File6 初陣 I progress on a new path.
装甲バンは当然ながら運転席以外窓がない。しかし広く感じ、側面の両端にはベンチソファがある。座り心地は案外よかった。その上には何か身に着けるような道具が壁に掛けられている。
中央のボックステーブルは3Dホログラムを投影する直方体型卓上マッピングであることは分かった。無機質だが、何かの箱や装置など、様々なものが置いてあり、まるでどこかの部屋の一室。この広さなら家族で車に住みながら旅などできそうだと呑気な事を考える。
私の左手――運転席側の右側には二行三列の六枚液晶モニター付きのハイパワーなパソコン類があり、対象の左側(というよりは中央寄り)は運転席への扉がある。
僅かな振動を感じ、ちゃんと移動していると思いながら、隣や正面にいる第三隊のみなさんを物怖じにみる。隣には白衣を着たエイミーと赤茶髪の整備士っぽいラディ。正面のベンチソファには左から大柄な初老、活発的なカーボスという青年、金髪の無口で怖そうな女性が座っている。どんなカオスな合コンだと思いながら、何も話せずにいた。
緊張で相手の思考や心情を読み取るどころか、何をどうすればいいのか考えることができない。表面的に冷静を保つことしかできなかった。
カーボスが腕型情報端末機を見てから、私の方へと顔を向けた。微笑みかけるのは別に構わないが、先程の発言ですべて下心がありそうだと錯覚してしまう。
「そいじゃ、到着まで十分ちょいかかるそうだから、その間にかなえちゃんのこと聞かせてくれよ」
親しく接してくれるのはやさしさなのだろうと自分に言い聞かせつつ、苦手な人間とこうやって話し合うのは更に苦手だった。言葉に詰まって挙動不審になってしまう。
好印象に受け入れられた右隣のエイミーやラディはタブレット端末で何かの操作をしている。何かの作業だろうか、集中して居ているようで、話しかけづらかった。
「十分ほどで到着……?」
何を話せばいいのかと悩んだ末に出てきてしまったのは疑問に思ったこと。小声だが、つい言葉にしてしまった。
それを聞いたカーボスは「ああ」と意外そうな反応する。
「"ワプトラ"はまだ教わってなかったか」
そう言って、説明を続ける。
「『Trance-Warp』っていう、まぁワープするシステムがアンダーラインのあちこちに設置されてんだよ。大体は移動に使われて、全国各地にある制限された場所へと一瞬で行けるようにしてる。じゃねーと、二十六km先にそんな十分ぐらいで――」
「ちょっと待って! ……ください」
思わず声を出したしまった。軽く信じがたいことをおっしゃいましたぞこの男。
「その、ワープって言いましたよね。あの超光速航行ですよ?」
「そのワープだ。SFでよく宇宙空間移動するときに使われている、理論上可能だけど全宇宙のエネルギーの十倍ほどないと実現できないって結構前にいわれたこともあったやつ」
ますますわからない。そのワープがどうしてこの地球上で実現できているんだ。
「インコードと一緒にアンダーライン入るとき、変なエレベーターっぽいの乗っただろ。あれもワープ機能のついた転送マシンだ。空間切り取ってメールのように送信されるって感じだ。その際粒子レベルで一度歪が生じるからちょいと一時的に身体に不具合起きるけど」
「なんでそんなことが……?」
理論の証明は高校の時、好奇心で解いてみたことがあった。偉人の言う通り、実現は不可能ではなかったが、消費するエネルギーが全然足りなかった。神の所業に近い技術をどうしてこの会社は使いこなせている。世界が喉から手が出るほど欲しがっている技術をどうして手に入れている。
「まぁ~、皮肉なことにイルトリックの力を奪ったからなんだけどな」
「……っ!」
あまり自慢げに話せず、苦笑したカーボス。
「複素数速度物質の利用とか、光速の制限を受けない時空間の抜け目とか、ワープに必要な因子はそんなもんじゃなかった。運よく拾ってきた原石が何でできてるかわからないまま使いやすいように型を作って、道具にしているようなもんだ。ただ、その消費エネルギーは驚くほど少ない。その原理は防衛科学研究部門のやつらも分からず仕舞いだからな」
「……そうなんですか」
所謂、ブラックボックス。
