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Paradigm-Records_Pro.【打切】  作者: エージ/多部 栄次
Disc1 Close Encounters of the Inexplicable.
6/35

File5 治安維持部門特殊対策課第三隊 Seltsam Jaeger

 アンダーライン第五層のEブロック通路は今まで歩いてきたような広い通路ではなく、人三人分の幅しかない無機質な廊下だった。天井はパイプと電線で覆われ、それ以外は白鉄の一色。

 ホテルの通路のように等間隔で何かしらの部屋に繋がる扉があるが、どれも近づくと赤字の立体ホログラムで『LOCK』と表示される。

「ああ畜生! 等軸晶系ダイヤモンド統括め、勝手に任務めんどうごと押し付けんなってーの」

 理不尽の結晶体だ、とインコードは早歩きでぶつぶつと文句を言っている。私はそれに小走りでついていく。

 あのフィニジャンクという人は確か入室の際治安維持部門の統括だと――取締にして責任者というわけか。思考を読み取りたかったけど怖くてそれどころじゃなかった。どちらにしろあの社長と同じように訓練されて読み取ることはできなかっただろう。

「ね、ねぇ、任務って……」

「出勤ってことさ。ホントは今日は当直じゃないんだけどなぁ」

 インコードは肩を落とす。オフの日を楽しみにしていたのだろう。

 だが、すぐに真剣な顔に戻り、エレベーターに乗ってる最中に説明を始めた。

「フィニジャンク統括から請け負った任務はM-三六-九……ここから二十六km先の深見区足利市の複合施設『イオンアークヒルズ』内部で"シフト"係数の規定値超過を計測したそうだ。高繰り返し高強度の理にかなってない時空歪ズレとかヒッグス場の消滅・形成が数日間そこで何度も発生してんだとよ」

「それってつまり……不可解現象イルトリックが発生してるってこと?」

「正解。それも、今回は行為的なものだ。アンタが体験した現象そのものとは少しばかりタイプが違う」

 つまり犯人を捕まえるということか。国家公安委員会の刑事と変わりないと思ったが、今日の昼に体感したイルトリックを思い出せば、刑事じゃ敵わないなと考えを改めた。それに公安は普通の犯罪捜査で忙しいし、なんでも最近は人手不足だと言う。

 エレベーターの扉が開く。短い通路の先にガラス張りの自動ドア。

「アンダーラインの区域移動用の駐車場だ。ここから現場へと向かう」

「でもそれが起きてる場所ってここから遠いんじゃ……?」

「まぁ行ってみりゃわかるさ」

 ガラス張りの自動ドアに電子表示されたフレームにインコードは手を当てると、「LOADING」の緑色の電子文字が表示され、青字で「OPEN」と切り替わると同時に自動ドアが開く。普通の地下駐車場と然程変わらない無機質な構造だったが、どこか清潔感があった。ただ、一台一台には専用のスペースがあり、収容所のように壁で隔たれていた。入っているほとんどが装甲車。壁やスペースの端には何かの資材や道具が整頓されている。

「あそこの車だ」

 インコードが指差した先には黒い装甲バンが駐車されていた。番号無しのナンバープレートに目が行く。

 すると、車のスライドドアが開き、中から人が出てくる。

「お、丁度出てきた」

 車から出てきたのは、HMDヘッドマウンドディスプレイ、というよりは遠視や電磁波を視覚化する役割を持ってるであろう軍用ゴーグルに近いものを額につけた、茶と赤が混ざったような赤毛の髪をアッシュ系ミディアムパーマにした青年だった。インコードよりは背が高い上に若く見える。すらりとした手足に少し憧れた。皮肉を込めてスレンダーな手足と称しておこう。

