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「『Curiosity killed the cat』って知ってる? 好奇心は猫を殺す」

 十二月三十一日。二十三時。

 この日は大晦日ということもあり、どこの家も比較的賑やかなように感じられた。

 どの家も明かりで溢れている。

 それは目の前の松山氏の家も同様であった。


 しかし、他の家と違う点がいくつか見受けられる。

 一つは、いたるところにガードマンが配置され、彼らが辺りを窺っていること。

 そしてもう一つ。家の中が異様に静かなこと。恐らくテレビも点いていない。


(侘しい大晦日にさせちまったな)


 クツクツと男は笑う。

 その隣に立つ少女二人も目を細めて家を見つめていた。

 その瞳には生き生きとした輝きが宿っている。

 ガサリと、音が聞こえた。


「おい、そろそろ時間だ。そっちに誰かいたか?」

「いいや、誰もいない。静かなもんさ。全く、何で大晦日に仕事なんか……」


 尋ねられたガードマンが大袈裟に肩をすくめてみせる。

 次の瞬間、彼の体は地面に沈んでいた。

 あまりにも唐突。

 尋ねたガードマンは目を見開き、


「な、……」


 彼もまた意識を失った。

 影が闇の中で身を起こす。ひっそりと、そして無駄な動作もなく。


「残念だったな。黒猫が三匹、入り込んでたぜ」


 楽しげな声は低く闇に溶けた。


「さて。――〝黒猫〟、出陣といきますか」

「了解」

「最後の仕事、しっかりやってやろうじゃないの」



 * * *



 蒼泉と静江は共に自室にいた。

 松山には何があってもここから出るなと言われている。

 その松山がどこにいるのかはわからない。


 気の弱い静江は落ち着きなく両手を握っては膝の上に置き直し、また握ってと繰り返している。

 それを見ていると自然と蒼泉も落ち着かなくなる。

 部屋で待機してすぐ、蒼泉は彼女の方を見るのをやめた。

 代わりに窓の外へ視線を向ける。

 比較的堀の高いせいだろうか。周りの家々の明かりが入ってくることもなく、ぼんやりとこの家だけの明かりに照らされたそこは妙に薄暗い。

 ため息を一つ。

 今の状況に満足することは出来なかった。

 蒼泉は何も聞かされていない。なぜここにいなければならないのか。これから何が起こるのか。

 しかし。


「ねえ、静江さん。一つ聞いていい?」

「? ええ」

「〝黒猫〟が来るのって今日なの?」


 静江の動きが止まった。床へ落ちる彼女の視線。それはそのまま床を這う。

 その反応に蒼泉は確信を深める。

 やはりそうなのか。

 いつ来るのだろうと不思議に思ってはいたが、まさか大晦日に盗みを働きに来るとは。

 はた迷惑なものである。

 おかげで落ち着いて年末を過ごすこともままならない。


(ああ、でも前回はクリスマスだったって女子が騒いでたっけ……)


 蒼泉が〝怪盗黒猫〟について知ったのもクリスマスの翌日だ。

 今思えば、あれからまだ一週間も経っていない。


「あのね、蒼泉。蒼泉は心配する必要なんてないのよ。ここにいればいいの。きっと何とかなるわ」

「でも、……うん」


 これ以上何を言っても無駄だ。

 そう判断し、蒼泉は形ばかりのうなずきを見せた。

 だが、知らされないというのは、やはり一家の一員だと認められていないようで複雑だった。

 もしこの家の一員だと認められているなら蒼泉にも知る権利はあるはずだ。


「とにかく大丈夫だから。ね? 一緒にいましょう。それなら安心よ」

「そうだね……」


 他に何も言えない。

 と。


「「!」」


 フッと、影が落ちたような気がした。

 とっさに周りを見たときには部屋が真っ暗になっていた。

 驚いたのだろう。静江の短い悲鳴が上がる。

 停電?


「蒼泉! どこ!?」

「大丈夫、ここにいるよ。でも……ブレーカーが落ちたのかも。待って、ちょっと見てくる」

「蒼泉!」

「待ってて」

「蒼泉っ!」


 静江の声は悲鳴に近かった。

 もう一度だけ「大丈夫」と繰り返し、蒼泉は手探りで部屋を出る。

 気は咎めるがじっとしていることは出来ない。

 気になって仕方なかった。

 本当に少し見てくるだけ。そのつもりで足を進める。


 廊下に出るとそこもひっそりと闇の空間になっていた。

 部屋だけでない、家全体の明かりが消えている。闇に丸ごと呑まれてしまったかのように。


(多分〝黒猫〟だ)


 このタイミングで停電。そうとしか考えられない。


『〝怪盗黒猫〟は一部で色を盗むと言われている』


 ふと、倉田の声が蘇った。

 今のこの空間も、まるで光という色を盗まれてしまったようだと蒼泉は思う。

 さすが〝黒猫〟と称するべきなのかは、わからないけれど。


「まず目が慣れなきゃ……」


 呟き、携帯電話を取り出す。

 開くと薄く明かりが漏れた。

 頼りないが何もないよりマシだろう。これなら少しは周りが見える。とりあえず物にぶつかることはないはずだ。

 もし間違ってタンスの角に小指をぶつけたりすれば痛い。あれは本当に最悪に痛い。


「よし」


 独りごち、携帯電話を前に歩き始める。

 が。


「うわ!?」


 歩いて早速何かにぶつかった。


「ごめんなさい!」


 反射的に謝っていた。頭を下げて目をつぶる。

 ぶつかった感触からいって物ではない。

 そもそもこの辺にぶつかるような物は配置されていない。それではガードマンか。


 だが、――ちょっと待て。


(え、……あれ?)


