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Paradigm-Records_Pro.【打切】  作者: エージ/多部 栄次
Disc2 STREET MONSTERS
33/35

File11.私たちは夜を迎えない The world's abyss is made of victim of an unknown hero.

 このご時世、働き方(ワークスタイル)についてうんざりするほど議論が交わさ(ディスら)れている。この国から戦争がなくなった時代を迎え、兵士から労働者という役職に人民が生物的退化(ジョブチェンジ)してから、ずっとだ。

 どこが社畜(ブラック)だとか人間的(ホワイト)だとか、非雇用(ニート)の私には至極どうでもいい話だったが。

 少なくとも、UNDERLINE(ここ)深淵(ブラック)だ。まぁ、いろんな意味で黒だが。


「どうだった?」

 端末(アイヴィー)確認()ずとも今ちょうど次の日付に変わったことを把握した私は、あえてあくびをひとつ。第三隊の共有居室(シェアルーム)にて全員が集い、一人の研究員(エイミー)の発言を待っている。

 遠隔義体(ロボット)を通じて隔離共同解析室(アナリシスルーム)にて行われた確保試料ヴァイロセルの分析・解析が終わったようだ。そのデータを立体投影(ホログラム)でさっと見ていたエイミーさんの表情は明るかった(元から明るいが)。


「うん、いい出来! 四回目の解析で結果が出たのはいいサンプル持ってきてくれたおかげだね」

 着る必要もない白衣を羽織ったブレザー姿のエイミーは藍のポニーテールをくるっと舞わせ、ありがとっ、と満面の笑みを向けた。こんな若くてかわいらしい少女ともいえる人が、表の世界にいる研究者と同等かそれ以上の知能を有していることに、未だ人間的思考として驚きを隠せないという表現を使う。


「俺らいい仕事したからな、トーゼンだろーよ」と得意げなカーボス。

「そっすね! カーボス先輩がカナ先輩の弾丸に当たったおかげでトドメに導けたっすから」

「ラディくぅん? ここでいうことじゃねぇよな?」

「……へぇ」

スティラス(お嬢)、なんで今この瞬間だけ反応を示そうとしたの?」

「まぁ、確保はネイズのおかげだろ」とインコード。「スティラスとカナの協力があってこそだ」と初老にしては巨体にして鋼の肉体を有するボードネイズさんがそう返答しては私の方へと笑みを向けた。

「え、いや全然そんなことは……えっと」

「カナ、そこはインコード先生や皆さんのおかげですって言うとこだぞ」

「たまにまともなこと言うのやめてください先生(仮)(カッコかり)」とだけ返す。

「これは第五研究室(リサーチャー)の人たちの協力あってのデータだから、ちゃんと感謝しといてね」

 そう研究者(エイミーさん)の一言で「あざーっす」と収集がついたところで、こほん、とわざとらしく咳払いをする。


「はいじゃあ、解析結果がこちらでーす。じゃじゃじゃん!」

 スワイプして、部屋全体に広がった情報の数々。せめてソフトで簡単にまとめて。生のデータを3Dで見せられても素人にはさっぱりだよ。


 カテゴリ個体(インディビジュアル)によるが本来、不可怪現象(イルトリック)現実(こちら)の世界で測定することは至難の業だったという。基本粒子(SMEP)はじめ電子波動関数(オービタル)が異なる属が多いことに起因するのだが、(対象によって種類は異なるが)光子を極力排除し、ニュートリノを充填させた空間に曝露させることで虚構(イルトリック)を現実へとシフトできるらしい。


 現在は原理もやり方も変わり、イルトリックをある程度利用できる術を身につけたおかげで一般的な測定機器でも観測や解析が可能になった。

 エイミーさんの指し示す先はその技術を付与したX線結晶構造解析(XRD)はじめ、周波数変調(FM)原子間力顕微鏡(AFM)を原理とした装置から検出された複数種の映像図(イメージ)


「この(フィギュア)検出値(ここのピーク)見てほしいんだけど、あ、F変してなかった。ちょっと待ってねー……っと、そうそうこれ。これね、カテゴリβならではのDNAなんだよ。ほら、ここ、標準試料リファレンスと比べてみると明確に出てきてるでしょ」

