「……ぶんこうき?」
(……あ、れ?)
もう駄目だとばかりに目を閉じていた蒼泉は違和感を覚えた。
しばらく待ってみたが何も起こらない。別に痛くも苦しくもない。気のせいか拘束も少しばかり緩んでいるような。
全身の筋肉が強張ったまま恐る恐る目を開ける。
視界に飛び込んできたのは、どこまでも突き抜けそうなほど意地の悪い笑み。
「え」
「勉強不足」
「いた!?」
振り上げられた手でベシリと額を叩かれ、反射的に声を上げる。
涙目で額を押さえると倉田は肩をすくめた。
紗雪、深紅も似たような動作をしている。
「〝黒猫〟は人殺しなんてしねぇよ。知らなかったか?」
「そうよ、失礼しちゃーう」
「面白い反応だったけど」
「そ、そんなこと言われても! 新聞見たけど詳しいことなんて書いてなかったし! そりゃ、人を殺したことがあるとも書いてなかったけど……殺してないとも書いてなかった!」
空気が緩んだ。
そのことに安堵し、自由になった身で必死に抗議する。
そもそもあんなことをされて焦らない方がおかしい。
本当にやられるかと思ったのだ。
もう駄目だと思ったのだ!
(人の純情な心を弄ぶなんてっ)
安心したせいでどこかネジが飛んだことを考えてしまう。
しかしこの空気も長く続くものでなかった。
倉田が立ち上がり、紗雪、深紅もうなずきを見せる。スッと漂う緊張感。
行こうとしている。
そのことに蒼泉は気づいた。
彼らは行こうとしている。
恐らくは松山の、そして獲物のダイヤのところへ。盗みを働くために。
「あのっ……」
とっさに声が出た。
彼らは止まる。音もなく。
隙のない三対の瞳に見据えられ、蒼泉はたじろいだ。
自分は一体、何を言おうとした?
「何だ?」
「その……本当に〝黒猫〟なんですよね」
「ああ」
「松山が悪いことをしていて……それで盗んでいくんですよ、ね」
「ああ」
「……オレ、みんなの顔、見てますけど。どうするんですか?」
倉田は動かない。
代わりに紗雪と深紅が顔を見合わせた。怪訝そうに。
「別にどうする気もないけど」
「君の証言くらいじゃ捕まる気もしないしー」
「でもオレが警察の人に話せばちょっとは大変だし動きにくくなるんじゃ……!」
「何だ、俺らを脅す気か? それとも……」
低い声音が近づいてきた。そう思った次の瞬間には間近で見下ろされていた。息を呑む。
「どうにかしてほしいのか?」
「……っ!」
蒼泉は無意識に先ほど叩かれた額を押さえていた。
――以前も小突かれた。そして言われたのだ。
『おまえが生きた心地しねぇのも、おまえ自身の色がぼやけているからだ』
『うっかりしてるとおまえも自分の色を盗られちまうぜ?』
『そうならないように自分の色をしっかり見つけとくこったな』
それから、ふと浮かんだ笑顔。
『〝黒猫〟さんは、きっとたくさんの色を持っているということですよね』
(…………)
一瞬の迷い。
それを蒼泉は振り切った。
馬鹿だとは思う。以前にも一度考え、そのときは否定した。
およそ現実感のない考えだったからだ。
けれど。
今、目の前に〝黒猫〟がいるというならば。
「オレも、仲間に入れてくれませんか」
「へぁ」
間抜けな声を上げたのは深紅だった。彼女は慌てて口を押さえる。
それを見た紗雪がわずかに眉を下げていた。
程度に差はあるものの動揺があるらしい。
ただ、倉田はじっと蒼泉を見ている。
「仲間になれば人にも言うことなんてないし、その……」
「蒼泉。知ってるだろうが〝黒猫〟は別に正義の味方じゃねぇ。相手にしているのが不正を働いている奴らでも、人殺しをしていなくても、盗みは盗み。結局のところ犯罪だ」
「知ってます」
「わかってるのか?」
知っているのと理解は別だ。
そう言われ、蒼泉は口ごもった。
確かに実感はないに等しいかもしれない。
「それに前も言ったろ? 俺らがやってるのは感動や憧れを抱くような大それたことじゃない。『〝黒猫〟は世に出回っている金の分配を足したり引いたりしているだけさ。金が世の中から消えるわけでも、世界そのものが消えるわけでもない』」
蒼泉はうなずく。確かに以前、倉田が蒼泉に話したことだ。
「聞きました」
だけど。
蒼泉は目を逸らさなかった。じっと見つめる。握る拳に力を込める。
もう逃げない。決めた。選んだ。
「……分配を変えても確かに世界は消えないかもしれない。でも、見えてくる色は変わると思うんだ。オレも色を変えたい。自分の色を見つけたい!」
今の自分を、境遇を、変えたい。
ここから飛び出したい。
何もない、自分の存在すら消えてしまいそうなここから抜け出したい!
