、いた。パン少女」
「あ、うん。パン少女って……あの時の事は忘れてよ……」
「え? いや、結局手伝ってないし、貸しとかないぞ?」
「そうじゃなくて、あの時はなんかテンパってて、その……いいから忘れて」
「あー、そう言えば……まるで恋する少女のよう……」
周りにいた女子2人が吹き出した。パン少女の友達だろう。口に出ていたか……訴えられなければ良いが……
「は、はぁ?! ……きっも……何言ってんの? 本当にただテンパってただけだから」
「今もだけどな」
「うるさいよ! 何なんだよ!」
「おい、顔赤いぞ。どうした?」
かぁっと音がしそうなくらい、赤かった顔がさらに赤くなる。
「あ、赤くにゃ……っ」
あ、噛んだ。やはり女の子をいじめるのは楽しい。代わりに自分のあまりの気持ち悪さに死にたくなるけどな。
小学生の時なんかは、よく先生に怒られていたものだ。裏を返せば、俺の精神が小学生から成長していないという事でもあるが。男という生き物の性とも言えるかもしれない。
などと柄にもなくなかなか深いかもしれない事を考えていると、パン少女の友達が何やら悪い顔をしているのに気づく。
「あっごめん。ちょっと用事思い出しちゃった。今日一緒に帰れないわ」
「えっ」
「あーあたしも思い出したわー。なんやかんやあって一緒に帰れないわー」
「えっちょ、お前らなんだよ用事って! なんやかんやって何だよ!」
「なんやかんやはぁ」
「なんやかんやですよぉー」
「はぁ……?! ……って、本当に行っちゃったし……」
しかし、あまり調子に乗りすぎると良くないな……。もしこれを機に友達に弄られるようになって、彼女が本気で嫌がり、あと腐れのないようにきっぱり振っておこう、なんて事になったら、死ぬほど恥ずかしいのは俺だ。っていうか多分結構傷つく。
さっさと用を済ませて帰ろう。
「おいパン少女よ、さっきはありがとうな」
「ふぇっ、あ、あぁ……小テスト白紙は結構やばいしね。 あんた寝ようとしてたみたいだったから」
「おう。助かったぜ」
「うん。まぁ、ね……あと、後ろの席の子に、何かされなかった?」
「消しゴムを拾ってやったが」
「それだけ? 他には何かされなかった?」
「いや、特には何も。あいつがどうかしたのか?」
「いや、あの子は……何というか、うん……あんたも大変だね」
「はぁ……?」
何というか、何だよ?
今にして思えば、後ろの席の名も知らぬ女子もまた、善意で俺に伝えようとしてくれていたのかもしれない。パン少女にせよ、ただのクラスメイトのためにそこまでしてくれるとは、世の中善人が多いのだな。
ともあれ、用は済んだ。訴えられない内に帰ろう。
「じゃあ、俺はこれで。また明日な」
「えっ? あっちょっと」
「うん?」
「いや……ここは一緒に帰る流れじゃないの? なに一人で帰ろうとしてんの?」
「いや、知らんがな。なんだ、一緒に帰りたいのか」
「はぁ?! ちげーし! ばーかばーか!」
あっこの子も小学生並みだわ。俺と大差なかったわ。
「今日はあいつらと帰りにクレープ食べようって話になってて……一人で行くのはなんか、その……」
「あーでも俺帰ってゲームやりたいしなー」
「な、なんだよぉ……もっと私にかまえよぉ……!」
やっぱかわいいなこいつ。この分だと、昼のあれもただの罰ゲームか何かだろう。害意がないのであれば対処の必要もない。さっきの事もあるし、ひょっとしたら俺は、彼女に気に入られた可能性すらある。
良かった……社会的に追い詰められて人生終了する俺くんはいなかったんだね……!
「……分かった付き合うよ。あとクレープ奢ってやる。さっきのお礼な」
「あっほんとに? やったー」
階段を降りて靴を履き、校門へ向かう。
「そんなにクレープ食べたいのか?」
「週一の甘いクレープが私の唯一の楽しみなんだよ!」
「いやお前、仮にも高校生がそれは……」
が、校門付近で俺は立ち止まった。立ち止まらずを得なかった。
「あ。どうも、数日ぶりです」
「……よぉ」
なんでお前がここにいんの……?
「思ったより早かったですね。あまり待たずに済みました」
「え、俺を待ってたの? なんで? っていうか俺、お前に高校どこか言ったっけ?」
「中学の卒業式の時に聞きましたよ」
「あっそう……で、なんで来たの?」
「なんでって……あなた、既読無視するじゃないですか」
「……無視じゃないぞ? 数日間返事しなかっただけだぞ?」
「えぇ……あんた、彼女さん放置したの……?」
「彼女じゃない事は今の会話聞いてたら分かるよな?」
「彼氏が心配だったので会いに来ました」
「本音は?」
「暇だったので。あと、お腹すいたから何か奢って下さい」
「え、酷くない?」
「面倒くさいですね……クレープ食べに行くんですよね? 連れてって下さい」
「聞いてたのかぁ……」
「えっと、彼女さんじゃないなら、そちらは……」
「あぁ、中学ん時の後輩だよ。別に仲が良かった訳ではない」
「どうも。そちらは……彼女さんですか?」
「彼女いないって言わなかったか? ってかお前、もし彼女だったらどうするつもりだったの?」
「二人目の彼女って言って着いて行きますよ」
「……俺、お前に何かしたっけ?」
「か、かの、彼女じゃないからっ! ぜ、全然違うから!」
「……かわいい彼女さんですね」
「自慢の嫁です」
「なんで?!」
この後めちゃくちゃクレープ食べた。