四節 最後に、友達になります
彼が中学を卒業し、私と彼が会う事は無くなった。以前は会いたくもないのによくばったり会ったものだが、そんな偶然の再会もそれからぱったりとなくなった。
最初の内こそ喪失感に苛まれていた私も、受験勉強やら学校行事が忙しくなるにつれ、彼について考える事は少なくなった。そうやって私は、彼の事を忘れていった。
その後、私は無事に近くの高校に合格し、中学を卒業した。高校へ進学しても、私は友達を作らなかった。正確には表面上、クラスで地味な方のグループに所属してはいるが、付き合いは良くない。いわゆるお飾りの友達だ。
ゴールデンウィークが明けた翌日の事だった。学校からの帰り道、自転車を漕いでいて、ふとお昼を食べていないのを思い出した。
とりあえず目に付いたお店に入って食事を取る。ファストフードだが、たまにくらいなら良いだろう。そんな事を考えていたら、彼と目が合った。
あっけない再会だった。そう言えば彼が進学した高校もこの近くだったはずだ。中学時代の友人との久々のお喋りに興じた私は、放課後を彼と過ごす事を決めるのだった。
……長い回想だったが、そんなこんなで今に至る、と。
彼の家の台所で調理を進めながら、私は今までの事を思い出していた。ボウリングの後、彼は夕食を外で食べるつもりだったようだが、予約とかはしていないそうなので、私の手料理に変更させて貰った。
これからする話は、外でするには恥ずかしすぎる。
「そう言えば、妹さんは今いないんですか?」
「そうみたいだな。どこへ行ったのかは知らんが」
「お母様とお父様は?」
「母さんは友達と食事に行ってる。親父は仕事」
「……二人きりですね」
「安心しろ。何もする気はない。さっきのは事故だ……いや、事故とはいえすまなかった」
「いえ、謝りたいのはこっちです。助けてもらったのに、勘違いしてヒステリーを起こして、挙句泣くって……あぁ……思い出したら死にたくなってきました……」
デートで泣く女の子って……
「……まぁ、なんだ、その……可愛かったぞ、泣き顔」
「……ありがとうございます」
彼に背を向け、鍋に向かう。顔が熱い……たぶん私今、耳まで真っ赤だ……ばれてないよね?
そうこうしている内に料理が出来上がる。メニューは肉じゃがだ。時間が無かったので簡単な物だが、彼は嫌いでは無かったはずだ。盛り付けてテーブルに持っていく。
「お待たせしました。時間が無かったので、これ一品とあとはお惣菜ですけど。ご飯も、どうしようもなくて……」
「あー、今日はみんな食べて来る予定だったからな。そりゃ米も炊いてないか」
「すみません……やっぱり外で食べて来れば良かったですよね……」
「そんな訳があるか。女の子の手料理は男の夢だからな。嬉しいよ」
「あっ……は、はい」
今度は逃げ場はなく、赤くなった顔を見られてしまう。さっきの事を申し訳なく思っているのか、いつになく素直な彼だ……
「食べて良いか?」
「えぇ、どうぞ」
「いただきます」
彼が食べるのを見ているのも変なので、私もいただきますをして、自分の分を食べ始める。
「……うん、うまい。料理、できたんだな」
「普段はあまりしませんが。簡単な物くらいなら何とか……」
「明日か……」
「……はい。流石にそろそろ悪いですから。急に押しかけてすみませんでした」
「いや、それはいいんだが……結局何しに来たんだ、お前?」
「……小さいのはお好きですか?」
「何が?」
「おっぱい」
彼が噴き出した。私の乳を揉んで表情一つ変えなかったのだ。このくらいの仕返しは許されるべきだろう。
「ゴホッ! ゴホッ……い、いきなり何を……!」
「ふふ……ねぇ、聞いて下さい。私、あなたが好きです」
「あ、あぁ……そうだな、すまん。俺はずっと、お前から逃げてばかりだった……」
「いいえ。良いんですよ。あなたがそういう人だって知っていますから」
「ぐっ……ヘタレなのは仕方ないだろ。こちとら彼女いない歴=年齢なんだよ……。でも、二回も言わせてしまったからには、返事くらいしないと男らしくないよな……」
「いえ、それは少し待って下さい。まだ片付けなきゃいけない事が残っていますので。ストーカー相手でも、約束は守らないといけませんよね……?」
「……良いのか?」
「はい。どうせ、最後まであなたを好きでいるのは私です。それに、あなたの事は私が一番よく分かります。付き合い長いですし、なんたって似た者同士ですから。
ーーだから、もう絶対に逃げられませんよ……?」
私の一番良い笑顔で言った。彼の顔に映るのは、漠然とした危機感と強い警戒心、そして僅かの諦め……本当、分かりやすい人で助かる。
さっきはストーカーとばっさり切り捨てたが、彼女は一年近くに及ぶ恋のライバルとの初対面で、私に惚れたなどと抜かす奇特な奴だ。その上結構な切れ者のようだし、つけ込む隙は与えたくない。
それに、私は彼が運命の相手だから好きになった訳じゃない。これは、私と彼を引き合わせた偶然に対する、ささやかな反抗だ。
愛していますよ、ともう一度言うと、彼は照れて目を逸らした。あぁ……やっぱり、夫婦喧嘩はやめられない。




