輝き寮パーティー
「それでは! この輝き寮での新しい生活! 新しい仲間に乾杯!」
寮の照明が消されていたのが急にパっと明かりが灯り。歓迎会というよりは誰かのお誕生日パーティーのような演出が施された。その中心に笑顔満点で立つのは沖田コナツ。オレンジジュースの入ったグラスを片手にやけに上機嫌だった。
かんぱーい……。なんだよこのテンションは。
と、俺が思うのも無理は無い気がする。この意味不明なぐらいに沖田コナツが浮かれているパーティー会場、すなわち輝き寮の食堂兼リビングの畳十畳ほどの部屋には俺と鳳蘭エリカと沖田コナツしかいない。これだけ騒いで三人って、しかも鳳蘭エリカなんかこのテンションについていけずにグラスのジュースに口をつけたまま顔をあげないでいるぞ。
「なぁ、この寮にはこんだけしか人がいないのか?」
「ん? ばっきもいっだけどぼおかに」
「口の中の物を呑み込んでから喋れよ!」
クスっと小動物の鳳蘭エリカが笑みをこぼす。
「むしゃむしゃ……ごくりんこ!」
「そんな効果音いらないから……」
「さっきも言ったけどね、あと一人、ここに入寮する私たちと同じ一年生がいるの。たぶん部活に初日から混じって練習してると思うけど……」
「ほー、それはそれは、ご苦労なこって」
俺は食卓に並べられた豪華な料理の数々の中からから揚げを選んで口に放り込んだ。う、うまい……確かこの料理は全部この沖田コナツが作ったんだよな。やるじゃないか。
「ふふふ、たぶん会ったら驚くと思うよ。なんたってすごいんだから」
「すごいって、その最後の一人が?」
ガラララ~。
玄関の開く音が俺たちのいる畳の部屋まで聞こえてきた。
「噂をすればだね! どうぞ~! 今こっちで歓迎会やってるからそのままの恰好で来なよ~!」
沖田コナツの声が聞こえてたのか足音のピッチは速めで、こちらに人が来るのがわかった。
「ふふん! それではご紹介しましょう! 裏月高校! 期待のスーパーエース! 大南……」
「ごめんぞーい! 遅れちゃってぞーい!」
障子が開いて姿を現したのは二十代前半の大学生のような女性だった。両耳に大きなピアスをして髪は大人のおとなしめお姉さんを代表するようなマロンブラウン。そして毛先はカールしていて都会の美容室に一人はいるようなオシャレな女性だ。第一印象でこれだけ相手に好印象を与える彼女だが、俺は奥歯にひっかかる牛肉の筋ぐらいひっかかることがある。そう、語尾の『ぞい』だ。どこか聞き覚えがある……ぞい?
お姉さんの登場に一番驚愕の表情を浮かべていたのは沖田コナツだ。おそらく予想の人物と全く別の人の来訪にさっきまでのテンションが恥ずかしくなったのだろう。
「ごめんぞいね~。職員会議が長引いて長引いて……おっ! なになにこの豪華な料理はぞい! よし! 先生は早速ガソリンを注入するぞいね~」
「先生? もしかしてこの手紙を書いたのも先生ですか?」
「そのとおり! ビールビール~っとぞい」
ランランラ~ンっと鼻唄交じりで台所の冷蔵庫に行くと先生は銀色の筒を手に取りカシュッ! っといい音を弾けさせてそのままゴクゴク喉音を鳴らしながらアルコールを一気に胃に流し込んだ。
「ひっひゃああああああああ! さいっこうっっ……てね! ……オヤジっぽかったぞい?」
「オヤジ通り越してオッサンですね先生」
「こらっ! 侮辱は許さないぞい! 一応裏月高校の先生でこの寮のメイン担当になったんだからね! 今のうちに謝っとかないと三年間を地獄で過ごすことになるぞいよ~?」
ツッコミを入れた沖田コナツを半笑いで睨みながら半分オッサンの先生は二口目のビールを自らの胃に注ぎ込んだ。ゴクゴクゴク……。
ってか一回に飲む量が半端ないなこの人は……。
「あ……あの……先生」
ここにきて鳳蘭エリカがこのオッサン先生に口を開いた。
「ん~? おおっ! 君は、うんうん、言わなくてもわかるよ! その金髪のきゃわいい髪型はエリカちゃん! 会いたかったよ~!」
オッサン先生は缶ビールを片手に持ちながらダイレクトで鳳蘭エリカの胸元に飛びついた。
「ひゃあっ!」
「あっ! こらっ! エリカちゃんに……飛びつくなっ! 離れなさいよ~!」
そこに沖田コナツまでもがダイビングしたため、鳳蘭エリカは二人の女にもみくちゃにされてまた顔が赤くなってしまった。接触したらマズい! と思ったがよく考えれば全員が鳳蘭エリカと同姓だったのでオナラの心配は無いと思い見守ることにした。なんか……別に俺の近くに女が近づいてきたわけではないけど、この三人の女性が絡み合っているところを見ていると……イカンイカン! なにも考えるな。悪霊退散!