だから。
だから、
「ならついて来い」
「…………え?」
あまりにもあっさり言ってのけられ、蒼泉はもちろん、少女二人も固まった。
「ちょ、あんた何言ってんの!?」
「ついて来いと。もっと簡単に言えば仲間入りを許可するってこった」
「そんなに簡単に判断しちゃっていいの」
「ま、な」
うなずいた倉田が蒼泉を引き寄せる。
引き寄せられた蒼泉は展開についていけず、されるがままになっていた。
自分で言い出したこととはいえ。
「運動神経はいい。度胸もある。そこそこ逆境にも耐えられるようだし姿勢は前向き。相手にしていると面白い。センスはあるぜ、磨けば光るだろ」
「待って最後の何!?」
面白い。
――明らかに条件として異色を放っている。
しかし構わず倉田は続けた。何でもないことのように。
「正直なところ、そう言い出すんじゃないかと思ってたんだよな」
「はい?」
「俺、おまえに盗聴器仕掛けてたから」
「ぶっ」
いきなりの衝撃告白に目をむく。顔がわずかに熱を持った。
盗聴器。それはつまり、恐らく秀一や美冬との会話が筒抜けだったということだ。
だからこそ「そう言い出すんじゃないかと思って」いたのだろう。
なんというプライバシーの侵害。
この人には言葉通り全てを見透かされているようで嫌になる。
「なるほど、ね。それでわざわざこっちのルートに来たんだ。変だと思った。その子にわざとぶつかったっぽかったし」
「知らないのか? 猫は気まぐれなんだよ」
紗雪に軽く笑ってみせた彼は、すぐに切り替えて目を細めた。
「とにかく行くぞ。そろそろ時間がない。蒼泉、しっかりついて来いよ」
「あ……はい!」
「あーもう、あたしの意見は完璧に無視かいっ。とにかく今はいいわ。あとあんた! 堅苦しいのはなしなし、返事は『はい』じゃなくて『うん』!」
「は……う、うん」
返事を「うん」に直されるというのも珍しい。
三人が走り出す。
蒼泉も慌てて追った。心臓が早打ちしている。
それでいてどこか現実感がなかったが、気にしないことにした。今は目の前を追うので精一杯だ。
〝黒猫〟は一階へと下りた。
そこからいくつかの人影が出てくる。待ち構えていたガードマンたちだ。
「来たぞ!」
「捕らえろ!」
倉田が低く身構える。彼は深紅を見やった。
「おまえはそいつを運べ」
「はいはい。ったく、人遣い荒いなぁ!」
「返事は一回」
「はぁい!」
べえっ、と舌を出した深紅が蒼泉を振り返る。
彼女はずんずんと大股で歩み寄ってきた。
若干身を引いた蒼泉を、それ以上に思い切り引っ張り込む。
体勢が崩れたと思ったときには足元が不安定になった。
担がれた。そう認識するのには時間がかかった。
「え、え、ぅえええ!」
「ちょっとー、近くで騒がないでよ。耳に響く」
「は、はい。ごめんなさい……」
「敬語はいらないってば」
「う、……うん」
驚くなという方が無理だった。
蒼泉がいくら小柄な方とはいえ、それでも深紅のような少女に楽々と担がれるような体重のはずがない。
深紅は身長だけなら紗雪よりも低いのだ。
「馬鹿力だからね」
「ついでに馬鹿女」
「何ですと!?」
紗雪、倉田と前に進む。
短く、しかし盛大に舌打ちをかました深紅もそれに続いた。
蒼泉はされるがままだ。
暴れるわけにもいかない。
落ちないように、けれどあまり失礼のない程度にしがみつく方法を探すしかなかった。
数人のガードマンがやって来る。
