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「さて、盗みは無事にズラかるまでが盗みだ」

 はっきりと、力強く。

 言い切った蒼泉に松山が目を丸くした。

 それも一瞬。即座に彼の表情には苦々しさが広がっていく。


「何を馬鹿なことを……」

「決めたんだ。もう嫌なんだ。……孤児院にいたオレを引き取ってくれて、学校に行かせてくれたり住ませてくれたりしたことには感謝してる。でも、オレはあなたのオモチャじゃない。静江さんを落ち着かせるための道具でもない」

「……私は別に」

「オレ、政治のことはよくわからないよ。でもあなたは有能だって、すごいって聞いたことがある。それはズルをしてるからなのかもしれないけど……それでも多分、あなたはいい政治家なんだと、思う。でも父親としては違う。あなたがオレのことを息子として扱う気がないように、オレもあなたを父親だとは思えない。――正直に言うよ。オレにとって、あなたは最悪の父親像だ」


 少しだけ、無理に笑いを込めて。

 真っ直ぐに松山を見て言った蒼泉の頭上に手が降り注いできた。

 倉田の手だ。やはり蒼泉の手よりも大きい。

 しっかり自分の意見を言った蒼泉を褒めているのかもしれないが、どうも彼は子ども扱いしすぎだと、蒼泉としては不満に思う。

 撫でられて喜ぶような歳ではないというのに。


 そんな蒼泉の気持ちを知ってか知らずか、彼はクツクツと笑った。

 それはまるで、ご機嫌な猫が喉を鳴らしているよう。


「俺もそう思うぜ。あんたにゃ父親は向かない。せいぜい良い政治とやらに力を発揮してくれよ」

「――本当に上手くいくと思っているのか? 蒼泉がそっちに行く? 馬鹿馬鹿しい。すぐ足がつくに決まってるだろう」

「あんたが何も言わなきゃ問題ねぇだろ」

「私が大人しくしているとでも?」

「そこで取引、だ」


 倉田が懐から取り出したのは一冊の手帳のようだった。

 それからパソコンのメモリらしきもの。


「あんたの裏帳簿だ」

「いつの間に……!」

「秘書として入らせてもらっていた間に、かねぇ」


 場違いなほど明るく笑ってみせた倉田は、すぐに笑いを引っ込めた。

 ふざけた調子だが眼は鋭い。相手の隙を見つけるように、自分の隙を見せないように。


「あんたが俺らや蒼泉にこれ以上手を出さないなら、俺らもこの帳簿を警察に引き渡すような野暮な真似はしない。魅力的な条件だろ?」

「…………」


 松山は倉田を睨みつける。

 紗雪と深紅も身動き一つせず二人を見守っていた。

 蒼泉もただじっとしているしかない。

 降り注ぐ沈黙。

 それは決して長い方ではなかった。

 先に空気を破ったのは松山だ。

 彼は深々とため息をつく。表情には幾分疲れが滲んでいた。


「勝手なことを……。年明けには会見だってあるんだぞ。どうするつもりだ」

「そこがあんたの悪知恵の見せ所だろ」

「……全く。おまえの方が悪知恵は働くだろうが」


 ふ、と松山が口角を吊り上げる。

 倉田もつられるように目つきを和ませた。

 ククク、と二人分の笑い声が地下に反響する。


(え?)


 え、――え?


 きょとんと目を丸くしたのは蒼泉だけでない。

 紗雪、深紅もまた怪訝そうだ。

 しかしこちらの様子などお構いなしに二人は会話を続ける。


「いや、まいった。まさかここまでやられるとは思わなかった」

「そうか? 相変わらずあんたは俺たちを見くびりすぎだ」

「そうみたいだな、身をもって思い知らされたよ。これでも油断はしていないつもりだったんだが。本当に大事なものは倉田にも渡さなかった」

「渡されなきゃ盗むまでよ」

「おまえも相当趣味が悪い。しかもまさか蒼泉を条件に持ち出してくるとは……予想外にも程がある。おかげで私の身も助かったようなものだが」

「ま、ハプニングは付き物だろうよ。俺も多少は驚いてるんだ。こいつにも結構根性あるんだなって」


 グリグリと力任せに撫でられるが、蒼泉はされるがままだ。

 今度は不満に思う余裕もなかった。

 呆然と二人を見比べるしかない。

 一体何の話をしている?


