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Paradigm-Records_Pro.【打切】  作者: エージ/多部 栄次
Disc1 Close Encounters of the Inexplicable.
18/35

File16 少女宣言 Rival in Love

 彼らが言っていた『デモンストレーションルーム』というテストプレイルーム。適合試験によって特性能力"カルマ"を得た社員がその力を十分に発揮できるかどうか、イルトリックに対抗できるのかを試したり、鍛錬したりする場所でもあるという。インコードから聞いた話では、適合試験の最終調整もよくそこで行うらしい。必ずとは限らないが。

「あの、具体的には何を……」

「やることは単純。その専用武器を使ってイルトリックを撃てばいい」

「イルトリックを?」

 アルタイムはちらりとこちらを見ては、話を続けた。

「ああ、イルトリックのカテゴリーβ(ベータ)γ(ガンマ)を模した機動式有機兵器オーガニックロボットだ。人工物だけどシナプスはテレパシによってカテゴリβの脳と間接的に繋げている」

 それって大丈夫なのか、と思ったことが伝わったように、インコードは私にいう。

「ま、今まで一度もバグはなかったし、下手しても殺されることはないさ。精々半殺しだ」

 最後の一言が冗談でもないのですが。死ななければいいというわけではないですぞ。それに今まで一度も、という言葉は結構危険なフラグ発言(お決まりのパターン)だ。可能性として、私で史上初のバグを起こし、そこから暴走状態に入ることもあるだろう。そんな不運のクジには決して当たりたくはない。

 何か思いついたかのような声を出したアルタイムはこちらを見ることなく、

「今度空いてる時にカテゴリβの研究室でも覗いてみろ。面白いもんが結構あるし、特に巨獣型の脳は見物だぞ。ただ思考するだけの脳みそじゃないし――」

「いえ、丁重にお断りします」

「そうか。まぁ好みは分かれるからなアレは」

 そう言っては頭をバリバリと掻く。ああ、頭皮がふけとして剥がれてる様子が肉眼で見えるの私だけなんだろうな。


 移動六分四六秒。一本の金属質の滑らかな廊下が推測七五メートルある。五〇メートル走で十一秒以上の記録を持つ私が全力で走っても十七秒、いや二〇秒はかかるだろう。

 左手にはいくつか等間隔でドアがある。右側の壁には強化ガラスが張ってあり、その向こうにはアリーナのような広大な空間が広がっていた。なんとも無機質。その面積はバスケットコートが丁度六つ分。広すぎでしょ。

「今はだれも使ってねぇのか」とアルタイムは一言。

「ここでも最終調整は行われる。まぁ適合試験はな、あらかじめ検査された受験者の身体と心理のデータをもとに判断する。でも正直データだけじゃ見えないもんもある。そのデータ値よりも優れた計測値を叩きだせば必ずパスできるってことだ」

 その試合会場に似た空間を映す窓を見る私にインコードはそう言った。話し終わった辺りで私は彼の顔を見た。

「寝ていて自覚ないと思うけど、カナの身体能力は一般人よりも遥かに優れている。っていう割には他の社員よりは伸びが悪くて、精々アスリートレベルだけどな」

 伸びが悪い。なんともショックな言葉だ。それに"精々アスリート"といってしまうこいつが怖い。身体能力の頂点であるスポーツ界がそのように言われてしまうのも何かと引っかかるものがある。

「それでも転んだらアスパラガスみたいに折れそうな身体から、ボクサーの一発食らっても立っていられるマカダミアナッツな体になったって考えればいい進歩だと思うぜ? それに威力高い拳銃を片手で撃てる程度の筋力はもっているし、今後の生活次第ではさらに伸びることだってあるし」

「マカダミアナッツ……」

 フォローするようにカーボスは笑って言った。それは世辞ではなく、本当のことだろう。しかしそれを食材で例える必要があったのか。

 ニート歴が浅いとはいえ、出不精故に運動不足であるのは確実であった。かなりの非健康体な身体だっただろう。オリンピックどころか中学体育の球技大会でさえも足を引っ張る程の怠慢な身体(それでもスタイルの維持は頑張った方)。走っただけでぽっきり折れそうな割り箸みたいな脚は当然遅く、命の危機を感じない限り小学生のかけっこといいレベルだ。

