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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

美人な先輩をハニトラにかけようとする女の子の話

作者: イカ墨

「かなせんぱぁ~い!」


 できうる限りの猫なで声を作って愛しい愛しい花菜かな先輩の腕に自分の腕を絡める。

 歳は二つ離れてるけど背丈は同じだから、苦もなく自然と腕組めてしまうね。

 花菜先輩は清廉潔白を擬人化したような奥ゆかしいお人なので、あまりこういうスキンシップに免疫がないみたい。


「どどど、どうしたの?」


 クスクス。

 先輩の口から土砂崩れの音が。

 声、上ずってますよ。


「呼んでみたかっただけですよぉ。ところで先輩はこれからどちらへ?」

「C棟の第二講義室。社会学の講義があるのよ」

「あっ、わたしも近くの教室で講義あるんです。途中まで一緒にいきましょ、ね?」

「それはいいけど、腕組んだままは恥ずかしいよ。見られてるってば、ほら」


 確かにすれ違う人たちの視線を感じる。でもそれがいいの。


「別にいいじゃないですかぁ。それにわたしたち、傍から見たら恋人みたいですね。きゃっ」

「さすがに恋人には見られないんじゃないかな。女同士だから」


 そう言いながらも目が泳いじゃってる花菜先輩可愛い!

 顔赤くしちゃって、まぁ。わたしのこと意識しちゃってるのバレバレですよ?



 ……本当に可愛いですよね。わたしの大っ嫌いな植草花菜先輩。



 少し昔語りをしよう。

 わたしは中学時代、普通の女の子をしていた。普通に学年十位以内の成績を取り、普通に可愛いとちやほやされ、普通にクラスで上位の女子グループに属し、普通にカッコイイ男友達がいた。普通に充実した毎日を送っていて、それがずっと続くと思い込んでいた。調子に乗っていたと言われれば否定出来ないくらいに人生を楽観視していた。

 今思うと人によってはわたしってかなり生意気に見えたのかも。

 中学を卒業したわたしは、知り合いもいない有名進学校に入学した。女子校だったけれど、それはそれで楽しいんじゃないかと新生活に胸を躍らせていたし、実際そうなるだろうと確信していた、のだけれど……。


「あんた一年生? 名前は?」

遠見遥とうみはるかです」

「いい子ちゃんぶっててさぁ。目障りなんだよ」


 入学間もないわたしに威圧混じりで絡んできたのは、髪を土色に染め、制服を着崩した素行の悪そうな人だった。突然の言いがかりから始まった、当時三年生であった植草花菜先輩との関係はわたしの学校生活をメチャクチャにしてくれた。

 グループのリーダー的存在だった花菜先輩はわたしをパシリに使う。そんなことに慣れていないわたしが失敗すると、これでもかと罵倒を浴びせてくる。


「遠見、あんたって本当にグズね」


 けれども決して暴力は振るわないし、金もせびってこない。やることといえばわたしを見下して汚い言葉をぶつけるだけ。目障りならわざわざ呼びつけないでほしいと思った。

 最初は他の先輩方もわたしを庇ってくれたけど、いつの間にかにわたしが馬鹿にされるのが当たり前な風潮になっていた。花菜先輩が卒業した後はひとつ上の学年の先輩方のいいようにされた。

 始めの印象とは恐ろしいもので、先輩にパシらされている様子を見ていた同級生は容赦なくわたしをカーストの最下位に位置づける。ちょっとやそっと抗ったぐらいでは覆すことができないほどに最底辺という印象は浸透していった。

 いいトコの進学校ゆえにあからさまなイジメはなかった。だけど代わりに存在を無視されるようになる。そのせいで碌に友人もできなかったわたしは灰色のほの暗い青春を送らざるを得なくなった。

 当然と言えば当然なことに、学校とは勉強するための施設であり、勉強さえしていれば日常を過ごすのに不便はなかった。わたしは現実から逃れるように勉学へと没頭していく。

 三年生ともなると、皆受験のことしか頭にない。学年でもトップクラスの成績を維持していたわたしは難関私立大学に合格することができた。教師と親にとっては喜ばしいことではあるが、そもそも同級生はわたしを敵視していたわけではないので、見返してやったという思いもなく、特に何の感慨も抱くことはできなかった。

 進学した大学は奇しくもあの花菜先輩が通うところだった。彼女は見かけによらず、頭が良く、不誠実なのは格好だけで教師からの覚えも大変よろしかったらしい。これを知ったのは大学に入学した後のことだったが。

