「あれじゃうっかりカツアゲモードじゃん、トラウマになっちゃうんだから」
行ってきますと言う気にはなれなかった。
水沢蒼泉は足早に家を出る。
とたんに冷たい風が切り込んできた。
それはあまりに急で、マフラーに顔をうずめずにはいられない。
反射的に身を縮ませると、「いってらっしゃい」と遠慮がちな声が後ろから追ってきた。
だが、それはすぐに分厚いドアで遮られる。
――一つ。
いつも後ろから掛けられる声は一つだけ。
「おっと」
頭上から聞き覚えのない声が降り注ぎ、蒼泉ははたと足を止めた。
下を見ていて気づかなかったが、目の前には見知らぬ人が立ちふさがっていたのだ。
顔を上げると、目の前にいたのは三つの影。
一人は男性で残る二人が女性だった。
声を上げたのは男性だろう。
比較的背が高く、蒼泉は見上げなければ顔が見えない。
しかし見上げた瞬間風が吹き抜け、蒼泉は再び首をすぼめた。
相手の顔をちらりと見た限りでは怖そうな印象だ。
つりがちな目つき、上から下まで黒尽くめな服装がその印象を強くする。
歳は二十歳前後だろうか。
「すいません」
「ああ、いや」
「朔夜、危ないでしょ~」
「しっかりしなよ」
割り込んできたのは、蒼泉より年上だろう二人の女性。
とはいえ蒼泉は中学一年生、二つか三つほど離れているだろう彼女らは「少女」といった方が合っている気がした。
その内の一人はボブカットで活発そうな目をしている。
この寒い中ミニスカートを履いているのが蒼泉には信じられない。
反対に、もう一人の少女は長く綺麗な髪をしていた。
身長も若干この少女の方が高く、口調が冷めているせいもありスラリとした印象を受ける。
一見しただけでわかる、見事にバラバラな組み合わせだと。
だが、蒼泉はこの三人を誰一人として知らない。
(……またか)
知らない人が家の前に立っている。
それは蒼泉にとって気に留めるほどのことではなかった。
もう慣れた。さらに言えばうんざりしている。
「ねえ、君。ここの家の子?」
ボブカットの少女が興味津々に聞いてくるものだから、蒼泉は気まずくなって目を逸らした。
とたんに少女が表情を曇らせる。
「あー……えーと。名前は?」
「……水沢蒼泉」
「水沢アオイ? あれ、ここって確か松山……」
「オレは松山じゃないの!」
少なくとも、まだ。
思いがけず大きな声が出てしまい、蒼泉は反射的に口をつぐんだ。
少女が瞬く。
その少女を押しやるようにして男性が出てきた。
「何か怒らせるようなことを言っちまったみたいで悪かったな。別に悪気があったわけじゃねぇんだ」
「そう。ただ、こんなに広くて大きな家だっていうのが珍しかったからさ。つい好奇心が出ちゃったんだよ。やっぱり憧れちゃうし」
男性も長髪の少女も、見た目に反して意外とやわらかく話しかけてくる。
しかし蒼泉はその言葉を素直に受け入れられなかった。
好奇心。そうだとも。
「別に良くもないよ、そんなの……」
呟いた蒼泉に、三人はそれぞれ顔を見合わせる。
表情が物語っている、「何だこいつ」と。
蒼泉は三人に背を向けた。
これ以上話しても無駄だとばかりに走り出す。
――特に引き止めてくるような声は掛けられない。
まだマシな人たちだったのだろうかと、蒼泉はそっと胸を撫で下ろした。
中にはしつこい人もいる。こちらの都合などお構いなしにべらべらと話しかけてきて。
そう、彼らのような野次馬は多いのだ。ここ最近は特に。
吐き出す息が白い。
雪の積もった道路はたくさん踏まれたせいで硬く平ら、表面は太陽の光を反射して眩しくなっている。
思い切り滑りそうなものだが、それにも関わらず、蒼泉は冷たい風を振り切るように必死に手足を動かした。
* * *
「なーに、あれ。深紅ちゃんをないがしろにするなんて失礼じゃないの」
「おまえの聞き方が直球すぎたんだろ」
「ひっどー! それよりむしろ、朔夜の顔が怖くて逃げ出したんじゃないの? いきなりあんな間近で見下ろされちゃってさぁ。あれじゃうっかりカツアゲモードじゃん、トラウマになっちゃうんだから。ねえ紗雪、どう思う?」
「……何か訳あり、みたいだね」