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俺は憎いシリーズ

俺は目の前の悪友が憎い

作者: じりゅー

 俺は目の前の悪友が憎い。

 その悪友は今、俺の隣で遠くに妬ましい視線を送っている。視線の先には一組のカップルがいた。

 美男美女。まさにお似合いなカップルだ。

 そんな二人が並んで歩いている様に、憎憎しげな視線を送っている。俺はそんなお前が憎いんだが。

 なんでわざわざ休日を削ってまでそんな事をしてんだか…こいつの気が知れない。

 

「おい、お前はアレを見てなんとも思わないのか?」

 

 なんて考えていたら、悪友である久宇くうが話しかけてきた。

 

「仲が良いな。」

 

「それだけか?お前は憎いとは思わんのか!」

 

「強いて言うならお前が憎い。いや、強いなくても憎い。」

 

「仕方ねーだろ!俺に協力してくれる女子なんてしないのはお前にも分かってるはずだ!!」

 

「日ごろからそんな行いをするお前が悪い。俺はそいつに巻き込まれただけだ。」

 

「クソッ、これがリア充の余裕って奴か…お前なんて爆発しやがれ!」

 

「爆発したらお前に協力する奴が居なくなるぞ。」

 

「くっ…そんな格好をしてるくせに!」

 

「お前がさせたんだろうが!俺は好きでこんな格好をしてるんじゃねえ!!」

 

 今の俺がどんな格好をしているのか。ふと、近くの窓ガラスに映る俺を見てみる。

 …最悪な事に、俺が映るはずの位置に映っているのは一人の女子。それも見た目は結構良い。

 認めたく無い。あの女子が、実は女物の服を着ている自分だとは。

 言うまでも無く俺は男だ。喋り方で分かるだろう。

 なんでこうなったのか。俺はどこまでも青い秋晴れの空を見上げながら、昨日の会話を思い出していた。

 

 

 

 

 

 

「尾行?」

 

「そうだ!俺に協力してくれ!どうしても気になるんだ!頼む!!」

 

 明日は秋分の日で休み、ということでどこかクラス皆の気持ちが浮き立っている中、久宇はなにやら物騒な単語を発していた。

 久宇の話によると、前々から気になっている女子が居て、その女子が他校の誰かと付き合っていると言う噂を聞きつけたらしい。

 その女子は津瑠つると言い、この高校の中でもその美人と呼べるルックスで有名になっていて、その女子の噂は俺も聞いたことがあった。

 尤も、俺はリア充なので興味は無いが。彼女…華代が居るから充分だ。

 それで、その噂を確かめるために明日行くその女子が行くというテーマパークに行くので、俺もついて来いという話だった。

 

「…これが普通の頼みだったら、俺もそれを受ける事はやぶさかじゃないさ。」

 

 今俺が言ったとおり、ただついていくだけだったら快く承諾していたかもしれない。それなりに仲のいい悪友なのだから。

 だが、この頼みはそれだけではない。

 

「でもな…女装すると言う条件があるなら却下だ!!」

 

 そう。俺に女装しろと言っているのだ。

 そして、久宇と付き合ってる彼女という設定でついてきて欲しいという頼みなのだ。そしてカップルに扮して尾行をカモフラージュするとか。

 今年の文化祭以来、クラスの奴らは男女問わず、特に野郎共がなにかにつけて俺に女装するように言い寄ってくるようになってしまった。

 理由は至極単純。似合っているからである。

 自分でも認めたくは無いが、女装した俺は並みの女子よりは上の容姿を誇っていると思う。

 美人は需要がある。特に野郎共から。

 面白がっているサディストな女子にも女装しろと言われるので、クラスでは逃げ場が無くなってしまった。

 それでも精神に異常が出ないのは、ひとえに俺の彼女、華代の存在が大きい。

 彼女は俺に癒しを与えてくれる。疲れているときはいつでも労ってくれる。最高で最強のヒーラーだ。

 

「良いだろ別に。な、頼むよ。」

 

「駄目だって言ってるだろ!それに、その内容なら俺と華代で偵察に向えば良いだろ!!」

 

「駄目だ!リア充をいちゃいちゃさせるなどさせてなるものか…じゃない、それじゃ駄目なんだ!俺が直接見て思ったことじゃなければ信じない!!

