Marquise de Sade
三島由紀夫は特に好きな作家というわけではありません。わたしが生まれた年に亡くなった小説家ですので、三島由紀夫の没後何年とか、憂国忌とか報道があると、自分の年齢を再確認させられる存在でございます。
自分の好きだった作家の澁澤龍彦と交友があり、澁澤の『サド侯爵の生涯』を読んで、戯曲『サド侯爵夫人』を書いたことから、作品をいくらか読んでいます。
『サド侯爵夫人』は三島戯曲の代表作であるだけでなく、戦後の日本の戯曲の傑作であるとされて、海外での評価も高いです。翻訳での題名は『Marquise de Sade』ではなく、『Madame de Sade』です。侯爵の”Marquis”と侯爵夫人(或は女侯爵)の”Marquise”と区別がつきにくいので、マダムにしちゃったと聞いています。
『サド侯爵夫人』は、サド侯爵夫人のルネ、ルネの母のモントルイユ夫人、ルネの妹アンヌ、サン・フォン伯爵夫人、シミアーヌ男爵夫人、家政婦のシャルロットの六人が登場します。サド侯爵本人は登場しません。六人の女性たちから様々に語られるだけです。
ルネは「貞淑」、モントルイユ夫人は「道徳・法」、アンヌは女性の「無節操や無邪気」、サン・フォン伯爵夫人は「肉欲」、シミアーヌ男爵夫人は「信仰・神」、シャルロットは「民衆」を代表する人物として描かれます。
そのほかに、上品な言葉で下品なことを連想させる試みもあったそうです。サド侯爵のご乱行を、恥ずかしくない言葉を使って、でも恥ずかしいと解っちゃう内容を語ったりします。サン・フォン伯爵夫人が乗馬服姿で乗馬用の鞭を振り振り語るのを、シミアーヌ男爵夫人は耳を塞ぎながら悲鳴をあげて、「目で聞くのか」と皮肉を言われます。
意味ありげにぼかしたり、思わせぶりに喋ったり、でもやっぱり過激です。
さんざ乱行をし、妻の妹にまで手を出して、牢獄に長年捉えられている夫に対してルネは忠実に面倒を見ます。しかし、フランス革命で全てがひっくり返り、侯爵が牢獄から出てくると、ルネは修道院に入る、もう二度と侯爵に会わないと宣言して、戯曲は終わります。
長年夫に尽くし、待ち続けたはずの夫人の唐突な行動の謎を解こうとして、この戯曲を書いたそうですが、読んでもやっぱり謎でございます。人間としてのサド侯爵はまだついていけるが、物語を綴り、別の世界を作り上げたサド侯爵はわたしの知る男ではない、といったところでしょうか。浅い、もっと深い思想や解釈があるはずだ、と、求める方は三島由紀夫の研究や評論の方をご覧ください。
戯曲作品ですので、舞台で演じられています。わたしは生の舞台では観たことがありません。NHKの舞台の録画を二回観ました。一つ目は新妻聖子主演、二つ目は蒼井優主演。
舞台をライブで観るのと、録画されたものをテレビで観るのとは違うものだと思いますが、新妻聖子より蒼井優の方が良かったです。新妻聖子はおとなしすぎて、ほかの役の女優さんの方が存在感ありました。蒼井優は共演の白石加代子や浅実れいに負けてなかったし、どんと構えた強さが感じられました。
三島戯曲は言葉の複雑な絡み合いが作る美しさを教えてくれました。
三島由紀夫の命日に。




