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「私は秘書ですから」

「入ってもよろしいでしょうか」

「え、あの、はあ。どうぞ」

「失礼します」


 間抜けな返事をしてしまったのだが、相手――倉田は気にした様子もなく入ってきた。

 やはり無表情のままだ。

 仮面のように固まってしまっているのではないだろうか。

 蒼泉は先ほどから、この男の違う表情を見たことがない。


「倉田、さん?」

「はい」

「オレに何か用ですか?」

「用というほどのことではないのですが。色々と気になりまして」


 倉田の言葉に蒼泉は瞬いた。

 よほど変な顔をしていたのだろう。

 倉田の眉がほんのわずか、気づかなくてもおかしくないほど小さく上げられる。


「どうかしましたか?」

「あ、いえ。珍しいと思って」

「珍しい?」


 うなずく。

 それと同時に、向けられる言葉の一つ一つが機械のようで蒼泉は居心地の悪さを覚えた。

 目を長く合わせていられない。わかっていたがやはり苦手だ。


「えーと……オレのことを気にする人は、そんなにいないから」


 たどたどしく言葉を選んでいると、今度は倉田が瞬く番であった。


(ああ、瞬きするんだ)


 当たり前のことにも驚いてしまう。


「何を……。気にしない方が珍しいのでは?」

「あー、まあ。そうなんだけど、そうじゃなくて。……今までの秘書の人はオレと関わろうとはしなかったんです。気は遣ってくれるんですけど、倉田さんみたいに部屋に来てまで何か話そうとする人はいませんでした。オレは仕事の話なんてわからないし、それが当たり前だと思うんですけど。だからちょっと、ビックリして」

「……まあ、確かに。そうでしょうね」


 低い呟き、それとうなずき。自覚はあるらしい。

 そこから感情は読み取れないが、少なくとも嫌な気にはさせられなかった。

 現金なものだが、会話が成り立ったことで少しだけ苦手意識が薄れる。

 蒼泉は気を取り直した。


「それで、倉田さんは一体何が気になったんですか?」

「蒼泉さんの様子が、です」

「はい?」

「先ほどのやり取りのフォローとでもいいましょうか。必要があれば説明しようと思いまして。蒼泉さんも気になるでしょう?」


 これまた意外な。

 蒼泉は瞬きすら忘れて倉田を見上げた。や

 はり眼鏡の度はきついのだろう。表情が読み取れず、何を考えているのかわからない。


「それは……松山が、フォローして来いって?」

「いえ、私の独断です。しかし許可は得ました」

「不機嫌になったんじゃ……」

「そこは私の腕の見せ所ですから」

「…………」


 すごいというか何というか。

 蒼泉は意味もなく手近なクッションを弄んだ。

 嬉しくないわけではない。

 しかしそれより、倉田に気を遣わせてしまったことに申し訳ない気持ちが込み上げてくる。

 松山の不機嫌さを知っているから尚のこと。


「そこまで気にしてもらわなくても大丈夫なのに……」

「蒼泉さんの方こそ。なぜそこまで気を遣われます? 私にも、松山夫妻にも」


 なぜ。

 蒼泉は動きを止めた。

 体だけでなく思考も止まる。

 相手が何を言っているのかわからなかった。

 しかし倉田もまた、こちらの反応を待っているのか動かない。


 考える。

 なぜ。

 ――なぜ?