 そんな私が一週間眠っただけでアスリート。未知イルトリックとの遭遇や能力カルマの存在、そしてこれまでの経緯がなければ『嘘乙www』と嘲笑っていたことだろう。何度も抱いている感情だが、まるで夢のようだ。

 しかし本当に自覚がない。力がみなぎるわけでもない。いつもと何ら変わらない。寧ろ身体がだるい。本当に小学生と互角で走れ……いや違う、陸上選手のような体力や筋力がついているのか。

「ここでリハビリを行うの?」私はインコードに訊いてみる。

「いんや、ここじゃねぇな。サブの方使う。今は空いてるだろ」

 廊下を抜け、アリーナのエントランスホールのような広めの空間へと出る。地下とは思えないような明るい空間だが、それよりもまだ着かないのかとストレスが溜まってくる。

「あの、ルームにはまだ行かないの?」

「んん、まぁアルタイムさんの都合もあるし、ちょっと予定変更だ。まぁササッとやっちまおう」

 少しばかり他の第三隊の社員のことも気になる。おそらく他の仕事の最中だとは思うけども。

 ぴたりとアルタイムは立ち止まる。私は彼の視線の先を見る。そして彼の脳波からあまり快くない形が現れていたので、苦手な相手がその先にいるのだろう。「げ」とカーボスが顔を歪めていた。

 視線の先はふたりの女性。ひとりは二十代前半。黒縁眼鏡に真っ黒な艶のある髪の毛を束ねて後頭部でまとめたヘアスタイルをしており、この国の人種の証明でもある黒い瞳は冷静沈着な鋭さを帯びている。単調に表現すればつり目に近い。黒スーツに黒タイツ、そのきつそうな雰囲気から女鬼教官を連想する。この人に鞭を持たせたらいろいろマズい気がする。思考は読めないので、この人も何かしらの訓練がされているようだ。

「……お、あの娘誰だ?」

 そうカーボスは下心を含めた興味をスーツの女性についていく少女に示す。「髪の色が……」とつい口にしてしまった。

 眼鏡の彼女についていくように同行していたもうひとりの女性は思考が読み取れた。しかし読まないように努力する。

 目の形を見るに、可憐な女の子のイメージで、ちょっと強気な部分がある、と私は予想する。睫毛まつげが長く、なんというか、いい意味で西洋人形のような綺麗な目と顔立ちだ。しかし、清楚なお嬢様というよりはボーイッシュな雰囲気。肌の色も少しだが日焼けしたような。少なくとも貧血みたいな青白い肌の私よりも健康色だ。運動が得意そうな顔をしていて、皮肉を込め、どこか自信ありげともいえる。

 なにより目についたのが、その胸の大きさだ。スティラスほどの巨乳ではないが、鷲掴みするには十分な大きさだ。もうダメかもしれない私にとっては超絶うらやましい。

 その次に気になったのが、彼女のミドルヘアと瞳の色が灰色だったことだ。灰というよりはプラチナブロンド――灰かぶりの金髪とも表現できるが、人の見方によっては分かれるだろう。灰色の瞳が微妙に充血――綺麗な赤みを帯びているようにも見える。

 ジッパー付きの黒いパーカーにデニムのショートパンツ、そして高さの無いレザーブーツであろう靴。インコードがチョイスした私の今の服も含め、このようなファッションが今どき流行しているのだろうか。

「あのSっ気ありそうな眼鏡の人がナティアって人だ。結構美人だろ」

「う、うん、まぁ」

 耳打ちするように話すインコードに対し、上手くリアクションが取れなかった。あの女鬼教官が後の私の生活管理をしてくれるのか。嫌だな。

「お疲れ様です」

 ナティアの声は芯が通っていた。強気ある声に私は一歩引き下がりたい気分になる。「あっ、インコード先輩!」と後ろのプラチナブロンドヘアの娘は嬉しそうな笑みをインコードに向けていた。本当に知り合いが多いこと。

