<挿話> 二人の約束
(プラジアーナ視点)
南州に協力するか否か。
全員で話し合った結果を、キトラが代表してミイレン大佐に伝えた。
大佐は私たちの答えを想定していたらしく、静かに頷いたとキトラは言っていた。
その後、パレンキアーノさんに呼ばれて契約文書にサインした。
絶対に失敗してはいけないと言われ、私達が腕をカタカタさせながら書いた契約書を受け取ると、パレンキアーノさんは私たちにバッチを手渡した。
南州軍の紋章が入ったバッチで、通常は軍に入隊した人に配られるもの。
何だかずっしりと重くて、私達は妙に緊張してそれを受け取った。
「いろいろな手続き上、君たちの扱いは軍人になる。普段は身につけなくてもいいけど、皇帝陛下に謁見するとき、それから実際に森に入るときにも必要になる。再発行はすごくめんどくさいから、絶対に失くさないでくれよ」
「はい」
「じゃあ、明日の早朝に帝都に出発だから。それまで部屋で休んでくれ」
「えっ、明日?」
「ミイレン大佐は、先に帝都入りしている大使の人たちと合流して、用事を一気に済ませたいみたいなんだ。皇帝陛下はお忙しいからね。そう何度も何度も会ってはくださらないんだ」
あまりにも急なスケジュール。
考えていたよりもずっと早く皇帝陛下に謁見する事になってしまって、私は緊張のあまり、夜寝られる自信がなくなった。
心の準備をする時間が欲しかった。
「ミガト、陛下に挨拶するときって、どうやって挨拶するの?」
「私も州王以上の身分の方に会ったことがないからよく分からん。ミイレン大佐やパレンキアーノ殿に合せるしかないだろう」
私達よりもずっと場馴れしているはずのミガトも落ち着かない様子で、何度も水を飲んだり目薬を注したりしていた。
いつも水の中にいるダーガーン族は、ストレスがかかると水を消費してしまうらしい。
暫く一緒にいて分かったけど、ミガトは緊張しやすいタイプみたいだ。
一方、キトラやバウアーはどうかというと、私が見る限りあまり緊張していないみたいだった。
だいぶ陽が傾いてから、軍の施設の裏の方で何かやっているので見に行くと、バウアーが上半身裸になって大きな釜戸みたいなものの前にいた。
「キトラ、何してるの?」
「オレのナイフを打ち直してもらってるんだ。すごいよ。プラジアも見てごらん」
釜戸のようなものは、軍の人たちが武器をメンテナンスするための「炉」だった。
バウアーはキトラのナイフをその中に入れて熱したり、いつも担いでるあの大きなハンマーで叩いたりする作業を繰り返していた。
ものすごい熱風の中で、滝のような汗をかいて作業するバウアーの体からは湯気が上がる。
鍛え上げられた背中の筋肉が生き物みたいに動く。
鍛冶職人の仕事って、あんなに荒まじいものなんだ。
私もいつの間にかキトラの隣でバウアーの仕事を見るのに熱中していた。
マグマの色みたいになったナイフを思い切り叩いていくと、その形はどんどん変わって、薄く大きくなった。
包丁みたいな形だったナイフは、最後には薄くてよく斬れる短剣に変わっていた。
「できたぞ、キトラ。見ろよこの切れ味」
出来上がってよく磨かれたナイフに、バウアーは髪の毛をフッと吹き付けた。
鋭い刃の先で、髪の毛は一瞬でパラッと切れた。
それを見て、キトラは言葉が出ないくらい感動していた。
「本当にいい刃物はこうやって髪の毛とか薄い紙なんかを吹きつけただけで斬れちゃうって話には聞いていたけど、すごいや……。流石だよバウアー」
「お前がそう言ってくれるなら合格だな。よし、じゃあもう一本もすぐに仕上げてやる」
「ありがとう。頼むぞバウアー!」
キトラとバウアーは、私が知らない間に昔からの友達みたいになっていた。
特に、バウアーがキトラを気に入っているみたいだった。
きっと職人さんは、自分の作ったものを大事にしてくれる人が好きなんだと思う。
2人が楽しそうにしていて羨ましいな、と思っていると、女の軍人の人が私のところに来た。
ミイレン大佐が私の事を探していた。
何の用だろう。
私、やっぱり一緒に行けなくなったのかな。
他の3人は抜きで私だけ、と言われたので、何だかそんな気がしてしまって不安になった。
部屋に行くと、大佐は夜遅いのにまだ仕事着のままで机に座っていた。
「怖がらなくてもいいよ」
ミイレン大佐は私の顔を見るとそう言った。
多分、私はすごい引き攣った顔をしていたんだろうな。
失礼なことしちゃったと思って慌てて謝ったら、大佐は笑ってくれたけど。
「まあ、怖がられるのには慣れているんだけどもね。軍人たるもの、それくらいの人相でなければ仕事にならないし」
「す、すみません……軍の偉い方って、あまりお会いした事がないので」
「そうかそうか。まぁ、おかけよ。難しい話はしないから。お菓子でも食べる?」