(二、三、四……五人)
まだいるはずだが、他の階にいるのか。思ったよりずっと少ない。
倉田がとっさに左に動いた。
ガードマンが虚を突かれたように左右を見渡す。
見失ったらしい。
その隙を倉田が逃すはずもなく、素早く懐に潜り込んだ彼は相手の鳩尾に拳を叩き込む。
(まただ)
誘拐事件のときもそうであった。相手には倉田がまるで見えていないときがある。
「あいつはね、盲点に入り込むのが得意なのよ」
「え?」
ふいに耳に届いたのは深紅の声だった。
「と言っても、本当に盲点の範囲そのものに入ってるわけじゃないと思うけどねー。あたしにはよくわかんないけど、ふつー、盲点ってすっごく狭いし両目でカバーされるから普段は意識されないとか何とか」
蒼泉はうなずく。それはそうだ。そうでなければ日常生活に支障が出る。
「ただ、あいつが言うには人間の目はけっこーいい加減だって。だけどだからこそ優れている、だそうよ」
「いい加減だから、優れている?」
深紅は肩をすくめた。
その反動で蒼泉はずり落ちそうになる。悲鳴は意地で飲み込んだ。
「そう。あたしたちの視界はけっこー脳内補完されてるそうよ? だから多少見えなくても見えるの。見えている気がしちゃうの。何かそうやって聞いてるとただの幻覚ちっくで怪しい気がするけど。とにかくあいつは、そーゆうのが得意なわけ。訓練してたんだか知らないけど死角に入り込んだりするのがめちゃくちゃ上手いのよ」
それで「盲点に入り込む」と表現したのだ。
蒼泉は感心してもう一度前方を見やった。
もう数人が床に伏せている。
何人か後から気づいた者がやって来たが、それらも倒されるのにそう時間はかからないだろう。
(……あれ?)
瞬く。
「紗雪さんが見えないんだけど……」
呟いた瞬間、倉田とは離れたところにいたガードマンから呻き声が上がった。
その男は音を立てて床に叩きつけられる。数度痙攣したようだがすぐに大人しくなった。
「あそこね」
深紅が楽しげに言い、まるで屍を踏み越えていくかのように倒れたガードマンの間を縫っていく。
蒼泉は目を凝らした。やはりよく見えない。
「そりゃそう簡単に見えても困るわー。だって見えにくいようにしてるんだもん」
「は?」
「この服。あの子が改造しててね、ちょっとすごいの。光の屈折率を極端に下げることが出来るのようー」
きょほほ、と彼女は得意げに笑った。しかしよくわからない。
「そんなこと出来るの?」
馬鹿正直に尋ねると、深紅は眉をぎゅっと寄せた。
「細かいことは知らない。ていうかわからない。でも出来てるんだから、何とかなってんじゃない?」
「そんな大雑把な……」
「うっさい! あんた、ケータイ使うのにいちいち構造とか仕組みとか理解してるわけ?」
「う、いや、それは」
言葉に詰まる。
数秒の間を置き、蒼泉は首を横に振った。
確かに自分は携帯電話の仕組みなどロクに理解していない。
それでもメールや電話をする分には何ら問題なく使いこなせている。
でしょう、と深紅が得意げにうなずいた。
「あの子は脳が狂ってんじゃないかってくらいメカ系に強いのよ。あたしは狂ってないからわかる必要もないの。あたしには色気があるもの、問題ナッシング!」
そうですか、とは言わなかった。
あまり下手なことを言うと振り落とされるかもしれない。
ただ落とされるだけならまだいい。
しかし再起不能になるほど床に叩きつけられるのだけは嫌だった。怖すぎる。