 自慢じゃないが、この手のことは自分で見たことしか信じられないんだ!!」

 

 確かに自慢じゃないな。面倒くさいだけだ。

 あと、リア充の仕事はいちゃいちゃする事だ。いちゃいちゃせずして何がリア充か。

 

「なら、他校のイケメンが付き合ってるらしいから一緒にカップルに扮して尾行しようぜって、クラスの女子にでも言えば良いんじゃないか?」

 

「俺がその言葉を女子に言ったとして、信用されると思うか?」

 

「…なるほど。正直すまんかった。」

 

 久宇は女子に対して見境が無いということで、この学校では結構有名だ。

 そんな奴がこんな事を言っても信用される訳が無い。結局自分目当てと思われるだけだろう。

 

「だが、それは俺が情けをかける理由にはならない。俺は降りるぞ。」

 

「良いんじゃないの?行ってあげれば?」

 

 突然横槍を入れたのは俺の友達の白野しらのだった。

 顔がどこと無くにやけているので、絶対に何か良からぬ事を企んでいる。

 

「じゃあ、お前が久宇に付き合え。」

 

「なんでそうなるのよ。嫌に決まってるじゃない。」

 

 白野の加勢により一瞬表情が明るくなった久宇だがその言葉でまた暗くなる。

 

「俺の何が悪いんだ…」

 

「日頃の行いだ。」

 

 更に久宇の表情が暗くなり、カクッと首を落とす。

 

「でも、宗司そうじの説得には協力する。また宗菜そうなちゃんを見たいからね。」

 

 宗司、というのは俺の名前だ。宗菜というのは、不本意ながら俺が女装している時に勝手に付けられた名前である。

 二つ名とか称号みたいなもんだ、と少しずれたごまかし方をしてダメージを軽減している(ようにみえるだけかもしれないが)が、ゼロにはならないので痛い。

 

「おお!それは俺も思っていたことだ!だから頼む!宗菜ちゃん!」

 

「誰が宗菜ちゃんだ!俺は宗司!彼女も居るれっきとした男」

「華代に宗司は女装大好きって言って」

「是非その依頼をこなして見せましょう。」

 

 彼女を失ってたまるか。俺は必死の思いで努力した結果にようやく得られたんだ。

 

「変わり身早いな…そうか、宗司に女装を頼むときは彼女に言いふらすって脅せばいいのか。」

 

 俺の彼女の名前すら分からんやつのそんな脅しなんて効かんよ。

 そして俺は休日だというのに、わざわざ女装までして悪友の頼みを聞くことになったのであった。

 

 

 

 

 

 時は戻る。

 悪友は相変わらずお似合いカップルに嫉妬の炎を燃やしており、俺はそれを冷めた目で見ている。

 なんで俺は休日だというのにこんな事をしなければならないのか…

 …そう言えば白野の奴、宗菜ちゃんを見たいとか言っていたような…ということは、どこかで俺を見ているのか?

 俺は周りを見回して調べる。あのや…女子だから野郎じゃない。何て言うんだこんな時は…まあそんなことはどうでもいいか。

 と、そこで見知った顔を見つける。とは言っても白野ではない。

 黒く長い髪、女性と見紛う顔つき…間違いない。アイツは文化祭で知り合った仲間、高壁たかかべ まもるだ。

 あいつは俗に言う男の娘。女装しなければ女子に見えない俺とは違い、アイツは普通にしていても女子に見えるので、ある意味俺の上位互換とも言える。

 近くに青く長い髪の美人さんがいる。滅茶苦茶綺麗だ。華代ほどではないが。

 もしかして高壁もリア充だったのか?どこまでも俺の仲間だ。

 …待てよ?あの二人はどこかを見て話し合っている。これはデートですることではない。

 二人の視線の先を追ってみると、驚きの事実に気付いてしまった。

 

 あいつらもお似合いカップルを見ている。

 

「ん?どうした宗菜」

「その名で呼ぶな。」

「…宗司…おお!?あの二人かわいいじゃん!!でかした!早速ナンパしてくるぜ!!」

 

「あ、おい!尾行は良いのか!?」

 

「あんな美人二人を見てそんな事してられっかよ!」

 