ミイレン大佐は机の引き出しから小さいケーキみたいなものを出してくれた。
この感じだと、私だけ行けないっていう話じゃないかもしれない。
干し果物の甘い香りを飲み込むと、何だかリラックスしてそう思えた。
お菓子を食べて安心するなんて、ミイレン大佐には私が子供みたいに見えたかもしれないな。
「私だけにお話って何でしょうか?」
「うん。ちょっとね」
ミイレン大佐はそう言って私の左腕を指差した。
「その、銀の腕輪の事でね。それって、オシャレでつけてる?」
「いえ……これは母から受け継いだものなんです。お守りみたいな物っていうか」
「外せる?」
「はい」
「見せて」
この腕輪が、どうかしたのだろうか。
私はめったに外さない左腕の銀の輪を外してミイレン大佐の手に乗せた。
他の人に触らせちゃダメ、なんていう事は死んだママも言ってなかったけど、そうやって誰かに見せるのは初めてだった。
蒸れてて臭かったりしないかな、なんて気になったけど、ミイレン大佐は特にそんな顔もせずに回したりひっくり返したりしながら暫く腕輪を観察していた。
「J‐3000……か」
暫くして、ミイレン大佐はぽつりとそんな独り言を言った。
それから上着を脱いで、シャツの袖を腕まくりして私に見せた。
そこには私のしてるのとそっくりな腕輪。
えっ、何で、って思ったらそれも顔に出てたみたい。
ミイレン大佐は「予想通りの反応」みたいな顔で笑ってた。
「同じだろう?」
「ミイレン大佐……それって」
「J‐2869。うちは代々寿命が長いせいかねぇ。君の番号よりけっこう若いみたいだ」
「大佐も、お母様から?」
「つい去年ね。亡くなったときに、葬式でこれの存在を知った」
大佐も腕輪を外して私に見せてくれた。
私がしてるのより大きくて、少し重いような気がした。
ミイレン大佐の家では、この腕輪をママが亡くなった後に娘さんが継ぐしきたりらしい。
だから、ミイレン大佐はママがお墓に入って、遺言書の封が開けられるまで自分の家にこんな腕輪や番号が受け継がれていることを知らずにいたんだって。
「だから、何なのか知りたくてね。プラジアちゃんは、これが何なのかは知らない?」
「この腕輪が……ですか?」
「うん。単なるお守りにしちゃ、変わってると思わない?」
長い指で腕輪をつまんでプラプラさせながら、ミイレン大佐は首をかしげて見せた。
大佐はこの腕輪が、単なるお守りとかそういう感じのものじゃないって思ってるみたいだった。
私も同じだった。
きれいな宝石がついてるとか、文様が彫ってあるとかじゃなくて、アルファベットと数字。
それが「お守り」っていうのは、考えてみればちょっと不思議だ。
私は正直、ミイレン大佐の事を軍の人だからって警戒してしまっていた。
見つかったミイラを全部持って行かれてしまう、という事に対しての反発心もあった。
でも、それは州王の命令だから仕方がない事だ。
この人は思っていたよりこっちの話を分かってくれる人なのかもしれない。
私は思い切って、自分の考えを話してみる事にした。
「私が知ってるのは……これが多分、ハシダテ集落にあった王様のミイラからずっと続いてる文字と番号だろうという事です」
「ほう?」
「残念ながらミイラはアーガ族に奪われてしまったんですが、私達が見つけたピスカ族のミイラがこれとそっくりな腕輪をしてたんです」
ハシダテ集落で私とキトラ、それからユピテル先生が見つけたあのミイラ。
その腕には、「J‐0001」っていう番号があった。
私の持っている「J‐3000」の腕輪がそれに繋がるものならば、私はあの人から数えて三千代目の娘って事になる。
その事を話すと、ミイレン大佐は真剣な顔で頷いていた。
「母からはこの腕輪が『悪いものから身を守るお守り』だって事以外は特に何も聞かされてなかったんです。だから……あのミイラを見た時、すごく驚いてしまって」
「実は私もね、プラジアちゃんと同じようなものを見たんだ」
「えっ?」
「州都の近くで見つかったセピア族のミイラだよ。あれにもね、『J‐0001』って数字があったんだ」
ハシダテ集落から少し離れた州都の近くでも、工事現場や土砂崩れの跡から三体のミイラが発見されたと大佐は言った。
南州王にとって、過去の王様のミイラは神聖なもの。
発見されたミイラはすぐに州王の御前に運ばれた。
その三体には全部、同じ銀の腕輪があった。
「州王様はミイラ達の前に手をついて、長い事祈りを捧げてた。王様のミイラは、今の王様のご先祖様って言われてるからね。先祖の神様って事で、大事にしなきゃいけないんだ。でもね」
ミイレン大佐は私の目をじっと見つめた。
「本当はこんな事言っちゃダメなんだけどね。あのミイラを見て確信したんだ。州王様がひれ伏しているのは王のご先祖様じゃない。あれは、私の先祖なんだってね」
ハシダテ集落に暮らしていると、州都にいる王様はすごく遠い存在に感じる。
