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「モテたいなら少しは本能を抑えたら?」

 成績は最悪だった。

 しかしいつまでも落ち込んでいるのは秀一のポリシーに反する。

 過去は過去だ。気にしても仕方ない。


 言い訳もそこそこ、秀一はもらった成績表をロクに見ずに鞄へ突っ込んだ。

 それを蒼泉が呆れたような眼差しで見てくる。


「秀一」

「さーて蒼泉、帰るかー」

「……ハイハイ」


 気心の知れた友人というのは助かる。

 秀一はバンバンと蒼泉の肩を叩いて先を促した。

 蒼泉は「痛いって」と文句を言ってくるが特に止める気配はない。

 慣れてしまったのだろう。

 お互い成績についてはあまり触れず、代わりに最近のゲームの話などをして生徒玄関へ進む。

 明日から冬休みということもあり足早に帰る生徒が多いようだ。

 一方でクラスの女子は楽しげにおしゃべりを続けていたりするのだが。


「お、また雪降ってきたみたいだな」


 外へ出てすぐ、ちらちらと降ってくる雪が頭に降り積もるのを感じる。

 風が弱いので寒さはそれほどひどくないが、それでも視覚的に寒さを感じてしまいそうだ。

 隣を歩いていた蒼泉は、白い息を吐き出しながらうなずいた。


「まだまだ積もるかな」

「雪合戦でもやるか!」

「元気だねえ」

「それが同い年の台詞かっ! 俺より老け込むなんて許さんぞ蒼泉ぃい!」

「知らないよ!」


 首をがっちりホールド、ついでに一つ分小さい頭をがしがしとかき乱してやる。

 やられた蒼泉の声は悲鳴じみていた。髪もぐしゃぐしゃだ。


 何だか面白くなって構わずにやり続けていたら鳩尾に衝撃を感じた。

 あまりの痛さにうずくまる。

 ゴスッて。音がした。めり込んだ。

 一瞬川とお花畑が見えたのは気のせいだろうか。

 その先には笑顔の老婆。

 ニコニコと穏やかなその笑顔は年季を感じさせる。

 なぜだかホッとさせる効果もあるようだ。

 しかし待て、待つのだ秀一。

 男には妥協してはいけない線がある。

 そう、熟女まではいい。

 しかし自身に老婆趣味はない。

 話し相手としてなら許容範囲だけれど。どうせならお茶菓子もほしい。

 あれ、フワフワと気持ち良くなってきたような。


「大丈夫?」


 心配の色が感じられないのんびりした声に意識が色づいた。

 蒼泉が小首を傾げてこちらを見ている。

 目が合うと、彼はふうと大袈裟なため息をついた。


「秀一、加減は大事だよ」

「……あい」


 そっくりそのまま返してやりたいが、お花畑に永住はしたくないのでやめておく。


「――と、オレ街に寄ってくから」

「へっ? 雪降ってんのにわざわざ出かけるのかよ。おまえマゾだぞマゾ」

「……あのね」

「まあ安心しろ、おまえがそっちの道に行っても俺は友達でいてやるから!」

「秀一が行ったらオレは友達やめるけど」

「ひでえ!?」


 蒼泉は時々毒舌だ。

 特に秀一に対してその傾向がひどく顕著である。


(友情の証だよな!)


 そう思わないとやっていられない。

 実際、自惚れでない限り「何でも言い合える仲」のはずだ。

 少なくとも秀一はそう思っている。


 笑った蒼泉が手を振った。「じゃーね」と駆けていく。

 蒼泉は秀一に「元気だねえ」と言っていたが、彼の方がよほど元気の塊だ。

 さて、どうするか。


「帰って漫画でも読むかねー」

「あの」

「ん?」


 急に呼び止められ、秀一は足を止めた。振り返る。

 そこには二人の女性。


「うひょ」


 ――我ながら変な声が出た。しかし仕方ない。


(ビンゴ!)


 心の中でガッツポーズ。


 二人の女性、いや少女はどちらも甲乙つけがたかった。

 秀一よりは年上だろう。

 可愛らしい大きな瞳と、切れ長の冴えるような瞳がこちらを向いている。

 それだけで秀一の心拍数はうなぎ上りだ。

 がっちり許容範囲。むしろストライクゾーン。

 満塁逆転さよならホームランありがとう!