 久宇は高壁と青髪美人に向かって走っていく。

 どうやらよそ見していたところを見られていたらしい。

 ハッ!そう言えば高壁は…

 

「駄目だ!待て久宇!!」

 

「お嬢さん達~!一緒にお茶しませんか~!!」

 

 手遅れだったか…

 

「…お嬢さん”達”?そしてお前はナンパか…?」

 

「な!?なんだ!?」

 

 高壁の雰囲気が変わり、周囲のものを震撼させるほどの殺気が漂う。

 まさかこれほどまでとは…なんて余裕ぶっているが、俺も恐くて仕方ない。

 さらばだ。久宇。お前の骨は拾ってや…れそうにないな。俺もお前には怨みがあるからな。

 

「消えろ。」

 

「ひ…」

 

 久宇は恐怖の声をあげる前に気絶した。

 高壁が腕を折り曲げていて手の指をピンと伸ばすようにしているところを見るに、高壁が手刀でも加えたのだろうか。

 だとしても、高壁の動きが全く見えなかったぞ?まさかアイツは…人外か!?

 

「ん?宗司か?」

 

 高壁がこちらにやってくる。

 雰囲気が緩んでるとかそういったことに全く気付けず、

 

「あ…あ…ああ…」

 

「お、おい、マジでどうしたんだ?」

 

 ただ恐怖するばかりだった。

 

 

 

 

 

 

「まったく、守はなにやってんだか…」

 

「うるさい。だが、マジで悪かった。まさかあのナンパが宗司の友達だったとは…」

 

 申し訳無さそうに謝ってくるのは先程まで殺気を放っていた高壁。

 知り合ったときに聞いたことだが、高壁はどうもナンパが嫌い…というか駆逐対象と見ているようで、近寄ってくるナンパをいつも先程のようにあしらっているらしい。大変だな。

 さすがに毎回気絶させるわけではないらしいが、今回は周りで待機していたナンパどもに見せ付けるためにわざわざ気絶までさせたとか。

 ただ、聞き捨てならないのがナンパ云々は気配で分かるとか。気配察知なんて本当にあったんだな…じゃない。もう本当に人外じゃないかこいつ。

 

「別にいいさ。俺の注意が遅かったのも悪かったし、なによりコイツのナンパ癖はなんとかしたかったからな…これで懲りて直ってくれるだろ。」

 

 俺が言ったのは本当のことだが、それは建前で高壁の機嫌を損ねたくないという意図もある。

 ついさっきまでは近いものと思っていたが、久宇を気絶させた瞬間から恐怖心が出るようになってしまった。

 

「…そんなに怯えなくてもいいんだぞ?」

 

「え!?い、いや、怯えてなんか」

「気配で分かる。集中しないと分からないがな。」

 

 お見通し、というわけか…表情は隠せても、気配は隠せなかったらしい。

 

「俺は何もしない奴に見境なく暴力を振るうような凶暴な奴じゃない。それに、大切な友達にそんなことできるかよ。この顔の悩みはお前くらいしか分かってくれないんだ。」

 

 俺はその言葉を聞くと、安心していた。

 確かに高壁は凶暴な奴じゃないし、友達を大切に思う奴であることも分かっていた。

 だが、確信は無かった。それを言葉ではっきりと聞いて知ることによって俺にようやく安心が得られたのだ…あんな人外ぶりを見せ付けられていれば仕方の無い事だろう。

 

「ところで、お前はなにをしてるんだ?また女装なんてして。」

 

「女装!?その人男なの!?」

 

 あ、そう言えば女装してたんだった。自分の格好を忘れていた。

 

「えっとそれは…それより、そう言うお前こそ彼女が居たんだな。」

 

「彼女じゃないぞ?まあ、そう言う設定だが…」

 

「は?どういうことだ?」

 

「…話が噛み合ってないわね。お互いに事情説明といきましょう。」

 

 事情説明が始まった。

 

 

 

 

 

 

「つまり、俺達と同じって訳か。」

 

「そうなるな。」

 

 俺たちは近くにあった椅子に座って事情説明しあっていた。気絶した久宇もぐったりと腰掛けている。

 どうやら高壁達は向こうの高校の新聞部の依頼で、あのお似合いカップルの男の方を尾行していたらしい。名前は利区だとか。

 

「でもさ~、どうも俺たちを尾行してる奴がいるみたいなんだよな~。」

 

「そうらしいわね。そこにいるんでしょ?」

 

 ………

 誰も出てこないぞ?

