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Paradigm-Records_Pro.【打切】  作者: エージ/多部 栄次
Disc1 Close Encounters of the Inexplicable.
4/35

File3 期待の扉 Take A New Step.

「ひとつ訊きたいんだけど、なんであのとき私を撃ったの?」

 UNDER-LINE(アンダーライン)へ"直接"入るルートはひとつだけだという。

 位置は首都"LILE(ライル)"にある"Sky-LINE(スカイライン)"の真下――地下にある。アンダーラインの社員である、私とそこまで歳の差がないようにみえる青年――確かインコードという名前だったか――はそう言っていた。

 詳細はまだ教えてくれない。でも、あの"イルトリック"という不可思議現象を研究・解明し、それらが及ぼす影響から地球や人類を防衛する仕事だと理解した。

「イルトリックから抜け出すためだ」

 私は今、彼についていく形で同行している。その都市伝説染みた会社に向かうらしい。人通りの少ないルートを通っているが、相変わらず空は電子と鉄と有機無機高分子材料(ハイブリッドフィルム)でできた巨塔が密集している。

 通り過ぎる数台の電気自動車(EV)や電気ワゴン車。かつて炭素数四-一〇の炭化水素・密度七八三のガソリンが使用されていたという。今ではそのガソリンよりも無害で大量生産可能なバイオマテリアル(フィエステル)と水素燃料、つまりは電気で走るようになったため、あのエンジンの唸る音と揮発油臭さがほぼない。近年、ある新物質(シェールマテリア)が掘り上げられ、それを燃料に使うかどうかと議論が行われているが、どうせ現状維持だろう。

 夕日が出かかっていた鰯雲の空は灰一色に曇り、今にも雨が降り出しそうな雰囲気を地上にもたらしていた。時間帯はずれているが、やはり予報通りに降るのか。

「感覚として何かの浮遊感や嫌悪感みたいな違和感を味わったか?」

 突然そんなことを聞き出すインコード。私はその時のことを思い出し、正直に答える。

「まぁ、それで異常だって気づけたようなものだから……」

「そうか」すら答えず、彼は説明し始める。

「イルトリックには『源巣(オーヴァリー)』という群集巣窟(ネストフィールド)がある。さまざまな種類(カテゴリ)がいるイルトリックの中でも発生率は低いし、そこに入る条件もまだ解ってないけど、老若男女問わずその平衡隔離空間に迷い込むことがある」

「神隠しみたいな話ね」

「まさにそれだな。入ってしまったら、その餌を貪るために徹底的に精神を蝕みにくる。直接肉体を蝕むこともあるけど、大抵前者が多い。まったく景色が変わらないものとか異世界転移みたいに一変するものとかタイプは様々なんだけど、それほど件数は多くはない。その理由の一つとして、迷い込めばその迷い人の存在を世界から忘れ去られるからだ」

「存在が忘れ去られる……? その領域に干渉していない人にも影響するの?」

 タイムマシン論に少し似ている気もする。しかしその理論は凍結状態で未だに解決できていない。

 ちなみに研究段階で超小型のタイムマシンが作られているが、成功例は今のところ皆無である。リング状に配置・回転させた高出力レーザーによって弱い重力場を生成することで、疑似的なブラックホールの外周を形成させるという。それが素粒子の時間軸を平面化させると報告されている。


「こればっかりはどうなんだろうな。まだ研究中だけど、今こうしている間にもいつのまにか一人消えているかもな。俺たちの記憶を改竄して、なかったことにされて」

 ゾクっとする。私も下手したらその犠牲者になっていたということだ。いや、犠牲とすら扱われないまま消えるのだろう。

「ていうことは、私が迷い込んだのも、その領域っていう……」

「ま、そういうことだ。初体験でカテゴリε, それも源巣(オーヴァリー)に遭えるなんてかなりの強運だぜ? まぁ精神的に蝕まれなかっただけでもよかったよ。崩壊してしまえば覚醒率――生還率が大幅に減るからな」