 わたしは今でも鮮明に思い出せる。構内を歩いている時、花菜先輩の姿を見かけた時の衝撃を。

 流れるような黒髪に清楚な色合いのトップス、ロングスカートを穿いて友人たちと笑い話に花を咲かせている美女。あれはまさしく花菜先輩。

 全く新しい場所で新しい生活、新しい人間関係を築こうと意気込んでいたわたしの考えは、深い深い心の奥底に沈み込んでいく。胸の奥がグチャグチャにかき回されているようだった。入れ替わりに浮き上がってきたのはドス黒い感情。


 ――花菜先輩に復讐してやる。


 まぁ、長くなってしまったが、つまりは大学新生活も花菜先輩に捧げてやろうという話である。もちろん捧げるのは悪意だが。



 当初は花菜先輩のわたしに対する所業を先輩の知り合い全員にバラして、今度は彼女の学校生活をメチャクチャにしてやろうという計画を企てていた。しかしながら、厄介なことに花菜先輩はこの大学で優等生としてすでに盤石な人間関係を構築しているらしい。彼女の周りには常に人がいる。新参者のわたしが何か言ったところで一蹴されるだけだろう。ホントに厄介だ。

 そこでわたしは憎い花菜先輩と同じサークルに潜り込むことにした。花菜先輩に対しては『可愛い後輩』を演じて、周囲から信頼を得ていくのである。今また先輩と接するのはさぞ苦痛だろうな、でも復讐のためだ我慢しよう。と思っていたけど現実は苦痛どころか悦楽に近かった。

 久方ぶりに会った彼女の反応はとても面白い。キョロキョロ視線を彷徨わせて目を合わせようとしない。こちらから「お久しぶりです。会いたかった」と抱きつくと、怪訝そうな顔をしながらもほっと胸を撫で下ろす。そして、他の人に向けるのと同じ朗らかな笑顔を浮かべるのだ。

 その日は家に帰ってから小一時間笑い転げた。

 わたしのことを疑っていた花菜先輩が次第に態度をほぐしていく様は実に滑稽だった。要領の良い花菜先輩のおかげで単位も楽に取ることができる。利用されているとも知らずに、喜々としてわたしにレポートの書き方や試験のコツを指南する彼女を見ていると心が踊ってしょうがない。

 早く見たい。その綺麗な顔が絶望に歪む様を早く見たいなぁ。

 いつサークルの先輩方や知り合いに花菜先輩の所業を涙ながら語ろうか、最初は誰に告げるのが効果的か。彼氏に告げ口とかどうだろう。寝取るのもいいんじゃないか。そう機会を窺っていた時ふと疑問が湧く。

 これまで先輩から彼氏どころか男の話なんて聞いたことがない。なぜ花菜先輩に浮いた話が一つもないんだ?

 彼女は高校時代の不良一歩手前な風体を脱ぎ捨て、見目麗しくなっている。人当たりも良く、男女別け隔てなく優しく接する。ムカつくほど良い先輩。

 なぜその優しさをわたしにだけは向けてくれなかったのか。ほんの少しだけでもわたしのことを気遣ってくれたのならば……まぁ、今となってはそんな理由知りたくもない。

 ……なにはともあれ、花菜先輩はモテる要素がふんだんに盛り込まれたお人であるので、相当にモテるはずだし、実のところ目の前で男にナンパされるのを何回も見てきた。だのに仲間内で恋バナになると、彼女はとたんに静かになって「学業とかサークル活動とかで忙しいから」と曖昧な笑みをこぼすのみであった。

 それを見て友人たちは謙虚だなどと讃えるのが、わたしとしては釈然としない。誰よりも花菜先輩のことを見てきたわたしだから分かる。あの人はいくら忙しかろうが恋愛事も両立できる能力を持っていると。


 ――もしかして男の人に興味が無いのではないか?


