ゴールデンウィーク明け 2
「……何ぃ?」
順調に歩みを進めていた俺の両足は、目的地の軽食店の二階で再び歩みを止める事となる。午後3時過ぎ、比較的空いている店内で、四人用のテーブル席にぽつりと座る見知った顔を見つけたからだ。
見知った顔とは言っても、見慣れた顔ではない。俺が黙って通りすぎるでもなく、声をかけるでもなく、顔を見るなり歩みを止めてしまったのは、かなり特殊な事情によるものである。
すぐさま俺は素早く周囲を見回し、何かしらの異変を探す。店内二階の食事スペースは見たところいつもと何ら変わりのないように見える。スーツを着たサラリーマンがパソコンを開いて仕事をしていたり、学生がたむろして駄弁っていたりするいつもの場所だ。
件の人物、制服を着た少女に視線を戻すと、俺の声に反応したのか、チーズバーガーを齧る彼女の視線がこっちに向く。目があった。
「……あ」
俺と目があった直後、視線は上下左右、店内の至るところを彷徨う。どこかで何か、おかしな事は起こっていないか、と……。やがて視線は俺へと戻ってきて、再び目があう。漠然とした危機感と強い警戒心、僅かの諦め……さっき俺はこんな表情をしていたのか、なるほど。
「……そこ、いいか?」
「えぇ……どうぞ」
ことわって彼女の向かいの席に座る。俺が自分のチーズバーガーに手をつけるより早く、彼女が口を開いた。
「……お久しぶりです。卒業式以来ですから、1年振りになりますかね」
「あぁ、そうだな……会いたかったぞ。元気してたか?」
「おかげさまで、今日この瞬間まで何事もなく、それなりに平和にやれてましたよ……それと、できればあなたには会いたくなかったですけどね、私は」
「いや、ちょっとした冗談だろ……挨拶代わりだよ」
「私も、お約束なので言っただけですよ。あなたの事はきらいじゃないです」
「……左様でございますか」
相変わらず食えない奴だ。ついでに言えば可愛げもない。
「ただの社交辞令で勘違いしちゃうピュアメンタル、好きでもないし嫌いでもないですよ」
「おい」
「やめて下さいよ。ちょっとした冗談じゃないですか」
「あぁ、はいはい、そうだな」
挨拶も済んだところで、本題へ移る。
「でだ、何ていうか……今回もまた……」
「ですかね……今の所、何も起きてはいない様に見えますが……」
「と、なるとこれから起こるって事か?」
「いえ……まだ何か起きると決まった訳では……そもそも根拠も何もない訳ですし」
そりゃそうだ。根拠なんてない。あるわけがない。だが、経験はいくつもある。
「一応、警戒はしといた方が良いだろう」
「ですよね」
「……で、それはそれとして、だ。 お前さ」
「はい?」
「なんで放課後のこんな時間に一人でこんな所にいんの?」
「それはあなたも同じですよね?」
「天涯孤独の俺と華のJKのお前とじゃ事情が全然違うだろ」
「そんな事はないと思いますけど」
「友達いないのか?」
「いますよ?」
「ほんとか?」
「……それ、食べないんですか?」
いないな。チーズバーガーの包装を剥がしながら俺は考える。こいつは中学で一つ下の後輩だったはずだが、制服が違うということは、浪人とかはしていないようだ。
高校一年生の5月も中旬に入ろうという時期に友達がいないというのは結構やばいんじゃなかろうか。俺が言えた口ではないが、こいつは以前からどうも人を遠ざける節がある。
それこそ俺が心配するような事ではないと言えばそうなのだが、行きがかり上、こいつにはどうも世話を焼いてしまう。そう言えばどことなく少し妹に似ているような……いや、俺、妹に世話を焼いた事なんてあったか?
「……もし私に友達がいなかったとして、あなたに心配される筋合いではないと思うんですが」
「まぁ、俺たちもさ、こうしてばったり会うのももう何度目かになる訳だし、これは友達と言っていいんじゃあないか?」
「私へのフォローで言っているんだとしても、そんな友達はできれば遠慮したいです。あと、私が言いたかったのは、その……あなたが私を心配する理由がないと思うのですが」
「それはほら、あれだろ、あれ……下心」
「女性経験が一切ないのにそういう事が言えるのって凄いと思いますよ」
「心にもないからな」
「それはそれで失礼じゃないですか?」
「やっぱ女って面倒くさいよな」
「それって私が面倒くさいって言ってますよね?」
「そういうとこな」
「はっきり言いますよね。心にもないからですか?」
「あ、そうだ。俺あと何時間か暇だからちょっと付きあってくれよ」
「……まぁ、良いですよ。女の子に面倒くさいとか言っちゃう残念な人に、少しだけ付き合ってあげても……」
やっぱりこいつ暇なんだろうか……