 その疑問は当然、先ほどから蚊帳の外状態だった少女二人にも募っている。

 彼女らは勢いよく倉田に詰め寄った。


「ちょっとちょっと、どういうことよ! 何がどうなってんの!?」

「説明して」

「わかんねぇか?」

「わかんないから聞いてるの!」

「嘘ついたら刺す」


 紗雪の無表情でその台詞は怖い。

 さすがの倉田も表情を引きつらせた。


「あー、いや、要するに。松山氏と〝黒猫〟には繋がりがあったんだよ」

「「「はあ!?」」」

「いわゆる情報提供者」

「…………は?」

「へぁー!?」


 低く言葉を漏らしたのが紗雪、盛大に間抜けな声を上げたのが深紅だ。

 深紅は蒼泉が仲間になると言ったときもこのような声を上げていた。癖なのかもしれない。


「ちょ、え、は!? 何!? あたしわかんない! どゆこと!?」

「落ち着け」

「これが落ち着いていられますかっ」


 くわっと目が飛び出しそうなほど強く言い放ち、深紅は髪を掻き毟った。

 その隣で紗雪は眉を寄せる。口元に指を寄せ考え込むポーズを見せた。


「待って。それはつまり、松山氏が私たち〝黒猫〟に情報をくれていたってことでしょ。裏情報とか、狙い目とか」

「ああ」

「それが本当だとして、それなら何でここに盗みに来たの」


 彼女の疑問はもっともだ。これでは仲間割れということになる。

 だが、この二人の様子からしてそれもまた違和感が残る。

 倉田は改めてこちらに向き直った。腰に手を当てる。


「別に仲間意識はない。お互い利用し合っているだけだからな。それに松山氏は実際に裏じゃあくどいこともやっている。十分〝黒猫〟の標的対象だ」

「だからって……」


 蒼泉は呟いたが、それ以上は言葉にならなかった。

 彼が嘘をついているとは思わない。

 この場でこれ以上嘘を言う必要性もない。何よりここで下手に誤魔化せば紗雪の行動が本当に怖くなる。

 ――〝黒猫〟は狂っているのかもしれない。

 色々なところが、色々な意味で。蒼泉はそう思うことにした。


「俺ばかりを責めるなよ。〝黒猫〟からの挑戦状を真っ向から受け止めたのはそこのおっさんだ」

「人を馴れ馴れしくおっさん呼ばわりするもんじゃない」


 松山が深くため息をつく。

 それは挑戦を受けたことを後悔しているからなのか、単に呆れたからなのか。

 ふと、蒼泉は倉田の言葉を思い出した。


『ボスはとんだ食わせ物だぜ。ありゃ狸も尻尾巻いて逃げ出すな』


 あのときの、倉田の心底楽しそうな顔。

 ――なるほど。

 あのときの彼は、このことを指し示していたのだ。

 確かに食わせ物である。松山の態度から〝黒猫〟と繋がっているなど、一切感じられなかった。


 だが、倉田も倉田だと蒼泉は思う。

 そもそも先に仕掛けたのが倉田だろう。

 それを考えると倉田の方が松山よりとんだ食わせ物だ。


「……はー。何かもう、アホみたい。掌の上で踊らされてたって感じ? それか子ヤギの上」

「子ヤギ?」

「あるでしょ、アルプス一万ジャックの歌で」

「ありゃ小ヤギじゃない。小槍だ。その前に一万ジャックって何だ。一万人のジャックか?」

「似たようなもんじゃない!」


 だいぶ違う。子ヤギの上で踊ればそのヤギはきっと潰れるだろう。

 それをやったのが一万人のジャックであった場合、確実にヤギは圧死する。

 そしてジャックは間違いなく動物虐待で訴えられる。


「私が言いたいのは、こんなことなら本気でいかなきゃ良かったってこと! 労力の無駄遣いじゃん」

「それは違うな。私はダイヤを盗まれる気などなかった。本気で君たちを捕まえるつもりだった」

「はあ?」


 深紅が盛大に不機嫌な声を出した。

 一方、紗雪は軽く目を向けるに留めている。

 もはや目立った反応をすることにさえ愛想を尽かしたらしい。

 続きを引き取ったのは倉田だった。彼はわざとらしく肩をすくめる。


「俺たちと松山氏は確かに繋がりがあった。だが、それはそれ、これはこれ。これは真剣な勝負だったってことだ」


 あ、そう。と、深紅は口を尖らせて息をついた。

 紗雪もうなずく。何かしら合点がいったらしい。


 ふと、松山が蒼泉を見た。

 蒼泉は体を強張らせる。

 ――初めて見る表情に戸惑い、落ち着かない気分になった。

 視線をあちこちへさ迷わせる。それでも完全に逸らしてしまうことは出来なかった。


「行くのか」

「……うん」


 普段より落ち着いた声音に、小さくうなずく。

 彼は表情もまた落ち着いている。ぎゅっと眉が寄せられてもいない。まるで歯を食いしばるかのような力も入っていない。

 それが少しだけ悲しかった。

 それは彼が、本当にもう、蒼泉を彼の子どもだとは思っていないからだと気づいたので。


「オレ、松山……さんのこと、ただの政治家として見ていたかったかもしれない」

「私もだな。――今なら、おまえに対する扱いもすまなかったと言える」

「……もしオレがすごくいい子だったら、嫌いじゃなかった?」

「いや」


 松山はかぶりを振った。微かに歯を見せる。それは不器用な笑いだった。


「私には子どもが一人しかいない。ずっとそう思っている。おまえだから駄目だったというわけじゃない……あの子以外の子が私の子どもとしてこの家にいる、それだけで許せなかった」

「そっか」


 初めて対等に話せた気がして、蒼泉は笑った。


「でも、それをあからさまに見せ付けて、静江さんにも心配かけて。やっぱり父親としては最悪だと思うよ」

「自覚はある」

「……静江さん、疲れてるから。あまり無茶、させないであげてね。あと……優しくしてくれてありがとうって、伝えてもらえると嬉しい。何だかんだいって、静江さんはオレのこと、すごく気にかけてくれていたと思うから」


