四節 まず、服を脱ぎます
完結の目処が立ちましたのでお知らせします。詳しくは活動報告をご覧下さい。そちらにも書きましたが、最後は数話連続投稿する予定なので、早めにお知らせしておきます。また今後、活動報告を更新した際には前書きにて告知致します。
人生は驚きに満ちている。
この世界は誰かが書いた小説ではないのだから、想定外の事だって起こるものだ。波乱万丈な人生を送る人もいれば、穏やかに生きて死ぬ人もいるだろう。しかし、私の言う想定外というのは、もっと些細な、ありふれたことだ。
たとえば、お弁当を忘れた日に限って持ち合わせがないとか、朝寝坊して遅刻確定とか、道に迷ったとか、そんな程度のちょっとした困った事。生きていれば誰だって、そのくらいの想定外には飽きるほど出くわすものだ。
しかし、そういう日常の中の些細な事件というのは、往々にして当人の中だけで完結する。失敗したなーとか、運が悪いなーとか、そんな風に思っている内に過ぎ去っていく、私だけの問題。私事ってやつだ。
もし、そんな些細な出来事を共有する他人がいたとしたら……一般的に見て、それはもはや他人ではないだろう。あの日あの時あの場所で、出逢うことを運命というのなら、いくつもの場面で時と場所を同じくするこの縁を何と呼べば良いのだろう……
さしずめ、窮地の仲と言ったところか。
「……なんで急にドヤ顔してんだ?」
「なんでもないです」
さて、とは言えそんな運命の二人がお近付きになることは考えづらい。たかが数度居合わせただけの他人である。今の日本、知らない人に声をかけたら不審者……世知辛い世の中である。
そういう訳で、今こうして私が彼の隣にいるのは、信じられないような偶然の連続と、双方の歩み寄りの結果なのだ。他人から知人にクラスチェンジし、さらに友人へレベルアップ、と……
長い道のりだが、あえて始まりを決めるならあの日かもしれない。そう、私が初めて彼に声をかけた日……駅で迷ってしまって……って、
「……そう言えば、今日は行く場所決まってるんですか?」
「一応考えては来たが、あまり期待するなよ」
「デートで言うセリフとしては最悪じゃないですかそれ」
「そう言うなよ。こういう本格的なのは流石にぼっちの守備範囲外だ」
「……まぁ、ゲーセンとかじゃなくて、ちゃんとしましょうって言ったのは私ですし、文句は言いませんよ」
「あと、今回はデートって認めるんだな」
「……」
「そうだな……まずは映画を見に行くぞ」
一つ言わせて貰えば、慣れない事をしているのは彼だけではない。ぼっちはお互い様だ、と彼に言われても認める気はないが。そうでなくとも、鎌倉に行った時を別にすれば初めてのデートだ。緊張しないはずはない。実際結構いっぱいいっぱいなので、過去に逃避する事にする。
その日は休日で、駅の出口で友達と待ち合わせていた。当時の私は、都心のターミナル駅というものを舐めていた。まさか駅から出る事なくして迷うとは思いもよらなかったのである。
友達に遅れる連絡をしながら、現在位置すら分からず途方に暮れていた時、私と同じくキョロキョロと辺りを見回す彼を見つけたのだった。
彼を最初に見たのはいつだったか、覚えていない。いつからか、私が困っている時、辺りを見回すといつも同じ人がいると気付いた。
最初は行く場所のバリエーションが似通っているのかな、くらいに思っていたのだが、やがてどうやらそういう次元ではないと考えるようになった。
見かける場面が限られているので、ストーカーではないらしいが……とにかくその日もまた例に漏れず、彼はそこにいたのである。
いずれにしろ誰かに道を訊く必要がある訳で、それなら彼に声をかけてみようと思い至った。私としては、もう見つけて驚くよりは軽く安心するくらい見慣れた姿だった訳だが、声をかけた事は無かった。
これは私にとっても結構な冒険だったりする。私の日常のあらゆる場面に紛れ込む謎の男、ともすればホラーか、さもなくば妖精か神のいたずらか……
その時は人で混み合う駅の中という人間味溢れる場所に現れたために、神のいたずらの線に賭けてみたまでだ。結局、彼は妖精などではなく、極めて平凡な男だった。彼もまた、慣れない場所で迷っていたのである。
私と彼は目的地が同じであったために、一緒に歩き回る事になった。が、役に立ったかと言えばそんな事もなく、一緒になって迷っていただけだ。いざという時に頼りにならない所は、その頃から変わっていない。駅の中でノートを広げて地図を描き始めた時は、正直少し常識を疑った。
たっぷり30分かけて、それでもなんとか目的地にたどり着いた頃には早くも疲れ気味だった私と対照的に、彼はやたら楽しそうだったのを覚えている。いわく、ダンジョン攻略において地図は立派な財産、だそうだ。
インターネットというものをご存知だろうか? 地図を描くだけで迷わなくなるなら最初から苦労していない。
と、当時中学一年生だった私はそんな気の利いた返しもできず、彼と別れて友達と無事合流した。そうしてその日の事は、私の身に起きたちょっと不思議な出来事として思い出になったのである。
次に彼と再会するのはそれから半年後の事だが……映画館に着いたようだ。チケット代は気付いたら彼が出していた。ちゃんとするってそういう事じゃないんだけど……まぁ助かるからいっか。
「あぁこの映画、原作が面白いって話題になりましたよね」
「知らん。どうせ少女マンガかなんかだろ」
「えぇ……小説ですよ。前評判とか調べたりしないんですか?」
「それっぽいからこれにしただけだよ。それに、こういう類いのものについては前評判はあてにならん。しばらく経って、数字が出てこない事にはな」
「それは分かりますけど……そんなだから頭が硬いって言われるんですよ、あなたは」
「……分かってるよ」
ちなみに、彼は嘘をついている。彼の部屋に原作の小説があるのを私は知っている。この人の事だから、自分の好きな小説を表立っては褒めづらいのだろう。
それに、SFだってミステリーだって恋愛物だって、彼は分け隔てて接したりしない。自分の好きな事に関してはとことん寛容な人だ。でも、開けっ広げにそれを認める事ができない不器用さとか、そんな所も私は……
違った。今日は彼とちゃんとしたデートをして、お互いのことをもっとよく知り合って、改めてお近付きになるのが目的だった。そう決めた。座席に座り、手持ちぶさたになったタイミングで、話題に出してみる。
「映画、よく観に来るんですか?」
「いや、これが初めてだ」
「……えっ」
確かにチケットを買う時に手間取っていると思ったが、初めてとは……私が思っている以上にこの人は、重症なのかもしれない。私やあの変態の人がいなかったら、いつかひっそりと孤独死するんじゃないだろうか……心配だ……
いや、庇護欲をかき立てられてなどいない。私は駄目な男に引っかかるタイプなどではない。たぶん……
「そっちは、映画は観る方か?」
「そりゃ頻繁には観ませんけど、中学の頃は友達と何度か。そう言えば、高校生になってからは来てませんね……」
ぼっちにとってはイメージ以上に敷居が高いのかもしれない。考えてみれば映画に限らず、最近は買い物以外での外出がめっきり減ったように感じる。孤独死は他人事ではないのかもしれない……
「……また一緒に観に来るか、映画」
「それはせめて観終わってから言って下さいよ……」
そうこう言っている内に場内の照明が落とされる。まもなく始まるようだ。
やがて始まった他映画の予告編を眺めながら、私の意識は再び過去へと飛ぶのだった。




