File7 道化師の悪巫山戯 Ill Trick
複合商業施設『イオンアークヒルズ』。ショッピングモールとして機能しているそこは、大きな河にある小島の上に建設された箱舟である。
壁の無い島船には川岸に沿って計画された遊歩道によって、水との関係性を強調している。色鮮やかな新緑の森林が混じる島に、それぞれ独立した建造物が統率感を出しながらも個々を主張するかのように存在感を醸し出している。積み木のように積み上げられた丸みのない塔やホログラムの映るガラス、平べったいドームが印象的だった。それらをビームブリッジが繋ぐ。
六ヶ所ある幅の広い渡り橋。それがこの隔離された島の境界線を繋げている。歩道用のそれを含め、広間や二重広間は主にガラスと鉄とコンクリートでできているも、色鮮やかなデザインや光アート、ホログラムオブジェクトによって目を楽しませている。
透明なガラスの屋根や壁一面には太陽光発電の透過パネルが設置されている。一面に設置された太陽光パネルはまさしくフィールドであり、文化施設とテラスの一部を覆っている。また、島の内部には水と地熱を使った熱交換システムも配置されていると聞く。
塔除き全六層からなる島船は夕方の人出に賑わっており、生活の不必要なものを売り買いするその場所は、人々の娯楽の一つでもあった。
周囲の高層建築街よりは低いが、その面積は樹のようなクリスタルチックのビルよりは断然領地を限られた中だが占領している。比較的緑地が多くも、今は十八時を越えているため、夜を迎えた暗さであまり色鮮やかさを感じない。その代わりとしてライトアップが錐体細胞と桿体細胞を刺激させる。ビルも同様、太陽が沈むにつれて鏡のようなガラス張りから魅せるような光を内部から発する姿へと変わっていく。色彩揺蕩う光の流動はホログラムではなく自動プロジェクションマッピングによるものだ。
自分以外を映えさせる昼と、自分を主張する夜。人間のようだと私は思う。
降りた場所はその施設専用の立体駐車場ではなく、その近くのパーキングエリア。それでもその目的地は全貌がはっきりと見える程近かった。流れる川が真っ黒な夜とを映している。
「にしてもよー、今どき報告を実写でやるのフィニジャンク統括ぐらいだ。他の統括はみんな現実拡張代理人で来るというのに」
「そんだけ真面目だってのと、アバターが好きじゃないの両方だろう」
「でもインコードだって今日新人紹介するとき直接伺ったじゃん」
「現場の雰囲気ってものがあるだろ。カナにそれを体感させるためだ」
「……はぁ」
「姉御、また腹減ったんすか? うっわ、ニンニク臭っ! 絶対餃子食べたっすよね出動命令出る前に」
「あ、口臭消臭スプレーあるよー。それかミントガム食べる?」
「……」
大丈夫かな……。
インコードたちの会話はまるで世間話だ。任務のことについて一切触れていない。
それにしても、イルトリックを相手に彼らはどう対抗するのか。武器といったものは持ってなさそうだし、いや絶対なにかの道具は持っているはず。それか目には目を、というように彼らはイルトリックを使えるのかもしれない。
さすがにそのような、それこそフィクションにありそうな話はないだろうが、これから相手にするものが得たいのしれないフィクション染みた何かだ。有り得なくはないだろう。
「カナ、大丈夫か」
声をかけてきたのはインコードだった。こっちが大丈夫かと言い返したいところだ。
インコードに乗じてカーボスも気安く話しかけてくる。「気安く」という言葉は立場上私の方から使うべきではないけど。
「カナちゃん、わからねぇことあったらなんでも俺に訊いてねー。俺自身の事でもいいよー」
「カーボス先輩、カナ先輩がわからないことってあんまりないと思うっすよ。心も読めるし」