「どうしましたか!」


 ぐいと詰め寄ると少女二人は若干身を引いた。

 照れている。そうに違いない。


「お名前は?」

「あー、美少女の赤バラちゃんと白バラちゃんってことにしておいて。あ、あたしが情熱の赤バラね♪ こっちが上品で清楚な白バラちゃん」

「は……?」


 ヒラヒラと手を振る、髪の短い少女。こちらが赤バラらしい。

 秀一は一瞬考え込んでしまった。

 相手は少々電波が入っているのかもしれない。

 さっきから大人しい様子の少女――清楚というより冷めた印象を受けるが必然的にこちらが白バラだ――も、若干顔をしかめているものの訂正を入れる様子はない。


 秀一は改めて二人をまじまじと見やった。

 全面的に前面へ押し出てくる勢いの赤バラは胸もまた前面へ精一杯押し出してきている。

 短いスカートから伸びる生足。

 そこから放たれる白い輝き。

 快活そうな明るい瞳。

 赤いコートは彼女をいっそう明るく引き立たせている。

 身長は百六十もないだろう。百五十半ば辺りか。


 一方の白バラはスレンダーとでも称するべきか。

 赤バラとは対照的に押し出してくる何かはないものの、それでも女性特有の柔らかさを帯びた体型だ。

 腰ほどまである髪は艶やか。彼女を守るかのように溶け込んでいる。

 フワフワと雪のように白いコートは彼女をより眩しく見せた。

 その眩しさは決して派手でなく不思議とよく周りに馴染んでいる。

 一見キツそうな顔立ちだが、拗ねたような表情が愛らしさを忘れさせない。

 身長は彼女も百六十はないのではないか。

 しかし赤バラよりは高い。百五十後半が妥当だろう。


(ま、可愛いは正義だ!)


 結論、電波だろうがバラだろうが可愛いから許そう。

 大丈夫だ。この少女たち相手なら秀一は心も体も許せる。


「あのね、さっきの子」

「んぁ?」


 赤バラのはにかむような笑顔にときめいたのも束の間。


「蒼泉くんについて聞きたいことがあるんだけど」


 …………。

 …………。


(蒼泉かよ!!)


 萎えた。

 なんというデッドボール。むしろ三振バッターアウトか。


「モテたいなら少しは本能を抑えたら?」


 ズバっと切り込んできたのは白バラだ。

 秀一は胸を押さえて衝撃を受ける。倒れ込みそうになるのは何とか堪えた。

 それにしても彼女は人の心が読めるのではないだろうか。

 そう疑心の芽が顔を出し、そっと白バラを窺う。

 するとひどく冷めた瞳が秀一の胸を突き刺した。


「その大袈裟な反応を見ればそっちの考えてることくらい大体わかるよ」

「し、白バラさんのおっしゃる通りで……」

「んもー、あんたがモテるかモテないかはどうでもいいから! それより質問に答えなさいな」

「赤バラさんも素敵な性格でいらっしゃる……」


 遠慮がなさすぎてかえって清々しい。かもしれない。


 秀一は改めて、今度は下心を一切排除して二人を見やった。

 記憶を辿るが目にしたことはない。こんな印象強い二人組みを忘れるものか。

 制服でなく私服なので厳密な判断はしにくいが、十中八九この学校の生徒ではないだろう。

 秀一は女子だけなら全学年全クラスの女子の顔と名前を把握している。

 そもそも、見た限りでは彼女らは高校生だ。

 そんな彼女たちが蒼泉と何の関係があるのだろうか。

 首を傾げずにはいられない。


「蒼泉について……というと? 具体的には?」

「んー、そうねえ。とりあえずあんた」

「秀一です」

「名前はどうでもいいけど」


 世の中とは残酷なものだ。


「あんたは彼の友達?」

「はあ、まあ。そうですけど」

「じゃあ普段の彼を知ってるわけだ」


 白バラに言われ、秀一は曖昧にうなずく。

 一方、彼女たちは秀一の返事に勢いを得たようだった。目の輝きが増す。

 ちくしょう。可愛い。


「あの子ってどんな子かな。例えば学校では暗くて、友達が少なかったりする?」

「あいつが? まさか」


 これには目を丸くした。

 秀一はむやみに手を振って否定する。

 確かに最近の蒼泉は悩みも多いようだが、決して根は暗くない。


「いい奴ですよ。普段は明るいしノリもいいし。ボケもツッコミもいけるし。男子はもちろんだけど、比較的女子の友達も多いんじゃないですか? そのせいで俺にまで被害が及びますもん。俺が蒼泉に変なことを吹き込もうとしたら一部の女子からすっげー睨まれたりするんですよ! そのせいで俺、『雑巾猛禽バイバイ菌』とか言われたりして! 差別ですよねっ!?」