 その仮説が意外な形で立証されたのは割とすぐのことだった。

 いつものようにサークル内の飲み会で恋バナをしていた際、一人の先輩が唐突に彼氏出来ました宣言をしたのである。周囲から羨ましいだの彼氏の写メ見せろだのやっかみや祝福の言葉が飛び交う中、わたしにしかわからないほどであるが、落ち込んでいたのが花菜先輩だった。

 二次会参加を断った彼女にわたしも参加を丁重にお断りして近づく。


「先輩、何か嫌なことでもありました?」

「いえ、なんでもないの。そう、なんでもないのよ」

「そんな辛そうな顔して言っても説得力ありませんよぉ。話したら楽になるかもしれませんよ?」

「でも……」

「誰にも言いませんからぁ」

「そう? それなら……」


 内心ほくそ笑む。おっと、顔に出ないよう、気をつけなくちゃ。

 二人で個室の居酒屋へと入り、度数の高いお酒とツマミを注文して花菜先輩が語り出すのを待つ。


「……実はわたし失恋してしまって――」


 明確に名指しで誰を好きだったとかは言わなかった。でも話の流れ的にさっき彼氏ができたと言ってた女の先輩のことだなと確信する。

 思い返してみればあの女を意識している節はあった。だが、まさか恋愛対象として見ているだなんて誰が思うだろう。黒い笑みがこぼれそうになる。

 くふふふふふ。緩む頬を抑えるのに表情括約筋がえいやえいや頑張っている。今すぐ指差して大笑いしてやりたい。


「先輩を振るなんて酷いことする人もいるもんなんですねぇ」

「いや、告白はしてないの」

「しちゃえばいいのに」


 そして、粉々に砕け散っちゃえばいいのに。


「勝ち目はないってわかっているから、無駄よ……」

「ええー、わたしが先輩に告白されたらオッケー出しちゃうのになぁ」

「えっ!?」

「なーんちゃって。冗談ですよ、てへっ」

「も、もう! はるかったら」


 満更でもない様子で可愛げに頬を膨らます花菜先輩。

 その時わたしは決めた。彼女を罠にかけようと。


 家に帰ってベッドに身を放り出すと、我慢していた笑いがつい漏れ出てしまう。全く抑える気はないが。


「くふふふ、あははははははははははははは! 先輩はレズだった!! あははははははははははは、ケホッゴホッ、く、あはははははは!」


 笑いが止まらない。止まらないよぉ!

 こんな弱みを握れるなんて思わなかった。

 性に無関心なだけかと思ったら、実は女好きだったとは。

 女だらけのサークルにしれっとレズが紛れ込んで、あまつさえ思いを寄せていただなんて。

 皆が知ったらどう思うだろうねぇ? あの清廉潔白な植草花菜様が!

 男が女装して女子更衣室に潜り込むようなものだよ、これは。いや、それよりもタチ悪いかも。何も知らない友人に発情していたんだからさぁ!


「あはははははは! そういえばあの顔も最っ高だったなぁ」


 失恋を告白した時の泣きそうな表情。背筋がゾクゾクしたよ。

 次は本当に涙を流して目を腫らしている花菜先輩を見てみたいなぁ。今頃失恋のショックで枕に顔を埋めてシーツを濡らしているのかなぁ?

 想像しただけでわたしは――。


「はぁ、はぁ、ぅ、あっ……」


 瞬間、下半身が震えて熱が昇ってくる。温泉に首まで浸かったような心地になった。お腹に当てていた手を下にずらすと股の辺りがほんのり濡れていた。

 どうやら咽び泣く先輩の姿を思い浮かべただけで軽く絶頂してしまったようだ。

 身体が熱いじゃない。どうしてくれんの、花菜先輩。


「花菜先輩花菜先輩花菜先輩花菜先輩」


 その夜は彼女の色々な負の表情を想像しながら、自分で自分を慰めた。



 次の日からわたしは花菜先輩にさりげなくアタックを仕掛けていくことにした。

 顔を近づけたり、背中から抱きついて胸を当てたり、腕に縋りついたり。

 かなり露骨に見えるが、女同士でお世話になっている先輩相手だから周囲から不審には思われてはいない。それどころか同性の軽いボディタッチごときでドギマギしてうろたえる花菜先輩の方がよっぽど不審に見える。

 アタックし続けて約一ヶ月。最近、花菜先輩から受ける視線が多くなってきたように思う。彼女から自発的にメールや遊びの誘いも増えてきたし、二人きりになりたがる傾向にある。これは気のせいじゃない。

 スカートを捲ってちらっとパンツを見せた時の反応は傑作だったな。まるで盛った男子中学生のような目つきなのに、慌てて目を逸らすのがおかしくっておかしくって。

 ふふ、あともう一押し……!