「ああ、お疲れさん」とアルタイムは芯が通っているどころか芯が溶解したような気怠い声であいさつを返した。

「何かの装置の試験ですか? アルタイムさんと第三隊隊長が揃っているわけですし……そちらの方は確か……」

 ちらりと私の顔を見るなり、眼鏡をくいっと上げる。いかにも賢そうな、メガネキャラの仕草だが、それを見るたびサイズあってないよねと言いたくもなる。

「あれ、さりげなく俺シカトされてね?」という電気男の一言は全員スルー。

「こいつは新人のカナだ」

「は、初めまして、カナといいます……!」

 声に出すとやはり緊張する。一瞬だけ冷たい視線で見られたような気がしたが、インコードがすぐに話し始めたので、ナティアから私についてのコメントを特に発することなく終わった。

「あの人が……」と灰髪の女の子が呟いたのが聞こえたが、どこまで私の名前が広まっているんだと思ったりする。

「前に"なっちゃん"に頼んだじゃん。こいつのインストラクター担当してくれって」

「あの件ですか。まだ了承した覚えはないのですが……それにそのような名前で私を呼ばないでください。くだけすぎです」

「ていうか後ろのそいつって……」

 ばっさりと話題を切り替えたインコードは白髪のような灰髪の少女を見る。歳は十八か。現時点では私より一つ下。活発な感じの美少女は満面の笑みで、

「先輩、私ですよ、ユンです! リハビリの時サポートしてくれましたよね。覚えてます?」

 凛とした声に可愛らしさが上乗せしている感じ。灰銀の髪のイメージに合わず、なんとも若々しく明るい口調だ。歳一つだけしか違わない私が言うのもなんだけど。

「ああ、まぁ優秀だったのが特に印象に残ってる。進歩が早くてびっくりしたよ」

 インコードはやさしい笑みを向けて答えた。にへらと笑うユンの嬉しそうな表情に私はなるほどと察する。

「今から適合試験の最終調整試験を受けさせにここにつれてきました」

「調整期間は何日行った?」

「十日です。ここ三年間の中では最も早いかと」

「あ、そりゃ早いな。すげぇなやっぱ」

「これもナティアさんやインコード先輩のおかげです」としっかりした顔つきで答える。ああ、この明るい笑顔が直視できない。ひねくれた私にはとてもじゃないがノリが合わなさそうだ。

「へぇ、ユンちゃんねぇ」とカーボスは口を開く。「俺のこと知ってる? まぁ初対面だし知らなそうだけどな」

「あ、知ってます! インコード先輩からカーボスさんのことはいろいろ聞いていますので」

「お、そうだったか。うれしいねぇ。んで、どう思う俺のこと」

「カーボス隊員、プライベートな会話は後でしてもらえますか」

 ナティアがキッと睨むようにカーボスを見る。

「おーおー、ナティアちゃんは相変わらず怖いこと」と肩を竦める。

「なっちゃん、審査会場はどこ使うんだ?」とインコード。

「Eスクールです。そこを使うつもりでしたか?」

「いや……」と何か考えているような顔つき。

 そして、さらりと言った。

「そうだ、ついでにカナも参加させるか」

「……は?」

 ぱかんと口を開けた私はアホっぽい顔だっただろう。しかし周り全員が呆気にとられた顔をしていた。

「大丈夫かおまえ、冗談なら滑ってるぞ今の」とアルタイムは半ば驚きながら茶化す。目の大きさは変わってはいなかったが。

「いや本気ですよ」と即答。カーボスは「マジか」と一言。

「申し訳ありませんが、その方は未だに調整期間が――」

「いーのいーの! 一人より二人でやった方が絶対いいって。折角ユンもいるんだし、こういうときはライバルもいた方が燃えるってやつでしょ」

「何か違う気がするんだけど」

 つまり練習なしでいきなり本番に入るということ。今日の夜から実施するリハビリはどうした。予定狂わしすぎでしょ。

 学力試験なら構わないが、軍事レベルの体力戦となれば話は別だ。それにユンという女の子は早いとはいえども、十日も訓練したということになる。しかも優秀。それが知力ではなく戦闘においての優秀だったら迷惑になるだろう。経験の差が歴然と違うのにライバルもあるか。

