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「蒼泉が誘拐されたと言っている」

 風は少し冷たいものの穏やか。

 日差しは元気で暖かい。

 白い雪はガラスのように光を反射していた。

 見上げた空は眩く快晴、澄んだ青色をしている。

 普段は目立たないような黒い車でさえスポットライトを浴びたかのように眩しさを放っている。


 冬休み初日から早々、冬の厳しさなど忘れてしまう。

 十二月にしては珍しいがそれほどの散歩日和であった。

 元々体を動かすことが大好きな蒼泉としては、起きてから無意味に外へ出たくなったほどである。

 いざ出てみれば案の定気持ちがいい。

 気分は上々、嫌なことも忘れて溶けてしまいそうな心地になる。


 だから。


「ねえ、君。道を教えてほしいんだけど……」

「はい?」


 だから。


 ――まさかこんな日に誘拐されるなど、蒼泉は微塵も思わなかったのだ。



 * * *



「――もう一度お願いします」

「蒼泉が誘拐されたと言っている」


 不機嫌な顔で言う松山に、倉田は眉一つ動かさなかった。

 無表情で耳を傾ける。

 その傍では静江が見るからにオロオロと取り乱していた。

 顔からはすっかり血の気が引いている。

 手も小刻みに震えているようだった。


「どうしましょう……あなた、蒼泉に何かあったら」

「おまえは静かにしてなさい。解決出来るものも出来なくなる」


 口調がだいぶ刺々しい。さすがに落ち着いてはいられないようだ。

 密かに分析しつつ、倉田は腕を組んだ。

 呼吸一つ分間を置く。

 誰も落ち着いていない以上は自分が冷静になるしかない。


「失礼ですが、それは確かな情報で?」

「電話が来た。蒼泉の声も確認している」

「相手は何と」

「……身代金の要求の他、選挙への出馬を取り下げろと」


 身代金と出馬の取り下げ、どちらが本命なのか。

 倉田は苦笑を見せた。どちらにせよ誘拐された事実に変わりはない。


 心当たりは、とは訊かなかった。

 彼は心当たりがあったとしても決して言わないだろう。プライドの高い男だ。

 逆に多すぎて松山自身にもわからないかもしれない。

 それほど裏では大変なことを重ねてきたのだ。その手腕には感心するものがある。


(とはいえ、恨まれるようじゃまだまだだな)


 心の中だけの呟きを顔に出すことはない。


「……全く。〝黒猫〟のことといい今回の誘拐騒ぎといい、今年も終わるというのにロクなことがない」

「どうするおつもりで」

「言わんでもわかるだろう」


 倉田は目だけでうなずく。

 金の問題ならともかく、今さらになって取り下げは無理だ。

 松山自身が承諾するはずもない。

 彼は政治家であることばかりが存在意義のようになっている。


 松山は目尻に深くシワを刻んだ。

 かぶりを振る。何かを吹っ切るかのように。

 それから彼は倉田を見据えた。

 瞳に潜むのは鈍い光。


「倉田、おまえに任せてもいいだろうか。手段は問わない。何とかしろ」

「善処いたします」


 ――初めから手を出さないつもりはなかった。

 こんな面白そうなことに首を突っ込まない方がどうかしている。


「倉田さん……お願いよ。蒼泉を助けてあげて。私、あの子がいないと……っ」

「わかっています。安心してお待ちください」


 すがってくる静江の肩を支え、倉田は口元の筋肉を緩めてみせた。

 「失礼します」と一礼して部屋を出る。そのまま家を出た。

 外には誰もいない。太陽の光ばかりが眩しい。

 さて。


「まさかこんな役の立ち方をするとはな」


 呆れているのか楽しいのか。

 自分でもわからない笑みを浮かべ、倉田はポケットに手を突っ込んだ。

 小型の機械を片手でいじりながら、反対の手で携帯電話を取り出す。


 コールは、たったの一度。


『もしもし』


 もしかすると演じている自分よりも無機質ではないか。

 そう思えるほどの声音に笑いが込み上げてくる。


「俺だ。発信機を辿る。今から言うやつをチェックしてくれ」

『いいけど。何の発信機?』

「水沢蒼泉」


 向こうの沈黙。


『……何があったの』

「誘拐されたんだとよ。今から追跡する」

『了解』

「頼りにしてるぜ、おまえお手製の発信機とやらを」

『……任せて』


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