 そう私の中で意訳し、彼女のマシンガントークは留まるところを知らず、説明しながら機械の想像(データ)人間の思想(フィギュア)へと素早く処理・整理していく。社内のプレゼンでよく見るグラフが多くなってきた。


「注目してほしいのは、時間に沿ってこのグラフが変動しているところ。何かというと、六種類ある代替塩基配列から馴染み深い四種の塩基配列シークエンスになってるんだけどね」

「ヒトの遺伝子になりつつあるってことか」


「さっすが隊長」と指パッチンしてウインク。「簡単に言いまするとね、人体設計図(ヒトゲノム)が形成されつつあるの。人が侵食されてイルトリックになるカテゴリαとは逆に、イルトリックから人間になっていく過程が見て取れるかなー」

「え、つまり何? イルトリックを量産する工場が人間になろうとしているっつーこと?」

「もうわかんないっすねこれ」

 カーボスとラディの言う通りだと思う。これが何を意味するのか。人間の真似をした方が彼らにとってメリットがあるのか。それとも気まぐれか。

 何考えているかわからないのは重々承知だが、カテゴリψに至っては人間味も交じっているのでさらに困惑させられる。


「以前からこの世界の何かを模倣して存在しようとしているから、意図的な(インテンショナル)自己組織化(オーガニズム)の先が私たち人間というのもひとつの考えには至りそうだねっ」

学術的(アカデミック)としては十分価値があるが、他に情報はあるか?」

 ボードネイズさんの言う通り、こちらは奴の頭からイルトリックの動きを知りたいのだ。落書き(グラフィティ)からなにかヒントを得られるかもしれない。そのヒントは前兆――唐突なイルトリック発生の予防線を張ることも、どこにいるのかも探り出せるかもしれないのだ。


「ネイズ副隊長(ふくたいちょー)の言う通り、面白いのはこれだけじゃなくてね」

 そう期待させる一文。しかしそれは落差として叩き落してくる。

「これ"自切部ダミー"だね。目標の完全確保はできてなかったみたい」


 指し示す位相。わかりたくもないが、まぁ本来示すはずの波長が異様に低いということから、回収物からシフト係数をほぼ検知できなかったということだろう。

「本体には逃げられたってことか」

「逃がしたなら、また探すまでっしょ」

 その必要はないんだけどとボードネイズさんとカーボスのコメントに対し思ったところで、

「カナ、このこと知ってただろ」

 この野郎、余計な一言を。全員がこちらを見たじゃないか。

 しかし上司(インコード)質問(いうこと)を無視するわけにもいかない。


「逃げた方を無理に追うだけ、デメリットが多かった。そう判断しただけよ」

「どういうことだ」とボードネイズさんの問いには少々ばかり圧を感じた。

「分離したばかりの本体には強いシフト係数を感知したから、相当の時空のブレが激しかったことになるんだけど、そんな爆弾に不用意にちょっかいかけたらどうなるか」

「イルトリック発生させるタイプも手伝って、かなりまずいことになるっすね」

「そう。今の成果どころか、時空軸がさらに歪んで連鎖的に現象型(カテゴリδ)が発生するってわけ。今回は数えられる程度で済んだけど、秒単位で起きたらさすがの第三隊(わたしたち)でも対処しきれないでしょ」


「その点」と反論(ストレス)を割り込ませないように続ける。

「分離した残骸にはこれまでの残留したデータや駆動機能(つかえるサンプル)が含まれているはず。それを解析した方が収穫は大きいわよね。本体こそが記憶媒体を持っているだなんて、それはこの世界での場合。相手は地球人や宇宙人でもないんだから、私たちと同じ基準にするのも身勝手なことだと思わない?」


