國語元年
NHKの朝ドラ『あさが来た』を見ていておかしいな、と思った点があります。主人公とその姉が嫁ぐ前、店の奉公人や、嫁ぐ予定の大坂の両替屋で、「とうさん」、「こいさん」、「いとはん」と呼ばずに名前で呼ぶ。これはすぐにお嫁に行くし、あれこと関西の商家での言葉遣いで全国の視聴者が混乱しないように、そうしたんだろうなぁと、推測しています。
しかし、嫁いでから大阪の商家でヒロインたちは「若奥さん」と呼ばれている。おかしい。「奥さん」は士分の妻への呼び方。
時代設定は幕末、すぐに明治なるとしても士農工商の身分があった時、新選組の土方が(つまり武士が町人の)ヒロインに、「内儀」と呼びかけるのは正しい。関西なら、ヒロインは「御寮はん」、「若御寮はん」と呼ばれるのが普通ではないのでしょうか。そういえば、ヒロインたちの母親も姑も「御寮はん」と呼ばれていないのです。
関西圏からNHKに意見は来てないのかは知りませんが、関西ではもう「ごりょんさん」とか「ごりょはん」は死語なのでしょうか?
京都ではいまだに「七条」は「ひっちょ」と発音しているのだから、言葉は大切にされている印象があるんです。十年くらい前に家族で京都に行った時、タクシーの運転手が「ひっちょ」と発音していたし、最近出版された井上章一(京都出身の学者さん)の『京都ぎらい』をぱらぱら立ち読みした際にも、「七」は「ひち」と読むものだ、全国共通語では「しち」なのか、とか載っていました。(『京都ぎらい』は購入検討中)
全国共通語だか、標準語だかも変なシロモノではあります。
暇な人は聞き比べをしてくださいませ。NHKと民放のアナウンサーは十をどう発音するか。
時間の「十分」を「じっぷん」、個数の「十個」を「じっこ」と発音するのがNHK。民放はこだわっていないです、「じゅっぷん」、「じゅっこ」と発音します。
詳しい人に言わせると、「じゅっぷん」、「じゅっこ」は東京弁で、全国共通語ではないそうです。
どっから全国共通語だか、標準語は生まれたのか、わたしには解りません。実は埼玉あたりの言葉らしいと、中学の時の社会のセンセが言っておりましたが、確証なしでございます。
今を去ること三十年ほど前、井上ひさしが脚本を書いた『國語元年』というテレビドラマの放送がありました。明治はじめの東京を舞台に、日本各地から集まってきた人たちが一つ屋根の下で、出身地の方言丸出しで喋り大混乱している様子を描いていました。
それまでのテレビ放送では関西弁以外の方言は語尾やイントネーションを真似たなんちゃって方言だし(ここらへんは現在もおんなじようなもの)、日本語で放送している限りは字幕を使うのはけしからん、全国共通語を使って放送せよ、という時代、何を喋っているかさっぱり解らない、字幕が頼りのドラマとなりました。
ヒロインは井上ひさしと同じ山形県置賜地方出身、その女性が女中奉公に東京に行きます。一家のあるじは長州出身だけど婿養子、実権は薩摩出身の舅と嫁にあり、生まれた男の子は薩摩言葉で喋ります。書生は名古屋出身、下働きの男性には青森や南部の出身者がいます。女中二人が江戸下町の出、家政婦さんが元旗本の妻で山の手言葉、この三人だけが字幕なし。そのうちに京都の学者さんや、会津の浪人が押しかけてきて、更に方言が増えていきます。
文語体なら訛りが関係ないのにねぇと、読み書きのできるヒロインは不思議に思います。しかし、言葉遣いのみならず、固有名詞も地方によって違うと判明し、また混乱。ヒロインの地域では「ふんどし」を「きんかくし」と呼ぶ、名古屋では果物の呼び方か違うなどなど。
全国共通語の誕生の謎に迫るというより、収拾のつかないまま終わっていた、凄いとしか言いようのないドラマでした。
仕事をしていた時、方言がつい出てしまうと訛ってると言われ、共通語を使えば気取ってると言われ、まったく言葉を選ぶのは大変です。
それでは皆様、ごーきーげーんよー。