だから私にはあまりピンとこなかったけど、ミイレン大佐はすごく思い切ったことを言っているみたいだった。
王様の言ってることは間違っている。
そう言っているのと同じなのだから、大佐の立場だといろいろまずい発言なんだろう。
私はようやく、ミイレン大佐に呼び出された理由を理解した。
この話は、私が相手だからできる話なんだ。
「州王様の前じゃこんな事は恐れ多くて言えないけど、この感じだと多分、私にも州王様と同じ血が流れてるか、州王様にあのミイラの血が流れてないかどっちかなんだよね。プラジアちゃんはどう思う?」
「私は……」
「君が考古学者だったら、って考えて。論文にはなんて書く?」
私は机に目を落として、暫く悩んで考えた。
大佐は、本当の事を知りたいと思ってるんだ。
南州王様の命令で軍の仕事をしなきゃいけない立場。
きっと自分の考えてる事なんて誰にも言えなくて、悩んでたんだ。
そして、私の事をそうやって秘密にしてた事を話せる相手として評価してくれてるんだ。
私がもし、考古学者だったら。
大佐の目を見て、私は遠慮せずにその答えをぶつけた。
「この腕輪は、ミイレン大佐や私が同じ腕輪を持つミイラの子孫であるという客観的証拠と言えます。もちろん受け継がれている間に何らかの事態が生じ、正確な継承がなされなかった可能性もなくはありません。ですが、古代の王との繋がりが伝承のみである南州王家と比べると、腕輪という客観的な証拠が存在する以上、ミイレン大佐や私の方が南州王よりもミイラとの繋がりにおいては確実性が高いものと思われます」
「素晴らしい」
ミイレン大佐が静かにそう言って、部屋の中に拍手の音が響いた。
「二十歳前のお姉ちゃんがするにしてはかなり固い表現だけど、論文書くならそんな感じだね。君のお師匠様は、いつもそんな風に書いてたのかい?」
「はい。ユピテル先生にはいつも誤字脱字のチェックをお願いされてたんですが、その時に先生は誰が読んでも分かるような、ハッキリした表現で書かなきゃいけないんだって言ってました」
「ありがとう、プラジアちゃん。これでスッキリした」
大きく伸びをして、大佐は腕の関節をゴキゴキいわせた。
もやもやしていたものが、これで晴れたんだろうか。
私は何だか照れくさくなった。
ミイレン大佐の話だと、他のミイラにも銀の腕輪があったらしい。
って事は、私達の他にも同じように腕輪を受け継いでる人たちがいるって事だ。
軍の仕事は忙しい。
でも、ミイレンさんはこの事をもっと調べてみたいと言っていた。
「ダーガーン、ルーデンス、クゥオール、それからアーガにもね。きっと私たちと同じような子たちがいるんだ。もし会えたら、話をしてみたい」
「私も、できる事があれば協力させてください」
私は、思わずそう言っていた。
今まで何の疑問もなく習慣として身に着けていた腕輪。
もしかしたらそれに、何かすごい秘密があるのかもしれない。
そう思うと、何だか急にワクワクしてくる自分がいた。
「こうやって、大昔から腕輪が受け継がれてるって、すごい事ですよね。しっかり調べればちゃんとした研究になります。本物の論文だって書けますよ」
「本当に? 私の趣味に付き合わせるみたいになるぞ?」
「私、やってみたいです。今回の事が終わったら、ちゃんと考古学の勉強をします。それから世界中を回って、私達と同じような人がいないか探してみます」
勢いで言ったみたいになってたんだろうか。
ミイレンさんは苦笑いだった。
でも、私は急に目の前が開けた気がした。
自分自身のルーツを探すような、そんな研究。
もしもそれが私の将来のテーマになるなら、そしてユピテル先生のような考古学者になれるなら。
胸がドキドキしていた。
「よし、プラジアちゃんがやってくれるんなら私も本気で考えてみよう」
ミイレン大佐はそう言って立ち上がった。
大きくてきれいな手が私の頭を撫でる。
やさしい石鹸の匂いがした。
「これでも私は軍の人間で、いろんな権限持ってる。職権濫用にならない程度にいろいろ調べてみるよ。何か分かったら、君にも連絡しよう」
「本当ですか?」
「君はいい考古学者に育ってくれそうだから。プラジアちゃんに会えてよかったよ。私たちはいい友達になれそうだ」
年上の女の人にそう言ってもらえて、何だかくすぐったかった。
気が付いたらかなり長い事話をしてしまっていて、寝る部屋に戻ったのは夜遅くだった。
ミイレン大佐と話してリラックスしたのかもしれない。
ベッドに入るとすぐに眠くなった。
ユピテル先生が亡くなって気分が塞いでいたけれど、新しい目標があれば頑張れる気がした。
絶対に、立派な考古学者になってやろう。
大佐は私に会えてよかったと言ってたけど、それは私も同じだ。
私もミイレン大佐との出会いに感謝した。