とてつもないことを知ってしまた気がする。同時に、落胆の感情を知る。
そんなもので片付けられたくない。その気持ちは頭をもやもやとさせた。
公表されないのは何かしらの理由があると思うが、少なくとも彼らが専門家だからだろう。不可解現象の影響がワープを可能にするということは、消費エネルギーが少ないとはいえ、全宇宙のエネルギーを遥かに上回る力を持っているという可能性だって見受けられる。ヘタに取り扱えないことは明確。それでも尚、その力を奪った専門家は更に愚かだろうとは思った。
SFでもなんでもない、不可解な"現実"はあまりにも受けとめきれない。
「えーと、とりあえず解ってくれた?」
「ええ、まぁ……」
ここはもう返事をするしかない。納得がいかなくとも、私は頷いた。
その返事でニッと微笑んだカーボスは本題に戻る。
「じゃ、話題は戻りまして、かなえちゃんの自己紹介! よろしくお願いします!」
「まず、こちらから自己紹介するのが先だろう」
コートを羽織った初老が大きな腕を組んで、カーボスを見る。「それもそうだな」と納得したようで、短い髪型を指で少しいじってから、一度咳き込み、改めて話し始める。
「まず改めまして、俺はカーボスっていうぜ。よく槙野選手に似てると言われるから上斜め三十度から見てみてくれ。あとスポーツできそうっていわれるけど、これでも球技苦手なんで、よろしく!」
どこの合コンの自己紹介だよ……。
そう思った私だったが、そんな軽い彼のおかげで少しだけ落ち着きを取り戻した。よくみると、この人もカッコいい部類に入る。だが好きにはなれないタイプだ。
爽やかな笑顔だが、大学生のノリに似ている。私は大学に進学していないが、高校生にもあったこの雰囲気が苦手だ。
「カーボス先輩、それ合コンみたいな自己紹介っすね」
ラディは素直に感想を述べた。やはり誰もが同じことを考えているだろう。「やっぱりそう思った?」とカーボスは笑い、エイミーもケタケタと笑っていた。
「さて」と次に話したのは大柄の初老だった。話し方もそうだが、ダンディな感じがするのは私だけではないはずだ。
「この金髪の女性はスティラス。でもって、俺は副隊長のボードネイズだ。よろしく、お嬢さん」
ボードネイズと名乗った大男は大きな手を差し伸べた。私の手が包まれてしまうほどだったが、なんとか握手は交わすことができた。スティラスという女性は赤い目でこちらを一度見た後、再び目を逸らし、瞼を閉じた。
「あ、あの……」
私の聞きたいことを察したのか、右隣にいたエイミーが話す。
「あ、スティラス姉さんは睡眠欲が激しいから静かなときが多いだけだよ。話せば全然怖くないし、食欲激しい時に近づかなければいい人だよ」
「へ、へぇ……」
空腹時どんなのだよ。荒っぽくなるのか。
「ちなみに食欲激しい時に近づくと食べられちゃうっすね」
「――は!?」
私は思わず声を上げた。
食べるという意味を探り当てるが、"飲食物をいただく"と"転じて生計を立てる"と隠語の"食べる"しか思い浮かばない。
「あと、月に一度ほど別の意味で食べられることもあるから気を付けるっすよ」
ラディが続けてとんでもないことを言う。慣れているのか、平然と口にしているのが怖い。
いやちょっと待て、気を付けてってことは襲う際性別関係ないのか。ヘタしたら同人誌みたいに襲われる展開があるのか。
「え、えと……つまり……?」
「スティラスは食性が幅広いんだ。それでも人肉嗜食であることに変わりはないが、仲が良くなれば襲う確率は減る。二人きりならないように気を付けていればいい。あと、この頭悪そうな男とも二人きりにならんようにな」
丁寧に教えてくれたボードネイズはカーボスの頭をがしっと乗せながら笑う。そんな紳士な感じで微笑されましても……。
「おい離せバカ」とカーボスは腕をどかす。やはり今どきの若者は髪をいじるのは好きだが弄られるのは苦手なようだ。
スティラスという一番謎な女性は聞いていないようで、座ったまますやすやと眠っている。その寝顔を見る限り、見惚れてしまうほどの美人だ。とても人肉を好むなんて顔には見えない。
「誰が頭悪そうだって? 教授なめんなコラ」
「あくまで昔のことだろう」
待て。ちょっと待て。
「きょ、教授……?」
誰が教授だって?
