四節 次に、キスをします
乗っていたエレベーターが、止まった。
突然の出来事に、しばらく思考停止していた私だったが、すぐに再起動した。性格上、中学生の身でありながらも一人で行動する事が多かったため、トラブルには多くの同世代よりも慣れていたように思う。
思えば、この頃から既にぼっちとしての資質が現れていた訳だ。決して誇れる事ではないような……いや、どうだろう……
とにかく、まずは周囲の状況の確認からだ。ゴンドラは階と階の間にあるが、ボタンやランプが光っている事から、停電などで電気が止まった訳ではないようだ。
同乗者は一人……なんとなく予想は付いていたが、やはりよく知った顔だった。半年ぶりか……微妙に久しぶりだな。とりあえずこちらから声をかけてみる。
彼は、私の事を覚えていないようだった。まぁ、当然と言えば当然だが、なんとなく癪だ。私は覚えていたのに……悔しくて無駄に詳細に説明してしまった。彼から見たらはしゃいでいるように見えたかもしれない。少し恥ずかしい……
彼が少し申し訳なさそうにしていたので、一応フォローしておく。一期一会、か……私たちの仲に関して言えば、期のワゴンセールみたいな物なので、ありがたみも何もあったものじゃないな。
なお、その直後に緊急時の連絡用のボタンを発見し、真っ赤になる私がいるのだった。やっぱり久々の再会に少しはしゃいでいたのかもしれない。大して付き合いもない男の人と再会してはしゃいじゃうほど、友達付き合いに窮していた覚えはないんだけど……
実際はちょっと差し迫った事情があって焦っていただけである。突然密室に男の人と二人きりで閉じ込められて、冷静でいられる人の方が少ないだろうと私は思う。特に何かを我慢してる時は……いや、言うまい。あの時はちゃんと間に合ったし……間に合ったし……
ともかくその時も連絡先を交換する余裕などなく、今後の再会が果たされるか否かは、またも天に任せる事となるのであった。
翻って現在、私は彼と二人でカフェのテーブルで昼食を取っている。チェーン店とは言え、彼がこういった雰囲気の店に入るのは少し意外だ。一応それなりに、ちゃんと、考えてくれていたようだと思うとちょっと……その……照れる。
私がなかなか目を合わせられずにいると、彼の方から声をかけてきた。
「映画、面白かったな」
「あ、はい」
言葉とは裏腹に表情は不満げだ。おそらく原作を知っているが故に納得がいかないのだろう。掘り下げると長くなりそうなので適当に話を逸らそう。分かりやすくて助かるが、相手に気を使わせるのはデートのエスコートとしてはどうなんだ。
「小説、普段読まないんですか?」
「読まない事は無いが……いや、今はほとんど読まないな。中学生の頃はよく読んでたものだが、最近はスマホで事足りる事が多い」
「あぁ……ネットには何でもありますからね……」
「何でもありすぎる事の方が問題なのかもな」
「……私、昔から小説や漫画は結構読むんです。趣味ってほどのものでもないんですが……。それで、たまに良い作品に出会うと、すごく幸せな気分に浸れるんです。あぁこれでもう一生何があっても幸せに生きていけるな、なんて思ったりして」
「大げさだな」
「えぇ、大げさなんです。だって、すぐに忘れてしまうんですよ。忘れたくなんてないのに……。だから、慌ただしい日常の中に埋もれて、分からなくなってしまわないように、自分の部屋の特別な本棚に並べておくんです。またいつか手に取って読めるように……」
「……創作の価値なんて受け取り手次第だ。同じ人間が読んだって、感じ方はその時々で違う」
「……そうですね。私もそう思います。人間の中身も、本の価値も、時と共に変わっていくものです。でも、そこに出逢いがあった事だけは、忘れてはいけない気がするんです。でないと、空っぽになってしまいますから」
「ありふれた出会いこそ大切に、一期一会って奴か」
「はい。それに、忘れなければいつかきっとまた会えます……ね?」
「……さて、何の話だったか」
プロぼっちを自称する彼にとって、この辺は痛い所なのだろう。だが、考えを変えてもらわなければ困る。彼自身に他人を受け入れる気持ちがなければ、現状は変わらない。いつまでも宙ぶらりんな関係のままだ。
彼はそれで良いかもしれないが、私は違う。今日別れたら二度と会えないかもしれないなんて、そんなのはもう御免だ。
「……意外に乙女なんだな」
「知らなかったんですか?」
「いや? 知ってたさ」
「あなたこそ、何でもかんでも気障な台詞を吐いとけば良いって思ってません?」
「……はぁ……何と言うか、俺たちってやっぱり……」
「えぇ、本当に……」
似た者同士、ですね……