 笑うこともなく、インコードは話した。吹いた秋風がより冷たく感じる。冬ももう少しで訪れるからだと、主観的な理由を付けた。

 俯き、平らな歩道を見つめる。

 何も答えないでいると、また話し出した。本当におしゃべりな男だ。


「アンタのその高スペックな演算能力とそれによる予知能力。それで完全にイルトリックに呑まれなかったのは大したもんだ。あのまま気づかず機械頼りにしていたら存在消されて都市伝説扱いにされるところだったぜ? 『成人したばかりのヘッドホンガールと出会うと、ろくでもない未来予知をされる』みたいな」

 そうふざけては大きく笑う。馬鹿にした笑いなのに爽やかに聞こえるだなんて、神様も理不尽だ。不満げな顔を浮かべたであろう私はぼそっと会話に応じる。

「……で、その領域から脱出するために、一回殺さなきゃいけないからってこと?」

 眉間に撃ち込まれたはずの銃弾。殺されたのに、皮肉なことに私は生還できたということになる。

 結論付けて私は聞いてみるが、「ん~」と曖昧な生返事をしただけで、

「あの領域(フィールド)から出る方法は様々だけど、一番手っ取り早い方法は中枢神経系、特に思考や感情を司る大脳を一瞬だけ停止させるようなショックを与えて、意識と肉体を一度離別することだ。殺すとはちょっと違う。仮死状態がベストだ」


 聞いていれば恐ろしいことを口にする。

 インコードは懐から私を撃つのに使用した9mm拳銃(P9)を取り出してはくるくると回す。映画でも何度か見かける、バレルを短時間で空気冷却するためのガンプレイ。何気に上手いのが腹立つが、プロだからできてもおかしくはないのか。

「この拳銃は特殊でな、鉛玉じゃなくて電磁波を撃つんだ。俺のはちょっと脅し用に軍用の拳銃(それ)に模してあるけど、実際撃たれた対象は数分の仮死状態の後、しばらく意識不明になる。イルトリックとのシンクロ率をゼロに近づけて、干渉を途絶えさせるための道具だ」

 カチャリ、と私の横腹に銃口が軽く当たり、

現実世界(リアル)で撃たれれば、きれいな身体のまま魂だけを持っていくことになるけどな」

「……」

 少しイラッときたので睨み返すと、インコードはニッと笑って、

「わりぃわりぃ、流石に調子こいた。一応威力は任意で変更できる。俺のは手動(マニュアル)だからちょっとめんどくさいけど」

 そう言いながら拳銃をしまう。その動作も無駄ひとつない綺麗なものだった。瞬き1つすれば瞬時に消えたように見えたことだろう。

 それにしても、その『オーヴァリー』というフィールドに迷い込んだ私を助けに来てくれたこの青年はどうやって侵入したのだろうか。入る方法は分かっていないと言っていたし、やはり偶然か。

 

「あと、もうひとつ訊いていい?」

「なんでしょう、お嬢さん」

 突然のわざとらしい丁寧口調に不快感を覚えつつあった。脳下垂体から副腎皮質刺激ホルモン(ATCH)が分泌されている。血圧・血糖の上昇は思考を低下させるし、早くメンタルセラピーを施したい気分だった。

 私は不服そうに自分より長身のインコードを見上げて、文句を言うように口を尖らせた。


「一回家に帰らせるって考えなかったの?」

 すると彼は考える仕草をし、数秒後、この曇り空を吹き飛ばすくらいの笑顔で答えた。

「大変申し訳ありませんお客様。せっかくご提案いただいた中で恐縮ではございますが、今回は見送らせていただきます。 大変、魅力的な内容ではありますが当社はマジで世間に知られちゃ困る職でありまして、さっさと入社して正職員にとっととなってほしいため、貴殿のご要望には応えかねます」