私の戸惑いをエイミーはちゃんと見てくれているようで、私の呟きも聞き取ってくれていたようだ。
「うん、カーボスね、元々専門物理工学科の"准"教授やってたんだよ。博士号も取ってる」
「でも、二十一歳ですよね……自分で言ってましたけど」
「あ、海外の大学の准教授ね。飛び級しまくってたらしいし、信じられないでしょ」
「は、はい、まぁ……そういうのってやっぱりいるんですね」
「そんなもんだよー、世界はいろいろと広いのね」
それじゃああの男は帰国子女で博士号持ちの天才というわけか。世の中見た目と性格だけではわからないこともあるもんだ。
「ちなみにエイミーはちょっとした医薬基盤研究所の創薬基盤研究部で働いていたっす」
まじか。
横から失礼するラディの"ちなみに"がインパクトある。というか本当にベラベラ喋る。
しかし、その話が本当となると、このメンバーも天才の集まりなのか。
「あ、ちなみに俺は無職だったっす」
……とは限らないようだ。
それに、あることに気づく。
平均的に若い人が多いのはどうしてか。
そして気になることがある。
この会社は主として不可解現象を対象に解決しているところだが、どのように解決するのか未だに解らない。ボードネイズとスティラス、インコードの経歴はまだ聞いていないが、経歴もバラバラではあるも、ある程度優秀な人材もいることから、やはりエリートが集まる企業なのだろうか。研究施設や開発工場もあるそうだし。
「……さて、少し長引いてしまったね。でも俺たちのことは大体わかっただろう」
いつのまにかカーボスの怒りを鎮めていたボードネイズは私に話しかける。
「は、はい。大体は……」
「よし、それじゃあ次はお嬢さんの番だ」
と言った同時、黒い直方体のボックステーブルの卓上が起動し、立体ホログラムではなく、テーブル面に二次元の画面が表示される。カーボスはそれを慣れた手つきで操作し、履歴書のような画像を表示させる。
「お、これか。悪いけどかなえちゃんの情報はあらかじめ全部調べさせてもらったから、この履歴書に載っていること以外で何か話してくれるかな?」
*
「にしても鳴園奏宴って、変わった名前だな。なかなか見ないぜこういうの」
私の自己紹介とここまでに至った経歴を話した。
カーボスはテーブル画面に表示されている私の情報を改めて見、珍しがっていた。
「それに所属高校が遊美大附属高校って……めっちゃ頭いいとこじゃなかったっけ? 遊美大学も最難関大のひとつで有名だし」とエイミー。
「インコードから聞いた話だが、その高校でも学校トップに留まらず、全国模試でも全科目別と総合で一位を獲得していたそうじゃないか。大したもんだ」
「マジか! かなえちゃんってすっげー天才じゃん!」
いや、二十歳前後で博士号取って准教授やってた奴に言われたくはない。
「"読み解く"能力故の天才っすか……そのようなタイプってウチにはあんましいないっすからね、インコード先輩がアプローチするのも頷けるっすね」
ラディは納得の表情。インコードも言っていたが、彼らの口にする"カルマ"とは能力と等号を示していいのだろうか。本来は"業"と同義で意味もそれなりに違ってくるけど。
「てことはさ、心も読み取れるってことか!」
「え、まぁ……一応は」
カーボスは興味津々だった。どうせ「今考えていること当ててみて」と言うのだろう。もう解ってるけど「どうやって肉眼で素粒子を見ることができるでしょうか」という問題を浮かべているのは別の意味で意外性を感じた。もっとチャラチャラしたことを考えているかと思っていた。
同時に下心がさらっと見えていたのはなかったことにしたい。かなりのやり手だこいつ。
「じゃあさ、俺が今考えていること解いてみて」
予想的中。しかし、ボードネイズは「カーボス」と一声かける。
「はいはい、子供じみてますかすいませんね」とため息を吐く。
ちょっと答えてみるか、と私は少しだけ自己アピールを試みた。自分の才能を純粋に見てくれるのはこの人たちだけだと勝手に信じている私がいた。
「まず度数二〇〇プルーフのエタノールが過飽和蒸気の層を作っている状態で、それが密閉された霧箱を用意します。それをドライアイスの上に乗せ、上は常温、下は低温にしておいて、光源を使えば、アルファ粒子やガンマ線が刺激を与えて、結果として微小な撹乱が肉眼で容易に見える軌跡へと増幅されます。動きを活発に見せたいなら、Thを入れるのが適しているかと」
