再確認
勃起していた。
ああ、朝だから仕方が……ん? 暗い……。
部屋は真っ暗で、その中にぼんやりとした家具類がかろうじて確認できた。朝立ちではなくて夜立ちをしているようだ。寝とぼけていて朝だと勘違いしていた俺はすぐに夜だと気づく。どうやら俺は屋上で気を失って輝き寮の自室で寝ていた、と脳はすぐに状況を把握して、正常に起動した。
屋上で気を失う……。
それだけは理解できたし覚えている。それと、コナツがいたこと、彼女に何かを聞こうとして……違う、違う、俺が何かを言おうとしたんだ。ただそれが何だったのか、重要なことなのか軽いジョークなのか、それが脳の中にあるいくつもの引き出しを開けてもみつけられなかった。そして引き出しを探っている間に俺はコナツに「エリカに近づくな」と言葉は違えど、そんな感じのことを言われ怒ったことも覚えている。
そして何かを言おうとしてあの暗闇の世界に迷い込んだんだ。しかしなんなんだあの現象は……命名しよう、コナツ現象、と。
こんなことを考えているとあの脳裏を襲った激痛が再発しそうで怖くなった俺は今の時刻が知りたくてスマフォを探した。寝返りをうってベッドの枕元のあたりを手の感触を頼り探した。が、どこにも無……ん? なぜか急成長を遂げている息子に何かが当たったような……。それはある程度柔らかくて、暖かい、ぬいぐるみか? いや、そんな乙女のベッド仕様にした覚えはないしそんな趣味もない。じゃあこの物体はなんなんだ。
とりあえず部屋の明かりをつけようと俺は上体を起こしてベッドから立ち上がろうとした。その時、手のひらに生暖かくて柔らかいものの感触が俺の脳に伝わる。
「おわっ!」
あまり触れたことのない感触にびくついた俺はそのまま体のバランスを崩して頭から床に落っこちる。が、床に自分の体が叩きつけられると思いきや、叩きつけられたのは上半身と顔面だけで、下半身はさっきの生暖かい物体がクッション代わりとなって衝撃は無く、俺はエビぞりのような体勢になった。
「あたた……なんだよこれ……どうなってんだよ」
一刻も早く電気をつけようと起き上がろうとするものの下半身にあの生暖かい物体があって起き上がれない。ふと思う。物語に出てくる人魚とかは陸にあがると不便だろうな~、と意味不明なことを勝手に考えていた。
そしてジタバタしているうちに手にリモコンらしきものがあたる。俺の部屋にテレビはない。たぶんこれは遠隔操作できる室内の電気リモコンだ。助かった、と俺はすぐに明かりを点灯させた。
室内がパっと明るくなり、さっきまで俺を転ばさせたりしていたものはなんなんだ? この目で確認する。
鳳蘭エリカは俺に覆いかぶされて身動きが取れないでいた。ちょうどお腹のあたりに顔があってうつぶせで、足はМ字開脚をきめこんでいた。そしてエリカの胸のあたりに俺の勃起した棒状の元気な子孫繁栄のこれから先の人生でお世話になる幸せ重要アイテムがポジショニングしていた。
うわあああああああああああああ!
なんだよこれええええええええええええええ!
声に出さずに俺は絶叫。心の中で敵が攻めてきたことを知らせる警報が鳴り響き、軍隊はすぐに迎撃準備に入る。お、落ち着け……落ち着くんだヒロシ……そうだ、電気をつけてもエリカは起き上がろうとしない様子から、眠っているんじゃないだろうか。それならワンチャンあるぞ。何もなかったようにすぐにこの体勢から離脱して何事もなかったように起き上がるんだ。
ゆっくり、ゆっくり……俺は腕立て伏せの体制を取りつつ立ち上がろうとした。胸から下半身にかけていつ何時爆発するやもしれない時限爆弾を抱えているように。しかし、少しだけ胸を起こしたその時に爆弾は起動してしまう。
「ひ、ヒロシ君……やめて……だめ……です……」
いやああああああああああああ!