ラディの親切で言ったつもりの言葉に対し「わかってるよ」と不機嫌そうに返すカーボス。こちらも、少し皮肉を感じた言い回しだと思ってしまう。それに読める人もこのメンバーの中では限られている。
「そんじゃ、行くとするかね」
そう言ったボードネイズは複合施設の方へと踏み込む。スティラスもふらりとついていった。歩き方はモデルのように綺麗だが、どこか気怠さを感じさせる。カーボスはパーキングエリアの外側にある自販機の傍でアイヴィーをいじっている。何かのSNSアプリを開き、暇をつぶしているように見えるが、インコードを待ってるのか。
「え、あの……ブリーフィングとか、段取りの打ち合わせって……」
「今回は統括のおかげで既に視察隊のみなさんが調査してくれていたので、あとは仕上げとしてこの中にいる"患者"さんを捕まえるだけっすね」
「探して狩る。ハンティングゲームと一緒だ」
「それなら、それなりの装備が……」
私が体感したあのイルトリック。現象自体と行為的現象との違いは知らないにしろ、あの破壊力を前にもう一度体感するのは精神的に辛いものがある以上に、軍用全身武装でもない限り対抗できない。それなのに、彼らは本当にショッピングに出かけるような服装と感覚で向かっていく。
「大丈夫だ。刑事だってスーツとコートだけで銃撃戦やってた場面あっただろ。あれよりはまだ俺たちの方が装備が整っている」
いつの時代の刑事ドラマのことを話しているんだ。今どきの交番の警察だって防弾・防刃・耐衝撃機能のアンダースーツぐらい着ているぞ。
「ラディ、エイミー。頼んだぞ」
「了解っす!」
「了解! 頑張ってね隊長」
意気揚々と応えるふたりは装甲バン――否、どこにでもある普通の白いバンに乗る。さりげなくミナミメーカー製。ホログラムでカモフラージュしてるのか。都会では十分に定着している現代の擬態方法。しかし、特異的な脳をもつ私の目から見ればどうも違和感があってならない。普通の人には見分けがつかないあたり、脳のいい加減さにはつくづく恐怖を覚える。
「あ、忘れてた。……いやなかったな」
その独り言は十分に私にも聞こえていた。思い出したのは私に会社専用のリング型情報通信端末機『TRAX』と付属の無線通信イヤホンを渡すことだったのだろう。それよりも防弾チョッキでもいいから身を守るものが欲しかった。
「とりあえず、第三隊の処理方法については歩きながら話す。大丈夫か」
「あの、大丈夫も何も、こんなの無理が――って先に行くんかい」
もう不安しかない。
*
『――対象数は二。カテゴリはαとβっすね。けど"シフト"が極限まで弱まっているんで、位置特定はできないっす。一般市民に紛れてるか、商品に化けてるかのどっちかっすね』
五十六メートルはあったコンクリの橋を渡り、島船施設の二階内部へ私とインコード、カーボスはエスカレーターで登る。ボードネイズとスティラスは別々で行動しているようだ。目に映る透明感であり、それに矛盾してカラフルな景観がこの大きな庭園に魅力的な神秘性を強調している。しかし、馬鹿な人の脳は、それすらも慣れて、何も感じなくなってしまう。
あの装甲バンの中にいるラディの声がから全員の無線イヤホンへと通じる。メンバー同士の情報は共有されるらしい。
「αとβか……それ以上のことは分からなかったのか」とインコードは眉を寄せる。ラディではなくエイミーが代わりに答えた。
『あー、とですね、調査時点での記録では、規模は約一三六。表面の組成は水分五一.七、タンパク質二九.三、脂質一七.一、灰分一.一。もう一つの個体の表面はミクロフィブリル五四%、キシラン・グルコマンナン二四%、リグニン三〇%でーす。まぁタンパク質でできた人間とセルロースでできた樹木の皮を被っているってわけですね』
「繁殖率と感染率はどうだ」
『あー、未知数ですね。早めに狩っちゃってください』
「わかった、ありがとな」とインコードは言い、通信を切る。