 何にぶつかったというのだ。

 蒼泉は明かりを頼りに前へ進んだ。

 強い光でないとはいえ、人がいたなら影で気づく。

 少なくとも違和感を覚えたはずだ。

 それなのに今、全く気づかなかった。


「……?」


 恐る恐る顔を上げる。何も見えない。しかし気のせいにしては確かすぎる感触で。

 蒼泉は握っていた携帯電話でさらに広く周りを照らしてみる。

 ぼんやり、やや不気味な雰囲気を醸し出す周り。

 そこに浮かんだ何か。


「か、」


 顔! 顔が!

 顔が出たっ!


「お……お化け!? 幽霊!?」


 宙に浮かぶ顔。

 それはおぼろげだが確かに人間の形に縁取られている。

 しかし顔だけとは一体――。


「騒ぐんじゃねぇよ」

「っ」


 耳に入ったのは聞き覚えのある声だった。

 それに反応するより早く口を塞がれる。

 ぐるりと回転する視界。浮遊感。

 痛みを感じる余裕もない。

 気づけば視界は天井で埋められていた。

 瞬きをする間にその視界へ顔が伸びてくる。

 必死に目を凝らすと今度は体も見ることが出来た。

 その姿に唖然とする。


(倉田さん?)


 眼鏡はかけていない。しかし彼だ、倉田だ。

 黒尽くめの奇妙な服装だがこちらを射抜くような強い瞳、人を小馬鹿にするような意地の悪い笑み。どれを見ても松山の秘書を務める倉田でしかない。

 微かに足音がしたかと思うと視界に入ってくる人が増えた。

 覗き込んでくる二対の瞳。それもまた見覚えがある。


(紗雪さんと深紅さん……)


 やはり三人は知り合いだったのだ。

 あの日、家の前にいたのもこの三人で間違いない。

 揃っているのを見ればより鮮明に思い出せる。

 だが、なぜ。なぜこの三人がここに?


(え、あれ、れ?)


 答えは一つしかないような気がした。


(ちょっと待って)


 彼らがここにいる理由。

 思い浮かぶのは一つ。少なくとも蒼泉には一つしか考え出せない。


(……嘘でしょ?)


 答え。それはただ一つ。

 しかし認めるのもまた困難だと蒼泉は思う。

 だってまさか。

 まさかこの三人があの――?


 こちらの気持ちを見透かすかのように倉田は笑った。

 その笑みにゾッとする。蒼泉が今まで見たことのない類いのものだった。

 ただ強いのでない。まるで獲物を狙うような。今にも飛び掛かろうと構えているような。


「もうわかってるんだろ?」


 それは確かに質問のはずだった。

 だが、口を塞がれたままでは答えられない。

 身じろぐが起き上がることも出来そうにない。

 蒼泉には相手をじっと見ているしか術がなかった。

 それでも相手には伝わったらしい。楽しげに口元が歪められる。


「お察しの通り、俺らが〝怪盗黒猫〟だ」

「――――」


 答えを突きつけられれば、それを受け入れるしかなかった。

 不自然に目を見開いた自分に深紅がクスクスと笑う。


「どーすんの、これ?」

「見られちゃったんでしょ。処分するしかないんじゃないの」


 さらりと言ってのけたのは紗雪だ。相変わらず起伏のない口調で淡々としている。

 それに対し、深紅は「そうねえ、そうよねーえ」などと浮かれた口調で続けた。

 明らかに楽しんでいる。


(処分って)


 呆然としていた頭にじわじわと言葉が染み込んでくる。重みを増して押し潰してくる。


(嘘っ!!)


 冗談ではない!


 蒼泉は慌てて全身に力を込めた。逃れようと身をよじる。がむしゃらに暴れる。

 それでも倉田相手に力では敵わない。

 逃げることはおろか腕を振り払うことすら出来なかった。

 これでは全て無駄な抵抗であると改めて証明したに過ぎない。


「っ、~~!」

「大人しく部屋で待ってりゃ良かったのに」

「『Curiosity killed the cat』って知ってる? 好奇心は猫を殺す」


 紗雪の言葉にますます血の気が引いてくる。

 何だこの講座は。冥土の土産のつもりだろうか。


「ま、諦めなさいね。あたしたちもバラされちゃ困る立場だから」


(言うつもり、ない!)


 誰かにバラそうなどというつもりは初めからなかった。

 しかし言っても信じてもらえそうにない。

 それどころか言うチャンスすら与えられない。

 頭は真っ白。もう、抵抗しようという考えさえ塗り潰された。


「おまえのこと、割と気に入ってたんだがな。残念だ」


 最後までどこか楽しむような口調。倉田が何かを振り上げ――……

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