一節 その二人、ディスコミュニケーション
ベッドに倒れこみ枕に顔を埋めて、彼の匂いを胸いっぱいに吸い込む。あぁ……何という至福……! 身体全体に彼を感じて、私の意識は今にも昇天しそうだ……!
すぐ脇からゴミを見るような視線と、うわぁ……、と酷く脱力した声が聞こえるが無視して彼の匂いを堪能する。今まさに、彼女の中で私の評価が急降下してるんだろうなぁ……でもやめられないとまらない。
「ふぅ……さて」
ひとしきり彼のベッドを楽しんだところで、私はおもむろに上体を起こし、キリッとした顔を作る。一部始終を見ていた彼女は呆れ顔のままだ。致し方ない。この際、余裕のあるお姉さんキャラは諦めるしかないだろう。
「あなたが彼とどこまで親しい間柄かは知らないけど、彼の部屋に無理やり押しかけて、一緒のベッドでお泊り既成事実なんて、そんな蛮行は私が許さないよ」
「いやそこまでするつもりはないですけど……。そもそもあなたはあの人の恋人か何か……では、ないみたいですね……」
ベッドを見て鼻で笑う。こいつ……彼女ではないと分かるや急に態度を変えやがった……!
恋人でない事がばれてしまったが、それは問題ではない。彼との関係において私が一歩リードしているのは確かなのだ。ここは強気に出るべきだ。既成事実だけは、何としてでも阻止しなければ……!
「確かに私は彼の恋人じゃないけど、あなたの好きにはさせないよ……! ご主人様の貞操は私が守る!」
「はぁ……ごしゅ……?」
「ご主人様!」
「……あぁ」
あっ理解する事を諦めた顔だこれ。まぁとにかく、言いたい事は言った。彼女も相応に準備して来たのだろうし、お泊り自体を阻止できるとは思っていない。
とにかく間違いが起こらない様、私も彼にお泊りを許可してもらってしっかり監視しておかないと。
それにしてもまさか、私と彼がデートしたその日に奇襲とは……あと1日遅ければ間に合わないところだった。妹ちゃんの素早い情報提供にも感謝しなければ。
「別にあなたの邪魔はしませんけど……一応忠告しておくと、そういうプレイとかをあの人とするのはやめた方がいいですよ。絶対調子に乗りますし……それにあの人、ドSですよ?」
「……あなた、彼とは中学の時からの付き合いなんだよね?」
「はい。かれこれ二年くらいになりますかね……」
「彼の事、よく知ってるんだ?」
「えぇ、まぁ。友達ってほどではないですけど……あっいえ、この間久しぶりに会って、それからはその……友達、です……」
そう言ってちょっと顔を赤くして照れる姿は女の私から見てもいじらしく、悔しいがすごく可愛い……。それになんとなく嗜虐心をくすぐられる。やはりこいつは危険だと認識を新たにする。
「あの人はデリカシーもなければ遠慮もない、交友関係が狭いから目立たないだけで、人間性は最低の部類ですよ」
そんな事を言いながら、口元が緩んでいるのに気付いていない。可愛い。
「それで、心ない一言で傷つけられちゃったりしたんだ?」
「えぇ。何度殴ってやろうと思ったか……」
「ドキドキしたりしない?」
「えっと……?」
「彼に見透かされて、自尊心を弄ばれて、嘲笑われて……もっと人としての尊厳を踏み荒らされたい、支配してほしいって思わない?」
「わ、分かりました分かりましたから……顔近いですって……」
おっと、つい熱くなって詰め寄ってしまった。せっかく近付いたので彼女の容姿を仔細に渡って分析しておく事にする。
彼女は背が高い。女子としては、という程度であって、平均的な男子高校生であるご主人様よりは低いが、痩せているのもあり、スレンダーという言葉が似合う感じだ。
髪は短く、これまたばっさり切った前髪から、三白眼ぎみの目が覗いている。基本的に表情の変化が乏しいのに加えて、この目が仏頂面に拍車を掛けている気がする。しかし、それを補って余りある美人さんだ。
愛想のない目も、知り合った後では可愛らしさを演出するワンポイントにしかならないだろう。総じて、私が勝っているのはおおよそ胸囲くらいのものだ。
そんな彼女が、心持ち朱に染まった顔で、ベッドに座って、上目遣いで私を見ている。私の中で俄かに嗜虐心が大きく首をもたげる。
「……」
「あ、あの……なんですか? なんでじっと見てるんですか……? ちょっと怖いんですけど……」
耐えきれなくなったのか、フッと目を逸らす。限界だった。私は彼女をベッドに押し倒した。