起きてるじゃないかド畜生おおおおおおおおお!
エリカが起き上がろうとしなかったのは……俺が……体で圧迫していたからだったらしい……。
もはや言い逃れはできないと、あっさりと白旗をあげた俺は潔く横に転がって土下座ポーズをとる。
「すいませんでした! でも押し倒そうとしたわけではないんです! 信じてください!」
「え? ……違うんですか……あの……言いにくいんですけど……私の体にヒロシ君の……その……大きい『あれ』が当たっていたので……私、てっきり……」
体をモジモジさせながら恥ずかしそうにエリカは言う。
「やめてくれ! そんなエロ同人みたいなことを言うのは! そもそも勃起したのはエリカが俺の横にいたからであって……って、そういえばエリカ、俺が横にいてオナラしなかったよな?」
「し……しました。ただ……たぶんヒロシ君に襲われ……ヒロシ君が私の真上に落下してきた瞬間に私が足を広げたので、今日の特訓みたいにすかしっ屁になったんだと思います」
今襲われたって言おうとしたよね? 頼むから人前で変な言い間違えしないでくれよ、社会に出られなくなるのだけはごめんだ。М字開脚がオナラの出入り口を広げる形となったのか。ならばエリカはこれからの日常生活で男性が近づいてきたときにМ字開脚をすればオナラをせずに済むんじゃないか? なにをバカなことを考えているんだ俺は。別の被害が出るにきまっている。女子高生がいきなり目の前でМ字開脚をしてみろ、痴女と思われて相手は逃げ出すか、それこそエロ同人の展開に発展するだけだ。
「そういうことか。でも、なんで俺の部屋にいるんだ?」
「ヒロシ君が屋上でいきなり倒れたって、コナツさんと真白先生が必死になって輝き寮に運んだんです」
怒声を飛ばして言い争っていたのに、コナツは俺をここまで運んでくれたのか。それと真白先生にも感謝しなくちゃいけないな。にしても、俺は運ばれているとき勃起のほうは大丈夫だったのだろうか?
「コナツと真白先生が運んでくれたのか」
「ヒロシ君……ごめんなさい」
「え? なんで謝るんだよ」
「私……職員室に真白先生を呼びに来たコナツさんの後を追って屋上に行ったんですけど……倒れているヒロシ君を見た時に……何もできなかったんです……人が倒れているのを見て怖いって感覚もあったんですけど……それ以上に……私がヒロシ君に近づけば……私の特殊体質がみんなにバレちゃうって……最低です」
金色の髪を自分の手でくしゃくしゃにしたエリカは大粒の涙をボロボロ出し始めた。水道の蛇口を少しひねったように流れ出た涙は、彼女の優しさと後悔の念を具現化したものなのだろう。
なにやってんだよ、俺は。守ろうとしていたエリカを今日だけで二回も悲しませてしまったじゃないか。一度目は教室で、二度目はコナツ現象もあったが俺のせいで、たった一人の彼女を守れない自分に嫌気がさした。こういう場合はどうすればいいんだ? 思いついたのは、何も言わずに優しく彼女を抱きしめるという手段。でも、それさえも俺たちはできないでいる。お互いの特殊体質が怖くて、それで周りの環境が崩れるのが怖くて、俺たちは殻の中に閉じこもってしまっているんだ、と再確認した。
「エリカ、ありがとな」
「……ヒロシ君?」
「俺のために泣いてくれて、俺のために今日、何度も苦しんだり嫌な思いさせて、明日からまた俺がんばるからさ。エリカを今日みたいな思いさせないから、だから……笑ってくれよ」
「だめ……です」
完全に自分の言った言葉に酔いしれていた俺はエリカからの予想だにしなかった返答に自分の耳を疑った。彼女はしかめっ面になりながら下唇を噛んでいた。
「エ、エリカ?」
