ゴールデンウィーク明け 3
「……あの」
「ん?」
「なんでそんなに太鼓上手いんですか……? 途中とか目で追えなかったんですけど」
「天涯孤独の身なもんでな。一芸に秀でなきゃ生き延びることが出来なかったんだ」
「妹さんいましたよね?」
「とびきり可愛くないのが一人」
「ご両親は」
「憎たらしい程ピンピンしてるぜ。祖父母もみんな健在だ」
「……」
「……そういう気概で生きてるって事だよ」
「そういう気概でゲーセンに通ってたんですね」
「まぁ、そうだな」
「太鼓の○人でおまんまは食えないと思います」
「え? なんて?」
「太鼓で稼ぐのは無理です」
「何が食えないって?」
「……はぁ?」
「いや、何でもない」
「品性のない人ってモテませんよね」
「……なんで今それ言った?」
ゲーセンはうるさいからな。仕方ないな。
とか言って遊んでいたら、いつの間にかいい時間になってきていた。そろそろ適当に解散して家に帰らなくては、天涯孤独の俺が遅くまで女の子と遊んでいたら俺のささやかなポリシーに少々反する所がある。
あるのである。俺にも。ポリシーが。
「……さて、暗くなる前にそろそろ帰ろうぜ」
「もうこんな時間ですか……結構遅いじゃないですか」
「そうか? 家、こっから遠いのか?」
「自転車で15分くらいですけど」
「自転車?」
「さっきのお店に置いてきました」
「じゃあそこまで一緒だな」
「すぐそこですけどね」
ゲーセンを出て、通り沿いに歩く。意外にも歩調を合わせる必要はなかった。こいつ、結構歩くのが速い。やはりぼっちか……
「ぼっちではないです」
「アッハイ」
「あなたって……彼女いない歴=年齢って言ってたの、あれ、本当ですか? それとも、高校生になってからできたとか……」
「本当だぞ? さらに言えば募集もしてない。高校入学してからは男友達すら一人もいないしな」
「それにしてはなんか……小慣れてますよね。歩調とか気にしてたし、車道側歩いてるし……今をときめくぴちぴちJKと遊んでるんですよ? 緊張とかないんですか?」
「俺は空気は読めるぼっちなんだ。遊びは全力で楽しむたちでな、デート中であってもそれは例外ではない。ただし集団競技と女遊びは除く」
「ぴちぴちJKはスルーですか……一人遊びがお好きなんですね」
「やめろ」
好きでぼっちやってるつもりだが、その言い方はなんか惨めで受け入れがたい。
「でもまぁ、意外に楽しかったですよ? 二人遊びも捨てたもんじゃないです。あとデートではないです。思い上がらないで下さい」
「ぼっちって認めたな」
「……着きましたね」
「あぁ。じゃあ、また会おうぜ」
「はぁ、また何かに巻き込まれたらその時はよろしくお願いします。まぁ、結局今回は何も……」
「こちらこそな。じゃあ」
「……待って下さい」
「ん?」
「……あの……ブロッコリーが……」
「……は?」
振り返った俺の視界に飛び込んできたのは、都会のど真ん中、コンクリートの駐輪場の片隅で、一台の自転車のサドル部分に、そこにあるのが当然、とばかりに存在感を主張して咲き誇る一輪の
ブロッコリーであった。
「あ、あの……ぇ……?」
「……」
「え? いや……え? なんで……?」
「……なんでだろうな」
「なんで……ブロッコリー? えっえっ……意味わかんない……」
「そうだな。ブロッコリーだな。時にだ、一旦落ち着こうか」
「あっはい。……はい……」
こいつが混乱するのも分かる。なんたってブロッコリーなのだ。なぜブロッコリーなのか、そして俺たちにこのブロッコリーのぶっ挿さった自転車を一体どうしろというのか……。なにより、この疑問を一体誰にぶつければ良いのだろう。
「……すみません。取り乱しました」
「いや、いい。それよりあれ、お前の自転車か?」
「はい。ブロッコリー以外はそうです」
むしろブロッコリーもだったら俺は驚くよ。いや、今も十分驚いてますけどね……
「ど、どうしましょう……」
「……うむ。まず、あそこにはもともとサドルがあったんだよな?」
「サドルなしってのは流石に上級者すぎませんか? 痔になりそう……」
「お前の方が品性ないんじゃないのかとたった今俺は思ったね」
「……いえ、すみません。落ち着きたくて、つい……」
「……まぁ、まずは盗難届けを出すべきじゃないか? サドルの。んで本体は押して帰るしかないだろ」
「ブロッコリーは挿さったままですか? 持ち帰って晩のおかずですか?」
「お前本当に落ち着いてるか? 深呼吸するか?」
「い、いえ……大丈夫です。分かりました。そうします……はい……」
「……分かった、一緒に行こう。交番に行って、ついでに送ってやる」
「ありがとうございます……」
俺が自転車を押す形で、俺たちは歩き出した。やはりこうなるか、という諦観いっぱいと、降って湧いた非日常に対する僅かばかりの高揚感を胸の内に覚えながら。