「おいおいおい~、なんだよこのカオスな空間は」
後方からの急な聞き覚えの無い声にビクつく。声の方を見ると大きなスポーツバッグを肩から下げた男子高生が立っていた。前髪をくしゃっとするとオッサン先生の方を少し眉間にしわを寄せながら見ていた。
「ん? おお~来たね~大南トラタロウ! 待ってたぞい!」
オッサン先生は片手に持った缶ビールを高々とあげて彼を歓迎した。
「先生、なんすかこのバカ騒ぎは…… ってか酔いすぎでしょ」
「キター! トラタロウ! 待ってたよ! あたしは!」
なぜか急にテンションがあがったのは何を隠そう沖田コナツだった。さっき盛大に紹介しようとしてハズしたのも影響されていたと思われる。
「誰だよ。なんで俺の名前を」
「そんなの寮の名簿見たからにきまってるでしょうが! でも見る前から知ってたのは言わないでおくよ」
「いってるじゃねーか」
「まぁまぁ、トラタロウ! 今日はこの輝き寮で三年間を一緒に過ごす仲間との宴だから楽しくしよう!」
「バカらしい。俺、部活で疲れてるから寝るわ」
このトラタロウという男。何か殺伐とした態度をしている。この言動とこの顔、絶対に友達とかいないやつだな。俺も人のことは言えないけど、でも、俺の場合は特殊体質のせいが十割だからな。こいつとは違う。
「こりゃ! 初日からそんなこと言わないぞい! トラタロウ! ……じゃあ、この輝き寮の新たな仲間が集結したところで! 各自の自己紹介といこうか! はい! 私は裏月高校の英語担当! 真白恵令奈ぞい! こう見えても彼氏がいないので拡散おねがいしますぞい!」
自分の額の上でピースをして舌を出した真白先生。見た目はそこまで歳いってないと思うが何か痛い……。
「あの……ま、真白……先生……」
おお! ここで口を開くのか鳳蘭エリカよ! こういう天然系キャラはみんなが頭で思っていても言えないことを言うのがセオリーだぞ! ここで求められるのはズバリ、真白先生何歳ですか? だぞ鳳蘭エリカ!
「ん? エリカちゃん! なんぞい?」
「あの……真白先生は……なんで……ぞい、って言うんですか……」
そこかぁぁあぁーい! ま、そこも気になってたからいいけどさ……。キャラ作りか?