 

「あくまで自分から出てくる気は無いか…なら、こっちから行くぞ。」

 

 と言って高壁は立ち上がり、明後日の方向へと歩き出す。

 そしてそこにあった茂みに近づき、拳を振り上げる。

 

「わー!ストップ、ストップ!」

 

 するとその茂みから、カメラを持った女子が出てきた。

 

「気配がだだ漏れだ。そりゃバレもするさ。」

 

 また気配察知か。最早チートである。

 

「気配なんてどうやって消すの!?無理だよ!!」

 

「で、あなたの目的は…さしずめ熱愛報道をでっち上げるための写真を撮るためかしら?」

 

「そ、そんなことは…」

 

「おっと、こんなに撮られてたのか。」

 

 高壁の手の中にはいつの間にかカメラがあり、茂みから出てきた女子を見るとカメラが無かった。

 

「いつの間にカメラを!?返して!!」

 

 本当にいつの間に取ったんだ?全く分からなかったぞ。

 

「ほい。」

 

 と言って高壁は女子に投げ渡す。

 

「投げないで!」

 

 精密機械を投げるなよ…

 

「おっとと…中のデータは…全部消えてる!!」

 

 うまくカメラをキャッチした女子がカメラをいじるが、どうやら既にデータは消されたらしい。

 

「データをフォーマットしたからな。そりゃ消えてるだろうさ。」

 

 そりゃ消えてなかったら一大事だな。

 

「くぅ~!じゃあ、せめて噂をしっかり確かめて来てよ!!しくじったら承知しないんだから!!」

 

「じゃあ、早速訊いていいか?」

 

「なに!?」

 

「そのカップルはどこ行った?」

 

「………」

 

 こうして、俺達はお似合いカップルを見失った。

 

 

 

 

 

 見失ってしまったが、今回はあくまで尾行。なので、どうどうと馬鹿でかい声で探す事は出来ない。

 だからこそ今回俺は女装し、高壁は青髪美人(名前はギーナだったな。外国人か?)と一緒に来て、各々デートしているカップルに成りすまして居たのだ。

 俺達は最初に来たペアで別れて探すことにし、茂みの女子(高壁達に依頼してきた新聞部員らしい)は少しでもお似合いカップルに勘付かれないようにするために帰っていった。

 そして久宇を叩き起こし、今に至る。

 

「何度も訊くが、さっきは何があったんだ?突然意識が無くなったんだが…」

 

「それは知らないほうが良いぞ。」

 

「お前さっきからそればっかりだよな。マジで何があったんだ?」

 

「…手刀を叩き込まれて気絶した。」

 

「ん?何て言った?」

 

 先程の台詞は本当にボソッと小声で言ったので、聞こえていなかったらしい。

 

「この世のものとは思えない真実を言った。」

 

「はあ?」

 

 訳の分からん事を言ってごまかし、また周囲を見渡す。やはり休日と言う事もあり、なかなか混んでいる。

 このテーマパーク自体割とポピュラーなので普段から混みあっているのだが、やはり多い。

 

「しかし、多いな…これじゃ見つけづらい。」

 

「それだよな…そうだ!こんな時は高い場所から探せばいいじゃん!と言う訳であの観覧車にでも…」

 

「駄目だろ。あんな高い所に行ったら誰が誰だか分からなくなるし、それで見つかったとしてもすぐに近くに行くことはできないからな。」

 

「良い案だと思ったんだけどな~。」

 

 まだまだ詰めが甘いな。

 おっと、気の利いた案を一つも出してない俺が言う台詞じゃないか。言ってはいないが。

 

「…なあ、あの二人…」

 

「なんだ?やっと見つけたのか?」

 

 もっと時間が掛かると思っていたが、早いな。

 

「いや、そっちじゃない。あれはさっき別れた方の二人組じゃないか?」

 

 久宇が指差した方向を見ると、そこには高壁とギーナのペアがメリーゴーランドで回っている光景が見えた…気がした。

 いや、あれはあの二人じゃないだろう。絶対にそっくりさんだ。間違いない。

 いい歳してそんなものに乗る訳が…

 