どうでもいいが今の深紅もあまり見えないようになっているのだろうか。
それならば周りからすると蒼泉だけが浮いて見えるはずだ。
――ものすごく不気味である。
しかもただ浮かんでいるのでなく担がれた体勢なのだからきっとシュールだ。
そうしている間にも倉田、紗雪はガードマンを蹴散らしていく。
それはまるで舞うように。駆けるように。
しかし厳かなものではない。
軽く、楽しげなショーのようであった。
「このまま行くぞ」
涼しげに声を掛けた倉田が松山の自室に入り込む。
紗雪、深紅と素早く続いた。
だが、そこには誰もいない。ひっそりと静まり返った闇だけが待っていた。
「どこ、行くの?」
「地下だ」
「――地下ぁ!?」
倉田の答えに素っ頓狂な声が出た。慌てて口をつぐむ。
しかし。地下って。
(そんなの知らなかった……)
そういえば、と蒼泉は気づいた。
三年も暮らしていながら一度も松山の自室に入ったことがない。
昔、入ろうとしてひどく怒られたことがあるのだ。
松山の家に来てそれほど日数が経っていなかったので、どうしていいかわからなかったときのことだった。
慣れない家に落ち着かずフラフラと探検気分でさ迷っていた。
そこで見つけられ、松山に引っ張り出された。
ふざけるなと怒鳴られ、何様のつもりだと罵られた。
それ以来怖くて近づいたことがなかった。
蒼泉は改めて部屋を見渡す。
静江がこまめに掃除しているのだろう、すっきりと片付いていた。
難しそうな本がたくさん並んでいる。
机などある程度の家具は置かれているが、他に目立つものは特にない。
普通だった。普通の、部屋だった。
(オレ、こんな部屋にも怯えてたんだな……)
苦笑が込み上げる。
だが、いつまでも感傷に浸っている場合でもない。
倉田が屈み、絨毯をそっと退ける。
むき出しになった床の一部に取っ手があった。
倉田は事も無げにその取っ手をつかみ、引っ張り上げる。
微かに軋んだ音。
開いた、十分に人の通れる大きさの穴。
軽く風が通り抜けるのを感じる。
――この地下に関してだけは「普通」とは言えないんだろうな、と蒼泉は胸中で呟いた。
「秘密基地みたい」
無表情に呟いた紗雪に倉田が笑う。
「全くいい趣味してるよな。……行くぞ」
言葉と共に飛び込む。
そろそろ自分で歩きなさいと深紅に放り投げられ、蒼泉もつまずきそうになりながら中へ転がり込んだ。
階段は狭く小さい。
奥へ進むとますます暗さが増した。
頻繁には使っていないのだろう、特有のかび臭さが鼻につく。
緊張しながら歩みを進めていくと、ぼうっと先が明るく見えた。光が漏れている。
「いる」
鋭く呟いた紗雪が身構える。
とたんに彼女の姿が見えなくなったように感じられた。
それでも、今度は目を凝らせば確かに〝いる〟とわかる。
見えにくくなっているだけだと知ったからかもしれない。
実際、出てきたガードマンたちにとって彼女はほとんど消えたも同然だ。
ざわめきが広まる。それと同時に倒れるいくつかの影。
今度は深紅も参加のようだった。不謹慎なほど楽しげな笑い声が響く。
「この前間違って洗っちゃったセーターの鬱憤を晴らさせてもらうわよー!」
――いつの間にか私的な問題を持ち出しているのは、果たしていいのだろうか。
確かにそういった類いの服は間違って洗うと縮んでしまうので、とても嫌な気分になるが。