「さてさて、今回はどんな患者さんが暴れてらっしゃるのかな?」
カーボスは演技染みた声でしめしめと笑う。
「患者……?」
そういえばラディも"患者"という言葉を出していた。
「そ。イルトリックとして存在する奴等は俺たちの間で"患者"って言ってんの。特に実体化していて人間の真似事している奴のことを言うぜ。そこらの事件起こす犯人よりも理不尽で狂っていてさ、ホント病気みたいなキチガイばっか」
下衆の言葉を笑いと共に吐き出すカーボスにインコードは溜息をつく。
「おい、そろそろ分担しろよ。指導役は俺だけで十分だ」
「別にいいじゃんかインコードせんぱーい。俺だって新人さんとオハナシしたいのよ」
「カーボス」
強く名を言う。面倒なことになりそうだと察したカーボスは大胆に振舞い、
「ちぇー、わかったよ。じゃ、カナちゃん。またあとでねー」
私に笑顔で手を振る。その素振りもやはりよく見る文系大学生のノリだ。とても物理工学の博士号を取った准教授には見えない。ただ、文系でも理系でも体育会系でも、やはり好きになれる気はなかった。
二人だけになる。しかし周囲は賑やかで、洋服店が多い故に女性の人数が多い。若い女性が特に多く、次いで親子連れが多かった。
この人々の流れはやはり慣れない。というよりは好まない。克服しようとし、外出しては人集りの多い道を選んだこともあったが、やはり慣れない。全員の感情と思考と脳波、身体の交感神経・副交感神経、中枢神経の信号が目に入り、気流、血流、体温、気温、視線軌道、地面の負荷圧力、気圧……あらゆる存在物の数値が自動的に変換・計測・計算される。
焦燥感や精神異常――気の乱れを起こさない限り、私の脳は反射的にフル回転している。意識せずに無視し続けても、大脳の思考を止めてぼやかしても気休め程度で、煩わしさは完全には消えない。私はヘッドホンを装着した。
「……」
ちらりと横を見る。そして視線を前へ戻す。
周りから見れば、カップルに見えるんだろうなと思いつつ、ドキドキするどころか、逆にもどかしい気分になったところでインコードが話し出す。
「いくら天才でも、マニュアルなしじゃ訳わからんと思うし、思いついた順に軽く説明する」
やっと説明してくれるか。
そうだよ先輩、いくらなんでもチュートリアルなしで本編クリアしろというゲームなんてクソゲー以外なんでもありませんよ。
「思いついた順にって……いい加減ね」
そんな私の一言をスルーした青年は話す。
「イルトリックには"カテゴリ"という分類がされている。それも大まかに分けられているんだけど、αからεの五種類、それに加えてχ、ψ、そしてωの計八つのカテゴリがある。今回の目標のカテゴリーβは、生命体系っていえば分かるか」
「ええ、まぁ……」
薄々納得するも、分類が思いの外多い。もう少し単純にならなかったのか。
しかし実体するタイプ――生物の類もあったとは。それじゃあ患者とは一概に言えないのでは、と思ったりする。
「そして、カテゴリーαは元々俺たちと同じ『人間』だった被害者だ」
「え?」と小さい声で訊き返してしまう。インコードは続ける。
「言ってしまえばイルトリックに伝染、被曝された感染者だ。早期ならまだ助けられる見込みは辛うじてあるけど、ゲノムレベルで変性されて、完全にイルトリックになっていれば、もう助けられない」
「……」
「種類については、今はそれだけ知っていればいい。ただカテゴリー関係なく、共通して現象には知能がある。文明を歴史的に築き上げてきた人間以上の知能だ」
「知能……?」黙っていた私は眉を潜めた。
「当然、人類の言語も難なく使いこなせる。が、これまでこの仕事続けてきて、話の通じる輩はほとんどいない」
「それじゃあ……武力抗争に」
「そういうことだ」
結局は戦闘か。ゲームでは大好きな類だが、現実でやるのとでは話が違う。それに武器一つないなんてどんな鬼畜ゲームだ。