「すいません、その人って……先輩の言っていたカナさんですよね」

「おう、そうだぞ」と返答したインコードの表情は半ば嬉しそうにも見える。それはユンという女性にも読み取れたようだ。

 ユンはすっと私の前に立ち、私は半歩身を引いた。

「治安維持部門特殊対策課のユンといいます。最終調整の審査前なので所属する隊はまだ決まっていませんが、この先お世話になると思いますので、何卒、よろしくお願いします」

 綺麗な目は力強く私を見つめている。なんだろ、純粋なんだけど快くない異物が混入している感じ。私に何か嫌なところでも……まぁないとはいいきれないよね。「えっと、こちらもよろしゅくおねがいします」と半ば挙動不審で言ってしまった私はちょっと死にたい気分になる程の恥じらいを覚えた。握手を交わすも、膝どころか手も震えていた気がした。手汗出てないよね。

「大丈夫かよおい。今日復帰したばっかりなんだしよ、カナちゃんに無茶させんなって」

「既に実戦を体験してきたんだ。大丈夫だろ」

 何の根拠があって……。

 しかも「あ、そっか」といわんばかりに納得する電気男カーボス。それがノリツッコミであることを祈ったが、そのとき別の方から意見の声が聞こえてきた。

「……すいません、私からもカナさんの参加をお願いします」

 ちょっとユンちゃん、少数派の方の便乗はやめてください。ナティアが「何言ってんだこいつ」的な顔で見ているじゃないですか。

「インコード先輩が見込んだ女性がどれほどの実力か見てみたいんです。適合試験なしでも実戦で、それもハザードレベル3のイルトリックを討った実力が気になるんです」

 ちょっと誤解してるよこの娘。実際何もしてないに等しいからね私。変な拳銃で変な敵将を撃っただけだからね。

「なっちゃん、俺からも頼むよ。いいだろ?」

「っ、しかし規則は――」

「責任は全部俺が取るから」

「――っ!」

 あ、墜ちたな。

 この上司インコードのイケメンボイス含む発言が変な意味で捉えてしまった私もどうかしているが、捉えたどころか感化されて墜ちちゃったナティアの方がどうかしている。硬派だと思えたが、案外チョロイのな。カーボスがちょっとにやけているのが見て取れた。

「……わ、わかりました。検討しま……いえ、許可します」

「やったー! なっちゃんありがとー!」

 満面の笑みで喜ぶインコード。両手で彼女の手を握ることも忘れずにしっかりやっている。同時にハートも握っているだろうと私は遠い目で見ていた。ナティアはそれに驚きつつも「全く……」といわんばかりに溜息をついた。おいちょっとさりげなく血圧と心拍数高まってるぞナティアさん。顔赤くなくても私から見れば丸分かりだからな。

「まぁ、俺は試作品の性能を確かめるだけだし、練習だろうが本番だろうがどっちでもいいがな。実際リハビリも本番もそう変わらんだろ」

「初日と最終日じゃ全然違うけどな」

 アルタイムとカーボスは私の後でそんなことを言っている。

「んじゃ、そーいうことで! 早速準備に取り掛かるぞ! カナとユンは俺についてきてくれ。準備室に案内するし、ちょっとした説明もそこでする」

「わかりました!」と意気揚々で返事するユン。「わかった」と素っ気なく私も返答。

 タイミングを逃し、この流れになってしまえばもうどうしようもないけど、ひとつ言いたいことがある。

 あの、私の意見は聞かないのですか?


     *


 会場というべきか、コートというべか、そこは鉄のように固く冷たい箱の中のようだった。世間一般では見かけない素材でできていることは確か。その床や壁の組成は工業関連でも軍事関連でも見たことない、新素材に近い何か。その無機質材の名前は知るはずもなく。

54×30×17メートルの空間を照らすのは所々から発する複数の光源。ミクロサイズだが、監視カメラもあちこちにある。そして正面上部の複層強化ガラスの向こうにはインコードたちが私たちを見ている。まるで動物園の動物にでもなった気分で嫌気がさす。

