『萬葉集』で「かみかぜの」とくれば「伊勢」にかかる枕詞なんですけど……
『世にも奇妙な人体実験の歴史』を読み進めております。イギリスのホールデンさんという科学者が潜水艦の事故の検証実験を、自分や妻、協力者メンバーと「プレッシャー・ポット」と呼ばれる気密室で繰り返し行いました。急速な減圧をしたら、詰め物をしていた歯が音を立てて爆発。歯の中の入っていた空気が減圧で膨張してバン! そんな実験の繰り返しで両耳の鼓膜が破れ、治った後も鼓膜に小さな穴が残り、煙草を呑むと煙が耳から出てきたそうで……。これが原題の”SMOKING EARS AND SCREAMING TEETH”の由来ですね。
寄生虫の安全な運搬のために自分のお腹に収めちゃった学者さん、薬の経口摂取と注射の場合の違いはどのようなものかと普通は飲むヒマシ油を注射してみてトンデモない目に遭った学者さん。
花岡青洲の麻酔の紹介もありました。麻酔薬の進歩なども医学者の自己実験で成功しても、自己実験で麻酔薬の中毒者になるケースがあったこと、患者さんの麻酔事故がかなりの件数あったことなど述べられています。無痛分娩への批判は現代でもありますが、19世紀に外科手術で痛みは処置と不可分であると主張する医者もいるんだわと呆れてしまいます。
19世紀に衛生思想や細菌学が発展したことを知っていますから、人間は先入観から自由になれないものだとつくづく思います。
医学・薬学の発展の陰に動物実験があります。ただ、動物になく人間にだけある病気や(黄熱病はヒトとある種のサルにしか感染しないそうです)や、輸血や血液疾患は人間で実験するしかないと、研究者が命を懸けて自己実験を行ってきているそうです。セントルイス・ワシントン大学医学部は「カミカゼ・クリニック」の愛称で知られているって……。
熱意は解りますが、「かみかぜ」ってどんどん意味がおかしくなっていくような……。題名のとおり、『萬葉集』の頃の神風は伊勢にかかる枕詞です。古代史を勉強している人間なので中世以降の「かみかぜ」の意味は検証したくない気分ですが、そこは日本人として逃れられないものなのでしょう。
神風の伊勢の国にもあらましをなにしか来けむ君もあらなくに
神風乃 伊勢能國尒母 有益乎 奈何可来計武 君毛不有尒
天武天皇の皇女で伊勢の斎宮であった大来皇女が、同母弟の大津皇子の死後、都に戻った時の嘆きの歌の一つです。
講談社文庫の中西進の訳注「万葉集」を参考にしております。