(と、ともかく邪魔にならないようにしてなきゃだよね)
誰も気にしていないような気もするが、とりあえず騒動の中心から距離を取る。
改めて見ると倉田も「この前自動販売機の下に百円落としちまったんだよなぁ」などとぼやいていた。
蒼泉は再認識する。なかなかにフリーダムな人たちだ。
(それにしても……)
フリーダムなのは別として、やはり強い。
蒼泉は呆気に取られてその光景を眺めているしかなかった。
だから、気づかなかった。背後に忍び寄る影に。
「大人しくしろ!」
「!?」
「危ないっ」
紗雪の手が伸びる。
そう認識するより早く突き飛ばされていた。
彼女は素早く何らかのスプレーを相手の顔面に吹きかける。
相手が悲鳴を上げて目を覆ったので催涙スプレーかもしれない。
よろめいた蒼泉は顔を上げ、――瞬いた。血の気が引く。
「ま……」
松山。
きちんと本人を前にして名を呼んだことがなかった。
何と呼べばいいか知らなかったし、今まで呼ぶ機会を与えられなかったからだ。
だから今も、本人を前にして、蒼泉は何と言えばいいかわからない。
ただただ見上げるしかなかった。
そんな蒼泉を一瞥し、松山は顔に苦々しさを走らせる。眉や口元が不自然に歪んでいた。
「何でおまえがここにいる」
「あ……」
「ご覧の通りですよ」
ぐいと肩をつかんで引き寄せられ、蒼泉はバランスを崩した。
ハッとしたときにはすでに倉田の腕の中にいた。
慌てて体勢を直し、周りを見る。
気づいた。もうこの場で立っているのは自分と〝黒猫〟、そして松山だけだ。
「あなたの将来の息子さんは俺たち〝怪盗黒猫〟がいただきました」
「何だと?」
「それと予告状通り、ダイヤも」
「な……!?」
顔色を変えた松山が自身の上着を探る。
だが、彼はすぐに苦虫を噛み潰したような表情で舌を打った。
倉田が小さく笑い、片手を開いてみせる。
そこにはわずかな光にも反射してみせた大きなダイヤが鎮座していた。
彼は普段の口調を滲ませて笑う。
「ガードマンを倒しているとき、どさくさに紛れて盗らせてもらったよ。見当をつけるのは簡単だったぜ。あんたは大事なものを手放しとくようなタマじゃないからな」
「それは私のものだ!」
「知らないのか? ダイヤモンドは最高の分光器なんだ。色を重ねまくって誤魔化しているあんたには不似合いな代物だよ」
「……ぶんこうき?」
聞き覚えのない単語に首を傾げる。
ちらと目線を送ると、深紅は明後日の方を向き、紗雪は小さくうなずいた。
「光を単色光に分ける装置。色を正確に測るときに使うやつ。それを応用したちょっとした皮肉」
蒼泉は曖昧にうなずいた。何となくわかったような。あまりわからなかったような。
とはいえ、わからなくてもさほど問題はないだろう。深紅も理解していないようだし。
「……そもそも蒼泉、おまえはどういうことだ!」
「!」
突然矛先が向けられ、肩が跳ねた。
怒っている。当然だと蒼泉は思った。
当たり前だ。
ダイヤが盗まれ、さらに蒼泉まで彼の顔に泥を塗ろうとしているのだから。
「オレ……」
上手く言えず声が震えた。
思えば、蒼泉は松山の怒った顔か疲れた顔しか見ていない。
だからいつも怯えてきた。
けれど。
(変わるんだ……)
ぎゅっと拳を握った。
(変えて、やるんだ)
唾を飲み込む。蒼泉は顔を上げた。
松山の怒りに染まった顔。いつも見てきた顔。
目を、逸らさない。
「オレ、〝黒猫〟についてく」