 松山が苦笑する。

 ふいに背後でガードマンが呻いた。身じろぐ。

 それに気づいた倉田が素早く動いた。


「さて、盗みは無事にズラかるまでが盗みだ」


 呟きと共に室内一帯に放たれる、強烈な眩い光。


 松山は思わず腕で目をかばった。きつく目を閉じる。とてもでないが開けてなどいられなかった。

 ――それからどれくらい経ったのか。

 その場に立ち尽くしたまま松山は数度瞬いた。

 未だに影響が及んでいるのかチカチカとする視界には、倒れ伏したガードマンらの姿だけが映し出されていた。



 * * *



 蒼泉がいたのは、松山の家からそう離れてはいない場所であった。

 十分に家が視界に入る。

 そこには一台の車が停まっていたが、誰もまだ中に入ろうとはしなかった。

 車に背を預けるようにして空を見上げている。

 よくわからないまま蒼泉もそれに倣った。

 空は思ったよりも晴れているようだ。

 家々の明かりに押されつつも、ちらほらと星の瞬きが見える。

 さすがに夜は寒かったが、それだけでいくらか気を紛らわすことが出来た。


 空を見ていた倉田が時計に目を走らせる。彼は歌うように口ずさんだ。


「五、四、三……二、一」


 唐突に光が弾けた空。

 続けざまに響く、ドォンと、腹に響くような大きな音。


「う、わぁ……!」


 音はまだ続く。

 そのたびに空に大きな花が明るく咲き誇る。

 咲いた花はパラパラと残像を残しながら散り、その後に続くようにまた一段と大きな花が開いていった。


「すっごい! キレー!」


 はしゃいだ蒼泉は、ふと気づく。打ち上げられているのは位置的に松山の家の方だ。

 まさか。

 ハッとして見上げると、倉田たちがニヤニヤと笑っていた。


「あけましておめでとう、だな」

「おめでと」

「あけおめー!」

「……えーと。やっぱりこれ、〝黒猫〟が?」


 恐る恐る尋ねれば、いやにあっさり返ってくるうなずき。


「祭りはパーッと締めなきゃなぁ?」

「それにしたって花火って……」


 よくもまあ、こんな準備までしていたものだ。

 尊敬するやら呆れるやらで蒼泉は笑った。笑わずにはいられなかった。

 松山もまたそんな心境かもしれないなと思うと、ますます笑いが込み上げてくる。


「ああそうだ、先に言っておくが。俺は黒崎朔夜だ」

「え?」

「倉田は偽名な」


 倉田――黒崎朔夜は口元だけで笑う。

 蒼泉は一瞬遅れて理解した。


「あたしは桜田深紅よん♪」

「白鳥紗雪」


 ぐいと身を乗り出す深紅と、彼女に引っ張られながらも名乗る紗雪。

 蒼泉は息を吸い込んだ。冷たい空気が心地良い。


「水沢蒼泉です。よろしくお願いします!」


 頭を下げる。

 また花火の音が聞こえた。

 それに続いて、パチパチと小さな拍手。

 深紅と紗雪だった。


「最後に確認するが、本当にいいのか? おまえがその気なら俺らは受け入れるけどな」


 朔夜の言葉には「〝黒猫〟はあくまでも泥棒なんだぞ」という響きが込められていた。

 だから蒼泉は笑ってみせる。


「光そのものに色という性質はないんだよね?」