 作業着に見えたが、よく見るとおしゃれらしく、軽そうなブルーグレーの半袖ツナギは少し大きめで、ダブルジップやスナップボタンなど、ディティールが細部までこだわっている。私の"目"で見る限りポリエステル五割コットン二割の素材でできているが、残り二割は信じがたいことに金属繊維らしき何かだった。ツナギの下は藍色の長袖アンダーシャツが袖口と胸元から確認できた。耳には小さ目のフープ型ステンレスピアスがつけてある。

 右手首には腕輪型の情報端末機が付けられており、そこから投影されている光が手の甲に時刻として映っていた。緑の光で『17:38』。左手は機械化されており、かなり印象的だった。

 服装から、とてもこれから任務遂行するようには見えなかった。刑事や大体の企業はスーツ一色、防衛は武装で統一されているように、大抵の組織は共通した姿をするのだが。

「あ、こんちわっす!」

 軽々しく、しかし爽やかに挨拶をした姿を見て、私は運動部の熱心な後輩を連想した。放課後のグラウンドや体育館から聞こえる暑苦しい掛け声が脳内の隅っこから蘇る。

「よっ、準備は整ったか?」

「今終わったとこっす」

「よし、他の奴らはまだ来てねぇか」

「そうっすね。でもそろそろ来るんじゃないっすか?」

 すると、今気づいたのか、その青年はインコードの後にいた私を見た。丁度目が合い、青年は一瞬身体が固まったように見える。

「……インコード先輩、その女性は誰っすか?」

 言葉通り、釘付けになったまま青年は訊いた。

「こいつは今日から俺たちのメンバーに加入した鳴園奏宴だ。お前にとっちゃ後輩になるが、一応年上だから」

「一応って……」

 インコードを見、少し呆れた途端、手を突然強く握られる。「ひゃっ」と変な声を上げてしまい、びっくりして前を見ると、目の前に目を輝かせた青年が立っていた。

「俺、ラディっていうっす! 機械開発、電気電子操作を務めるアシスト役っすけど、精一杯メイエンさんの役に立つように頑張りますのでよろしくお願いしゃっす!」

「えっ? あっ、よ、よろしくおねがいします」

 少し困惑している私に対し、ラディは両手を握ったままぶんぶんと腕と首を振り、

「いやいや敬語を使わなくていいっすよ。メイエンさんは俺の先輩っすから。姐御っすから!」

「え、う、うんわかった」

 姐御って……と思いながらも微笑んで(正確には苦笑して)対応した。

「結構面白い奴だろ?」インコードはニッと笑う。

「ま、まぁそうだけど……」

 ラディは手を離し、集団行動の「休め」の姿勢になってはハキハキと話した。

「コードサインは『RD29392』、年齢は十八、本名はレジナルド・ドーキンスって言うっすね。マイロビア生まれっす」

 マイロビア……そこは確か、世界都市のひとつだけど、治安が悪い上に貧困の差が激しいなどで問題になっているセリア共和国の首都だ。

 にしてもこの男はべらべらと個人情報パーソナルデータを喋る。大丈夫なのだろうか。

「ラディ、おしゃべりはいいけど、過ぎたことは言わねぇようにな」

「あ、はい、すいません」

 素直に謝るラディ。私より身長高いのにその素直さは子供のように可愛らしいところがあった。

「にしてもおまえって年上の人だったら地位とか関係なく先輩扱いするよな」

 呆れたように言ったインコードだが、褒め言葉と勘違いしたのか、ラディはふふんと笑い、

「インコード先輩、年上は人生の先輩なんすよ。『先』に『生』きていく先導者っす。まさに先生ってとこっすね」

 中学校の頃の担任教師が言っていたなそんなこと、と思い出しているところだった。

「おいインコード! オフの日に仕事入れるんだから、ちゃんとそれなりの給料は貰えるんだろうな!」

 少し距離のあるところから荒っぽい、若い男の声が聞こえる。

「やっと来たか。あいつらが特策課第三隊……俺が受け持つ隊員だ」

 インコードは彼らを見ながら、私に声をかけた。

 こちらに億劫そうに歩いてきた男女三名。男性二人、女性一人。一様に緊張感がなく、横柄なほどにマイペースな足取りで、インコードのもとに集まってくる。