「なあ、さすがにこの歳でメリーゴーランドは恥ずかしいんだが…」

 

「何言ってるの!楽しいじゃない!!」

 

 ……今のは幻聴だ。間違いない。

 

「…気のせいだ。」

 

「さっき聞いたが、あの黒い髪の方…高壁は男なんだろ?」

 

「そうだぞ?」

 

「もうデートしてるようにしか見えないんだが…呪って良いか?」

 

「いや、あれはさっきの二人じゃない。そっくりさんだ。」

 

「でもよ!青くて長い髪の子なんて二人も居ない」

「別人だ。」

 

 俺は信じている。あの二人が尾行ではなくデートを楽しみ、しかもメリーゴーランドに乗っているなど。

 

「あ!さっきの宗司って人だ!お~い!!」

 

「おいギーナ!ただでさえ恥ずかしいのに大声なんて出さないでくれ!!」

 

「あ、止まっちゃった…」

 

「やっと羞恥地獄から開放された…」

 

 ……認めない。これもまた幻聴だ。やたらクリアだがそんなの関係ねぇ。

 

「…行くぞ。」

 

「あ、ああ…」

 

 俺は有無を言わせぬ勢いで久宇を引っ張ってい

 

「待って。」

 

「はっ!?」

 

 こうとしたらギーナがすぐ後ろにいた。

 あれ?さっき確かにメリーゴーランドに…3、4秒しか経ってないぞ!?早すぎだろ!!

 

「まったく…どんだけ足が速いんだよ。」

 

 高壁が呆れた様子でギーナより少し遅れて来た。

 

「しょうがないでしょ?走りでもしないと追いつかなかったでしょうし。」

 

「だからと言ってま…マジで走ることないだろ。」

 

 本気で走ればこのくらいにもなるか…納得しておこう。納得しなければなるまい。

 …ん?これに納得するってことは二人がメリーゴーランドに乗っていたと言う事を肯定する事に…

 ……もう止めよう。

 俺は考えるのを止めた。

 

「あれ?あの二人って、尾行対象の…」

 

「あ!本当だ!!」

 

「おい!騒ぐな!」

 

 うるさい。俺は考えるのを止め……尾行対象?

 あ。居た。お似合いカップルだ。

 

「いつ見ても妬ま…ん?」

 

「なんだ?」

 

 お似合いカップルを見て妬んでいた久宇が何かに気付いたらしい。

 

「さっきもだっけどよ、あの二人全く手を繋いでなかったよな。今でも。」

 

 …言われて見ればその通りだ。

 高壁と会う前から、お似合いカップルはまったく手を繋いでいなかった。少なくとも俺は見ていないし、それを言った久宇も同じなのだろう。

 

「でも、そんくらいなら別に気にしなくても良いんじゃないか?

 お互い気恥ずかしいだけかもしれないし、俺たちが見てない間に繋いでたかもしれないだろ?」

 

「そうよ。デートに来たカップルが必ずしもずっと手を繋いでいるわけではないわ。」

 

 確かに高壁とギーナが言っている事も一理ある。

 

「それは分かってるけどよ…なんか引っかかるんだ。」

 

 実は俺もそうだ。一見すると何も無いことだが、俺の勘が訴えている。

 それは重要な事だと。

 

「……」

 

「……」

 

「どうした二人とも?突然黙って…」

 

 久宇の台詞を聞いた高壁とギーナは、突然目を瞑って黙り込んでしまった。

 

「その勘、外れてないみたいだぞ。」

 

「そうみたいね。デート中にしては気配が妙だわ。」

 

 また気配察知か。なんでこいつらはそんな技能を…って、ギーナも出来るのかよ!