 ちょっと挑発的になってしまったが、感情論を切り捨てて要点だけを読み取る――高等知能を兼ね備える――皆様にとっては気にしない範囲だったようで、少し安心した。

「まぁ情報の確保という意味では、今回の任務は成功だったってわけだ。ちょっとはらしくなってきたじゃねぇか」とインコードは笑う。

「本体がまた余計なことをしないという保証にはつながらないがな」と副隊長の辛口。豆腐メンタルには堪える。


「やるなら徹底的に。……次からはちゃんと、そのことも私たちに言って」

 少し不機嫌そうなスティラスさんの小言を耳にし、少し刺さる。合理的かと思ったが、自分がミスをしたことに罪悪感を抱いた。

「スティラス嬢は二度手間で行動したくないだけだろ。まぁ俺もそうなんだけど、ま、気にすんなってことよカナちゃん、泣かないで」

「いや別に泣いてないですけど」とカーボスのフォローを流す。こういうときに素直になれないのが自分の嫌なとこだと思いつつ、気にしていない素振りを貫いた。


「でねでね、あとはね、これの解析」

 ほら見て見て、とこの空気を読んでいないだろといわんばかりにエイミーが図を全員の前にホログラムとして割り込ませてきた。

「ヴァイロセルの頭部の破片を観察()てみたらコンピュータ特有の配向性があったんだー。これ解析かけといたんだよね」

 立体ホログラムで表示されたデータを巧みな操作でいろいろなソフトにぶっこんでは、処理されたそれらを組み合わせていく。私の頭の中もなかなかに狂ってはいるが、ここの研究員の頭も相当にどうかしていると思えるほど人間離れしている。

 解析の結果、それは"立体プログラミング"の黒い空間画面の一番下に示された。


「これはー……英文、か?」

 それは英語にしてはヘタクソだった。生徒が覚えたての文法に覚えたての意味すらあまりわかっていない単語を並べたような、しかし意訳次第では理解できないこともない文があぶり出された。


「"仮面の(MASK's)一言(code)(makes_US)盛り上げてくれる(EXCITE)"……は?」

「他にもね……」とエイミーは続ける。「『"指数150"と"密度2.3"、"総数値100"以上の該当者の"探知"・"採取"の"実行(エンター)"……なにかの指示みたいなものなのかな? これもイルトリックの真似事(ミラーリング)なら大したものだけど」

「……未知の存在(イルトリック)言語入力(プログラミング)されていたってこと?」

 私の咄嗟の解読(ひとこと)に、インコードが口を開いたのをはじめ、何人かが察したようだ。


「つまりこいつは、仮面の男ではなく、そいつによって動かされていた探査機(ドローン)ってわけか」

「そのうえ、人間になろうとしているわけじゃねぇ。人間の都合にあった形にさせられていると俺は観たぜ」とカーボスは自慢げに顎をさする。

「UNDERLINEがやっている"技術化(テクノライズ)"とはまた違う方法だと思う。けどそんなことができるのって……」

神様の玩具箱(イドラ・リヴェール)ぐらいだろう。そういうことをやってるという情報はないのか?」

「いや、第二隊を通じた社団とクオリアファミリー(例の契約先)との交渉について、短信(インフォ)をさくっと盗み見した(いただいた)んすけど、そんな悪趣味なことはしてないみたいっすね」と漁った(ハックした)電子書類を開示したラディはボードネイズさんに言う。