 インコードやラディも含め、見た目も、年齢も、服装もバラバラだった。

 まず、私と同年に近いであろう二十歳前後の若さの男性が一人。インコードと見比べると、こちらの男の方が少し年が上にも見えるが、皮膚年齢よりこちらの方が若干若いと断定。ツーブロックにショートパーマ、コントラスト系の黒に近い茶髪の、どこかのサッカー選手にいそうなスポーティワイルドな男。少し厳つく見え、背もインコードと同じ一七五あたり。

 斜めのジップラインとワイヤー入りのレッドのボリュームネックフード付きアシメジップパーカーを着ており、ブラウンのチノパンを履いている。そのショートヘアに赤はどうかと思った私だが、なぜか似合っているように見える。靴はブラックに近い紺だったが、どこか機械的にも見える。

 もうひとりは初老という感じの中年男性。枯草カーキ色の古臭いロングコートの下にはダークブラウンのスーツにも似た服装で、靴は明るめのブランだった。かなり大柄で、一九三とこの中で最も大きい。ラウンド鬚とオールバックの黒い長髪、鼻は高く、ダンディな雰囲気を感じさせ、見た目の筋肉質な肉体に対し知的な印象をもたらせる。しかし顔には斬られたかのようないくつもの古傷が残っており、中には首元にまで火傷の痕が続いている。顔の骨格、瞳の色からこの国の人ではないことは分かった。

 そして唯一の女性は、整形している女性よりも自然でありつつ、綺麗な顔立ちをしている。しかし、その関心の無さそうで、警戒心のある強く、しかし気怠そうな矛盾だらけの物静かな目は、どこかモデルのようで、しかし不良のようでもあった。長い金髪の彼女は身長一六八はある。

 ひらひらとしたライトベージュのニットトッパーカーディガンの下には身体にフィットしたグレーのVネックフレアワンピースを着ており、シャドーストッキングが脚をより細く、形良く魅せている。胸は豊満といえるほど大きく、腰はくびれていて、服の上からでもヒップが引き締まっているのがわかる。思わず二度見してしまったバストサイズとヒップサイズは……嫉妬するから計測しないでおこうと思うぐらい大きく、形が良い。とにかく、引き締まった体はかっこよく、美しく、そして艶めかしかった。美容手術(人工)で行われていない、造り物でない美はやはり違う。思わず感嘆の溜息をつきそうになった。

「お、その娘がインコードの言っていた新人さんか。なかなかしっかりした顔つきをしている」

 初老の大柄な男性が渋みのある声で言う。

「それにめっちゃかわいいじゃん! 年いくつだっけ?」

 その若い男は見た目に反し、軽い口調で話しかけてきた。少しびっくりした私は見た目に騙されてはいけないと改めて学んだ。

「今年で二十歳だ」とインコード。

「うっは! マジか! 俺二十一だから一番気が合うかもね」

 二カッと笑窪を出して笑う若い男のギャップある表情とアプローチに私は戸惑うしかなかった。しかし私の中でイカつそうな印象から一気に剽軽な印象へと転換された。チャラ男(インコード)がまだまともに見えてくる。

「おい、今日から所属する仲間をナンパするなよ」

 インコードは呆れたように言う。

「いいじゃんか、女性との交流はこっから始まるんだよ。そしてふたりでゴートゥーベッドするのが俺の人生設計だ」

 これで理解した。この男とは生理的に駄目だ。それどころか生理的に危ない。

「カーボス、もう黙っとけ。顔が引きつっている」

 大柄の初老が戒めるようにじろりとカーボスという男を見た。

「はいはい」とカーボスは手をひらひらさせながら苦笑交じりに肩を落とした。

「失礼したね。ここで自己紹介したいところだが、生憎そこまで時間がない。移動のときに話そう」

 大柄な初老はやさしい口調で話した。面と向き合うと、一九〇の体格はもはや巨人にしか見えない。見上げないと顔が見えなかった。

「じゃ、詳しいことは後でね~」

 カーボスは私に笑顔で手を振りながら開いている装甲バンの分厚い後部ドアの中へ入っていった。紳士風に話してくれた大柄な初老も、冷徹な目を向けただけで一言も話してくれなかった金髪の美人も同様に乗っていった。

