六月の雨の日 1
それは4時間目の化学の実験の時であった。
化学の実験は毎回、二人組を組んで行われる。この時のパートナーは特に指定される訳ではなく、誰と組むかは完全に自由。いわゆる一つのぼっち殺しとして名高い『はーい二人組組んでー』という奴である。
さて、時に俺はぼっちである。がしかし、このクラスでぼっちは何も俺だけではない。こういう場合、ぼっち同士は自然と残り、余り物同士組むのがある種お約束となっている。
そして最初に組んだパートナーとは、学年が変わるまでタッグを組み続けるのもまた暗黙の了解である。
で、この一年俺と一蓮托生となるまぁまぁ幸運なぼっちは誰であったかというと……
「……私、試験管とビーカー持ってくるね」
「おう」
なんと女子である。後ろの席の何とかいう女子。俺もできれば同性と組みたかったところではあるが、最初の実験の時、気が付いたらこいつしかいなかったのだから仕方ない。まぁ化学の実験程度の事務的な会話なら、俺のようなコミュ障でも難なくこなせるので問題はないのだが。
それどころか、彼女は中々に、いや相当に優秀であった。他の女子どものように、実験中に任された役目をおざなりにしておしゃべりに興じる事もなく、まるで予行演習でもしてきたかのように効率良く作業をこなす。俺は自分の仕事を随時彼女に確認しながら滞りなく行うだけで良い。
事前の打ち合わせもなく、いずれかが指示役に徹している訳でもなく、それで大抵他のどの班よりも早く実験が終わるのは、ひとえに彼女が作業の多くを受け持ち、完璧に遂行してみせるからである。
おかげで俺たちは毎回他の班の実験が終わるまで、机を挟んで無言の時間を過ごす羽目になっていた。罰ゲームか何か?
この日も実験は一切の滞りなく進んだ。湯浴のためのビーカーを火に掛け、ある程度水温が上がったら溶液の入った試験管を浸す。あとは水温を維持しながら待つだけだ。
「……」
「……」
無言。こういうとき、俺の優秀なパートナーはいつも正面を見てぼーっとしている。教科書でも見て時間を潰せば良いと思うのだが……
ちなみに名誉ある書記係の俺はせっせと提出用のプリントを記入している。あぁ忙しい……
「……ねぇ」
「……」
ちなみに考察にはいつも彼女の言っていた事を適当に書いている。俺はもはやほとんど彼女の助手か何かである。
「ねぇ、君」
「……?」
指で自分を指して、俺? というジェスチャー。首は縦に動く。
「明日って暇?」
「俺は大体いつも暇だぞ」
「じゃあ9時に駅前集合ね」
「おう」
「……」
「……」
……ん? 今こいつ、何かおかしな事を言わなかったか? 思わず流れで返事をしてしまったが……勘違いか、あるいは幻聴かもしれないので一応確認しておこう。
「……明日、どこか行くのか?」
「良いよね?」
「あ、うん……どこ行くの?」
「どこでも良いよ」
「……はぁ」
クラスメイトの女の子から休日に遊びに誘われたのはどうやら俺の幻聴や勘違いではないらしい。俺の認知機能が孤独に耐えかねて狂ってしまった訳ではなかったことにひとまずは安堵するが、あまりの脈絡の無さに認識が追いつかない。
ただの荷物持ちか……? しかし、それにしたって俺とこいつとは事務的な会話以外ほとんどしたことがない。なぜ俺なのかという疑問が残る。
俺がぼっちの処理能力を大きく越えた難題に大いに苦悶している間にも溶液の加熱は進み、その後も特に問題なくその日の実験の全過程を終えた。俺が依然として悶々としているのを他所に、悩みの種であるところのそいつは、授業終了までずっと、上機嫌そうにニコニコしていた。