「……何となくあんたのことはよくわかった気がする」

「いやあ」


 ニヘラと笑うと、「褒めてない」と切り捨てられた。

 これが噂のツンデレというやつか。


「あの子、政治家の養子になるって話じゃない。それなのに最近元気がなくて、あたしたち心配してたのよ」

「あ……」

「何か心当たりがあるのねっ?」


 赤バラに詰められ、秀一は口ごもった。

 あくまでも蒼泉のプライベートだろう。簡単に話していいものか迷いが生じる。

 どうでもいいが何だかいい匂いだ。

 胸倉をつかまれているというのに顔がにやける。天国万歳。


「言うのよっ、言わないと大変なことになるかもしれない!」

「大変なこと……?」

「あの子、相当思い詰めてるんだから! もしかしたら自殺なんてことも……」

「い!?」


 自殺!?

 思いがけない単語に度肝を抜かれた。言葉が出てこない。

 一方で妙に冷静に、手が冷たくなってきたなと思った。

 手袋はどこにしまっただろうか。

 気づけば鞄にまで雪が積もりつつある。

 案外長くここに突っ立っていたようだ。


(――いや、現実逃避してる場合じゃねえ)


 首を振る。しっかりしろ。


「あの、自殺って」

「友達でしょ!? 止めたいなら早く吐け!」


 怒鳴る彼女の瞳は真剣だった。

 吸い込まれそうなほど見つめられ、秀一はつられるようにうなずいてしまう。

 彼女の力強い瞳は今の秀一にとって何よりも頼もしい。

 任せてもいい。そんな気がした。


「詳しいことを知ってるわけじゃないんです。あいつ自身、あまり暗い話はしたがらないし。ただ、家の中では結構ゴタゴタしてるらしくて。あまりいい思いはしてないっていうか……。それでもお金とか出してもらってるから文句を言える立場でもないし、養子の話を断れるような状況でもないし。だから心配だって言ってました。ただでさえゴタゴタしてたのに、それで本当にそこの家の子どもになれるのか、なっていいのかって……」

「ゴタゴタっていうのは……対人関係?」


 今まで妙に無表情だった白バラが話に入ってくる。

 秀一はうなずいた。


「そうじゃないっすかね。政治家の松山っているでしょう? そいつと蒼泉はあまりウマが合わないらしいです。喧嘩になることも多いみたいで。でもそいつの奥さんが蒼泉にべったりとかで、どうにも動けないような状態らしいですけど」


 知っているのはこれくらいだ。表面的なことばかりである。

 話しているときの蒼泉の様子を見る限り、彼自身、上手く言葉に表せないようだった。

 本人に詳しく聞き出そうとしてもそう大差はないかもしれない。


「……ふむ」


 白バラが難しい顔をして呟く。

 小さく口を尖らせて眉を寄せるその姿は儚げで愛らしい。


「その蒼泉くんは今どこに?」

「街に行くって言ってました。多分帰りたくねーんじゃないかな。家にいるの、居心地悪いみたいだから」

「なるほどなるほど、オッケー了解」

「どうもありがと」

「いいえ。……あの……蒼泉のこと、救ってやってくださいね」


 恐る恐る言うと、赤バラはにっこり笑った。

 それはそれは、明るく弾けるような満面の笑みで。


「ええ、任せてちょうだいな。そのためにあたしたちがいるようなもんだから!」


 頼もしい。本当に。

 ――それにしても、白バラが先ほどからずっと無表情なのはなぜなのだろう。

 冷めた表情もまた可愛いとは思うのだけど。



 * * *



「……深紅、無茶ばっかり」

「えー? そんなことないもーん」

「知らないよ、自殺なんて大袈裟なこと言っちゃって。そりゃ、深紅は演技派だしあの子もすっかり信じてたみたいだけど」

「うふふー。白バラさんの意地っ張り♪」

「違う」

「とにかく情報は入手出来たんだからオールオッケーってもんよ。前進前進っ。お次は本人にアタック、かしらねえ」

「やけにこだわるね」

「そりゃ最後の仕事だもの。思う存分やらせてもらうに決まってんじゃない!」

「……まったく、もう」

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