「断りのメールのテンプレで返すのやめてくれない? そもそも帰らせろって言ってんのこっちは」

「お客様、クレームは当受付では対応しておらず……」

「真面目に答えなさいよ!」

 思わず声を上げたが、こいつに真っ当に歯向かうだけ糠に釘のような気がしてきた。

「とにかく今は帰れないってことね」

「ようやく真面目にお聞きになられましたか」

「うっざ」と呟いたが、手のひらの上で転がされている気がしないでもない。一息つけて、気持ちを落ち着かせる。

「もうわかった。真面目に聞くから、その嫌味ったらしい敬語何とかなんないの?」

「つまり?」

「いや聞かないでよ! 普通に喋ってよってこと!」

「はいはい」

 全く困った人だとでも言いたそうな顔を浮かべやがって。ほんと腹立つこいつ。地獄に落ちないかな。

 強張った筋肉を緩めるため、何度目かわからないため息をつく。結局私の意見は通じず。これでは本当に拉致に近いぞ。


「少し思ったんだけど、どんだけ距離あんのよ」

 愚痴をこぼすかのように私は言った。

「どんだけって……知らんの?」

 意外そうな表情でインコードは返答した。

「そーいうことじゃなくて! なんで徒歩なのよ! あんたまさか首都から歩いてきたわけじゃないでしょうね」

「いやさすがにそれはねぇっぺ。常識考えるべさ」

 ああこいつうざい。滑らかすぎる亜寒帯地方辺りの方言も妙に腹立つ。

 長いこと歩いているので私は疲れ切っていた。疲労からの苛立ちが体表面から漂っている感じがする。

 もうすぐで二十歳を迎えようとする私の体力は十八歳児(当時測定時)の体力平均値より圧倒的に低い。故にこう何キロも歩き続けては脚がパンパンになるほど痛くなってしまう。

 それなのにもかかわらず、インコードは疲れ切った私の様子に気にも留めずに陽気に笑いながら話を続ける。


「さて、そんな疲れてそうなかなえさんに問題です。あそこの公園から出発して現在、どれだけ歩いたでしょうか?」

「約四二〇六メートル、ってあああもう! つい言ってしまうのがもう嫌!」

 勝手に答えて勝手に自己嫌悪する私の様子にインコードは「なははは」と笑う。

「さっすがかなえ先生。問われたらつい正確に答えてしまうのがその『力』の性なんだな。だがしかし! 正解はわかりません! 残念でした~」

 そのテンションの高さについていけない。私は深い溜息をつく。風がいつもより冷たい気がした。


「はぁ……にしても、今日は寒いわね。スウェットとかにすれば良かった」

「やっぱ引きニートなだけあって会話デッキのレパートリーもお察しでございますな」

 しみじみと地雷を踏み抜いたことを言われたが、その時一瞬だけこの男の考えていることが読めた。

「別に話題くらいなんでもいいでしょうが! しかもこっそり心の中でおばさん臭いって笑ったでしょ!」

「うわっ、心の中まで読めんのかよ! これじゃえっちなことも考えられねぇじゃん!」

「どういう心配してんのよ」

 被害妄想であることを願っていたが生憎、予測通り本当に考えていたとは。何とも言えないストレスを感じる。


「あったあった」

 インコードがそう言い、小走りで向かった先は、コンビニ――の裏口付近。一台の黒いバイクが停車されていた。

 グラファイトブラックのレーサレプリカ。確か結構高価で、スポーツタイプだったはず。手入れはされているようだが、よくみれば旧型だった。今の時代ではあまり流通していない、電力メインで走行しないエンジンを搭載している。

「ほら、被っとけ」

 投げ渡されたのはバイク用ヘルメット。これもグラファイトブラック一色だったが、リアビューモニター付きのタイプだった。スマートでシャープな形状をしている。

 インコードは同じタイプのヘルメットを装着し、エンジンを駆動させた。


「うっ、この臭いって……ガソリン?」

 もう廃れてしまった燃料のはず。そのマフラーから確かに排気ガスの臭いが噴出していた。

「残念ながらバイオガソリンだ。質はハイオクより低い」

「早く乗れ」と言われ、私が後ろに乗った瞬間、初速であるにもかかわらず、エンジン音を滾らせ、かなりのスピードで走り出した。思わずインコードの身体にしがみつくように密着してしまう。それでも引きはがされそうなスピードだった。

 絶対スピード違反だ。しかも一瞬信号無視したの見えたし、すり抜け走行も堂々と法的グレーゾーンのラインをぶっちぎっている。町中に配備されている監視カメラと道路に設置された測定センサーに絶対引っかかった。流石にこれは引っかかった。