「とりあえず、これ渡しておく」
スリのような手つきでサッとポケットに入れられたものを手で確認してみる。拳銃だった。
「……っ!」
実際、生の拳銃なんて触ったこともなかった。高揚感と共に少しの恐怖を感じる。というかやっと武器が持てた。いやこんな場所で拳銃使うのか。ただ私の知っている、軍で使用されているような普通の拳銃ではない。コンパクトで、しかしどこか電子的・機械的だ。ただの銃弾を撃つものとは思えなかった。
「お分かりの通り、ただの拳銃じゃない。弾は十八発。弾薬は"エクティモリア"、消音効果弾丸だから音は響きにくい」
聞き慣れない用語。しかし、インコードも分かっているのか、補足した。目の前で幸せそうな大学生カップルが通りかかるところを一瞬だけ目を向けたが、今回は特に妬みもなく、話に耳を傾ける。
「エクティモリアという特定分子を分裂させる粒子が質量として弾丸に詰まっている。普通の人に当たればただの弾丸だけど、イルトリックだと反応して、その粒子を放射する機能が付いている。粒子が特異分子に侵入して、増幅、破壊するような感じで対象は死亡する。個体差があるけど、最期には原子ごと完全に成仏する。アルファ崩壊起こしたり、不安定核が分裂して軽い元素がふたつ以上作るような反応はない」
「原子ごと消滅……? それって表現として――」
「悪いな、俺も専門じゃないからそこまで説得力のある説明はできねぇ。が、実験検証には立ち会っていた。それでも、消滅というほかなかったんだ。エクティモリアと結合した特異分子はエネルギーを生じることなく質量ごと消える。反物質の対消滅が考えられたんだけど、エネルギー放出が一〇〇%どころか〇%だから、なにがなんだかって話だ」
インコードは苦笑した。まるで作り話のようにも聞こえた。
質量とエネルギーは等価だ。それはこの宇宙に置いて絶対法則だ。ただ変換効率が極端に悪いだけじゃないのかと思ったりする。
「まぁこれをサイエンス誌にでも載せたら世界中の研究機関や大学が大炎上するだろうな。特殊……相対性理論だっけ? E=mcの二乗。質量が消滅すればエネルギーが生じるやつ。それが違っているだなんて、俺でも信じたくないよ。是非天才さんにも立ち会ってもらって答えを導き出してもらいたいものだ」
インコードは私を見、笑う。「どうかしらね」と眉を潜めた私は睨んでいるように見えただろう。
本当に何なんだ。いや、そんなことは今考えなくてもいい。私はそんな物理法則を無視するような存在と今から立ち会うのか? それも、話し合いではなく、殺し合いで。
「そもそも、特定された特異分子っていうのはなんなの?」
それが何かを知らなければどうにもならない。どうにもならない分子であれば、それこそ手詰まりだが。
「世界中のどこにいっても発見されてない、新元素だ」
「っ?」
思わず目を丸くした。エスカレーターを登り、三階へ。後ろで子供の駄々をこねる声が耳に響く。うるさい。
「"インフィリンス"という名前だ。普通なら大発見って喜びたいところだけど、まだ研究段階だし、現時点でイルトリックを構成する一部としか解明されていないダークマターみたいなもん。金属でも非金属でもないし、放射性も無し。物質としても使い物にならんし、それを消滅する方法を見つけただけ」
いわゆる弱点か。不可解でもある程度は解明されているのか、と言いたいが、物質と反物質の対消滅を対イルトリックとして利用したに過ぎない。しかしそこにエネルギーなるものが放出されない以上、怪人が戦隊ヒーローに倒されて大爆発する方がまだ理に適っている。
「そうなの……」
少し会話が途切れる。だが、自称コミュ障の私とは違い、インコードは会話を繋げてくれる。
「そういや思ったんだけどさ、こうやって二人で歩くと、なんか兄妹みたいだよな」