 決してこちらから言葉で好意を伝えないのがミソ。向こうから告白させて盛大に振るのである。

 告白させるために花菜先輩にはきっかけを与えることにした。


「せんぱぁ~い、わたし困ってることがあるんですぅ。相談に乗ってもらえますかぁ?」

「いいわよ。前に私の話を遥は聞いてくれたものね。あなたの言う通り、誰かに話すだけで随分楽になった。今度は私が話を聞く番ね」

「ありがとうございますぅ!」


 二人連れ立って人賑わうカフェのボックス席に向かい合って座る。

 ここならば狙って聞き耳を立てないかぎり誰かに聞かれることもないだろうとの先輩の配慮だろう。嫌になるほど気の利く先輩だ。


「それで、相談って?」

「実は……アルバイト先の先輩店員さんに告白されちゃったんです!」

「そ、そうなの」


 もちろん嘘。

 花菜先輩はお祝いの言葉を投げかけるわけでもなく、ただ言葉を濁して戸惑うばかり。わたしに気がある証左であろう。


「で、相談ということは返事に迷ってるんでしょ?」

「はい。彼はかなり本気みたいなんです。結婚を前提にって」

「……それはそれは」

「彼はいい人なんですけど、それだけに軽々しく付き合えないっていうかぁ。重いんですよねぇ。それに、わたし、男の人と交際するなんて初めてだから怖くて……。先輩はどう思いますぅ?」

「私は……あなたにだから言うけど、私は男性経験が全くないの」

「へぇ~、意外ですねぇ」


 知ってたけどね。


「だから私がアドバイスできることはほとんどないけれど、自分の気持ちに正直になるのが一番だと思う」

「自分の気持ち……」


 花菜先輩は己に言い聞かせるように目を閉じてそう言った。


「わかりました。胸に手を当てて考えてみることにします。先輩も誰かに告白されて付き合うことになったら遠慮無くわたしに相談してくださいね!」

「ええ。少しでもためになれたのならよかった」


 先輩は寂しげに笑う。これで相談も何もかも終わりという感じ。

 まだここで終わりじゃないよ?


「あーあ、先輩が男の人だったらよかったのになぁ~」

「え、なんで?」

「先輩が男の人だったらわたし、告白されてもオッケーですし」

「またその冗談?」

「むしろ女のままでも……あーあー! 今のナシです! ナシですからぁ!」

「え? え?」

「とにかく、ありがとうございました! それではまた」


 さっさとカフェオレをぐびりと飲み干して店を出る。困惑する花菜先輩を残して。

 後日。先輩にメールを送る。


『とりあえず彼と付き合ってみます。デートとかしてみないと互いの相性なんてわからないですもんね』


 送ってから一時間もしない内に返信がきた。超長文だった。要約すると、『早まった行動はやめなさい。悪い人だったらどうするの。もう一度お話しましょう』とのこと。超必死。笑える。


「お話って何話すんですかぁ?」

「遥は私のこと知ってるんでしょう?」


 質問を質問で返すなって教わらなかったのかな、この人は。

 今わたしたちがいるのは大学のゼミ室。授業はすでに終了済みなので、警備員が戸締まりチェックするまで人は来ない。そんな密室で二人きり。

 ケータイをポケットに仕舞うついでに、忍ばせたボイスレコーダーのスイッチをこっそりオンにする。


「知ってるって、何のことやらさっぱりです」

「あんな気を持たせるようなこと言って、本当は全部わかってるんでしょ?」

「だから何を――」

「私が同性愛者だってことよ!!」


 はい、言質いただきました。あとはこの音声をバラ撒くだけだね。


「急に大声出しちゃってごめんなさい。怒鳴るつもりはなかったの」


 無表情を保ちつつ心の中でニヤニヤしているわたしを、呆けるほど驚かせてしまったのかと勘違いして謝る先輩。


「ちょっとびっくりしちゃっただけですから、平気です。……それで、えっと、先輩がレズというのには気付いてましたよ」

「やっぱり。それなのに遥はあんな態度をとったの? そのせいで私はあなたのことが昼も夜も気になって仕方がなくなって、私はあなたのことが…………ふぅ、その前に謝らなくちゃいけないわね」

「謝る?」

「高校生の時のこと……」


 花菜先輩は訥々と語り始める。

 所謂成金お嬢様で、親からの命令で進学校に入学したこと。せめてもの抵抗に髪を染めたり制服を着崩したりして溜飲を下げていたこと。

 同性愛者だとバレると女子校でどうなるか恐れて隠していたこと。それでも惚れる相手がいなかった時はよかったが、わたし、遠見遥に一目惚れしてしまい、受験のことも重なってストレスを溜め込んでしまったこと。

 そして――大好きな、けれども想いを伝えることは絶対にできないわたしを側に置いて罵倒することで、ストレスと性欲を発散させていたこと。それによってわたしへの未練を断ち切ったこと。


「あの時はごめんなさい。謝って許してもらえるようなことじゃないと思うけど、それでも、ごめんなさい」


 そんな気になる子をついイジメてしまう男子のようなつまらない理由で……!

