わたしのゲゲゲな話
今年の秋に家族で山陰地方に旅行に行きました。前にも書いておりますが、松江が中心でお話しておりました。
旅行の時に、わたしは良人に、島根県と鳥取県の人たちには悪いけど、地理オンチのわたしには区別がついていないと告白しますと、気にすることないよ、と一言。そして、仙台市ってどこの県庁所在地か解ってない人たちが結構いるんだよ。えっどうして、と尋ねると、仙台市の名前が有名になり過ぎて、宮城県の名前が霞んでいるらしく、仙台は岩手県にあると思っている人がいるんだとの返事。ほほう、では盛岡市はどこの県庁所在地なんだろうと言ってみたら、さあねえ、と言われました。
鳥取より先に出店されたという出雲大社の向かいのスターバックスコーヒーを眺め、出雲を見学した次の日からは、松江に行ったり、境港に行ったり見物しておりました。
境港の妖怪のブロンズ像のある商店街の通りをゆっくりと歩き、「水木しげる記念館」を見学しました。商店街の通りは「ゲゲゲの鬼太郎」に沿った作りになったお店もあれば、そうでないお店もあり、空き家もありで、様々でございました。
やはり「水木しげる記念館」に足を運んで良かったです。水木しげるの漫画だけでなく、子どもの頃ののんのんばあからのお話と、不思議な体験、そして戦争体験、日本中の妖怪だけでなく、世界の妖怪や妖精、習俗に触れたコレクションを目にできました。また通りにある妖怪神社。楽しうございました。
境港に来たから、魚介が美味いはずと食事処を探しましたが、選ぶのに時間がかかりなかなか決められず、魚市場にまず入ってみようとなり、魚市場の中にある食堂で海鮮ものの丼を昼ごはんにいただきました。
大分昔のことですが、我が子たちがチビ助の頃ですから平成の初めの頃のアニメ「ゲゲゲの鬼太郎」ですね。「言霊使いの罠」のサブタイトルで京極夏彦が特別出演していました。細かいストーリーは忘れましたが陰陽師で言霊使いの京極堂らしき人物が、ご先祖様の因縁からぬらりひょんの頼みを聞いて鬼太郎たちと対決するお話でした。言霊を使って、猫娘を猫を抱く女の子、目玉のおやじをマスコットだかストラップに戻すというか、変化させてしまうのでした。
なんだかんだありましたが、妖怪たちは鬼太郎の働きで元の姿に戻り、言霊使いは義理は果たしたとぬらりひょんに告げ、鬼太郎を倒さず去ります。
「この世には不思議なことなど何一つないのだよ」
を、京極夏彦の声で聴くことができた貴重な体験でした。
鬼太郎と京極堂の分身のようなキャラの共演に子どもそっちのけでテレビに喰いついていましたねぇ。
朝の連続ドラマで「ゲゲゲの女房」の放送が決まった時など、オープニングの音楽は熊倉一雄の歌で「ゲゲゲの鬼太郎」のテーマにしてくれないかなぁと淡い期待を抱きましたが、朝寝をしているなんて歌は真面目なNHKで朝からそれはないですね。
東京は調布市で貧乏暮らしと描かれて、あれえ、水木しげるはどこからどう見ても傷痍軍人なんだから軍人恩給が支払われるのだからおかしいじゃないかと、原案になった本を読んだら、そこのところの説明がありました。それでやっと納得しました。でもそれくらいドラマでも説明してくれてもいいのになぁと感じました。
水木しげるの漫画家としての苦労と、夫婦の長い暮らしの中での培ってきた愛情と信頼が伝わるいいドラマでした。
人間って不思議ですね。幽明界異にするとの言葉がありますが、水木しげる先生は妖怪の世界に赴いたのでしょうか。それとも、初七日もまだですから、現世で何事かご覧になっているのでしょうか。