「ヒロシ君は今日のことを全部自分のせいだと思いすぎです。私も……頼ってください……最初に約束したじゃないですか。一緒にこの特殊体質を克服してリベンジするって……だから……二人でがんばりませんか……」
エリカはいつもより薄めの赤い表情で恥ずかしそうに言った。そして彼女は俺が言った言葉のリベンジをしたくて、優しく笑った。また再確認することになったが、俺は絶対にエリカの特殊体質を体から追い払ってやる。この笑った表情を曇らせる、曇天の原因を消滅させる、と心から誓った。そのためなら悪魔でも大魔王とでも契約を結んでやるとさえ思った。
「ああ、頼むぜ。エリカ」
「あ……ははははははは、はひっ!」
俺がエリカをジっと見つめてしまったからだろうか、彼女は薄めの赤から濃いめの赤に表情を変えて視線をベッドの足のほうに落としてしまった。
それを見て、俺も急に恥ずかしさがたちこめてきてしまい、視線をエリカとは真逆の自室のドアに向けた。互いに顔を赤らめて会話が途切れてしまった。部屋にテレビも無けらば時計も無いので秒針の動きの音もない、言葉通り無音の空間になってしまった。
「そ、そういえばコナツは?」
「よ、夜ご飯の支度をしています……あ、私手伝いに行きますね」
俺の一声で金縛りから解放されたようにエリカはスクっと立ち上がって部屋を出ていこうとしたが、長時間座っていたからだろうか、足がもつれてその場に尻もちをついてしまった。
「いたた……」
「大丈夫かよ?」
「はい……すいません」
咄嗟に俺はエリカを起き上がらせようと手を差し伸べた。そしてそれを彼女も何の躊躇もなく掴んでくれた。
「ブっ! ブルウッルルルルルルウルルル! あ、出ちゃいましたね……」
「二人の時はいいんじゃね。俺もなってるし」
今までなら恥ずかしくて相手が特殊体質のオナラを知る俺であっても手なんて掴んでくれなかったエリカだったが、今ではだいぶ警戒心も解いてくれているようだった。
ほら見ろよコナツ。なに俺のことを邪魔呼ばわりしやがって、俺がエリカと一緒にいたほうがいいに決まってるだろうが……そういえば、今のオナラで思い出したが、コナツはエリカに近づくなって言ったけど、まさかエリカにも俺と距離をとれとか言われてないだろうな?
「なあ、エリカ。その……コナツから俺についてなにか言われなかったか? 例えば、あいつは変態だ、とか一緒にいたらまずい、とか」
ふいに気になったことをエリカに問うてみた。しかし、彼女はキョトンとした顔で首を斜めに傾けた。
「いえ、なにも……ただ、この部屋にヒロシ君を運んだ時に静かに寝かせてあげてと言われたんですが……ヒロシ君が心配で……約束やぶって部屋に入っちゃいました」
ペロっと下を出しておちゃめな乙女を演出したエリカ。やっべ……抱きしめてキスしたい……と全身全霊で思った俺だったが、さすがにそれはできないと心の中で精神安定剤を百本ぐらいブッ刺した。
「そうか……台所に行ったらコナツに俺は元気だって伝えてくれ」
「わかりました。あの、ヒロシ君……さっきのこと……」
「わかってる。この部屋にエリカがいたことはコナツには内緒、だろ」
「ありがとうございます……じゃあ、私夕食の手伝いに行きますね……ヒロシ君はまだ休んでてください……夕食の用意ができたら呼びに来ますね」
まるで新婚さんみたいだ……と俺は気持ち悪く一人で高揚していた。
笑顔でこの部屋をエリカは出て行った。なぜか彼女が笑うと俺も心の底から晴れ晴れした気持ちになる。例えるなら休みの日の午前中……例えが我ながら分かりにくいな。
エリカが出て行った後の部屋で俺は再びベッドに横になる。腕を額に当てて天井を見上げた時、なぜかチクリと少しだけ頭の裏側がまた痛くなった。
お読みいただきありがとうございます!
ラブストーリーみたいですね。
感想等まっております。
RYO