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豆腐の角で怪我するぞ  作者: 惠美子
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復活のナスターシャ

 ポーランドのアンジェイ・ワイダ監督の映画『ナスターシャ』は美しく、不思議な雰囲気の作品でした。原作はドストエフスキーの『白痴』です。それを大胆に演出し、登場人物は二人。

 監督はポーランド人ですが、映画で使用されているのは日本語です。そして主演の二人も日本人、坂東玉三郎、永島敏行です。

 坂東玉三郎は『白痴』の主役の男女二人、レフ・ニコライヴィチ・ムイシュキン公爵とナスターシャ・フィリッポヴナ・バラシコーワの二役です。永島敏行はパルフョン・セミョーノヴィチ・ラゴージン。

 冒頭、これからムイシュキン公爵とナスターシャの結婚式が始められようとしているところに、ラゴージンが馬車でやってきて、何故かナスターシャがラゴージンに助けを求め、二人が馬車で去り、ムイシュキン公爵が取り残される場面。ムイシュキン公爵は眼鏡を掛けていて、どことなく無表情。

 その後、ムイシュキン公爵はラゴージンの実家に単身訪れます。

 そこから、ムイシュキン公爵とラゴージンとの出会い、そして、二人が美女ナスターシャに恋していった経緯が語られていきます。

 ラゴージンは粗野で教養がありませんが、お金持ちの商人の息子です。永島敏行が男臭く強引な、しかし恋する女性の前では無力な男を演じます。

 男物の洋服の上着は肩で着るものですが、坂東玉三郎はなで肩なので、洋服が似合いません。ムイシュキン公爵は病身である設定なので、その体格でも納得できます。そしてなにより、玉三郎は、ショール一枚でムイシュキン公爵から絶世の美女ナスターシャに変貌するのです。

 そこは勿論映画ですから、カメラは止められて、眉や髪は女のように整えられますが、ショールを羽織った瞬間、気の弱いやさしい公爵ではなく、不運な身の上でありながら自尊心の高さを失わない、それでいて気まぐれな美女になるのです。眼鏡も外します。役者さんってすごいと実感する映画です。

 ムイシュキン公爵はナスターシャを、「僕は恋で愛しているのでなく、憐憫で愛している」と言います。ラゴージンは理屈なんて関係なく、ナスターシャが好きで好きでたまらない、手に入れたい、でも心はどうしたら得られるのだろうと悩んでいます。

 そういった関係の帰結がナスターシャの殺害でした。


 この映画は、長くて人間関係のややこしいドストエフスキーの長編小説のエッセンスでもあります。色々とドストエフスキーの小説が話題になっているけど、ちょっと読むには重いという人にお薦めでもあります。

 わたしはこの映画をきっかけにして、ドストエフスキーの小説を読むようになりました。


 わたしの書いている小説『君影草』に出てくる女性とその家族の名前は『白痴』の準ヒロイン、アグラーヤ・イワーノヴナ・エパンチナから採りました。ナスターシャに劣らず強烈な個性でムイシュキン公爵を振り回したアグラーヤが好きですが、自分の小説でその後のアグラーヤを描こうとしているつもりはありません。19世紀、数々の市民革命や産業革命を経て、人権意識の高まり、都市化による人口集中、労働環境の変化、植民地への移動などがありますが、女性は財産権も参政権もなく、「家庭の天使」、「物言う花」であればいいと抑圧されています。労働者階級の女性はもともと農村では働き手に数えられていましたし、産業革命からは都市部で工場での働きを一層求められていました。(ここらへんは「女工哀史」を待つまでもなく、悲惨です)中流以上の女性は働こうにも、階級社会の世間体のために身動きしづらい状況がありました。ブロンテ姉妹が男性名で小説を発表したり、ナイチンゲールが外での活動を反対する家族から軟禁状態にされたりと、精神的にも追い詰められていました。オーストリア皇妃エリザベートは変わり種ですが、旧弊を嫌い、乗馬と漂泊を好みました。

 そういった時代に抵抗しようとする女性の一人として描きたいと出した人物です。


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