 

「気配って…そんなの分かる訳無いだろ。」

 

「今は信じてくれ。お前の勘のように。」

 

「…分かった。百歩譲って信じとく。しかし、妙ってのはどういうことだ?」

 

「ああ、妙っていうのはあいつ…男の方からなにやら悪い気配がするんだ。邪悪とかそういった類の。

 しかもそれだけじゃない。女の方も怯えてるかのような気配だ。」

 

 高壁の話をギーナが頷いて肯定する。

 

「…私が思うに、男の人は女の人に何かでおどしている可能性が高いわ。」

 

 もしこの話が本当だったとしたら…尾行どころではない。二人の間に介入するくらいしなければならない。

 

「こうしちゃいられない!俺が行って」

「待って!これはあくまで可能性の話!それに本当だとしても、証拠も確証も無いから言いがかりにしかならないわ!!」

 

「くっ…じゃあどうすれば良いんだよ!」

 

「とりあえず、男の方が何かの動きを見せるまで尾行するしかないな。」

 

「そうだな。できれば女子だけが気付くように何かのサインをしたほうがいいかも知れない。」

 

「それは下手すると気付かれるから止めた方が良いわ。どっちにも気付かれないように尾行するわよ。」

 

 俺達はギーナの提案の通り、しばらく尾行する事となった。

 

 

 

 

 

 利区が動きを見せたのは、尾行を始めてからそう長くはなかった。

 突然津瑠の手をつかんで、乱暴に物陰に引きずり込んだのだ。

 

「行くよ!」

 

「「「おお!!」」

 

 ギーナの掛け声で、俺達はその物陰に向かう。

 しかしあと一歩進んで曲がれば物陰に入り込むと言うところで、最前にいるギーナが止まる。守もそれが分かっていたかのように止まる。

 問題は俺達だ。まさか止まるとは思っていなかったので、二人して高壁にぶつかってしまった。

 だが、高壁は二人にぶつかられたと言うのにこけるどころかビクともしなかった。普通なら倒れてギーナを巻き込むだろうに…マジで人間かどうか怪しくなってきたな。

 と思った瞬間、物陰から手が伸びてきた。

 俺と久宇は驚いたが、高壁とギーナは全く動じていない。

 

「まさか避けられるとはね…」

 

 出てきた手が引っ込み、男の声が聞こえてくる。

 なんだ、普通の人間の手か…ホラーゲームとかじゃないんだからおどかすなよ。

 

「バレバレだ。気配が駄々漏れだぞ。」

 

「気配…ね…よくもまあそんなオカルトを堂々と言えるものだ。」

 

 気配ってオカルトだったっけ?確かに存在自体怪しいって言う点では近いものがあるが…

 

「そんなことより、物陰に隠している彼女はどうしたんだ?怯えていたが。」

 

「それは君達が尾行なんてしてたからだよ。」

 

「そうか?俺たちが尾行する前から怯えていたようだが?」

 

「…言いがかりは良くないな。それより、尾行なんてして良いと思ってるのかい?悪い事をしたら、謝罪して責任を取って欲しいんだけどね。」

 

 確かに尾行は決して良いこととは言えない。

 だが、コイツが隠していることの方がよっぽど罪は重い。高壁達ではないが、そんな気配がした…気がした。

 

「それは物陰のお嬢さんに聞いてからでいいんじゃないか?場合によっては正当性も出てくる。

 俺たちが尾行なんてしてたのも、そっちの彼女が怯えてるように見えたからだしな。」

 

「怪しいって理由だけですることではないと思うけど?」

 

「疑わしきは罰せよってな。この言葉はちょっと違うと思うが、話を聞かせてもらおうか。そこの彼女を出しな。」

 

 よくもまああんなに口が回るものだ。

 俺は感心しながらも、成り行きを傍観していた。下手に口を挟めないからな。

 高壁に言われ、男は物陰から一人の女子を連れてくる。言わずもがな津瑠だ。

 その様子はどう見ても怯えているようで、漫画ならビクビクという擬音が描かれていただろう。

 

「……」

 

 久宇が静かな怒りを燃やしているのが分かる。

 気になっている女子が目の前で怯えているのだ。怒りもするだろう。

 

「じゃあ聞くよ。君が怯えているのは何故だい?」

 

 利区が津瑠の方を向くと、津瑠はビクリと身を震わせた。

 利区に完全に怯えている。誰の目から見ても明らかだ。

 

「び、尾行が恐かったから…」

 

 なのに、何故嘘をつくのか。

 理由は明らかだ。この男が恐いからに他ならないだろう。

 

「どうだ?これでもまだ自分は悪くないと言い張るかい?」

 

「てめえ…」

 

