温泉攻防戦 2
「温泉、良かったな」
「あ、うん。ほんとに、来て良かった」
「……座るか?」
「ん」
トテトテと歩み寄ると、俺の足の間にすっぽりと収まり、俺に背中を預けてくる。彼女はこの姿勢がお気に入りらしく、二人でいるとよくせがまれる。
……しまった。今、二人とも浴衣だったのを忘れていた。いや、だから何だという訳でもないんだが、気のせいか彼女の体温をいつもより近く感じる。
ひょっとしてこの体制、結構やばいんじゃないか? 少なくとも反応してしまったら即バレするぞ。いかん。より一層気を引き締めねば……
「なでて」
「おう」
「……んー……」
頭を撫でてやると、気持ち良さそうに眼を細める。可愛い。ちょっとエロいとか思ったのが申し訳なく感じるくらいの無垢さ。やっぱり、こいつに色気はない。愛でるべき小動物だ……よし。
「お前って結構甘えたがりだよな。普段ツンツンしてる癖に」
「別にツンツンしてない……いや、前はしてたかも。でも今はちゃんと、すき、って言えるから……」
「顔、赤いぞ。やっぱり照れてるじゃないか」
「……なんか、いいにおいする」
身体を反転させ、俺の胸に顔をぐりぐりとやる。やっぱり可愛い。最近、こいつが天使なんじゃないかと思う事が多い。こいつほどあざとく甘えるやつを俺は見た事がない。
「おぉ。よしよし。いい子だなぁお前は」
「む。なんかペットみたいに扱ってない?」
「違うのか? ほら、こんなにもふもふだぞ」
「わ、やめろ! わしゃわしゃすんなっ! 彼女だぞわたしは!」
「……なんか、妹みたいだよな、お前。うちに来るか? 歓迎するぞ」
「あんた実妹いるでしょうが……そう言えば、妹ちゃんが来られなかったのは残念だったね。ちょうど先約があったなんて……」
「いや、あいつは遠慮しただけだと思うぞ。俺が逆の立場でも流石に来ようとは思わん」
「……今度はあんた抜きで妹ちゃんと来るわ」
「それはそれでどうなんだよ……」
その4人の取り合わせは歪すぎるだろ。
「でも俺たち、温泉に来た割に温泉っぽい事何もしてなくないか?」
「お風呂入ったじゃん。温泉卓球もしたし」
「俺はしてないけどな」
「あと、ここの宿はお庭が綺麗らしいね」
「行くか」
「行かない。寒い」
「体が冷えればまた温泉が楽しめるぞ」
「……なんか逃げようとしてない?」
「してないぞ」
「……ま、いいや。しばらくはこのままだから」
彼女が背中に手を回し、抱きついてくる。口ではなく態度で好意を示してくれる所がこいつの可愛い所だな、とまた一つ天使たる所以を見つけた所で、ふと違和感を感じた。体に押し付けられる慎ましいながらも柔らかい感触が、いつもと少し違うような……浴衣のせいか?
「……ふっ……ん、ぅ……」
明らかに顔が赤い上に、僅かに呼吸も乱れている。気のせいか体温も高い。さっきは照れているんだと思ったが……そう言えばこいつも、ちっちゃいけどれっきとした高校生なんだよな……
思わぬ方向から鋭いパンチを食らって、僅かに目線を下げた俺をさらなる衝撃が襲った。
「お、おま、お前まさか……!」
「……ん。つけてないし、はいてないよ」
「……なんで?」
「私、こんなだからさ……ブラ着けてたらくっついても感触伝わんないかと思って……」
「は、離れろ」
「やだ。いつもからかわれてばっかりの私じゃないの」
んふふっ、と勝ち誇るように含み笑いを浮かべる彼女。勘弁してくれ……今は密着してる上に対面……反応してしまった場合、即バレからの暴走、一夜の過ちコースまっしぐらだ。耐えてくれ、俺の本能……!
ここはぼっち流奥義、自己暗示を使うしかない! 目の前にいるのは母さんだ! 母さん……母さん……! まさかこんな所まで来て親の顔を思い出す羽目になるとは……うっ、母さん、ごめん……
「だいたいさ、いつもこれだけ密着しても無反応って……さすがにさ、女としてがっくりくるよ……」
「いや、違うぞ? 本気だからこそ大事にしたいっていうな?」
「それはもう何回も聞いたからいい……ね、いいでしょ?」
「……俺のために無理する事ないんだぞ」
「別に無理してないよ。キャラじゃないのは分かってるけど……それにこれ、すごくスースーするけど、なんかいいかも……」
「お前、あの変態に毒されてないか?」
「……なんで私がノーブラでおっぱいあててる時にあいつの話になるの」
しまった。また俺は……迂闊だった。俺は未だにこういった気づかいができずによく失敗するのだ。3人と付き合えば恋愛の経験値も3倍、とは問屋が卸さない。
「他の二人は、おっぱい大っきかったり、大人っぽかったりしてさ……そんなの相手してたら、そりゃ私なんかじゃ何とも思わないよね……」
「いや、違う」
「ちがわないよ……! それでも何とか振り向かせてやろうって頑張ったけど、結局どこまで行っても私の空回りで……どうせ私なんて、実際は友達か、箸休めの愛玩動物か何かなんだよ……」
「箸休めって……自分相手に随分辛辣な……」
「……事実だもん」
……どうやら本格的にスイッチが入ってしまったようだ。ちなみにこの子がこういう拗ね方をするのはだいたいキスをねだる時だったりする。今は状況が少々特殊だが……一捻り入れて試してみるか。
「……そういうのは追々じゃ、駄目か?」
「いつもそうやって逃げるくせに……」
「キスするか」
「ごまかす気でしょ。分かってるんだから」
「するからな。舌噛むなよ」
要は愛してるって伝われば良い訳だ。俺は彼女と唇を合わせた。さらに片手で彼女の頭を押さえ、彼女の唇に舌を割り込ませた。彼女がビクリと反応するが、混乱しているのか、抵抗する様子はない。抵抗されても逃がすつもりはないが。
毎度飽きもせずにお子様キッスばかりなのに生意気を言った罰だ。こっちは普段からデートの度に外だろうが何だろうが構わずベロチューしてくるやつの相手をしてるんだ。遅れを取るはずがない。
歯列を内側からなぞるように舌を動かす。途中で彼女の舌に当たったので、押さえつけるように強引に絡みつく。彼女が声にならない悲鳴を上げるが、無視してそのまま口内を犯す。
何分が過ぎただろうか。彼女の呼吸が怪しくなってきたので解放してやる。
「……っはー……! ……はー……っ!」
「……伝わったか?」
「はぁ……っ! わ、わかった! わかったから……! すきにすれば……!? べ、べつに許した訳じゃないんだから!!」
……やっぱこの子、俺がしっかり見ててやらなきゃ駄目な気がする。ちょっとディープなやつを一発だけで何でも許しちゃうんじゃ、さすがにちょろすぎて心配だ。そういう風に躾けた覚えもないんだがなぁ……
「……あ、やだ……あうぅ、ごめん……」
「え、何? どうした?」
「その……はいてなかったから、わたし、あのぉ……」
「……うそん」
その後、本日最後の刺客が来る前に急いで浴衣を着替えた。彼女にはちゃんと言って履かせた。うっかりハマりでもして、また出先で“お茶をこぼす”ような事があったらこっちの寿命が縮む。
涙目で濡れた浴衣を着替える彼女を見て、こういうのも悪くないなんて思ったのは秘密だ。




