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克服


肩についた雨粒を払いながらショッピングモールに入った。家族連れや学生たちのキャッキャと活気にあふれる声が耳を刺激する。青春を謳歌しているヤング達だけかと思ったが辺りを見回すと大きな液晶モニターの前のクッションに座る老人たちの姿も見られる。どうやらこの施設はヤングだけではなくてお年寄りまでもが過ごせる憩いの場所と言える。

 と、なぜか『この文明を知らない異星人かよ!』と、芸人からツッコミを入れられて頭を殴られそうなことを考えてしまった。いかん、いかん、あの二人を探さないと。

とは言ったものの、俺はショッピングモールに来たのは初めてで右も左もわからない。挙動不審のようにキョロキョロしていると一階よりも二階のほうがヤング達が集まっていることに気づき二階へ移動しようと階段を探す。

 「階段、階段っと……」

 探すこと三秒で階段発見。早速……え?

 それを利用している人たちの足の動きは明らかに止まっている。それなのに目的地である二階のフロアに向かって進んでいく。こ、これは……。

階段が……動いているじゃないか……。

 「なんだこれ!」

 俺の足元から次から次へと段が湧いてくる。それがおもしろくて俺はその場にしゃがんでしばらくその動きを眺めた。

 すると、その俺の姿が珍しいのか知らないが、来る人来る人が俺を見てはその動く階段に軽快に乗っていく。なるほどな、これならエレベーターとか階段とは違ってかなりの時間短縮ができるな。しかも楽だし。

 「なにやってるのよヒロシ……」

 しばらく見ていると探していた二人が俺の傍にやってきた。エリカはうかない顔をして、コナツは目を丸くして俺を見ている。ラッキーだ。探す手間が省けた。

 「おお、二人ともここにいたのか。見ろよコナツ、この階段動いてるぞ」

 「そんな冗談、笑えないから」

 「別に冗談で言ってない。俺こんな不思議階段見るの初めてだからさ、何て言うんだよこれ」

 「……エスカレーター……本当に知らないの? こんなのどこにでもあるわよ」

 「そういうものなのか。初めて見た」

 「ヒロシ、あなたは……ううん、なんでもないわ」

 何かを言おうとしたコナツだったが、言うのをやめて眉間にしわを寄せた。

「それよりさっきはごめんなさい。取り乱しちゃって」

 チラっと横目でエリカを見るコナツ。

 「コナツさんは私が雨で濡れると思ってやってくれたことだから……逆にありがとうございます」

 「そうだよ、ま、ちょっと強引すぎるところはあったけどな」

 「少し頭を冷やすわ……あ、外が明るくなってきたわね」

 ここから出口を確認すると明るい日差しが店内にまで差し込んでいた。

「通り雨だったのかも」

「そうみたいだな。ゲリラ豪雨ってやつだな」

「じゃ、雨も上がったことだし二人はデートでもしてなさいな」

 「な……な、なんだよデートって!」

 自分でも顔が真っ赤になっていくのがわかった。体は正直だな、確かに俺はエリカが好きなのかもしれない。この約一か月の間でその気持ちに気づいていたさ。

 それじゃ、エリカは?

 「ここここここ! こなっ! コナツさん、ででででででで、デート?」

 君はニワトリか。俺と同様に顔は真っ赤だった。いや、薄く発光しているから俺以上に真っ赤だな。この反応を見るからにそう思ってしまっていいのか。いや、たぶん、彼女はただ単に恥ずかしいだけだろう。

 「ははは、お似合いだよ二人は。それじゃね」

 こめかみの辺りに手をかざすコナツ。

 「ちょ、ちょっと待てって、そんないらない気を遣わなくたっていいよ。お昼もまだだろ、どっかで一緒に食おうぜ」

 このまま二人にされたら会話が続かなくなって逆に気まずくなるだけだしな。それに液晶モニターの上に設置されている巨大な時計の針は十二時をまわってる。久しぶりに体を動かして汗をかいたから腹が減っているのも事実だ。