「いい質問だエリカちゃん!」
「きゃあっ!」
「だからエリカちゃんに抱き着かないでください真白先生! 酒臭くなったらどうするんですか!」
沖田コナツが力づくで真白先生と鳳蘭エリカを引き離した。
「へへへ~これはキャラ作りの一環なのぞい。実は先生は声優を目指してま~す!」
この発言に全員が目を丸くした。いや、一人、トラタロウを除いてだ。相変わらずこの爆弾発言にもトラタロウだけは「あっそ」というような表情を浮かべていた。
俺のキャラ作りなのか、という予想は意味違いだが当たっていた。
「せ、声優? それって」
「声優なんですか真白先生! な、なんていうアニメの出てたんですか?! もしかしてマジカルプリンセスファイアーですか?!」
沖田コナツの発言をかき消すようにのっかってきたのは、まさかの鳳蘭エリカだ。ガタっと木製の長方形の長いちゃぶ台を軸に体を真白先生目がけて乗り出した。しかも今までに聞いたことのない(まだ出会って初日だけど)声量と勢いだった。
「おお! まさかのエリカちゃんが驚異の食いつきをみせたぞいな!」
「あ……いや……す、すいません……」
もう何度も見た顔を真っ赤にする鳳蘭エリカは立ち上がった足を空気の抜けた風船のように力なく折りたたみながら静かに着席した。
「まだ卵だけどね~。ここで教師しながら声優になるためにオーディションとか受けてるわけ。昔は声優スクールにも通ってたんだからぞい。それでこのぞいは次のオーディションのキャラのセリフの語尾なの。こうやって日常で言ってキャラ作りしてるわけ。もちろん学校では内緒だから、ぞいなんて言わないぞいよ?」
知ってます。言ったら一気に噂広がりますよ真白先生。
「なにかすごい人と出会ってしまったようね私たち……キャラが濃すぎる……」
「そりゃ、声優は何人ものキャラを使い分けなくちゃならないからキャラも自然と濃くなるぞいよ。それじゃ、次は寮長お願いしますぞい~!」
いつのまにか声優オッサン先生は缶ビール片手に司会進行になっていたようだ。
「えっと、沖田コナツです。真白先生が言うようにこの輝き寮の寮長を務めさせていただくことになりました。部活は吹奏楽部に入ろうかと思います。それで夢がるの、図々しいかもしれないけど三つあって、それは……」
チラっと横目でトラタロウを見た沖田コナツ。なんだよ、その意味深な行動は?
「なんだよ?」
案の定、トラタロウが鋭い眼光で沖田コナツを睨みつけた。
「今は言わない。夢は他人に語れば実現に近づくって言う人もいるけど私はそうは思わないんだ。他力本願みたいな感じだし……」
「それじゃ私のさっきの自己紹介をまるっきり全否定してるわけぞい? なんだか先生悲しいぞい……」
確かに、真白先生が盛大に声優になりたいとここで言ったことがタブーみたいだ。
「いや、違います! 別にそういうわけじゃありませんよ真白先生! ただ、私の夢は本当にさっき言った通りで他人の力に頼る形になるので……そういう意味も込めて言っただけです。さ、夢の話はここまでにして、好きなものはエリカちゃんみたいなかわいい女の子なんだよー! ぎゅうってしちゃう!」
「ひゃあっ!」
いきなり抱きしめられた鳳蘭エリカは咄嗟にかわいい声を出して顔を赤くした。
「みんなこれから三年間よろしくね! 私のことはコナツって呼んでね! あっ、そうだ、今から早速寮長の権限を使ってみんなに命令をするね。寮のメンバーは全員を下の名前で呼ぶこと! そのほうが早く仲良くなれるからね。それじゃ、次は野球部のスーパーエースのトラタロウ! どぞ~!」
「自己紹介の前に野球部って言われたらもう言うことねーよ」
ボソっとつぶやいたトラタロウはまたも鋭い眼光をコナツに向けた。確かに一理ある。
「ほかにもあるでしょうが」
「ったく……大南トラタロウ。野球部だ」
それだけ。自身のエネルギー消費を考えたエコすぎる自己紹介だった。
「終わり? いやいや、もっと言うことあるでしょ? 中学の時はここら一帯の中学生では誰も打てるバッターがいなくて、その時、すでに直球は百四十キロ後半を常時出していて、右の本格派と言われた! とか」
自分の自己紹介の時よりも目を輝かせてコナツは言った。事実そうだとしても自分の自己紹介でそこまで言えるビッグマウスはなかなかいないと思うぞ。
「んなこと自分から言えるかよ。それより、なんで俺のことそんなに知ってるんだよ。キモいんだよ」
