トロイアの女
キャサリン・ヘップバーンの映画と聞くと、皆様はどの映画を思い出しますか。『若草物語』、『旅情』でしょうか。『冬のライオン』や『黄昏』は観たことがありませんが、これらも有名ですね。
『旅情』も素敵な映画がですが、わたしが観たキャサリン・ヘップバーンの映画で一番印象に残っているのは『トロイアの女』です。
勿論リアルタイムで観たのではなく、テレビで放映された時に観ました。
ギリシアとトロイアとの戦争が終わり、戦後処理で翻弄されるトロイアの女性たちのエウリピデスの悲劇で、アメリカナイズが少ない形の映画でした。
オデュッセウスの奇策である木馬でトロイアは陥落し、トロイア王プリアモスをはじめ、王族や市民の男性は殺されてしまいました。残された女性たちはすっかり打ちのめされ、くたびれた姿で、ギリシア側の沙汰を待っています。
トロイア王妃でキャサリン・ヘップバーン演じるヘカベの許にギリシア側からの使者が来ます。ギリシア側の総大将でミュケナイ王のアガメムノンが長女のカサンドラ王女を奴隷として連れ帰ると告げます。カサンドラはアポロン神殿の巫女です。巫女なのだから男に差し出せないとヘカベは言いますが、使者はカサンドラを探します。
カサンドラは予言者ですが、その予言は信じてもらえない運命になっています。カサンドラの様子は、エウリピデスの戯曲とは違って、使者は同情的に見ています。
「王女はお気が?」
使者の問にヘカベはうなずきます。
「わたしは狂っていない!」
カサンドラは人々の運命を叫ぶのですが、周囲には狂乱しているように映るのです。カサンドラは連れていかれます。
やがて、アガメムノンの弟でスパルタ王のメネラオスがやって来て、かつての妻のヘレネを探します。ヘレネはメネラオスの妻でヘルミオネという娘がありながら、トロイアの王子パリスに略奪され、十年に亘るトロイア戦争の原因を作った女性です。ほかの女性たちがくたびれきった姿をしているのに、ヘレネは白いドレスを着て姿を現します。背中がべろっと開いていてお尻の上あたりまで見えそうな格好です。当然ヘカベは怒ります。
「それがかつての夫に会う時の姿か!」
周囲の女性たちも同調しますし、メネラオスもヘレネを責めようとします。こればかりは皆して敵将の味方をしようとします。しかし、ヘレネはケロリとしています。
「パリスと一緒に女神アフロディテがいました。神には逆らえません」
「パリスが死んだ後、その兄弟のディポポスに犯されました」
私は悪くありません、悪いのは神の意思とトロイアの側ですとしらっと言います。
「パリスの美しさと、トロイアの黄金に目が眩んだくせに何を言う!」
ヘカベは声を上げますが、ヘレネは泣いたり、セクシーに微笑みかけたりとメネラオスは負けています。ああ、こりゃヘレネを許しちゃうね、としょうもない感じで退場。
また使者がやって来て、今度は長男ヘクトル王子の妻だったアンドロマケとその息子を呼び出します。アンドロマケはアキレスの遺児ネオプトレモスの奴隷に、幼い息子は死刑にと言います。こんな幼い子を何故殺そうというのか、とアンドロマケもヘカベも抵抗します。
「立派な父を持ったために死ななければならないなんて」
アンドロマケは地面に泣き伏します。アンドロマケは気絶したのか、もう見ていらせませんと絶望したのか、動きません。子どもは引きはがすように連れ去られます。
アンドロマケは起き上がります。
「夫と子を亡くし、これで新しいあるじの許にいける」
ギリシア側の使者は徹頭徹尾同情的です。辛くて仕方がないと、呟きます。こちらもだんだんと引き込まれ、鼻がツンとしてきます。
引っ立てられた子どもは城壁から突き落とされ、その遺骸をヘカベに渡します。
「おまえは嘘を吐いたね。私が死んだら立派な葬式をあげてあげると言っていたのに、私がおまえの弔いをしなければならないなんて」
ヘカベはオデュッセウスの奴隷として連れていかれるために、孫の為に簡素な墓しか作れません。
トロイアの女たちはそれぞれギリシアの武将に奴隷として分配され、連れていかれるのです。
英雄たちの戦いは壮大な叙事詩で謳われていますが、英雄たちの死後の遺された者たちの心は悲劇で語られます。テレビ放映の映画では迫力が無くて、あまり泣かないのですが、この映画にはボロボロと泣いてしまいました。
エウリピデスはその後を、復讐の鬼と化した『ヘカベ』、ギリシアで根を下ろそうとする『アンドロマケ』を描いています。フランスのラシーヌは恋愛劇として『アンドロマク』を作劇しましたが、またそれは別の話です。