「インコード先輩、"運転"は俺がするっすか?」

「いや、俺がするよ。こいつとコミュニケーション取っておけ」

「了解っす!」

 ラディが笑顔で敬礼する。喜んでいる様が犬のようだった。ラディも装甲バンの中に入っていったが中からカチャカチャと金属音が聞こえる。やはり中で準備をしているのだろう。

「しっかし、あいつはまだか」

 インコードが時刻を見ながらそうつぶやいた。あとひとりいるのかと訊こうとしたときだった。

「ごっめーん! 遅れちゃった!」

 後ろから甲高い女子の声が聞こえてきた。振り向くと、白衣を着た藍色の髪にポニーテールの若い女性がコツコツと走ってきていた。金髪の女性より幼く背も一六一と低いが(それでも若干私の方が小さい)、かなり明るい性格の持ち主だとその一声でわかった。何よりこの女性も顔立ちが良く、かわいかった。

 白衣の下は青っぽいシャツに膝より短いスカートと、どこか高校の制服を連想させるが、白衣着るときは長ズボンじゃないと駄目だったような、いや、そんなことはどうでもいい。

「満面の笑顔で遅れてきてもな……どこにいたんだよ」

 インコードは訊く。

 その女性は急いできた割には息が上がっていなく、「へへへー」と笑いながら頭をかく。

「やだなぁ隊長、研究に決まっているじゃないですかー。『(セクター)1』の方が捗っちゃって興奮してたんですよ」

 研究、という言葉に少し反応する。親しかった理系の友人が有名大学のとある研究に関心を持っていたなという理由での思い出した反応だ。ちなみに私は文系だった。

 この会社って研究開発も取り組んでいたのか。どんなことをしているのか興味があった。

「C1の研究ってあれか、オートファジー誘導因子とAire改変遺伝子を利用したアンチエイジングオーガンの繁殖栽培の……」

 想像以上の高レベルだった。流石というかなんというか。いやどこまでぶっ飛んでいる。

「そうそう! 8-ニトロcGMPを最近生成した古細菌アーキアにですね……あれ、アレレレレ! 隊長、この人誰ですか? ……ッ、彼女ですかァ!」

「あーいや、彼女じゃねぇ……からテンション高く言った割にそのあと愕然と落ち込むあまりネタにしか見えない顔をするのはやめようか。こいつは鳴園奏宴。今日から俺たちと行動する新入りだ。お前にしたら嬉しいだろ、女性メンバーが増えたんだし」

 すると、その白衣の若い女性はラディと同じように目を輝かせ

「やったーっ! 新メンバーだ! 私はエイミー! よろしくね、カナちゃん!」

「あ、えと、よ、よろしくおねがいします」

 随分と明るい、というよりはテンションの高い子だなと私は半ば唖然とした。しかもまさかの年上だとこの"読み解く力"で判明。同年代かそれより年下に見えるのに、その顔で実年齢二十六歳かよ。かなりの童顔だ。

 力強く両手で握手されながらぶんぶんと振られる。輝いた笑顔が眩しい。先程の金髪の女性と真逆だ。

「んじゃ、早く乗れ。出発だ」

「はーい!」とエイミーはいい年して園児のように元気よく返事をする。「行こ、カナちゃん」と私の手を引っ張り、装甲バンの中に連れていかれる。

 これからとても、命を懸けた現場に向かうとは思えないほど、彼らは真剣味がなく、生き生きとしていた。


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