 「ううん、いい。この後に予定があるの。それじゃ行くから。ヒロシ、エリカちゃんをしっかり守るのよ! いい?」

 「なにから守るんだよ」

 俺は苦笑しながら言う。

 「それは……あなたが一番知っているんじゃない?」

 口を『へ』の字に曲げてエリカは俺に告げた。途端、俺は自分の顔がこわばっていくのが分かった。

嘘だろ……まさかエリカの特殊体質に気づいてしまったのか? 確かにコナツの目の前で一度だけオナラをしてしまったけど、説明はしていないはずだ。

 意味深すぎる言葉を残してコナツは出口から出て行ってしまった。そして最後にこちらを向いて大きく手をふったので俺たちも手をふり返す。

 「なあ、エリカ。特殊体質のことをコナツに言ったのか?」

 「え? 言っていませんよ」

 「なんであんなこと言ったんだろうな」

 「私が……弱いからですよ、きっと」

 「いや、強いよエリカは」

 「……」

 会話はそこで終わってしまった。ただでさえ二人だと会話が続かなくなると思っていたのにコナツの最後の意味深な発言のせいで余計にどうしていいかわからなくなってしまったじゃないか。

 「とりあえず飯でも食おうか」

 「は、はい!」

 不意をつかれたようにエリカは声を張って返事した。

 「なんでそんなに声を大きく?」

 「すいません……変に緊張してて」

 「俺も緊張してるから同じだな。じゃあ、行こうか。俺、『えすかれーたー』ってやつに乗ってみたくてさ。いいか?」

 「いいですけど……本当に乗ったことも見たこともないんですかヒロシ君?」

 「ああ、人生で初だ」

 「私もそんな人は人生で初めてです……あ、別に悪い意味じゃないですよ? ヒロシ君って山とかに囲まれた田舎のほうに実家があるんですよね」

 「実家か……」

 はて? 俺の実家は……だめだ、最近この手のド忘れが多いな。この年でもうボケちまったのか俺は……ま、女性に近づかれるだけで毎度のこと勃起してたら仕方ないのかも。精力を使い果たしてしまったのかも。

 「たぶん、そんなとこかな」

 「そうですよね。あ! ご、ごめんなさい……田舎とか言って……」

 「いいよ、気にしてないし。じゃ、乗ろうか」

 「はい」

 遊園地のアトラクションに乗るような気持ちの俺はゆっくりと右足を前に出した。下から湧き上がる段に体を任せる。ってかデートとは思えない会話だな。

 「おっとと!」

 「ヒロシ君危ない!」

 初めての間隔に俺は上体を少し崩した。エリカは俺の体の上半身を後ろから支えてくれた。

 「ごめんごめん、少し焦った」

 「いえ、大丈夫ですよ。私が支えてますから」

 「ありがとうなエリカ」

……あれ?

ちょっと待て。

俺に触れてるよな?

「エリカ? いつものやつは?」

 「あれ? 私……」

 エスカレーター上で俺たちは二人して顔を見合わせる。エリカはいつも変わらない水晶玉のように輝く瞳でかわいい、じゃなくて! いつもと変わらないし、正真正銘の俺の知っている特殊体質を持つ少女だ。

 がっちりと俺の体を受け止めたのに、男である俺に近づいたのに、っていうか触れているのに……エリカから濁音が聞こえない。

 「エリカ……もしかして……克服……できたんじゃないか?」

 「わ、私……」

 一段下に下がって俺の体から離れるエリカ。

 「ひ、ヒロシ君……私……」

 今にも泣きだしそうな表情に変わる彼女。

 「や、やった! やったじゃないかエリカ!」

 俺は気持ちを全開にして彼女を抱きしめた。それでも、やっぱりオナラは出ない。それどころかエリカからいい匂いが……。

 「私……オナラしませんでしたよ!」

 「ああ! オナラしてない! 音も出てない!」

 「それに、男の人と抱き合ってます!」

 「ああ! 抱き合ってる!」

 会話文を除けばラブストーリー洋画のラストシーンとも言えるだろう。ここに感動的な音楽が流れれば全米が泣くし、逆にこの会話が字幕で出れば全米が鼻で笑うだろう。

 エリカは俺をぎゅっと抱きしめた。今日は最高の記念日になったのかもしれない。いや、かもしれない、ではなくてなったんだ。心からそう思えたのは、今、俺を抱きしめてくれてるエリカの体の温もりがそう思わせている。

 勃起全開の息子がエリカの体にぶちあたっていることは、この際、伏せておこう。

 彼女のことなのに、自分のことのようで最高に幸せだ。


 『きゃ、見て! すごい』『大胆なカップルだね』『爆発しろ』『愛し合ってるのね』『男のほうだけ消滅しやがれ』


 抱きしめあっていると、そんな声が俺に響く。抱きしめながら目を閉じていた俺はゆっくり目を開ける、周りの客たちが俺らをエスカレーターの頭頂部で取り囲んでいることに気づく。