 これから蒼泉が〝黒猫〟をどう判断するのか。それはまだわからない。

 少なくとも自由奔放な彼らを見ていると、単に善悪で判断することは出来そうになかった。

 それなら、これからじっくり見ていけばいい。色を感じていけばいい。

 蒼泉が自分の色を見つけようとするように。


「…………」


 目を丸くした朔夜が吹き出した。


「よっしゃ、いい根性だ」


 がしがしと乱暴に頭を撫でられる。慌ててその手から逃れると、ふいに紗雪が眉を寄せた。


「ねえ、朔夜。〝黒猫〟はもう解散なんじゃないの」

「え!?」

「あ、そーよ! 言ってたじゃない!」

「はあ?」


 驚いた蒼泉、声を張り上げた深紅、思い切り目を見開いた朔夜。

 それら一同を見渡し、紗雪がこめかみをグリグリと揉んだ。

 はぁ、と吐き出された息が白く曇る。


「言ってたでしょ。これが『最後の仕事』って」

「そうよ、だからあたしは大暴れしてやろうと意気込んで……何かオマケがついてきちゃったけど」

「ちょ、人のことをオマケ呼ばわりって! それに深紅さん、最後とか関係なく暴れてるんじゃ」

「ぎくっ。あらまー、鋭いわねあんた」

「いや、見てればわかるよ……」


 わざとらしい反応をしてみせる深紅に肩を落とす。

 だいぶ彼女の性格はつかめてきた。

 変に気を遣わないので蒼泉としては嬉しいタイプではある。同時に疲れそうなタイプでもあるのだが。

 そんな蒼泉と深紅のやり取りを、紗雪がジト目で見やってくる。

 目は口以上に語るのだということを蒼泉はこのとき初めて理解した。

 真面目な話なのだから空気を読めと、彼女の瞳が突き刺さりそうなほど言っている。


 それにしても一体どういうことか。

 〝怪盗黒猫〟がこれで解散だというのなら、蒼泉の行き場はなくなってしまう。それは困る。

 蒼泉は戸惑いがちに朔夜へ視線を移した。

 当の彼は首を傾げ――ああ、と、ひどくあっさりした様子で手を打った。


「なんだ、あれか。あれは……」

「あれは?」

「『今年最後の仕事』って意味だ」

「「はあ!?」」

「新年になって新しい仲間も入ったことだし、また盛大に暴れてやろうじゃねぇか」


 ケラケラと朔夜が笑う。

 それを聞いた深紅が地団駄を踏んだ。


「ちょ、も、へぁー!? だったらそう言いなさいよ! 紛らわしい! セクハラで訴えるわよこのバカリーダー!」

「何でセクハラになるんだよ。言ったろ、言葉通りだって。解散なら解散ってちゃんと説明するっつーの。そしておまえに馬鹿呼ばわりされるのは心外だ。むしろ侵害だ。心を土足で荒らしまくったとして慰謝料請求するぞ」

「るっさい、どんなときでも親切な説明を心掛けるのが立派な社会人の第一歩でしょー! そんなんだから世間は冷たいとか言われるの!」


 そもそも怪盗を立派な社会人と称していいのか、大きな疑問が残る。

 呆気に取られている蒼泉の横で、紗雪が肩をすくめた。

 彼女は今までの無表情を崩し、小さく笑う。


「少なくとも世界から色が消えない限り」

「?」

「〝怪盗黒猫〟は、永久に不滅だね」

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