 白々しい事を言い、笑みすら浮かべている。

 そんな利区の様子に堪忍袋の緒が切れかけているのだろう、久宇は歯を食いしばって搾り出すように言う。

 

「さて、謝罪と責任を取ってもらおうか?そうだね…君達は約一名を除いてなかなかの美人じゃないか。

 文句も何も言わずに僕と付き合ってくれたら許してあげても良いよ?」

 

 一人以外は男だけどな。と言う言葉を必死にも飲み込む。

 下手に刺激すれば何をしでかすか分かったもんじゃない。

 

「てめえ…どこまで腐ってやがるんだ!」

 

 久宇の堪忍袋の緒が完全に切れ、男に向かって走り出した。

 眉間のしわがその怒りをあらわしていて、何を言っても止められないのは明白だった。

 

「おっと、血気盛んとはこの事を言うのかな?でも、無駄なんだよねっ!!」

 

「ぐっ!」

 

 久宇の突進は軽く避けられ、利区のカウンターを食らってしまった。地面に転がりながらうめき声を上げている。

 俺は傷つく悪友を見てなんとも思わないような冷血な男ではない。当然怒りがこみ上げてくる。

 だが、俺が向かっていったところで久宇の二の舞を踏むだけだ。俺は荒事に慣れているわけではない。

 

「さて、このバカな男のせいでますます責任が重くなったね。どうする?」

 

 久宇をバカにされ、更に頭に血が上るが、必死で押さえ込む。

 せめて津瑠が利区に怯えている事を言ってくれれば…それだけで利区の優位は無くなる。

 しかし、その”それだけ”が大きい。だからこそこの状況は絶望的と言える。

 

「…なあ、ちょっといいか?」

 

 そんな時だった。高壁が口を開いたのは。

 高壁の言葉は利区に向けたものではない。震えている津瑠に向けたものだ。

 

「俺、こう見えても結構強いんだ。近づいてきたナンパは簡単に追い払えるし、どんな人ごみでも掻き分けて進める。」

 

 高壁が何をしたいのか。それは友達の俺には簡単に分かった。

 

「その力で、アンタをそのクズ野郎から守る。だから…勇気を出して、本当の事を言ってくれないか?」

 

 一人の震えている女の子を勇気付けようとしているのだ。

 その心をおびやかし、無理矢理従わせている大きな力から、自分の力を貸すことで守ろうとしているのだ。

 その眼には嘘偽りが全く無い。ただひたすらに、女の子が立ち上がる勇気を出すことを願っている。

 

「…いくらあなたが強くても、私はこの人が恐」

「頼む!お前だけが頼りなんだ!俺たちを信じて、真実を話してくれ!!

 お前はそれで救われる!俺たちが救う!だから!!」

 

「……」

 

 女子は黙り込んでしまった。

 高壁の言葉に津瑠が応じてくれるかどうか。それは津瑠だけではなく、俺達の命運を握っている。

 

「私は…」

 

 そんな中、津瑠が口を開いた。

 

「私は、尾行していたこの人達が恐い。」

 

「……」

 

「フン、何か言ったようだけど、やっぱり君達が」

「でも、その何十倍もこの人が恐い。それが真実よ。」

 

 よく言った!

 俺の頭に真っ先に浮かんできた言葉がこれだ。

 その一言は俺の気持ちを全て詰め込み、濃縮されている。

 

「最後の最後にこの女…絶対に許さないぞ!!後悔しても遅いんだからな!!」

 

 と言って、利区は拳を振り上げる。ようやく本性が明らかになったな。

 

「それは俺の台詞だ。」

 

 そして振り下ろされたその拳を、高壁がつかむ。

 その顔は無表情で、冷たいなにかが圧縮されているかのように見ているものを冷やす表情だった。

 拳をつかむ手には相当の力が掛かっているようで、男は顔をしかめている。

 

「さて…この子と俺たちにした事の責任…果たしてもらおうか。」

 

 その声にも聞いたものを冷やすようななにかが含まれていた。

 更に、高壁の周りからは思わず震えてしまいそうな、殺気としか呼べない雰囲気が漂う。利区の顔は痛みと恐怖によりますます歪んでいく。

 

「ヒ、ヒイ…」

 

「さあ…覚悟は良いな?」

 

