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こじらせぼっちはハーレムエンドを目指さない  作者: 猫派
余談 温泉回チキンレース
59/60

温泉攻防戦 3



「コーヒー牛乳買ってきました。やっぱりこれははずせませんね。私的にはマストです」


「別にフルーツ牛乳とかでも良くないか?」


「邪道です。やっぱり私は王道を往く、コーヒーですね」




 彼女は俺によく冷えたビンのコーヒー牛乳を手渡すと、向かい側に座って自分の分を飲み始めた。俺も栓を開け、口を付ける。うーん、この砂糖マシマシでコーヒー部分が香り程度にしか感じられない甘ったるい味。それでいてのどごしはまろやかで後を引かない……




「……あぁ、確かに。これだな。温泉っぽい」


「ですよね。やっぱこれですよね」


「でもフルーツ牛乳でも良くないか?」


「……あなたとは分かり合えないようです」




 彼女がむっとした表情を作る。といっても、表情も声色も、さっきからほとんど変わっていないのでほとんど俺の勘だが。実際、だいたい当たっているはずなので問題ない。愛想のない態度に見えて、意外にも言動はお茶目な所がこいつの魅力だよな。


 ……最近俺も、臆面もなく好きだとか魅力的だとか、言うようになったよな。段々懐柔されてないか、こいつらに……?




「お前ってそういうのこだわるよな。初詣の時もおみくじ引き直してたし」


「良いじゃないですか別に……引き直しは無制限ってルールなんですよ。だいたいそれを言うなら、一人だけ着物着て来たあの犬畜生に言って下さいよ」


「あー、あれは律儀ってより育ちの良さじゃないか?」


「なんか本人も困惑してましたよね」


「柄にもなく照れてたよな」


「普段隙のない子のちょっとした失敗って、それだけで萌えますよね。本人が意識してぎこちなくなってたりするとなおさら、いじったりして恥ずかしがらせたくなりますね」


「お前毒されてない? 大丈夫? 最近同性に興奮する事とかない?」


「毒されてるとしたらあなたにでしょうが……私は元々どちらかと言えばSですよ。あの駄犬と話すようになってからは、どっちがマウント取るかでよく揉めますね」


「えぇ……」


「……もちろん会話の主導権の事ですよ? 私は普通に男の人が好きです。っていうか好きなのはあなたです」


「でもあいつがベッドの上ではネコだったって……」




 彼女がむせた。




「ゴホッ! えほっ……! な、なんの話ですかっ! 私はあの子と事に及んだ覚えなんてありません!」


「あー……うん。なんとなく分かったわ」


「何がですか!」




 あいつが変にそういう事に対して開けっぴろげなせいで引いてしまったんだろう。こいつどう見ても処女だもんなぁ……いや、向こうも処女を自称してはいるが、正直あまり信じていない。


 あの全部をこちらに委ねて、それでいて周到に場をコントロールする感じは、まさしく魔性と言っても良いかもしれない。




「……あぁ、分かりました。たぶんクリスマスの時ですね。あの時は3人とも、変なテンションでしたから……」


「まさか、あの日送るって言ったの断ったのは……」


「あなたが帰った後、3人で反省会でしたよ。キスで迫っても、胸を触らせてもなびかないんですから、3人ともお通夜ムードでしたね」


「俺のせいなのか……」


「あなたのせいですね。おかげで3人の女子が寂しいクリスマスの夜を過ごす事になったんですから。そりゃデートは楽しかったですけど、だからこそ余計に……あの子なんて、泣きながら絡んでくるものだから対応に困りましたよ……結局好きにさせちゃいましたけどね」


「……シャンパンでも飲んでたのか?」


「とんでもない。未成年ですよ? あれは多分、天性の寂しがり屋ですね。不安だったと思いますよ。私だって、そうでしたから……」


「……」


「……別に、あなたが引け目を感じる必要はないですけど……そんなに私たちとするのが嫌ですか……?」


「そんな訳ないだろ。ただ俺たちの仲が仲だけに、軽々しくするような事じゃない」


「それを決めるのは私たち自身です。あなたが一つ決断をしてくれれば、私たちはどんな手を使ってもあなたに着いて行きます。私たち、このままじゃ何もないまま、お別れになっちゃいます……そんなの、私は嫌です。何か一つ、繋がりがほしいんです……」




 懇願するように言う彼女に、俺は何も言えなかった。俺自身もそう感じているからだ。だが俺の行動によって失われるのは、何も一人のぼっちの矜持だけではなく、彼女たちとの関係全てかもしれないのだ。


 考えてみればおかしな話だ。ぼっちを自称しながら、彼女たちを繋ぎ止めたいがために迷っているなんて。


 ……いや、そんな大層なものじゃない。ただ怖いだけだ。嫌われるのが怖いなんて、格好悪すぎて彼女たちには言えないな。




「今さら、誰か一人を選べなんて、言いたくないんです。失いたくないものが、増えてしまったんです。私とあなただけじゃない。4人一緒にいたいんです。ずっと……」




 彼女たちはなぜ、俺なんかを好きになったのだろう。こんなぼっちでコミュ障で、甲斐性なしで独りよがりな俺の、一体どこに好きになる要素があった?


 俺は本当に、彼女たちの期待に応えられているか?




「みんな同じだけ、あなたの事を愛しています。今誰か一人と愛し合った所で、私たちの関係が変わる事なんてあり得ません。みんな一緒に、いられますから……」




 人の気持ちなんて時と共に移りゆくものだ。愛は風化するし、言葉は陳腐化するし、関係はマンネリする。今の俺は半年前の俺とはほとんど別人みたいなものだし、明日の俺とも微妙に違うだろう。


 未来の事なんて分からない。なら今、目の前の彼女を一時でも安心させてやるべきではないか。


 ……本当にそうか? それこそ無責任だ。俺はまた彼女のためなんて言い訳して、責任を逃れようとしている。俺は俺のために彼女と一線を越える、そうでなくてはいけないはずだ。俺にその覚悟はあるか?




「まだ、足りませんか? 私たちがあなたを嫌いになると思いますか?」


「……逆だ。俺にはお前たちを守れる自信がない。今ならまだ、表向きは親しい友人でいる事ができる。俺はいつかお前らにほとほと愛想が尽きて逃げるかもしれない」


「私たちがそれで良いって言ってるんです! なんで分からないんですか?」


「それも違う。俺が許せないんだ。きっとお前が好きだと言ってた俺もそう言うだろう」


「……意味が分からないです。好きだからする、それじゃダメなんですか……?」


「俺にとっては、きっとそうじゃない」




 ぼっちの矜持、そんなものは捨て置け。半年前の俺にでも言わせておけ。俺が守るのは、俺の矜持だ。愛のために彼女たちを泣かせはしても、愛が尽きて泣かせるのはごめんだ。


 ……言ってる事は格好悪くても、これが俺の本心だ。




「愛してるよ」


「……そうですか」




 彼女が諦めのため息を吐く。そう、これでいい。


 同時、彼女の目に暴力的な光が宿った。やっぱりこうなるか……




「仕方ありません。話し合いで解決できないなら、今度こそ3人がかりで無理やり奪うまでです。果たしていつまで耐えられますかね……?」




 これが、俺の選択だ。どこまでやれるか、試してみるさ。

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