 先輩の事情なんて知ったこっちゃない。

 花菜先輩は卒業してからわたしが一人ぼっちになってしまったことを知らなかった。だからなんだという話だが。それで許されるはずもない。


「遥はこんな最低な私に『会いたかった』と言ってくれた。酷いことをした私がもう一度あなたを好きになるなんて駄目だと思った。だから他の子に目移りした。でも、でも、また好きになっちゃったの! もう起きてる間、ううん、寝てる時もあなたのことが頭から離れないの! あなたでいっぱいなのよ!」

「先輩、わたしもですよ」


 わたしの返答に先輩はひうっと息を飲む。

 確かにわたしも先輩のことで頭がいっぱいだ。マイナスの意味でだけど。


「嬉しい! 私たち両想いだったのね!」


 黙ったまま目を細めてうっすら口角を上げるわたし。

 先輩から見たら笑っているように見えるだろうな。

 先輩は両手を肩まで上げて近づいてくる。それはさながらゾンビのような、獲物に狙いを定めた肉食獣のような。


「ねぇ、キス、していい?」


 まだ恋人にもなっていないのにキスとは、なんて欲望に忠実な人なんだろう。男に対してはデートですら早まるなと言ってたくせに。同性に劣情を催すなんて気持ち悪すぎる。

 先輩の手が肩に掛けられる。綺麗な顔が迫ってくる。ぞわりと鳥肌が立つ。

 ここで突き飛ばして逆に罵倒してやるんだ。そう思ったのだが――。

 肩に置かれた手に力が入り、引き寄せられてしまう。

 当然のごとく重なる唇。

 嫌なのに、吐気がするほど嫌なのに。なんだろう、この感覚。気持ちいい?

 胸の中を渦巻いていたドス黒い感情が液体になって身体中を駆け巡るよう。さっきとは違う意味で鳥肌が立つ。

 ……そうか。わかった。これは花菜先輩をわたしが征服したからだ。彼女の心を落としてやった。完全にわたしが上に立ったからだ。あの先輩よりも!

 なんて気持ちいいんだろう。こんな快楽めったに味わえない。


「遥ぁ、愛してる」


 先輩の一言でさらに快楽の度合いが増す。

 それからはお互いのすれ違う想いを勘違いさせたまま激しい口づけを交わし合った。誰も来ない部屋でずっと。



『遥ぁ、愛してる、遥ぁ、愛してる、遥ぁ、愛してる、遥ぁ、愛してる、はる……』

「くふふふふふ」


 家に帰ってベッドに寝転がり、録音した音声を繰り返し再生して悦に浸る。

 何度聞いても飽きない。濡れるシーツも構わず手が止まらない。

 一頻り満足して落ち着くと、これからのことに思いを馳せる。

 あー、よく考えたらこれをバラ撒くのはあまり良い手じゃないかも。

 先輩が「冗談で言った」とでも笑顔を振り撒きながら述べれば終わりな気がする。

 うーん。

 そうだ! 次はビデオカメラを用意しよう。

 今度は先輩を誘惑する。耐え切れずわたしと一線を越えようとしてきたら、その様子を一部始終撮影してやるんだ。撮った映像を先輩の知り合い全員にバラ撒いてやる。ついでにネットにも流そう。一生先輩を苦しませてやろう。なんて素晴らしいアイデアなんだろうか!

 ああ、その時あなたはどんな顔をするだろう?

 激怒するのかな? 呆然とするのかな? それとも大泣きしちゃうのかな?

 すごく、ああ、すごく楽しみだよ、花菜先輩!

 これであの人の人生をメチャクチャにして孤立状態にしてあげられる。

 それで彼女は一人ぼっちになって……。

 そうしたら孤独な花菜先輩を独り占めにしてわたしだけのモノに…………。


 って、あれ?


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― 新着の感想 ―
[良い点] 愛憎入り混じってる感じがよかった
[一言] 自分の先輩への、思いの変化がたまらないです。
[良い点] 主人公が先輩にだんだん惹かれていく感じ [一言] 今更ながら読みました。 大変だと思いますが続編待ってます。
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