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こじらせぼっちはハーレムエンドを目指さない  作者: 猫派
一章 こじらせ男と三匹の嫁
19/60

六月の雨の日 3



 ある時は後ろの席の女子、ある時は優秀なアシスタント、またある時はお隣さん、しかしてその実態は……


 謎の女Xの正体を探るため俺は、彼女の友人であるというこれまた地味そうな女子を直撃する事にした。帰りのHRを終え、話を聞こうと飛び出した俺が見たのは、何やら連れ立って教室を出て行くXとその友人の姿であった。


 まさか当の本人がいる前で彼女について尋ねるわけにはいくまい。仕方がないので着いて行って一人になるのを待つ事にする。放課後の学校で女子の後をつける男の気持ち悪さにはこの際目を瞑る。


 二人は何やら話しながら部室棟へ行き、そのまま文芸部の部室へと消えた。部活動だろうか。この時点で俺は帰ろうとした。したのだが……




「えっとそれじゃあ……明日の計画を立てなきゃね……」




 ……部室の扉、薄すぎないか? 部室棟自体まだ人が少なく静かな事と相まって、会話が筒抜けである。おまけに明日の事を話す、というのであれば是非聞いておきたい。俺を誘った目的が分かるかもしれないのだ。


 まぁ、盗み聞きではなく、聞こえてしまったのでは仕方がないよな……




「えーいいよー。彼と一日中過ごせるなら私は別にどこでも……」


「何を暢気な事を言っているのよ……今まで陰から見てるだけだったあなたが、急に何を思ったのか知らないけどデートのお誘いをして、あまつさえオッケーしてもらったなんて、こんな好機はむこう二、三年はないわよ?」


「大丈夫だよー明日告白するし」


「……はぁ? いきなり何を言っているのよあなたは……一年よ? 入学式で惚れてから一年もの間ろくな会話すらしてないのよ? なんでそれがいきなり告白するなんて話になるのよ……」


「いやぁ、ちょっと急がなきゃいけない理由ができてね……下校デートは先を越されちゃったけど、こっちは休日デートで対抗だよ。あの人は鈍い人だから……告白で存在をアピールして、意識させて一歩先んじるんだよ……えへへへ……」


「……あなたってなんだか、奥手なのか大胆なのか分からないわ……」


「私は彼がいれば何もいらないから……」


「そ、そう……」




 しとしとと降る雨の音をバックに語られたのは衝撃の事実だった。ちょっと愛が重すぎないか? 一年って……友達の子、若干引いちゃってるぞ……


 入学式……俺の脳裏に蘇るのは一年前、まだ俺が今よりもう少しアマチュアのぼっちであった頃の事である……



〜〜〜



 あの日はハレの日にも関わらず、あいにくの雨であった。入学式の式次第全て終了し、真新しい制服を着た新入生達がぞろぞろと校門を出て行く中、俺は一人下駄箱に残っていた。


 俺とて帰りたいのはやまやまだったが、どうしたことか、確かに傘立てに挿したはずの傘がないのだ。おおかた誰かが取り違えたのだろう。


 ならばこの新入生用の傘立てに最後に残った傘を貰っていけば交換成立だな、と考え、雨に打たれ揺れる桜の花を眺めながらぼーっと待っていた訳である。


 待つ事数分、しかし結局、傘立てには一本の傘も残らなかった。どうやら傘を忘れた奴が持って行ってしまったらしい。よくある事だ。しかしどうしたものか……買ったばかりの制服で躊躇われたが、こうなればいっそ走って帰るしかないか……




「……あなたも傘、持って行かれちゃったんですか?」




 見ると新入生らしい女子。あなたも、というからにはどうやら彼女も同じ境遇のようである。




「どうやらそうみたいだ……」


「じゃあ一緒に傘、借りに行かない?」




 まさに青天の霹靂、その発想はなかった。事務室に行けばビニール傘を借りられるかもしれない。


 そうして俺たちは入学直後で右も左も分からない校内で右往左往しながらも、十数分ほどかけてなんとか事務室へとたどり着いた。まぁただしかし俺に関しては、そこで傘を借りる必要はなかったのである。




「……お、あった」


「それ、君の傘なの?」


「おう」




 貸し出し用の傘立てに並ぶビニール傘の中に、俺の傘はあった。名前を書いてあるので間違いない。貸し出し用の傘と間違えて、誰かがここに移したのだと思われる。


 女の子はそこで傘を借り、俺は再会を果たしたそれをさっそく働かせながら、二人雨降る桜並木を歩く。




「……どうしてビニール傘なの?」


「よく失くすもんでな。これなら、失くしてもダメージが少ないだろ?」


「でも不便じゃない?」


「さぁ……不便さはあまり感じないな。それに、普通の傘が優れているとも、あながち一概には言えないぞ?」


「そうかな……」


「そうだよ。普通の傘じゃあ視界が遮られて、真上は見えないだろ?」


「見る? 真上なんて」


「見る。雨の日でも桜がよく見える」


「……ほんとだ」




 俺は傘を少し持ち上げ、透かして頭上の桜と曇り空を見た。隣で歩く彼女も同じようにする。もっとも彼女の方の傘には《貸し出し用》の文字が黒のマジックで大きく躍っていたが。




「……空を見たのなんて、いつ以来だろう」


「ビニール傘は差さないか?」


「差さないよ。今日も普通の折りたたみの傘だったし……差しても空なんて見ないよ。でも……これからはたまに見ようかな……」


「……待て、折りたたみ傘なのに傘立てを探してたのか?」


「……あ」




 彼女の鞄からは、ビニール袋に入ったピンク色の可愛らしい折りたたみ傘が出てきたのだった。

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