 しがみつくことで精一杯だった私は再確認した。まだ見てないけどわかる。やっぱりこいつの組織ろくでもないとこだ。


「これ絶対速すぎるって! 違法だって!」

「バレなきゃ違法でも取り締まれることはないから安心しろよ」

 数ある言葉からいちばん最低な言い訳が出てきた。

「はぁ? 何言って――」

 しかし、そこで察してしまった。

 密着していてわかる、彼から感じる、電気信号とは違った電流の動き。間接的に彼に伝わった電気信号は振動するように私にも伝わる。

 その信号の形は、

「電波妨害……」

「そーいうこと! 流石だな、もう気づくなんて、やっぱ頭の出来が違う」

 電波ジャックしてカメラやセンサーを反応させないようにしているのか。それか連絡できないようにしているか。

 いずれにしても、犯罪だ。

 自分の人生はやはり悪に染まっていくのかと、元犯罪者(わたし)は悔いたところで、「あと60分かかるかな」と知りたくもない拷問に等しい一声がかかった。

 

 着いた先、目の前にあったのはまるで廃墟となったような工場だった。ビル群から少し離れた港近くにもかかわらず、どこかの古いセメント工場かと思わせる。そこは何かの鉄鋼業を運営する工場なのだろう。だが、その建造物は錆びれており、人の気配すらしない。しかし工場自体は活動しているようだ。

 インコードは何の迷いもなく勝手にその工場の入り口であろう鉄格子の門をギギギ、と開けた。錆びた金属を見たのはいつ以来だろう。

「ね、ねぇ、勝手に入っていいの?」

「なーに言ってんだよ。この工場、実はアンダーラインで造られた自動式工場(オートファクトリー)なんだぜ。ホログラムで敢えて寂れた雰囲気を醸し出しているだけだ」

 ホログラムでコーティングされているって、首都(LILE)じゃあるまいし。いやでも、本拠地は首都にあるのか。


「勝手に何か作ってる工場ってこと?」

「そう。でも何をつくってるかは対外秘だし、世間には元セメント工場として知られてる。って言っても、錆びれて寂れた廃工場としか思われてないけどな」

 なにかうまいこと言っていた気がしたが、それについては言及しない。

「ふーん。で、この工場のどこかに公団の入り口があるってわけ」

「そういうことだ」

 工場の領域は結構広く、一度入れば迷子になってしまうような、都内の街並みだと思わせる程だった。

 ホラー映画にあるような、廃墟ならではの薄暗さがもたらす不気味さが蔓延する中、いろいろなところを曲がり、奥へ進んでいき、無機質な建物の中に入る。そこから長いこと廊下を進んでいき、下へ下へとおりる。誰一人見かけることもなかった。

 そして、地下へ入ること数分。ある一室に入る。資材置き場だったが、何かの違和感がある。

 資材置き場にしては部屋が少し狭い。資材の数が少ない。なにより、入って左手にあるシミのついた壁。そこにだけ資材箱が置かれていない。

「アンタなら既に気づいているだろ」

 インコードはそう言いながら情報端末(アイヴィー)をその壁の前にかざす。すると、電子音がした後、四×四マスの立体投影パネルが表示された。それを滑らかな指の動作で入力すると、古い白い壁が一気に塗り替えるように鋼鉄製の頑丈そうな扉へと変わった。

「……」

「アンタの目から見れば、何もかもハリボテに見えるんだろうな」

 そう笑いながら鉄扉を押し開ける。

 その先は何もない立方体の白い空間。目の前には今まで見てきた錆びれた扉とは大きく異なり、頑丈そうな銀色の扉が立ち塞がっていた。まるで、ここから先は決して立ち入ってはならない、禁断の危険区域を指すかのように。

「ここが、第三のゲートだ」

 地下五階。そんな深い階にある異様な雰囲気を放った鋼鉄の扉。勿論、傍にはセキュリテイシステムが設置されてある。天井には半球型の監視カメラが私たちを見つめている。

 インコードは壁に設置されてある操作端末で指紋や瞳孔、声紋、パスワードを入力したとき、動きそうにもない壁のような扉が自動ドアのように滑らかに開く。

「さて、行くとするかね新人さん」

 新人どころか採用すらされていないが、その小馬鹿にしたようなからかいにムッとする。そんなことよりも、この先に何が待ってるかという不安でいっぱいだった。ただ、その中に、僅かだが希望や期待がふつと湧く。

 扉の向こうには何があるのか。私はその身と心を構えた。


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