 腰のホルスターにはアルタイムが製作した二挺特殊機動拳銃。両足には似たタイプの拳銃が装着されている。歩く度金属のぶつかり、擦れ合う音が立ち、ヒールで歩くぐらい目立つ。ヒール履いたことないけど。

 私の隣には私と歳が近い灰銀髪のユンがいた。黒いパーカーのジッパーを下まで降ろし、下に着ている白に近いレディースのタンクトップを見せていた。小さい銀の十字架のネックレスが照明で反射して輝いているが、その薄着によってより胸の大きさが鮮明に分かる。いい形しやがって畜生。タンクトップから見える谷間は私への当てつけか。

『只今より、治安維持部門専用適合試験最終調整を行います。審査するのは特殊対策課第三隊隊長インコードと、副隊長ボードネイズ、そして私、特別支援開発部門のナティアです』

 響いてくるアナウンスに私は緊張してくる。しかもボードネイズもいるのか。準備の間に来たのか。

『最終調整の試験内容は、その室内に出現する人工イルトリックをすべて処理してもらいます。あくまで討伐でなく、処理ということに注意してください』

 報道アナウンサーのように説明するナティア。私はまさかといわんばかりに嫌な予感が走る。

 これイルトリックについて勉強してないと"処理"についてわからないよね。

 隣の人は特例で入社した私とは違って入社試験や入社後の筆記試験などの関門を潜り抜けて、何種類もの試験、数か月の研修期間、契約書、そして適合試験をして、実技ともいえるこの最終審査のステージに立っている。優秀と聞くし、当然イルトリックについて判明していることやどう対処するのか、すべて知っているだろう。

 不利だ。不利すぎる。

 模試や対策講義どころか全く自主勉強してない不登校生が成績上位の優等生とセンター試験で勝負するようなもんだ。これが本当にセンター試験での学力勝負だったら立場が逆どころかチートレベルの私TUEEEE(つまり自分の圧倒的完全勝利)な無敵状態なんだけど、いやそもそも私退学されて本番のセンター試験受けていないじゃないか。

『すべての個体を処理した時点で終了とします。尚、希望で途中退室は可能ですが、その時点で最終調整試験は不合格と見なします。また、受験者の肉体的・精神的のダウンも不合格、審査終了とし、その際こちらの判断で行います』

 ここまで絶望的な状況になると思考停止したくもなる。そもそもインコードがあんなこと言い出すからダメなんだ。準備室入る前も『まぁアンタの読み取るカルマで敵の弱点とかに専用武器で一発かますだけだから。たくさん倒せばオッケーオッケーオールオッケー』と両手ピースで言っていたけどいい加減すぎるだろ。

 それで安心した私が馬鹿だった。あそこで断って地道に鍛錬したり勉強したりすればこんな不安になることはなかったんだ。

 準備室といえば、ユンと二人っきりになったとき軽く挨拶した後、無言だったな。やっぱり心の準備が必要なのだろう。複雑な部分は読み取らないようにして、それでも多少思考が入ってきたが、一言で表せば、かなり集中していた。相当の手練れだな、とちょっと畏怖したぐらいだ。

 今は驚くほど落ち着いている。その余裕が欲しかった。

『――以上で説明を終えます。何か質問があれば挙手を』

 あえて私は訊かないことにした。というよりは質疑の発言ができない。質問ある人って言われても絶対手を上げない派だったし、コミュ障として恥じらいがあったし。

 ユンも当然のように挙手することはなかった。

『それでは、審査を開始します。そちらのルームに人工イルトリックを転送します』

 それを最後に通信が途切れる。しん、と静まり返った空間に取り残された私とユン。気まずいほどの静けさと不安をあおるような空気の流れの無さ。そんな中で、ユンは私に話しかけてきた。

「カナさん」

「……はい?」

「先に言っておきたいことがあります」

 なんだろ、言いたいことって。表情が真剣そのものだったから世間話ではないだろう。

 顔をこちらに向けてはその綺麗な灰と薄赤の瞳で私を照らすように見つめる。

「インコード先輩があなたのこととっても気に入っているようですけど、ご存知ですか」

「ま、まぁ……気に入られているっていうのかなアレは」

「気に入られているんです、とっても。それもあって特例で入社しているじゃないですか。それに生まれつきのカルマを発揮できていたり、初日であの第三隊と共に実戦したり……」