 途端に恥ずかしさが猛スピードで込み上げてきた俺たちはお互いから離れて距離をとった。公衆の面前で何をしてんだと思われたかもしれないけど、嬉しい気持ちを裏切れなかったのだから仕方ないだろ。

 「ごごごごごご、ごめんエリカ! 調子に乗って」

 「いいいいいい、いえ! 私も嬉しかったです。特殊体質もそうですけど……ヒロシ君に……抱きしめてもらえて……」

 「え?」

 モジモジとするエリカは、自分が持っている小さいキャラメル色のバックに視線を落とした。そしてまた一段と表情を赤らめる。もしかして彼女も俺のことを……。

 「あ、はは……そうだ、飯だよな。二階でどこか探そうか。それに俺がおごるよ。エリカの食いたいものなんでもいいぞ。だって今日という日は最高の記念日だろ」

 「は、はい」

 あれ? エリカの反応……外したか俺?

 好きと言わなかったからなのか?

 チキンすぎるだろ俺……男じゃないな。

 でも、俺の思い違いで外したらこの関係が終わってしまう気がして、一歩踏み出せないんだよな。ま、言うチャンスはまだまだあるだろ。

 そんなことを考えていた俺はいつまでもエスカレーターの傍にいるのも嫌なのでレストランを探してそそくさと歩き出した。

レストランが密集しているエリアまで歩く途中、エリカは立ち止まった。

 立ち止まったのは映画館へと続く通路の途中だ。

 「エリカ?」

 「ヒロシ君! ま、マジプリの劇場版が五月五日に公開されますよ! これはすごいです! 絶対行かないとだめです!」

 エリカの目の前には派手な広告塔のポスターが大きく張られていた。五、六人ぐらいの美少女がこちらに向かって眉間にしわを寄せながら敬礼しているため、魔法少女と言うには軍隊のようなポーズをとっている。どうも話の内容がつかめない……。いやさ、普通なら魔法のステッキとかを可愛らしく掲げたりするもんだろ。

 「前に図書室で言ってたやつか。本当に好きなんだな」

 「え、あ、私っってば……はしたない……」

 「今度見に行こうかエリカ」

 「え? でも……行きたいですけど……これはかなり子供向けで、しかも女の子向けですよ?」

 「いいさ。エリカが特殊体質を克服できたお祝いだ」

 「ほ、本当ですか! やった! 私、こういうの見に行く人がいなくて、いつもレンタルがリリースされるのを待ってたんです」

 ぴょんぴょんとその場にジャンプするエリカ。か、かわいい……。

 ジャンプしているのでさっき抱きしめた時のエリカの匂いがほんの少し香る。俺の鼻を刺激して、また抱きついてやろうか! と思った、が、俺の俺は自分の頬をビンタして性的欲求を抑制した。

 「ど、どうしたんですヒロシ君?!」

 はたから見れば意味不明な行動をとった俺に反応するエリカ。

 「なんでもない……蚊がいたからぶっ殺してやろうと思ったんだ」

 そう、欲求という蚊がいたんだ。

 強く叩きすぎたせいで痛む頬を抑える俺。

 すると、エリカが俺の頬を抑える手に優しく自分の手のひらをあてた。

 「だ、大丈夫ですか? ……へへ、こうやって普通にヒロシ君に触れられて幸せです……少し、恥ずかしいですけど」

 天使?

 観音様?

 舌をペロッと出して恥ずかしそうな表情をするエリカに例える言葉がありすぎて見つからないでいた俺はもう一発、さっきとは反対側の頬を思いっきりビンタした。

 「ちょ! ヒロシ君?」

 「だ、大丈夫……蚊がうるさくて……こうでもしないと……」

 抱きしめてキスしてしまいそうで。そうは言えなかった。いや、言えないだろう。

 「そんなに蚊いますか?」

 「いや、もう大丈夫。なんとかぶっ殺したから……。飯行こうか」

 「そうですね、私も」

 グルルッルルルッルル~。

 今まで聞いたことのないエリカの濁音が聞こえてきた。

 「お、オナラじゃないですよ!」

 「はは、知ってるよ。俺も腹が減っててもう限界だよ」

 「行きましょ! 私も……って、言わなくてもわかっちゃいましたね」

 「だな」

 映画館入口の前で二人して笑った。


どうも!

RYOです!


お読みいただきありがとうございます!

ラブストーリーみたいになってまいりましたねw


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