「いや、ほら! 有名だから」
「おまえ中学も一緒じゃないよな。ストーカーかよ」
「おまえじゃない! ちゃんとコナツって呼んで」
「知るかよ」
トラタロウは舌打ちをしてそっぽを向いた。群れるのが嫌な一匹オオカミのようなやつだな。じゃあ何でわざわざ寮にしたんだよ? それに裏月高校は野球がそんなに強くなかったような気がするんだが、なぜ他のもっと名門とか呼ばれるぐらいのところに進学しなかったのか。いくつも質問したいことが頭の中で浮上したが聞いても応えてくれないと思った俺は心の中に閉まっておくことにした。
それにしてもさっきのトラタロウのコナツに対するストーカー宣言ではないけど、どうもさっきからの素振りとか発言で彼女が彼を意識しているようにしか思えない。もしかして中学の時から好きでこの高校に彼が来ることを知ってわざわざ裏月に入り寮生活を選んだのか? だとすれば本当にストーカーと言われても仕方がないような……。
「トラタロウは人見知りで自己紹介があまり得意ではないみたいぞいな。それじゃ、男子続きで次は君の番ぞい。えっと名前は……」
自己紹介の前に名前が言われると始めにくいと思っていたが俺だけ言われないとなぜか寂しい。
「立川ヒロシです。とりあえず部活とかには入ろうと思っていません。別に得意なこともなければ趣味もないつまんないやつです。あと、人が苦手ってわけじゃないけどひどく緊張しやすいので話すときとかは距離を保ってもらえると幸いです」
これでいい。前置きでこう言っておけば他人と距離をとっていても誤解されずに済むし、先手必勝というわけさ。俺の自己紹介を聞いて隣の隣ぐらいに座っているエリカは「なるほど……」という表情をしていた。見本は見せてやったからな、うまくやれよエリカ。
「対人恐怖症か……だったら私が三年間で治療してあげるよ」
「おわっ!」
エリカの時同様、コナツは俺に抱き着くまではいかないが顔を思いっきり近づけてきた。ヤバいヤバいヤバい! 俺はすぐさま体育座りにチェンジする。危なかった、俺の息子は瞬間的に成長するものだからバレるところだった。
「なによ恥ずかしがっちゃって、そんなキャラじゃないでしょ」
会って間もないのに俺のキャラの何を知っているっていうんだよ。なんて馴れ馴れしいやつだよ。そろそろ離れてほしい。
「かわいい一面があるぞいな。先生もひっついちゃおうかな!」
「だ、大丈夫です! それよりも次はエリカの番ですよね!」
俺の言葉にエリカの表情が曇った。いや、俺がふらなくても順番でおまえに回ってくるんだぞ。ましてや俺の失敗を見れたのだからいいだろう。うまくやれよエリカ。
「うまく逃げたはね。じゃあエリカちゃんどうぞ~」
コナツの紹介で全員の視線がエリカに集まった。いつもどおり顔を赤らめたエリカは畳に視線を落として黙り込む。そしてゆっくり顔をあげた。
「ほ、ほ、鳳蘭エリカ……」
自分の名前を言って再び畳に視線を落としたエリカ。特殊体質というよりも彼女はとんでもないぐらいに人見知りで恥ずかしがりやだということを知った。いや、これも立派な特殊体質なのか。
「なんだよ。喋れないのかよ」
心臓に大きな槍を突き刺すような心無い言葉が発せられた。俺はトラタロウを睨んだ。
「こっちは練習で疲れてんだ。それなのにここに顔出してやってるのに。もういいっスカ先生? 風呂入ってから飯食うんで適当に余ったの置いといてください。ご飯ありますよね」
エリカは今にも泣きだしそうだった。自分がしたことで誰かが嫌な気持ちをいだいてしまった、と優しい心をもっている彼女は自分のことを責めたに違いない。
俺が睨んでいることを無視して自分の発言がエリカを傷つけていることなど気にせずにやつはこの部屋を出ていこうとした。
「待てよおまえ」
「あ? なんだよ」
「そんな言い方ないだろ。エリカだって喋りたくて喋らないわけじゃないんだよ」
「だったら喋らなかったらいいじゃねーか。この時間がもったいないんだよ」
「なんなんだよおまえ。さっきから人に対する接し方がおかしいんじゃないのか。めんどくさそうにしやがって、時間とかが大事ならこんな寮に入らなくても自宅から通えばいいじゃないか。こっちが迷惑なんだよ」
「自宅から通えないからここに嫌々いるんだよアホ」
「だったら近くの高校に行けよ、それともどこも行けなかったのか?」
「それは言っちゃだめ!」