「も、申し訳ないです……」

「聴いた話では、学力が全国一位どころか、世界レベルらしいですね。国際数学オリンピックや国際化学オリンピックの優勝……あらゆる面においてのセンスが秀でているって聞きました」

 誰だそんな出鱈目デタラメなこと言う奴。優勝はしてたけどセンスは良い方ではないぞ。

「――っ」

 周囲に何かが浮かび上がる。立体投影ホログラムのように、素粒子から構築されていくかのように、何もないところから電脳質として出現してくる。これが転送中の人工製イルトリックだろう。数は大小合わせて二十四。

 私がそれに驚いているが、ユンは変わらず、私に話を続けてくる。

「でも、私にとってはそんなの、どうでもいいんです」

 それにしても、私のそのプライベートな情報は誰が話したのか。わずかな可能性として社内のポータルにでも載っているのか。彼女は私についての情報をここに入社した経緯含めて少し知っているのは確か。誰かというのはおおよそ目星はついている。私は監視カメラの先で私等を観ているであろうインコードを見た。おまえ人に話しすぎだろ。

「そんな溢れかえった才能であっても、私はカナさんを越える。越えてみせます」

 もう越えてるよ。

 真剣に宣言しなくても、十分上にいますよあなたは。

 電脳質の何かが形作られ、そこまで間を置くことなくイルトリックが湧き出てくる。確か生命型がカテゴリーβで、無生物や物質体がカテゴリーγだったか。しかし、人工製の機動式自律兵器なので、組成的に有機体、無機体、金属体の三種に分かれていることがわかる。

 合成された新材料とはいえ、あのとき見たような根本的未知物質ではない。しかし約三〇パーセントは現場で回収し、復元されたそれが含まれているようだ。インフィリンスらしい元素も見えたし。

「……」

 体形やサイズは様々だが、二足歩行の人型であることは共通だった。各々に翼を生やしているタイプや尾、触手のようなものが付属しているタイプ、甲殻のような皮膚をまとっているタイプなど、人型といえどもただの人間の形ではなかった。白黒のみならず、鮮やかな蛍光色の組み合わせは光学的着色法を用い、蛍光光学顕微鏡で人体のあらゆる細胞を見たときと同じような色合いだった。

 美しいともグロテスクともいえる絶妙なバランス。その造られた模擬イルトリックの肉肉しさと滑らかな結晶状の形質は、人工製とは言い難いものであった。

 しかし所詮はサイボーグっぽい従者ロボット。気まぐれな生物とは違う。……と思っては心に余裕を持たせるようにする。

「この際なので言っておきます。私はインコード先輩のことが好きなんです」

 この状況でまだ言うかこの女。初対面の様子から普通に恋してること分かっておったわ。かわいいから許すけど。ずっと思ってはいたけど、やっぱりこの娘、読み通り完璧な嫉妬心を私に抱いている。もうあのインコード(ヘンタイ)の毒牙に、いや虜になったというわけか。まぁ変人でもイケメンだしね、性格も良い方だから好きになるのもおかしくはないだろう。

 それにしても、こんなバケモノみたいな何かの群れを前に動じないってこの娘すごいよ。それどころか恋バナしてるほど。私もう途中退室したいんですけど。言ってしまえば強制だからね私。すごい帰りたいし一週間分の溜まったアニメ観たいし。

 転送が完了する。目の前で蠢くイルトリックは、吼えることなく、ただ重々しい仮面マスクの付いた頭部をこちらに向けているだけだった。

「……悪く言いますけど、私はインコード先輩に気に入られているあなたが気に食わないんです」

 彼女は長袖パーカーから出ている手に電子回路模様のフォトルミネセンスを浮かべる。腕の周囲に既視的な電脳模様のホログラムを浮かべた。幾層ものギアホログラムや回路模様の立体映像を空気空間にプラズマとして刻みつける。

 専用武器の瞬時転送。彼女の目には、もう私など映ってはいなかった。

「ですので……。――本気で行きますよ」

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