ゼッフィレッリ監督の映画
イタリアのフランコ・ゼッフィレッリ監督の映画といえば、皆さまどの映画が思い浮かびますか?
『ロミオとジュリエット』でしょうか。羽生結弦がこの映画の音楽で銀盤を舞ったのは、まだ記憶に残っています。
或は、『ブラザーサン シスタームーン』、オペラ映画の『椿姫』などでしょうか。
ゼッフィレッリ監督は『ロミオとジュリエット』以外にもシェイクスピア劇を映画化していて、それも有名ですよね。
『じゃじゃ馬ならし』のエリザベス・テーラーは大迫力だったし、『ハムレット』のメル・ギブソンは説明的な長台詞を一切排除した、行動的な王子でした。
ゼッフィレッリ監督の『ハムレット』については、作家の塩野七生の『イタリア男の夢』と題したエッセイがあり、それがなかなかセクシーな解釈で素晴らしいものです。壮年の男性の魅力、若いだけでは敵わない上に、母をも魅了してしまって結婚、そして父の仇であるクローディアスへの憎しみがぶつかっていくドラマに仕上げていったとの解釈です。イタリア男はマンマが大好き。
『ハムレット』はデンマークが舞台のはずなのに、やたら青空ばかり映していて、ゼッフィレッリ監督はイタリア人だから、とあちこちの映画評論で書かれていました。
その次あたりの作品の『ジェーン・エア』はイギリスが舞台。曇天ばかりの映画でした。
わたしがゼッフィレッリ監督の映画の中で一番心に残っているのは『トスカニーニ』です。実在の人物、イタリア人の指揮者アルトゥール・トスカニーニを主人公としています。トスカニーニが巡業の歌劇団のチェロ奏者としてブラジル公演を行う時、トラブルで指揮者が降りてしまったため、急遽、18歳のトスカニーニが代理の指揮者として指揮台に立ち、デビューを果たした史実を基にしたフィクションです。
物語の中で、若き天才の蹉跌、イタリアからブラジル向かう船で出会った修道女との恋と別れ、指揮者としての出発を描いています。
若きトスカニーニは一生を音楽に捧げると語り、実際優れた才能を周囲から認められています。修道女は元々ブルジョワ出身で、ある程度音楽を聞き分ける耳を持っていました。しかし、彼の女は悩みます。辛い修行と奉仕活動から逃れようと、彼に恋しているのではないかと。ある日彼の女は決断します。どんなに辛くても、信仰と奉仕のために身を捧げるのが自分の人生だとトスカニーニに告げます。
トスカニーニにも人生の岐路がやってきました。オペラの幕が開くその日に、指揮者が降りると言い出し、姿を消します。フルスコアを暗譜しているのはトスカニーニ、彼しかいない、と楽団は指揮台に立つように要請し、臆することなく彼は指揮棒を持ち、『アイーダ』の幕は開きます。
大喝采の中、幕は閉じます。楽団員たちのねぎらいの言葉を掛けられながら、トスカニーニは舞台を見守っていた修道女が立ち去るのを見送ります。お互いの未来を信じ合い、微笑みを浮かべての別れです。
人生の中で様々な別れがありますが、微笑み合っての別れの映画はその時初めて観たので、印象に残っています。お互いの望む道のために別れる恋もありなのね、と。