その場で誰もが唖然とする。一人眠っている女性がいるが、彼女の寝息が聞こえる程静かになった。
解答には自信があったが、ちょっと調子に乗ってしまった自分に時間差で湧き出てくる恥ずかしさを覚えていた。
「す、すいません……出過ぎたこと言っちゃいました……」
今思えば少し余計な一文を付け足したことにも後悔する。
ちょっと委縮したが、エイミーはにやにやとした笑顔でカーボスに訊いた。
「で、実際なに考えてたの?」
少しびっくりしていたカーボスは「ああ」と返事し、
「ちょっとプライベートなことにしようか悩んだけど、"どうやって肉眼で素粒子を見ることができるか"って問題も考えてたんだよな。それを読み取ってから答えてもらおうとしたんだよ。そうすれば読み取れることと頭いいことのダブル判定できるからな……実際に正解されるとすげぇな正直」
すると、エイミーはぱぁっと明るい顔になっては私を見る。
「カナちゃんすごーい!」
「すごいっすね先輩!」
ラディからも賞賛を称えられる。ボードネイズも顎鬚をさすっては「ほう」と感心している様子だった。
褒められたことはいつ以来か。久し振りの感情にもどかしさを感じ、素直に喜ぶことができなかった。
しかし、それを外部からの一言で打ち砕かれる。
「でも、人を刺し殺した犯罪者だ」
声は左側から聞こえた。
運転席側の扉が開いており、何の表情も示さなかったインコードが出てきていた。それに少し驚いたが、そういえば都市機能とリンクした高性能AIによる自動化が進んでいるこの時代、大抵のことはAIに音声で指示するだけで片付くことを思い出した。
同時に胸の痛み。自覚はしているが、人から言われるとその数倍は傷つく。
「お、もうすぐか」
ボードネイズはインコードの方を見る。
「まぁな」
「……」
私は何も言わなかった。ただ、眉を寄せるだけ。それにインコードは気づいたのか否か、私に触れることなく、全員に話しかける。
「そんじゃ、全員スタンバイ。スティラスも起きろ。出動だ」
普通に声をかけただけだったが、スティラスはぱちりと目を覚ます。目を擦ることも欠伸をすることもなく、こくりと頷いた。寝起きの細い瞳が妖艶だと思えた私は決してそっち路線ではない。
「今回は特策課第三隊全員、そしてID未登録の鳴園奏宴の先陣同行を条件に、今から悪戯を引き起こしている患者をぶっ叩きに行く。尚、鳴園奏宴は統括の命によってまだ"適合試験"を行っていない。だから気を抜くなよ」
「了解。かなえちゃんは俺が全力で守るぜぃ」
座ったまま敬礼ポーズを取り、ニッと笑うカーボス。黙っていればまだ受け入れられるんだけどな。
「あ、隊長、コードサインなくても、今ネーム考えちゃおうよ。任務中で本名で呼ばれるのもこの会社じゃアレなんだし。ね、カナちゃん」
私は相槌を打った。それしか反応できなかった。
この会社のコードネームか。どのような名前になるのだろうか。変わった名前でないことを祈る。
エイミーは「にひひ」と笑い、
「てことで! "カナ"って名前で決定! いいよね隊長」
そのまんまじゃねーか。
思わずエイミーを見てしまった。
「おう、いいぞ。呼びやすいしな」
しかもあっさり採用。
何? こうやって決められるものなの? 軽すぎない?
周りを見るが、全員は何かの準備をしながら、「俺もいいと思うぞ」と異論の色が見えない。別になんでもいいのか。
「やった! じゃ、改めてよろしくね、カナちゃん!」
「よ、よろしくおねがいします……」
まぁ、この人は気に入っているようだし、別にいいか。
そのとき、振動が静止し、車が止まる。到着したようだ。
後部の分厚いドアがカバの口のように開く。内部よりも眩しい光が射しこんでくる。日光ではない。都市の明かりだった。
「それじゃあ、行こうか」
全員が立ち上がり、それぞれのペースで外へと出ていく。統率感が見られないのが不安でしょうがなかった。
肩にやさしく手が乗る。振り向くとインコードと目が合った。
「俺たちは全力でサポートするし、わからないことがあったら構わず訊け。カナのやるべきことは、一度自分を殺してくる。それだけだ」
それがどういう意味で言ってくれたのかは、私には理解できた。
唐突の初陣。ここで私は生まれ変わるのか。あの夜灯りが導きとなるのか。
「わかった」
私は頷き、その足を前へ踏み出した。