背後から聞こえた怒声にも似た大声はコナツのものだった。彼女は立ち上がり俺のことを眉間にしわを寄せながら睨んだ。
「てめぇ……俺の何がわかるってんだよ! ああ!?」
コナツの怒声に気をとられていた俺は怒り狂った表情のトラタロウに胸倉をつかまれた。そして彼は拳を振り上げた。
殴られる……。
「二人ともそこまで。それ以上はやめておきなさい」
トラタロウの高々とあげた拳を自分の手で止めた真白先生は低い声で俺たちを制した。
「ちっ……」
小さく舌打ちをしたトラタロウはそのまま風呂場ではなく、玄関のほうへ向かおうとした。
「どこに行くのトラタロウ」
「……ランニング」
「そう、門限は守りなさいよ」
「……」
真白先生の最後の問いに応えずに足音をわざと大きく響かせた彼はそのまま玄関を開けて寮を出て行った。
その場に取り残された俺を含めた四人は何も喋らずに空気が固まっていた。
「ごめん……なさい」
口を開いたのはエリカで、彼女は目にいっぱいの涙を溜めていた。それを見た俺ははっと、我に返る。この中で一番苦しんだのはおそらく彼女だと思ったからだ。この場の雰囲気がこうなってしまったのも自分のせいだと思っているんだろう。
「エリカちゃん、何も気にすることはないぞい。思春期真っ只中の男ってのはこうなるものなんだからね」
横目で真白先生は俺を見た。
「でも……私が……黙っちゃったから」
「んん! えっと~……『女子力も魔法もやっぱり火力が一番! マジカルファイアー!』」
急に声色を変えた真白先生はエリカに向けて戦隊もののような決めポーズをとった。
「あっ! ファイアーピンクの決め台詞!」
さきほどまで泣き崩れそうな勢いだったエリカは一瞬にして表情が晴れやかになった。
「ふふふ、似てたかな? これも練習してた時があってね。まぁお察しのとおりそのオーディションには落ちたんだけどね。……ごめんねエリカちゃん、先生の私がもっとしっかりしなくちゃいけなかったのに」
「あ……先生は悪くないです。悪いのは人前で喋ることもできない私で」
「でも今は喋れてるじゃない。この寮生活を通してそうやってみんなと喋れるようになるから三年間がんばろうね」
「はい!」
さすが教職だ、と思った。たとえは悪いかもしれないけど野生の小動物を自分のペースに持ってくるのが慣れている。現にエリカはあきれるほどさっきよりいい顔つきで真白先生を見ていた。なのに俺は逆にあの笑顔を曇らせるようなことをしてしまった……反省だ。エリカを守ると決めたのに。
「あたし、トラタロウ見てきます。たぶんこの周辺の地理とかまだ詳しくないと思うので」
コナツは少し怒り気味で直言した。
「待ちなさい。コナツも入学したばかりでわからないのは一緒でしょう? もう日も落ちてるんだからここにいなさい」
「いえ、大丈夫です。この周辺はもう理解してるので」
「いつこの周辺の地理を理解したのよ。ま、トラタロウのことも心配だし、行ってきなさい。わからなくなったらすぐに電話しなさいよ。あ……先生もうお酒飲んだから車で向かえに行けないけど」
そのままコナツはツカツカと歩き出して和室を出ていこうとして入口付近に突っ立っていた俺の横で一瞬とまり、勃起するじゃないか! と思ったのと同時に。
「あなたは……誰なの?」
そう呟いて寮から出て行った。
あなたは誰なの? なんのことだよ? 俺は俺だよ、と自問自答してみたところでやっぱりコナツのさっきの質問の意味がわからなかった俺は眉をひそめた。
「ヒロシ君……ごめんね」
そんな俺のもとに被害が出ないような距離を保ちながらエリカが近づいてきてペコリと頭を下げた。
「エリカのせいじゃないよ。俺もカっとなってしまってさ……」
「エリカ……あわわわ!」
「ん?」
お決まりのように顔を赤くしてあわてて和室を飛び出したエリカ。自室まで猛ダッシュで突っ走っていった。
「なんだよあの反応は」
「人見知りで自己紹介でも黙り込んじゃうぐらいの子なのよ、急に男子に目の前で下の名前を呼ばれたら緊張しちゃうじゃない。かわいいわね~」
「そういうことですか真白先生」
「二人になっちゃったしパーティーはお開きね。どう、先生にお酒付き合ってくれる?」
「未成年です!」
「はは、冗談ぞい。ま、これから仲良くやってきなさいよあなた達。この寮に三年間一緒に暮らすんだから」
それなのに初日からこのバラバラ感はないだろうと思い、俺は頭を掻きむしった。
RYOです!
君の名は。観てきました!感動です!