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こじらせぼっちはハーレムエンドを目指さない  作者: 猫派
一章 こじらせ男と三匹の嫁
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ゴールデンウィーク明け 1



「起立。礼」




 気付くと帰りのHRが終わっていた。ぼうっとしていて、担任が何を話していたのか、よく覚えていない。まぁ、大した事は言っていなかったはずだ。


 周囲に倣い、立ち上がって礼をする。ここまでを、無意識で行う。慣れとはかくも恐ろしい現象である。赤信号、みんなで渡れば、とも言ったものだしな……なんてぼんやりと考えながら俺の足は、既にいち早く教室を出て階段へと向かっている。


 階段を降り、下駄箱に着くのはいつも一番乗りだ。友達と連れ立って歩く大勢の話し声が階段の上から静かな階下へと響いてくる。その様はなんだか、雪崩や土砂崩れが向かって来る時の轟音のようにも感じられる。


 危なかったな。もし俺に誰か一人でも友達って奴がいたら、間違いなく巻き込まれて遭難しているところだ。


 今日はもうやる事もないし、このまま家に帰るとしよう。もちろん、今まで放課後の学校に用事があった事なんてない。呼び出しも食らった事はないし、部活にも所属していないからだ。毎日定時で飯が旨い。学業にも身が入るってものだ。


 と、バラ色のぼっち人生を謳歌する俺であったが、




「あー……忘れてたわ……」




 ぼっち特有の悪癖、独り言がつい漏れる。 今日は妹に、友達が来るから夜まで帰って来るなと言われたのを忘れていた。


 現在、時刻は午後3時。あと4時間ほど、どこかで時間を潰さねばならない訳だ。参ったなこれは参った……つっかけた革靴を気にしながら、俺は歩き出す。ルーチン通りに動くのだ、決して止まりはしない。


 実のところ、俺はあんまり参ってない。スマホ一つであらゆる娯楽にアクセスできるこのご時世、暇潰しにだけは事欠かない。決して上等とは言えないが、俺の趣味の一つでもある。


 という訳で、ファミレスに居座ろうか、ジャンクフードで済ませるか、それともゲーセンにでも行こうかと、そんなことを考えながら校舎の外に出ようという時、入って来る誰かと鉢合わせ、足が止まる。




「……おっと」


「えっ……」




 小柄な生徒……女子だ。クラスメイトの何とかいう奴だった気がする。明らかに持ちきれないであろう量のパンにジュースのペットボトルまで何本も抱えて、少々危なっかしいと感じる。


 そいつは、俺が自分の進路を遮ったと感じたらしい。怪訝な顔をしている。と、俺の顔を見て表情が変わる。道端で何か予期しない物に……熊にでも行き会ったような、驚きと、絶望すら感じさせる顔だ。


 ……何だ? 俺が何かしたか? こいつとは今まで、話した事もなかったはずだ……多分……いや、自信はない。


 1秒、ないし2秒の沈黙の後、少女が口を開く。




「……えっと、何?」


「いや、それはこっちが言いたい……です……?」


「いやいや、タメで良いよ。 何か見てたじゃん」




 え、俺はこいつとタメで話すのが当然って程の仲だったのか……いや、クラスメイトに敬語は不要との判断か。


 普段会話する友達の一人もいないと、こういった些細な意思疎通にもいちいち支障をきたすので困りものだな、と内心手のひらを返してみる。




「見てたってほどではないんだが……それ、多くないか?」


「多いっていうか……これ、罰ゲーム? みたいな……友達のやつとか……これ全部私が食べる訳じゃないし」


「へぇ……そうか」




 部活前の間食にしては量が多いんじゃないかと思っただけだ。パシりをさせられる友達がいるなんて、全く羨ましい限りだよな。


 俺としてはただそんな感想を漠然と抱いただけなのだが、なぜか俺の方から声をかけた風になっているので、この場は社交辞令の一つでも言っておくのが角が立たなくて良いだろう。




「だいぶきつそうだが、いくらか持とうか?」




 全く心にもない。


 がさっ、と音を立てて、パンの包みが一つ、床に落ちる。少女の体が小刻みに震えている。どうした事か、適当に言った社交辞令が思わぬ角を立ててしまったようだ。


 少女の両手は塞がっている。密かに傷付いている場合でもないと、健気にも落ちたパンに手を伸ばす俺。




「あっいや、いいって、拾わなくて……私が」


「は? いや、別にこれくらい……ほれ」


「……あぁ……うん、ども……」




 拾って渡してやると、曖昧な表情をしながら明後日の方角を見て返事を返す。まるで恋する少女の様だな、とあまりに残酷な現実からは努めて目を逸らす。


 小さな声で再度礼を言いながら、早足で教室のある方へと去って行く少女。何と言うか、ほぼ初対面の相手と話すにしては、少々当たりがきつ過ぎやしないだろうか……


 しかしそこは学校一の適当を自負する俺、名も知らぬクラスメイトの少女の事など、深く気にするはずも無かった。本当に、これっぽっちも。


 そう言えばあの少女、HRにも出ずに購買に行っていたのか……今度何か頼み事をする機会があれば、食べ物で釣るのが良いだろう。そんな悲しい妄想をしている間にも俺の足は、学校から最寄りのファストフード店へと既に歩き出している。

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