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こじらせぼっちはハーレムエンドを目指さない  作者: 猫派
二章 このハーレムは重すぎる
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二節 絵に描いた餅じゃないけど



 その男に初めて会ったのは、今から一年以上前の体育祭の日の事だ。その日は日差しが強く、午前中の競技に出ずっぱりだった私は体調を崩してしまった。


 少し暑さにあてられただけで混んでいる保健室に行く気にもならず、教室には不真面目な生徒がたむろしていたため、私は鍵の空いている空き教室を選んだのだった。


 人がいる事に気付いたのは、机に座って水筒のお茶を飲み、一息ついた時だった。


 教室の後ろにまとめて下げられた机の、一番後ろの方、その窓際の隅に座っている奴がいるのに、私はそれまで気付かなかった。どうやら男子のようだ。運動着の色から一年生であると分かる。




「……あ、どうも」


「いや、別に……ここは俺の部屋じゃない」




 ちょっとムッとする。そんな事は言われなくても分かってる。


 この男が特に意味もなくそういう言い回しをする奴だと知るのはずっと後の事である。とにかく、ムカついたからちょっと突っかかってみる。




「あんたさ、外、行かなくて良いの? 午後の部始まるよ」


「……いい。外じゃこれはできない」




 よく見ると男の手元には携帯ゲーム機があった。服が汚れていないのを見るに、朝からずっとここにいたんだろう。不真面目極まりないが、筋肉がないからか、不良という感じはしなかった。


 暇だったので会話を続ける。




「それ、何やってるの?」


「アイドルを育成している。ちっこくて口調がキツくてお節介……ちょうどお前みたいな可愛くない奴だ」




 私は黙ってそいつと対角線上の反対の隅っこに移動する。人物間の心理的距離は物理的距離に比例するという実験結果を思い出したからだ。




「……」


「……」




 空き教室は静かだった。窓の外では騒々しい喧騒と声援が響き、私の戻ろうという意思を著しく損なわせた。午後の競技にも出る予定はない。私は今しばらくここで時間を潰す事に決めた。




「……それさ、今やる必要ある?」


「いや……ないな」


「……」


「……しりとりでもするか?」


「やめて」


「あ、そう……」


「……」


「……人間さ、やりたい時にやりたい事をするのが一番だと思わないか? 人生は選択の連続だ。いつだって選択肢はある。俺はこのゲームを今やる必要はないし、体育祭に参加してもしなくても良い」


「いや、体育祭には参加すべきでしょ」


「……出席はしている」




 窓の外に目をやると、どうやらもう午後の競技が始まっているようだ。私は少しだけ、まだあまり親しくない2人の友人の事が気になった。




「ここからじゃ、木が邪魔で何も見えないね」


「ここならギリギリ見えるぞ。……いや、ここは譲って、俺は別の端にでも行くよ」


「私が今からそっちに行くのに、離れたら話しづらいでしょうが」


「……足元に気をつけてな」




 隙間なく詰められた机の上を、飛び石を渡るように歩く。


 そのいくつ目かの机に足を置いた時、不意に足場が揺れ、バランスを崩した私は前のめりに倒れーー


 ーーすんでのところで筋肉のない薄い胸に受け止められた。


 重い音と鈍い衝撃、低い呻き声……そして静寂。私もこれは流石にどうしていいか分からず、顔を上げられずにいた。




「ってぇ……ちっこくてもやっぱ重いな……」




 みぞおちに一発入れてから起きあがって離れる。男はかなりダメージが入ったらしく、ゆっくりと起きあがった。




「まったく、余計な事を……」




 一言余計だと言いたかったのだけど。




「……こういう選択もある。これは俺の矜持の問題だ」




 涙目で言っても格好付かないと思う。


 とにかく、この日のところは私の負けだった。私は勝ち負けにこだわるタイプだ。いつか必ずこの男を打ち負かしてみせると誓った。


 ……まぁ、うん。嘘だ。いつか誰かを好きになるなら、こういう人が良いなぁと思った。


 結局、当時はクラスも違う男子とそれ以上関わり合いになる事はなく、次に会う時には相手は私の事を綺麗さっぱり忘れていた訳だが。こんなのが初恋というのはあまりに悲しすぎるので私は断固として認めない。絶対にだ。

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