 その後からしばらくの記憶は、俺には無い。

 ただ分かっている事は、目の前で凄惨な光景が広がっていたと言うことだ。

 

 

 

 

 

 

「あ~、疲れた~…」

 

 俺の隣には膝をすりむき、疲れきった様子の悪友がいる。

 高壁の地獄とも言えるお仕置きの後、目的を達成した俺達はテーマパークで遊びたいと言うギーナの言葉を受けて遊び、日が暮れてからそろそろ閉園時間が近づいたのでそこでお開きとなった。

 ちなみに津瑠はと言うと、あんな事があった直後だと言うのに、何故か俺達と一緒に来て遊んでいた。まあ楽しかったから良しとしよう。

 ただ、帰っていく高壁の後ろからこっそりついていくのが気になったが…気にしないで置こう。

  ちなみに脅されていた内容は、殴りまくって嫁にいけないような顔にしてやるだったとか。もっとも、これからそんな事をすれば高壁の手により悪夢再来となるだろうがな。

 

「お前は良いよな~、あのクズ野郎に殴られずに済んで。」

 

「良くねえよ。今日一日ずっと女装してたんだぞ?精神が磨り減りすぎてほぼ粉になってるよ。」

 

 自分の姿を気にしないように努力はしていたものの、それでもやはり精神はガリガリと嫌な音を立てて削れていった。むしろ、粉でも残っているのが凄いと思うくらいだ。

 

「まあ、その節は大変だったな。」

 

「お前のせいだろ…やばい、もう怒る元気すら無い。」

 

「おいおい、しっかりしろよ。明日は学校なんだぜ?」

 

 こんな状態なのに、明日は学校…ものすごく休みたい。

 

「休んで良いか?」

 

「え?一日中女装して心労が溜まったから休みますとでも言うのか?」

 

「んなわけあるか。休むにしろ仮病を使うさ。」

 

 ああは言ったが、本気で休む気は無い。

 

「もし休んだら、宗司は女装して心労が溜まったから休んだんです~って言いふらすからな。」

 

「久宇、貴様…」

 

「お~お~、恐い恐い。冗談だから怒らないでくれ。」

 

 こいつ…元気になったらどう調理してくれようか…

 

「…宗司?」

 

 …今の声はまさか…

 

「華代!?なんでここに!?」

 

 驚きすぎて叫んでしまった。げ、元気が無くなっていく…

 

「なんでまた女装してるの?しかもなんで久宇君まで…」

 

「あ~えっと…これには深い事情があって…そうだよな、久宇!」

 

「…めんどくさい事になりそうだから、ひとまず退散だ。あばよ!」

 

「待て!久宇!!お前が元凶なんだからお前が説明」

「逃がさないよ?」

 

 走り去る久宇を追いかけようとするが、華代に襟をつかまれて追うことが出来ない。

 俺はそれからしばらくの説教の後なんとか説得に成功し、帰った頃には精神は塵ほどしか残っていなかった。

 次の日心が死にかけた俺は学校を休み、その間に久宇が女装の事を言いふらしてしまい、後日俺が皆を説得するが、それはまた別の話だ。

 

「フフフ、なかなか良い写真が取れたわ。これをコピーして写真集にして売れば、どのくらい稼げるかしらね…」

 

 という白野の言葉を、その後に聞く事となった。その直後に容赦なくドロップキックをかましたが、文句を言うやつはいまい。

 なお、白状した内容によると、華代に女装の事を告げ口したのも白野だったらしい。それを聞いた後白野に左右のボディーブローを叩き込んだが、誰にも文句は言わせない。

 女装なんてもうこりごりだ…

どうも、まさかの続編を書いてしまったじりゅーです。

なんか思いついてしまったので書きました。

…え?あらすじが前作と同じ?

これは決して手抜きとかではなく、もう鏡以外は定型文にしようと考えたからこうしただけであって…もし次回作があればこんな感じになりますからね!?本当ですよ!?

…ゴホン。ではこんな小説を読んでくださった、読者に感謝をこめて。

ありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[一言] 今回も楽しませて貰いました。ニヤニヤ 守君、今回は大活躍でしたね。すんごい恰好可愛いかったです! そして気配察知の万能さがすごい!
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