 無意識にため息がこぼれた。


「……倉田さんがオレに気を遣う方が不思議ですけど。なぜですか?」

「私は秘書ですから」

「オレはただの居候だよ。松山の子じゃない。年下のオレにそんな敬語を使うの、不自然じゃない?」


 見上げるが、倉田は無表情のままこちらを見下ろしていた。


「敬語は、嫌ですか」

「使われるような立場じゃない。ただそれだけです」

「ではやめろと?」

「そうしてくれると嬉しいですけど」


 本音だった。元々堅苦しいのが得意でない。

 しかし、くだらないことを気にしていると自分でも思う。

 相手が敬語を使いたいなら勝手に使わせておけばいいのだ。

 それなのに子どもじみた文句を言っている。情けない。


 倉田のため息。

 やはり呆れさせただろうか。

 蒼泉は恐る恐る倉田を見やり、――目を丸くした。


「それならお望み通りやめてやろうじゃねぇか」

「え?」

「地でいくわ。これでいいんだろ?」

「…………は、あ」


 ニヤリと口元に笑みをたたえる男。

 男は勝手に人のベッドにどかりと腰を下ろす。

 それからネクタイを緩め、蒼泉には鎧のように見えたスーツを軽く崩した。

 ヤレヤレと息をついて再び蒼泉のことを見てくる。

 鋭い、しかし生きた人間らしい目。


 蒼泉はしばし反応出来なかった。


(――誰!?)


 いや、倉田だ。倉田でしかない。

 それはわかっている。わかっているが。


(ぅええ変わりすぎっ!)


 いきなり表情も口調も崩れた男を前にして、同一人物だと認識する方が難しかった。

 蒼泉は必死で先ほどの倉田の表情を思い浮かべる。

 やばい。あまりにも目の前のインパクトが大きくてすでに吹き飛んでしまった。

 機械のようだったことだけは思い出せるのだが。


「く、倉田さん? ですよね?」

「ああ。瞬間移動でもしない限り当たり前だろうが」

「ですよねー」


 あっさり言われれば同意するしかない。迫力的にも、客観的にも。

 蒼泉は椅子に腰掛けた。何となく自分だけ立っているのがおかしく思えたのだ。

 それにしても、これが地だというならば。


「……秘書って愛嬌とか必要なんじゃないですか? 少なくともオレが今まで見てきた人たちは比較的愛想良かったですけど。それなのに何でわざわざあんな演技を……」

「そりゃ、上司がそっちの方を好むからだろ。何でもないのにヘラヘラされると気に障るそうだ」


 言われれば何となく納得が出来る。

 他のところはともかく、松山の性格からして彼の言うことは事実だ。


「誤解するなよ。ちゃんと俺もボスも外に出るときはまた別に顔を作ってるんだ。テレビで見たことないか? 爽やかなボスの笑顔をよ」

「テレビ、あまり見ないから……」

「もったいない。それじゃ知らないかもしれねぇけど、ボスはとんだ食わせ物だぜ。ありゃ狸も尻尾巻いて逃げ出すな」


 クツクツと倉田は楽しげに笑う。

 それが何だか悔しかった。

 そもそも上司を狸と比べるとは変な秘書である。

 しかもそれを蒼泉のような子どもに言うとは。

 およそ秘書らしくない行動にため息をつかずにはいられない。


「狸のことはよくわかりませんけど。倉田さんのあれが演技だっていうなら、オレに対してもあんな怖い顔のままじゃなくて良かったのに」


 ビクビクしていたのが馬鹿みたいだ。

 今の柄の悪い彼も決して「怖くない」とは言えないものの。

 すると倉田は目を丸くした。

 それもすぐに細められる。やはりどこか楽しげに。


「だっておまえ、すでに俺の完璧な無表情さを見てたろ。それなのにいきなり満面の笑みで訪ねてきたらそれこそ不気味じゃねぇか」

「う」


 確かに。二重人格かと疑うかもしれない。

 今とのギャップでさえ驚きだったのだから想像は容易かった。

 ――初めから最後まで全て見透かされているというのは、どうにも奇妙な感覚だ。


「さて、納得したところでさくっと説明するとしよう」

「え?」

「何があったのか、だ。少しはわかってるんじゃないか? 聞き耳を立てていたようだしな」


 ニヤリと音がしそうなほど不敵に笑われてたじろぐ。

 否定出来る空気ではなかった。

 言い訳をしたところで彼は一切聞こうとしないだろう。

 彼の纏う空気がそう断言している。


 蒼泉は肩をすくめ、仕方なくうなずいてみせた。


「一応……。〝怪盗黒猫〟が狙ってるってことですよね」

「ご名答」


 そう答えた彼の瞳は、楽しげに細められていた。

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