女の視点、男の視点
『枕草子』の作者清少納言は女性。彼の女は、時の帝、一条天皇のお后、定子に仕える女房でした。女房は、房――部屋――を賜って貴人の身近に仕える女性、侍女です。
定子皇后の父は藤原道隆、藤原道長の長兄に当たる人物です。定子皇后の同母の兄弟に伊周、隆家がいます。道隆、道長の父であり、一条天皇の外祖父藤原兼家、その後の道長の栄華に挟まれた格好の道隆一家は中関白家と呼ばれています。
道隆の死後、跡継ぎの伊周と道長の勢力争いが始まり、「長徳の変」――花山法皇との伊周・隆家兄弟の暴力沙汰が原因の傷害致死事件――で没落しました。
定子皇后は事件後も一条天皇の側にいましたが、三人目の子の出産の時に、二十五歳で亡くなりました。
『枕草子』では、清少納言の主人やその一族の栄華が翳る様子は記されていません。一条天皇と睦まじい様子の定子皇后や、中関白家の華やかで立派な姿を記しています。多分、意地もあるのでしょう。そして、定子皇后の姿を美しく後世に伝えたいと願いを込めていたのでしょう。
で、ここからが本題。
葉室麟の『刀伊入寇』と円地文子の『なまみこ物語』の二つ、それぞれ時期は違いますが、文庫本で読みました。
葉室麟の『刀伊入寇』は、主人公は藤原隆家です。十代後半の年頃で血気盛ん、花山法皇の屋敷の前を通る者は打ち払ってやるとの挑戦に乗って、力自慢の従者たちを連れて通ろうとした、兄貴の伊周の通う女性の許に花山法皇も通っているようだと(姉妹が同じ屋敷に住んでいたので誤解が生まれただけだったが真相らしい)屋敷に出入りしようとする法皇に矢を射かけ、従者を死傷させるなど、全部が全部自ら行ったのではないのですが、それが「長徳の変」と、ろくでもない結果になりました。それが第一部。
第二部では、もういい年です。大宰権帥として赴任している時に刀伊と呼ばれる異民族の大船団が襲撃してきました。それを立派に撃退しました。(ここが見せ場なんです)
『なまみこ物語』は女性視点。宮中に仕える巫女姉妹を通して、定子皇后の姿を描いています。
男性の葉室麟、女性の円地文子も伊周には厳しく、隆家にはそれほどではないと、共通しています。葉室麟の小説の場合主人公だから格好悪くは書けないに決まっていますが、平安の雅の中で、骨のある漢として描こうとしています(葉室麟の作品はこれしか読んだことがないので、自信がないのですが、ほかの代表作といわれる小説の時代――戦国や江戸――からして、慣れないことしたから成功していないのでは、と感じます)
『なまみこ物語』でも『刀伊入寇』でも、兄の伊周はプライドが高いが、父や妹の威を借りているばかりの頼りない人物に描かれ、隆家はやはり誇り高く、兄と違って流されやすい性格をしていない、気骨ある好人物とされています。
暴力沙汰を起こした張本人ながら、男女ともに好評価の人物は珍しい気もします。
わたしも「長徳の変」以降の隆家は嫌いではありません。十代の頃は伊周と同じく、親の七光りの暴力バカにしか見えないのですが、中関白家の没落以降は道長にへつらうことなく、大出世はしなくても、貴族としてそこそこの生活をして、国難を救った武勇伝を持つ、珍しい平安貴族です。『大鏡』で道長が隆家に気を遣っているエピソードなどあり、面白いのです。
女性が作者とされる『栄花物語』、男性が作者とされる『大鏡』やお公家さんの日記で、同じ出来事が違うように評価されていて、気になる部分があります。それが歴史物語の楽しみでございますが。