「"(The)(Third)勢力(X)"の仕業だとしたら、ちょい厄介だな」とインコード。「天秤に3つ目はいらないんだよなっつって」

「あ、たいちょー、その言い回しかっこいいですね」と余計な意見も交じったところで、私からも情報を開示する。 


「そういえば、ヴァイロセルとの戦闘時にちょっとした鳴き声(ノイズ)を読み取れたんだけど」

 そのときの、それこそ雑音(ゴミ)だと思っていた振動(メッセージ)を伝える。途端、この部屋の空気が凍り付いたような気がした。

「それは本当か?」とボードネイズさんが真剣にこちらを見る。

「え、は、はい、確かに……そう解読できましたし、なにか発信される位相も見えましたので……」

「"このゆびとまれ"って、それ集合の合図(サイン)じゃ……?」

「集まるっていいましても――」

 どこに? それはすぐに出てくる。ホログラム映像越しの試験片サンプルに目をやった。


UNDERLINE(此処)?」

 しん、と静寂を迎える。仮にヴァイロセル(あれ)が発信機等の役割を担っていたとしたら。

「……今、最悪の想定を考えてしまったんだが」

「ボードネイズもか。実は俺も」

「……就寝(じかん)はなさそうね」

「え、これ始末書ものっすか?」

「だけで済めばいいがな。最悪(ヘタすれば)組織の根っこからひっくり返すほどの大災害が起きかねない」

「うっひゃー、今度もスケールが大きいね。おつかれさまでーす」

「ちょうどいいじゃん。探す手間が省けるし、情報(データ)もじゃんじゃんくるってことだろ」

 そうカーボスが調子に乗ったことを、ボードネイズが呆れて返す。

「規模も何もわからん状態だ。成果(エビデンス)も不十分である以上、他の部門からも大した協力は得られないだろう」

「いやいや憶測でもバカ真面目に信じるのも俺らの仕事じゃん。とりま特別支援開発部門員ナティアちゃんとかそのあたりに知らせとけばいいんじゃね? 他の特策課の奴らにもいい感じに言ってさ」

 初老(ボードネイズ)のため息が聞こえたところで、インコードが白い席から腰を上げる。


「あれ、隊長(たいちょー)? まだ報告終わってないよー」

「インコード、どこに行く気?」とスティラス。

「ちょいとな」

 こんなときにこいつは。


「ネイズの言う通り、まだ確定には至っていない。けど情報処理技術部門(IPTO)と・防安課(セキュリティ)地域調査課(フィールドエージェント)には知らせた方がいいかもな。ラディ、管轄課(リマスター)を通じて連絡してくれ」

「了解っす」と元気のいいあいさつ。さりげなく面倒な仕事を与えられたと思ったのは私だけだろうか。そのまま立ち去るインコードの後を追う。


 廊下で二人きりになったところで、私は知っていてなお噤んでいたことを話した。

「誰かさんから連絡が着たみたいね」

「まぁな。リッジウェイと会う約束してんだ」

 端末(アイヴィー)を開き、メールを確認するそぶりを見せる。

「あんたの思考なかみは読めないけど、言ってることが嘘かどうかってことぐらいはわかる」

「ホントのことなんだけどなー」と口を尖らす。

「お得意のはぐらかしも、私には通用しないわ。あの残骸にあんたを惹きつけるラブレターでもあったのかしら」

「そういう話し方が流行ってんのか? だったらやめとけよ。流行んねぇぞ」

「う、うっさい。ていうかそれどころじゃ」

「けど――ピンポーン。察しの通り、ヴァイロセルの残骸からだにヴァンダ・ドランクと同じ"シンボル"が刻まれてあった。どういうことかをちょっと聞いてくる」

 あの走査型電子顕微鏡(SEM)画像(フィグ)か。よく見ているというか、あの配位子(リガンド)の構造式のようなマークがナノレベルで刻まれているのも謎だけど。


「そいつの居場所が分かんないからここまで苦労してんでしょ……って言いたかったけど、分かった言いぶりよね、今の発言からすると」

「そ。武器庫リッジウェイカテゴリψ(ドランク)の居場所を割ったみてぇだ。けど、あっちは歓迎の準備すらしてないだろうな」と言ってる割にはさほど気にはしてない様子。

「会ったところでどうすんのよ」

「まぁ何もないかもしれないけどな」と笑ってはいたが、何かを察しているような表情を隠していることが読めた気がする。


「"念のため"だ。あのサンプルを見てちょっと思うところがあったってとこか」

「……詮索はしないでおくけど」

「助かるよ」といつも通りの爽やかな目。「どのみちカナの言っていることがマジなら、急ぎで片をつけるぞ。来るなら皆には連絡して、あとちゃんとした準備をしておけ」

「それ私のセリフなんですけど」

 けど、同行する。そう告げるとインコードはニッと笑い、

「そう言うと思ってたよ」

「言わなくても連れて行こうとしてたでしょ」

正解(あったり)。わかってんねぇ」


 やっぱりこいつと話すのは疲れるしめんどくさい。そのまま一緒にルームを出た私は、夜景映す疑似窓(モニター)から反射して見える廃人(わたし)の目を見て、疲れ切っているとこのときはじめて自覚する。

 この世界の地下深くにある深淵に、ろくな休暇も定時もない。仕方ないと言えば仕方ない。

 簡単に、当たり前に、しかし誰にも気づかれない世界の崩壊を本当に何事もなかったと認識させる。そんな仕事に当然休みはない。不可怪現象(イルトリック)はそんな人の都合など考えはしないのだから。


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