温泉攻防戦 1
「……なんか、ヘタってないか?」
「あぁ、うん……大丈夫。どっちかって言うと、勝ったのは私だから……」
「お、おう……何に?」
「じゃんけん。あと……女の戦い?」
「お、女の……!」
思わず生唾を飲む。やっぱりやってたのか、ちちくらべ……!
俺が男湯から旅館の部屋に戻ると、すでに同伴のペットが俺の帰りを待っていた。他の二人は卓球台で遊んでから来るらしい。ちょっと元気がないのが気になるが、それより女湯での出来事の方が遥かに気になるので流した。
確かにこいつは、3人の中では最も柔らかそうというか、女の子女の子したプロポーションをしている。巨乳というほどではないが、十分にたわわな……豊乳?
そんな俺の内なる獣の熱視線を受け、彼女は力なく苦笑する。
「たぶん、あなたの考えてるような段階は、もうとっくに終わってると思うけど……結構仲良いよ、私たち」
「それは、見てれば分かるが」
「3人でお風呂なんて、うちでもう何回もやったよ。ご主人抜きでお泊り会とかやってるし」
「そ、そうだったのか……」
「あ、あと最近一度、それ以外も色々試したよ」
「と、言うと……?」
「そりゃもう色々。私以外はいまいち盛り上がってなかったけど。少なくともキスはだいぶ上手くなったね」
「マジかよ……」
普通の友達同士より仲が良さそうだとは思っていたが、そんな所まで進んでいたなんて聞いていない。って言うかそれ、断れないあいつらにも問題があるんじゃ……
「一応記録あるけど、ほしい? 濡れ場.mp4」
「ほしい! ……けど、なんか申し訳ないな……」
「ツンデレちゃんはほとんど覚えてないみたいだし、後輩ちゃんなら、私がツンデレちゃんに迫ってるシーン見てお腹抱えて笑ってたよ」
「何なんだあいつ……」
「ネコだよ」
「は?」
「ガチガチのネコ。威勢ばっかり良いからどんなもんかと思ったけど、本当に口だけだったから驚いたよ」
「あぁ……なんとなく分かるわ」
二人きりだと妙に大人しいもんな、あいつ。俺は一瞬、もし彼女たちに無理やり迫ったらどんな反応をするかという想像をした。主に今隣にいる駄犬から、迫られる事はあれ、俺からそういう事をした事はほとんどなかったように思う。
「……お前は、どうなんだ? やっぱり攻める方が好きか?」
「うーん……攻められたい、責められたい願望はあるんだけどね。でもそれ以上に、据え膳は上がっちゃうというか……」
「あー。うん、らしいわ。欲望に正直なお前らしい」
「ひどくない? 人をビッチみたいに……こんなふうになっちゃうの、ご主人の前だけだよ……?」
「はいはい。その台詞は一途な子が言うから良いんであって、お前は他二人にもそんな感じだろ」
「あはは、ばれた? ……最近は、ご主人が好きなのか、あの二人が好きなのか、分からなくなる時があるよ」
「真顔で怖い事言うなよ……」
「うーん、なんだろ……たぶん、好意のメーターが壊れちゃってるんだと思う。一つ好きになると、全部大好きになっちゃう。半年前まで私の周りは、嫌いな人ばっかりだったんだ。だからかな……」
……こいつはこれで、あまり自分の事を話さないやつだ。俺の脳内でにわかに危険信号が点滅し始める。これはやばい流れだ。
「ずっと、人を嫌って生きてきたんだ。ほんとだよ? 他人の嫌なとこ探しして、なんだ、大した事ないじゃん、って嘲笑って。でも、他の誰かも認められないのに、自分を許せる訳なんてなかったんだよね……」
「お前は間違ってない。自分は自分、他人は他人。そう割り切れば済む話だ」
「そう。そうだね……でもそれって、すごく孤独だよ? あなたが一番よく分かってるでしょ?」
「人の価値、物の価値、全部お前が決める事だ。お前はお前だけの世界で、美しい物を見つければいい」
「それ、本当に実行できるのはあなたくらいだよ。私はね、卑屈になっちゃったよ。知らず知らずの内に……口では他人の欠点をあげつらって、その度に心でその人を少し好きになる。その分自分が嫌いになる。そのうちにね、壊れちゃった……」
彼女が、俺の肩に縋ってくる。体温が温かい。今まで気付かなかったシャンプーの匂いがした。俺の意思とは無関係に体が臨戦態勢に入る。やばい。これはマジでヤバい。
「私ね、好きって言われるとどうしようもなくなっちゃうの。大好きな人に、好きだって言われるだけで、なんにも、分かんなくなっちゃう。私はね、本当に大好きな人にこんな事を言って困らせちゃう駄目な子なの……ねぇ、好きって言って……?」
「……好きだ」
彼女が俺の首に手を回し、唇を重ねる。その言葉とは裏腹に、優しいキスだった。
おかしい。絶対におかしい。こいつは今まで、俺の前で弱音を吐く事なんてなかったのに。キスだって最近はディープな奴ばっかだったのに。そんな子に弱った姿なんて見せられたら、こっちだって分からせてやりたくなるに決まってる。
唇に感じる彼女の感触。シャンプーの香りに、微かに彼女の匂いが混じっているのに気付く。顔を離すと、彼女の涙に気付いた。俺が知っている彼女の匂いと、目の前の彼女が結びつかず脳が混乱する。
「……わたしも、すき」
あぁ。俺は彼女を知っている。この儚げな少女を。もうずっと、遠い記憶。朧げな記憶だ。俺の中で、あの雨の日に出会った少女と桜の下、キスをする、そんなイメージが浮かぶ。あの時から既に、俺と彼女は愛し合っていた、そんな気さえしてくる。
頭の中で、今の俺たちと昔の二人がごちゃごちゃになる。不思議だ。今の俺にとって、少女は遠い記憶の中の存在でしかない。俺の中で徐々に曖昧になり、ゆっくりと死んでいくはずの彼女が今、俺に愛を囁く。これは、あの日の続きなのか。
不意に目の前の彼女が、どうしようもなく愛おしくなった。俺はもう一度彼女にキスをする。彼女を認めてやるために。
俺は言った。
「君は、俺のものだ。これからもずっと、一緒にーー」
バァン、と、音を立ててドアが開いた。
「あー卓球楽しかったぁー!! あっそうだあんたもやってくれば? 卓球、ね!!」
……お前、聞き耳立ててたのバレバレだぞ。
隣から隠す気のまったくない舌打ちが聞こえる。あれ、なんで俺、ペットに向かって愛の告白なんてしてたんだっけ……? え? こっわ! 完全に雰囲気に呑まれてたよ……!
「……自分で不干渉って言った癖に……」
「……時間決めたのはあんたでしょ。自分の発言に責任持ってよ……」
ボソボソと小声で言っているが、隠す気はあまりないらしい。筒抜けである。え、俺の知らない所でなんか変なローテ組まれてない?
って事はつまり、こんなのがあと二回もあるのか……本当に耐え切れるかな、俺……
「あ、そうだ。ご主人!」
「え、何?」
「ずっと、一緒にいるからね。大好きだよ!」
「いいからさっさとどっか行けぇ!」
駄犬が部屋から出て行き、ドアが閉まる。俺はまた、一人の少女と二人きりになった。さっきのではっきりと分かった。今日の彼女たちは本気だ。本気で俺を落とすつもりだ。今一度、気を引き締めてかからなければ……