そこは恋人って言わないあたり、謙虚だと……いや、シスコン臭を漂わせる。それよりも突然の話題転換に少し驚いた。
「あー俺もこんな年下の妹ほしかったな~。そうだ、せっかく来たんだし、なんか欲しいもんある?」
逆に年上の妹いるのかよ。というのはさておき、
「ほ、欲しいもの? 何よ突然」
「ただ『おにーちゃん、これ買ってよぉ』って言われたいだけ」
「黙れシスコン」
マジだ。マジのシスコンだこいつ。この二次元サブカルチャーに無縁そうなイケメンは一体どこのライトノベルに影響された。それに私の知る妹はそんな愛着の沸くものではない。現実はドス黒いぞ。
「ん~、口の悪いドスの利いた妹も悪くねぇかもな。攻略しがいがあるし」
「セクハラとして訴えますよ」
「普通にやめて。左遷される」
というか近親相姦だろさっきの発言。いや待て私はこいつの妹じゃない。
この流れはまずいと思った私は、すぐに話題を元に戻す。
「……そ、それで! どうやってその"患者"を見つけるのよ。特殊なスコープでも使うの?」
「あれ、マジでなんも欲しいものないの? 本気で買うつもりだったのに」
無反応の私に「なんだー」とつまらなさそうに口を尖らせる。しかし、すぐに色を正した。
「ま、それができればそう苦労しねーよ。あいつらの隠れる力は本気になれば肉眼どころか機械の目で見つけることもできない」
「普通ならな」と呟くようにあとからつけたした。インコードは立ち止まる。
「そら来た」
インコードの視線を確認した後、私もその先を見る。
仕事帰りであろうスーツ姿に地味なマフラーを首に巻いた冴えない中年男性。本名「木原雅史」、年齢四六、身長一六八、体重六八、BMI二四.三八、標準範囲内だが、やや肥満体系。糖尿病。LCUs四一、コルチゾール多め。ややストレス負荷がかかっており、白髪も混じっている。
その男性がいるのは時計専門店。新しい腕時計を購入するか悩んでいるのだろう。
「あれが……? 普通の人にしか見えないけど」
この目から見ても、普通の一般人だ。脳波も正常、思考回路もどの時計にしようか悩んでいる以上、カーボスが言っていたような精神病患者のようなものでもない。
しかしインコードは苦笑し、頭をかく。
「んん、やっぱり不安定だな、その能力。まぁ訓練なしで適合試験前じゃそんなもんか」
そう言いくるめられ、ムッとした私だったが、あくまで私は素人。才能を賞賛されようとも、プロに敵うはずがない。
インコードは歩き出し、その中年男性の元へ向かい、声をかけた。
「あのーちょっといいで――」
ズドン! と重い銃声。衝撃波が大気を振動させる。音とは別の、その高威力を示した波動は私にしか感じ取れていなかっただろう。
撃ったのはインコードだった。しかし右手は何も持っておらず、左手はポケットに入れたまま――。
いや、ポケットの中で撃ったのか。
フロア内で響いた銃声。周りには当然客がいる。穏便どころか、これは騒動を起こす以外考えられない。必ずパニックになる。
しかし、騒動どころか、逆に静かだ。
「は……ぇ……?」
驚愕した間の抜けた声。唖然と激痛で歪んた顔。腹部の白いワイシャツから血がにじんできている。
脳波の乱れ。圧覚・痛覚・温覚等のあらゆる感覚の刺激。精神状態は不安・興奮・困惑、患部への意識。それらが複雑に混じり合ったことで発生する"痛み"。
ハズレ。どうみても正常の反応だ。正常の人間だ。
「っと……やっちまったか」
もう確定だった。この男は対象を間違えたのだ。
取り返しのつかないことをしてしまったのだ。
男はあっけなく倒れ、流れる血は止まらず、彼の周りに溜まっていく。
私も焦り始める。これは殺人沙汰だ。
あのときの記憶がフラッシュバックする。
逃げなきゃ……逃げなきゃ……!
そう思ったときだった。
「カナ!」
インコードに名を呼ばれ、腕を引っ張られたとき。撃たれた男から数歩離れたとき。
異変は起きた。